12
病院での生活は、普通退屈なのだが、アリオスのお陰で楽しく過ごすことが出来ている。 気分的にもかなり元気が良いので、アンジェリークの怪我も驚異的な回復をみせていた。 アリオスが勉強を見てくれるおかげで、ちゃんとついて行くことも出来ているので、かなり安心している。 「コレットさん、驚異的な回復力だね…。明後日には退院出来るよ。よく頑張ったね。ここまで」 退院出来る。 それは確かに喜ばしいことかもしれないが、アンジェリークは内心複雑だった。 これでアリオスとの甘い日々は終わりを告げてしまう。アンジェリークは胸が張り裂けてしまうような、そんな痛みすら感じた。 「どうした? 嬉しくないかな?」 「いいえ! 嬉しいです! ホントにっ!」 医師が顔を覗きこむようにして見つめてくるものだから、アンジェリークは慌てて否定をした。もちろん引き攣ったような笑顔も一緒だ。 「だったら良かった。まだ、松葉杖が必要だし、うちにも通院して貰わないといけないからね。まだ、完治への道は始まったばかりだからね」 「はい」 アンジェリークは恭しく主治医の話を聞いて、診察室を出た。 既に松葉杖を使った生活が始まっているので、リハビリがてら使いこなせるようにと、なるべくひとりで色々な場所に行くことにしている。 「アンジェ、良かったわね。こんなに早く退院が出来て…」 「うん…」 母親の明るい励ましの言葉にも、アンジェリークは曖昧に答えてしまう。 退院は確かに嬉しい。だが、またアリオスに毎日会えない日々が始まる。そうなると本当に寂しかった。 「アンジェ、毎日、アリオスさんに会えないから寂しいだとか、そんなことを想っているんじゃないの?」 母親は含み笑いで、全く的を得た答えを言いながら、アンジェリークを見つめてくる。 余りに図星過ぎて、娘の耳まで真っ赤になったことを、ちゃんと観察していた。 「顔に描いてあるわよ? アンジェ、また退院したら、今度はいくらでも外で会えるでしょうに」 「……だって、そんなにホイホイデートが出来る仲じゃないんだもん」 アンジェリークが拗ねるように言うと、母親は更にころころと笑う。 「だったらそうなるようにあなたが頑張れば良いでしょう? アンジェリーク、あなたなら私に似た器量良しさんなんだから、きっと大丈夫よ!」 「また、お母さんはそっちに結び付けようとするでしょう? アリオスの気持ちは、本当に雲のように捕え所がないんだから…」 ぶつぶつと言っていると、自分の病室までたどり着き、アンジェリークはそこでアリオスが待っていることに気付いた。 最近、怪我の回復が早いということで、アンジェリークは大部屋に移っていた。殆どがかなりの人生の先輩達ということもあり、アリオスは中に入り辛そうだ。 「戻ってきたかよ。ほら、カティスのおっさんからの見舞いだ。特製ケーキらしいぜ」 アリオスに箱を貰い、アンジェリークは満面の笑みを浮かべる。やはり美味しいスウィートには目がないのだ。 「嬉しいな! 早く食べたいなあ!」 「じゃあコーヒーと紅茶でもいれようかしらね」 母親はアンジェリークの手からケーキの入った箱を、強引に奪い取ると、いそいそと給湯室に向かった。 「じゃあ、ベッドに戻るか?」 アリオスの口から”ベッド”という言葉を聞くと、ドキドキしてしまう。なんだか官能的すら感じる。 アンジェリークが真っ赤になりながらベッドに戻って行くのを、アリオスが笑いながら見守ってくれる。 私が今、何を考えていたか、アリオスにはばれちゃったかな? アリオスの気配で、アンジェリークは甘い恥ずかしさを感じた。 暫くして、アンジェリークの母親がケーキと紅茶を持ってきてくれた。 ケーキはフルーツがたっぷりと入ったロールケーキで、アンジェリークは手放しで喜ぶ。 「残りは同室の皆さんにおすそ分けしておくからね」 「うん、ありがとう、お母さん」 母親はアリオスとアンジェリークを交互に見てから、満足そうに頷いた。 「後は若いふたりで楽しんで。お母さん、お父さんに報告してくるからね」 「うん」 アンジェリークは先ほど母親に指摘されたことを恥ずかしく思いながら、頷くことしか出来なかった。 「じゃあ、アリオスさん、ごゆっくり」 「ありがとうございます」 アリオスの挨拶に母親は気を良くして出ていってしまった。 「ほら、俺の分も食えよ」 「有り難う!」 アンジェリークはロールケーキを前に万歳をしながら喜んだ。