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土曜日がやって来た。 だがアンジェリークは今までのように素直に興奮しない、複雑な心境だ。 大学関係者だとは思っていたが、まさかアリオスが建築科の新進気鋭な厳しい講師だとは思わなかったのだ。 しかもアンジェリークが志望しているのも建築科だ。将来建築デザイナーを目指しているからだ。 うまくいけば、来年の春からはアリオスの講義も受けることになるのだ。 大学院生だと思い込んでいたところもあるので、アリオスの正体は本当に驚いた。 あんなに楽しみだった週一回の大学での食堂通いも、何故か気が重い。 だが通ってしまうのは、乙女心だ。 アンジェリークはうどん定食に事足りるだけの小銭をがまぐちに入れて、結局は空腹に負けて食堂に向かった。 いつものようにうどん定食を頼む。今日はあつあつの肉うどんだ。 独りで座れる席を選んで、アンジェリークはそこに座ると、大きく息をついた。 「そこ、空いているか?」 聞き慣れた声に顔を上げると、アリオスがトレーを持って立っている。そこには”健康バランス定食”が載っていた。 「あ、はい…、空いています」 アンジェリークは驚いて、慌てて空いている席を指し示した。 「サンキュ」 何だがアリオスが目の前にいるのは、気まずいような照れ臭いような、そんなへんな感じだ。 「クッ、そんなに緊張するなよ。いつも通りにすればいいじゃねえか?」 アリオスは喉を鳴らして笑いながら席につく。近くに来たせいか、アンジェリークは余計に萎縮した。 「おい、どうしてそんな態度を取るんだよ…?」 アリオスの声が不意に低くなり、明らかに怒っているのが解る。アンジェリークは余計に躰を小さくさせた。 「…アリオスさんは、私の先生になるかもしれないし…」 「あ? んなこと気にしてるのかよ!? 俺達が師弟関係になるのはまだまだ先のことだろうが? それに…」 アリオスは不機嫌な表情の中に、少しだけ意地悪な笑みを浮かべる。 「おまえさんが”建築科に合格する”とは、決まってねえはずじゃねえか?」 言われて、アンジェリークははっとする。確かにそれは一理ある。大体、建築科はかなりカリキュラムが充実しているせいで、志望する生徒がかなりの数になるし、内部進学を少なく取る、進学に困難な学部の一つだ。 「……そうですよね。受かった気でいちゃいました」 アンジェリークが苦笑いすると、アリオスは眉を皮肉げに上げる。 「俺達はまだ全く師弟関係じゃねえし、そんなに気にするほどじゃねえよ。たとえ師弟関係であっても、俺は構わねえ。おまえへの態度を、変える気ねえし…。 ------またいつものように土曜日の昼飯仲間でいようぜ?」 「そうですね!」 アンジェリークは、今はそんなにナーバスになることはないと、しっかりと何度も頷いた。 まだがんじがらめな師弟関係になるとは、決まってはいないのだから。 気を取り直して、アンジェリークは昼食を食べ進めることにした。食べ始めた時よりも、美味しく感じるのは何故だろうか。 美味しそうに食べると、アリオスもようやくいつもの魅力的な表情に戻った。 先程の少し厳しい表情より、こっちのほうが好きだ。 「今日もデザートどうだ? 奢ってやるぜ。どうせおまえのがまぐちにはあんまり入っていないだろうしな」 「はいっ! 嬉しいです!」 アンジェリークはとろけるような表情で笑うと、アリオスが僅かに笑ったような気がした。 「今日は…、フルーツフラッペが美味いらしいぜ」 「嬉しい!」 どうしてだか解らないが、ご飯の美味しさがかなり増し、アンジェリークの笑顔はいつものものに戻りつつあった。 「おなかいっぱい! 満足!」 「まだ、デザート残っているだろ?」 「はいっ!」 「待っていろ」 アリオスはスマートに立ち上がってくれると、デザートを取りに行ってくれる。それを待つひとときは、もどかしいのと同時に、幸せな瞬間でもあった。 程なくアリオスが戻って来てくれ、フルーツフラッペを目の前に置いてくれる。自分にはコーヒーのようだ。 「わーい! いただきます!」 「どうぞ」 アンジェリークは口にフラッペを含み、冷たく甘い刺激に幸せそうに微笑む。 「美味しい〜!」 アリオスに言うと、彼はまた甘い微笑みを浮かべてくれる。ドキドキした。フラッペが甘いのか、アリオスの微笑みが甘いのか…。いずれにせよ、アンジェリークはとろけるような瞬間に、切なく胸を焦がしていた。 「アンジェリーク、おまえはどうして建築科を志している?」 「建築デザイナーになりたいんです。内装とかインテリアとか、トータルに提案できるような、そんな仕事をしたいんです。 