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「ほら、こっち!」 「はい!」 入り口を見ると、ケーキセットという文字が見えて、アンジェリークはアリオスが言っていたカフェがここであることに直ぐに気付く。 「凄くお洒落なところ…」 「またやっているおやじがお洒落なやつだからな」 「へえ」 カフェに入るときも、アリオスはアンジェリークの手を握り締めたままだ。それがとても心地良い。 中に入るなり、ダンディな男性がこちらにやってくる。店内の雰囲気にぴったりで、アンジェリークは思わず笑みを零した。 「やあ、アリオス。珍しいな、お嬢さんを連れているなんて…」 「ああ。建築デザイナーを目指しているんだよ、こいつ。少し店内と奥を見せて貰っていいか? 後で、たっぷりお茶はさせてもらうから」 「ああ、構わないよ。それじゃあゆっくりして、お嬢さん」 「はい、有り難うございます」 アンジェリークが頭を下げると、ダンディな男性は落ち着いた笑みを返してくれた。 「あの男はカティス。ここのオーナー兼パティシエ、シェフだ」 「ここの雰囲気にぴったりですね」 アンジェリークは店内の様子を見るなり、憧れにも似た溜め息をひとつ吐く。 「中をじっくりと見てみろ。勉強になるからな」 「はいっ!」 辺りを見ると、本当に細部までがかなり凝った造りになっている。 窓もディテールがとてもロマンティックなものが採用され、窓の光りも程よく入るように設計されている。しかも天井がかなり高くて、圧迫感もなく、温かさと優雅さが同居した、不思議な空間だった。 アンジェリークは勉強しているというよりも、じっとうっとりと見つめていると言った表現が近かった。 「凄いです。優雅さと心地良さが同居して、幅広い人達に支持される場所ですね。結婚式の披露宴としても使えそうですね。なまじ、高級ホテルでやるよりも、ここのほうがアットホームでしかも上品で…。私だったらホテルより、ここのほうがいいです…」 アンジェリークは自分の夢とどこか被らせながら、うっとりと呟く。 「素敵な空間に、素敵な演出とお料理…。これらがあれば、とてもステキになるわ…」 アリオスはふっと笑うと、アンジェリークをどこかに連れて行こうとした。 「どちらに?」 「楽しみにしていろ」 アリオスはそう言うと、どんどん店の奥にあるドアに向かって歩いていく。 「カティス、庭の鍵を貸してくれ」 「ああ」 投げられた鍵をアリオスはしっかりと受け取ると、それを持って更に先に進んだ。 「おまえが喜びそうなところに、連れていってやるよ」 「はい…」 期待がとてつもなく大きくなる。これ以上に素敵な場所というのは、一体どれほどのところなのだろうか。アンジェリークは更に胸を熱くする。 奥のドアから外に出る。余りに眩し過ぎて、アンジェリークは目を眇めた。 春の躍動感の光に段々目が慣れてくる。 緑のなす美しい中庭の奥に見えたのは…。 「教会が見えるわ!」 「中世の教会を移築したんだよ。晴れた日は、ここでガーデンウェディングとそのままパーティーも開くことが出来る。今日は、朝から教会のメンテナンスが入る予定だったから、予約が入っていない。そこを狙った」 「素敵…」 アンジェリークはただうっとりと見つめることしか出来ない。 外見だけで既にパーフェクトな教会だ。 こんな場所で結婚をしたら、それこそ最高にステキだろう。その上、相手がアリオスだったら…。 アンジェリークはそこまで考えて、はっとして顔を真っ赤にする。 ちらりとアリオスの横顔を見れば、その想いは更に強くなっていった。 「教会の中に入るか?」 「はいっ!」 アリオスにそのまま手を引かれて教会までいく。前に立つだけで、その厳かな雰囲気にアンジェリークは圧倒された。 アリオスは先程、カティスから受け取った鍵で開ける。 鍵が重厚な音を立てて回る瞬間、アンジェリークの胸は不思議と高まっていった。 ドアがアリオスの手によって開かれる。アンジェリークはその瞬間を、固唾を呑んで見守っていた。 「ほら、食いしん坊の天使様、中に入るぜ?」 「はいっ!」 アンジェリークはアリオスに手を引かれて、ひんやりとした教会内に足を踏み入れる。 アンジェリークは思わず目を見開いた。 教会はかなり旧さがあったが、そのディテールの丁寧で細かい造りは、今の職人では到底真似が出来ないほどのものだった。 「凄い…」 アンジェリークはただそれしか言えない。それほど、この教会は素晴らしく普遍的な何かを感じさせた。 人間の一生なんてちっぽけだと思わせるほどの、悠久さと完璧さがそこには存在する。 「本当に言葉では表せない…」 「祭壇の近くに行ってみるか。