ケーキを食べるというのは、最高の幸せな行為のひとつとして、アンジェリークの中では数えられている。 アンジェリークは一通り喜んだ後、きまじめな表情でアリオスに向き直った。 「アリオス、私ね、明後日に退院出来ることになったんだ!」 途端に、アリオスの眦が僅かに緩むのを感じる。 「良かったな。これでまた、うちの大学の食堂に出入りが出来るぜ?」 「うん それは凄く嬉しいの! またお母さんのご飯も食べられるし…。だけど、病院の御飯も悪く無かったよ!」 アンジェリークはご機嫌に言い、アリオスは苦笑している。 「退院祝いに、また美味い店でも連れていってやるよ」 「うん! アリオス有り難う!」 今はアリオスの誘いも素直に受けることが出来る。入院することで、脚の怪我を直すと共に、心の傷も癒したようだ。 これもアリオスがしっかりと見舞ってくれていたからだ。 アンジェリークは、アリオスが側にいてくれたから、治療やリハビリの励みになり、頑張ることが出来たと改めて思った。 「ねえ、アリオス」 「何だ?」 「アリオスがいたから、私を精神的に支えてくれたから、ここまで頑張ることが出来たのよ。本当に有り難う…」 アンジェリークは心を込めて礼を言い、アリオスに頭を下げる。 だがアリオスは少しだけ困ったような表情をした。 アンジェリークが表情を曇らせると、アリオスが軽く頬を抓ってくる。 痛くない、甘いだけのものだ。 「周りを少しは気にしろ…」 アリオスがアンジェリークにしか聞こえないように小さく囁いてきたので、はっとする。 同室のおばさんたちが、アンジェリークたちの動静にいちいち聞き耳を立てていた。 アンジェリークはなるほどとばかりに頷く。 「ほら、ケーキをマッハで食っちまえ。場所を移すぞ」 「うん」 アンジェリークはもっとケーキを味わいたいと思いつつも、慌てて食べた。 慌てて食べても、やっぱりカティス印のケーキはとろける美味しさだ。 「食べたよ!」 「マジ早いな。おまえ、ぜったいケーキ大食いコンテストに出たら、優勝だぜ」 「だって、アリオスが早く食べろって言うから、急いで食べたのに」 アンジェリークが頬を膨らませて半分怒るように言うと、アリオスはくつくつと喉を鳴らしながら笑った。 結局、アリオスとふたりで庭に出ることにした。広いところなので息抜きが出来る。 「ったく、あの好奇心には参ったよな」 「ホントに!」 アンジェリークはくすくすと笑いながら、自分の病室を見上げる。 「ほら、ケーキ急いで食ったから口に付いてるぜ?」 「え!?」 アンジェリークが自分で取るよりも前に、アリオスの指先が伸びてきてそれをついっと取り、そのままぱくりと食べてしまった。 「美味かったぜ?」 「ア、アリオス!? だったら、私の分もあげたのに」 アンジェリークは本当にドキドキしながらアリオスを見る。こんなにドキドキしたのは久しぶりだ。 甘い鼓動は、楽しくて幸せな気分にさせてくれる。 「おまえので充分。甘いので腹一杯だ」 「アリオス…」 アンジェリークはなかなか頬の火照りを抑えることが出来なかった。 「まあ、後少しで、詮索好きなオバチャンから開放されるからな。すっきりするだろう?」 「…う…ん」 アンジェリークははっきりと返事をすることが出来ない。 「どうした? 元気娘?」 アリオスが穏やかな微笑みを浮かべながら、見てくるが、どうしても曖昧にしか笑えない。 「アンジェリーク、どうした?」 「…えなくなるから」 小さく言うと、言葉の頭が切れる。 「聞こえねえ。はっきり言えよ」 「アリオスと毎日会えなくなるもの…」 コレ以上に嫌なものはないとばかりに、アンジェリークは俯いてしまった。 「…また土曜日だけになるでしょう…」 アリオスが笑っているのは解っている。アンジェリークはまともに顔を見ることが出来ない。 「俺にそんなに逢いたいのかよ?」 アリオスの感情のない声で聞かれ、アンジェリークは僅かに頷いた。 「顔を上げろよ」 アンジェリークがゆっくりと顔を上げると、いきなりアリオスに抱きしめられる。 「アリオス!?」 「いつでも俺を思い出せるようにしてやる…」 「アリオス」 唇が重なり合う。 今までで一番、深くて素敵なキスが下りてくる。 唇が重なって、アンジェリークは素敵過ぎる瞬間を唇に閉じ込められて、いつでも思い出せるような気がした。 |
コメント 次回に続きます。 厳しい建築かなアリオスさんを もっと書いていきたいな〜。 頑張る。 |