住んでいて、誰もが心地よく感じられる、そんな空間を作ることが出来たらって思います…」 「そうか。明確な目標だな。うちの大学は建築デザイナー向けの講座がかなり充実しているからな」 「そうなんです…!」 アリオスに対しては、かなり素直に話をすることが出来る。アンジェリークにとってそれは、至極素敵なことのように思えた。 「…受かるのが、先ですけれどね?」 「そうだな…」 アリオスはくすりと笑うと、頷いた。その横顔は、本当に素敵だと想う。 「選考には俺は関わりねえけど、精一杯頑張れよ。俺も、一人よりも多い、センスの光る建築デザイナーを求めているからな?」 「センスの良い建築デザイナーを目指していますけれど、どうなることかといった感じですね。先ずは、受からないと話になりませんからね」 「それはそうだ」 アリオスが苦笑すると、アンジェリークもそれにつられるようにして笑った。 ぺろりと総て食べ終わり、アンジェリークは至福を感じる。 ふたりで過ごす貴重な時間は終わりを告げ、行かなければならない時間になる。どうしても腰が重くて中々動けない。アンジェリークは、これから特に何もないからいいが、アリオスは仕事なのだ。邪魔をするわけにはいかない。 「それじゃあな。夢を叶える為に、特に理数科目をしっかりと勉強しろよ!」 アリオスは髪をくしゃくしゃにして、アンジェリークを激励する。それがくすぐったくて、ちょっぴり恥ずかしい。 「もう、子供じゃないです〜」 口では怒ってはいるが、目は笑っていた。 「おまえだったら、恐らく大丈夫だろうからな。土曜日に、またな?」 「はいっ!」 アリオスに太鼓判を押されるのが何よりも嬉しい。 見送りながら、俄然、やる気の出たアンジェリークであった。 また土曜日が楽しみになる。アリオスに会えるから。 最初は、師弟関係になれば、こんな関係は崩れてしまうと思っていた。だが、アリオスは今のままでいいと言ってくれたのが、何よりも嬉しい。アリオスに教えてもらうのもまたいいかもしれない。 勉強をしっかりとして、夢を叶えようと想う。 また、土曜日がやって来た。アリオスと昼食を取れると思うと、凄く嬉しい。 今週もまた、アンジェリークは恵比須顔で大学の学生食堂に向かった。 先に座って食べ始めていると、少しだけ遅れてアリオスが入ってくる。 「おまえさんはいつもうどんだよなあ。呆れるって言うか、そんなに好きかよ?」 「うどんの麺はしこしこしていて美味しいし、いつも違ううどんだし、ごはんだし。今日は、大好きなカレーうどんですから、 凄く嬉しいし、菜の花のお浸しも美味しいです。飽きないですよ」 「そんなに好きかよ、うどんが…」 「はいっ!」 アンジェリークが余りにも簡潔に返事をしたので、アリオスはくつくつと喉を鳴らして笑う。 「おまえさんホントにおもしれえ」 アリオスは愉快そうに言うと、アンジェリークの瞳をじっと覗きこんできた。 「あ、あの…」 アンジェリークが戸惑うと、アリオスは更に可笑しそうにする。 「おまえさんは、ホントにからかいがいがあるぜ」 「…もう。ホントにからかわないで下さい」 こういった色恋の絡むことは、からきし苦手なアンジェリークは、鼻まで赤くした。それが可笑しいのか、アリオスは余計に笑った。 「何が可笑しいんですか?」 「なあ、明日、午後からヒマか?」 突然のことだったので、頭がよく働かない。アンジェリークはきょとんとした表情でアリオスを見た。 「あ、あの…」 「明日はヒマか、と、俺はきいただけだぜ? 返事の種類に”あの”はないはずだぜ。YESかNOだろうが?」 アリオスは相変わらず余裕を持った態度で、アンジェリークを翻弄してくる。 「私…」 さっさと返事をしたいのに、旨く舌が回らない。アンジェリークは胸が烈しく鼓動し、喉が烈しく渇くのを感じた。 「とっとと言え。迷う予知などないはずだ。おまえのスケジュールが空いているか否かを聞いているだけなんだからな」 アリオスはほんの少しだけ、苛々しているかのように、烈しく迫ってくる。 アンジェリークは深呼吸を大きくすると、肺に空気を入れて、一気に答えを言う。 「アリオスさんっ! 明日、行きます!」 「よし」 はっきりと答えると、アリオスは笑顔で頷いてくれる。 「明日、午後一時に、エンジェルストリート駅で」 「はい!」 返事をした後、甘い約束の余韻に、アンジェリークは胸を焦がす。 アリオスにデートに誘われる。それがかけねなくアンジェリークには嬉しかった。 |
コメント 次回に続きます。 厳しい建築かなアリオスさんを もっと書いていきたいな〜。 頑張る。 |