もっと雄大なものがそこにはあるぜ」 アンジェリークは頷き、アリオスに連れられて、バージンロードを歩く。 腕を組んでいるわけではないのに、手を繋いでいるだけなのに、アリオスとここにいることが、とても重要な意味を持つように思えた。 「ほら、着いたぜ。天井を見上げて見ろよ」 アリオスに言われるままに、アンジェリークは見上げる。 「あ…っ!」 ドーム型の部分には、美しい絵画が描かれていた。それを見るなり、アンジェリークは感嘆の声を上げ、口をあんぐりと開けたまま、魂を吸い寄せられるかのように、見惚れる。 躰が感動の余りに震えた。 そこには、神様と天使に祝福された貧しい夫婦が描かれている。 そこにあるのは貴い犠牲のみ。幸福と普遍的な愛が感じられる。 アンジェリークは感動して震えが止まらない。こんなに切なく苦しい想いを抱くのは、かつてないことだった。 アンジェリークは泣いていた。どうしてかは解らないが、心が震える。 「アンジェリーク…」 アリオスの優しい声が降りてくる。大きな手の平で髪を優しく撫でてくれる。その仕草がとても心地良かった。 「こんなに…、感動するなんて想わなかった…。凄い…、この場所で祝福されたら、凄く感動するわ…」 「誰もが素晴らしい式だと感じてもらえる教会って、なかなかねえからな。こういった感動を与える物件を探すのに、すげえ苦労した…」 アリオスは真っ直ぐと天井を見上げる。その瞳は、どこか威厳すら感じられる。 「おまえが感動してくれるだけで、俺は苦労したかいがあるってもんだぜ?」 「アリオスがこのカフェを設計したの?」 「ああ。デザインまでトータルにやった。あのおっさんには学生時代世話になった借りがあるからな」 アンジェリークはアリオスに畏敬の念すら感じ、じっと見つめる。アリオスが素晴らしい建築家だと、アンジェリーク的にはこの時点で決定になる。 「アリオスって、やっぱり凄い建築家だったんだ…」 尊敬の眼差しで見るアンジェリークがくすぐったいのか、アリオスはぶっきらぼうな態度をとる。 「たいしたもんじゃねえよ。なあ、おまえだったら、もっと良い建築デザイナーになるはずだ」 「え…、そんな…、そりゃあこんな素敵なデザインをするのは夢ですけれど…」 想像しなかったアリオスの言葉に、アンジェリークはあたふたとする。アリオスは凄い建築家なのだから、そんなことを言われるだけでも凄いことなのに…。 「おまえがしっかりと勉強すればって但し書きがつくけれどな?」 アリオスはじっとアンジェリークを見つめてくる。 「建築科に来い。そして俺の弟子になれ。おまえなら、鍛えがいがある」 「アリオス…。うん、私頑張ります! 絶対に大学に入って、アリオスの弟子になります!」 「ああ、勉強しろよ? しっかりな。おまえが建築科に入らねえと、全く話にならねえことだからな」 アリオスはアンジェリークの白い鼻を摘むと、意地悪にもくにゅくにゅとする。 「いひゃーい!」 「おまえがちゃんと建築科に入れるように、しっかりと鍛えてやるからな。理数系で解らねえことがあったら、最終は俺に言え。教えてやる」 「はい、有り難うございます!」 アリオスに勉強を見てもらえるというのは、とても心地の良い響きを持っている。厳しいかもしれないが、やってみる価値はある。 「大学の間は、みっちりと鍛えてやるから覚悟しておけ? 俺が設計をして、おまえがデザインする物件をいつか造れたら良いな…」 本当にそうだと思う。アリオスと一緒に一つのものを造れたら、とても素晴らしいことだろう。 アンジェリークの心の中に、今、明確な夢が浮かび上がった。 「頑張って見せます。ここのように人々の感動を与えられる仕事に携わることが出来るように、頑張ります」 「ああ」 アリオスはふっと笑うと、アンジェリークを見る。 「俺は神に誓うって行為はあんまり好きじゃねえんだが、指切りの代わりに、おまえがしっかりと頑張るように誓っとけ」 「うん!」 アンジェリークは真剣な眼差しになると、難しい顔をして、心の中でお願いをしてから、何故か柏手を打つ。 「アホか、おまえ。ここは教会で神社じゃねえんだから」 「あ、そうか」 アリオスは頭を抱えて大きな溜め息をつくと、困ったようにアンジェリークを見る。 「教会の誓い方は決まっているだろうが…」 「え…」 アリオスが憎らしいほど素敵な笑みを浮かべながら、顔を近づけてくる。 これから何が起こるか解らなくて、アンジェリークは心臓をどきまきさせながら、動くことが出来ない。 「キスだぜ、キス」 アリオスはそう言った瞬間、アンジェリークの唇を奪った。 |
コメント 次回に続きます。 厳しい建築かなアリオスさんを もっと書いていきたいな〜。 頑張る。 今回出てきたうどん屋は、 内野近所のうどん屋で、非常に美味くて有名です。 列も出来るのだ! |