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アリオスの唇は温かかった。甘くて、そして少しだけ大人の雰囲気がある。 アンジェリークは暫く頭がばら色にぼんやりとするのを感じた。 「これでしっかりと勉強が出来るはずだぜ?」 熱い刺激に、余計無理。考えることすらも、今は出来ない。 アンジェリークはただ熱っぽい眼差しをアリオスに向けるだけ。 「キスはおまえにはまだまだ刺激が強かったか?」 甘さと意地悪さが入り交じったアリオスの言葉に、アンジェリークは目許を真っ赤にさせる。 「これ以上の刺激の強いやつは、まだおまえには無理だな」 アリオスに頬を撫でられると、胸の奥が切なさできゅんと鳴るような気がした。 「…もっと強い刺激?」 「ああ。もっと、もっとな…?」 アリオスの意味深な微笑みが何を意味するのか。アンジェリークには解らない。ただそれが、ばら色に輝いているものだということだけは、何となく解るような気がした。 「ここで祈ったんだからな。おまえの願いはちゃんと叶うだろうな。まあ、おまえなら大丈夫だと思うけれどな」 「有り難う」 アンジェリークの心は、建築科に入りたいという願いよりも、もうひとつの願いに関心が移っている。アンジェリークにとってはとても大切なこと。 アリオスとの恋愛が成就しますように…。 ただそれが今は大切。 「叶うといいな…」 アンジェリークが恋心を込めてぽつりと呟くと、アリオスが指を絡めてくれる。 どきどきした。 こんな喉がからからに渇くほどのときめきがあるなんて、想いもしなかったから。 心臓が飛び出るほど鳴り、だけれども甘くてそして苦しい感覚。 アンジェリークは白い肌をほんのりと紅に染め上げながら、暫く、アリオスの横顔を見ていた。 「アリオス、アリオスも祈ったの?」 「俺は神に祈る趣味はねえからな。けれどな…」 アリオスはそこで言葉を濁すと、祭壇を見上げる。彼が何を考えているかは、アンジェリークは理解できなかったが、ただその瞳が冴え渡っているのだけは解った。 「ひみちゅ」 早口でアリオスは言うと、ニヤリとまたいつもの微笑みを浮かべる。 彼は神に祈るのが嫌だとか言いながらも、最も祈りたい何かを持っているような気がする。 アンジェリークは知りたかった。彼のことならば、何でも知りたいと想っていた。 「いつか、教えて下さい」 アンジェリークが言うと、アリオスは軽く頷く。それを見ると温かなものが詰まっていて、いつかきっと教えてくれるような、そんな気がした。 「待っています」 アリオスの望みを知ることが出来れば、きっと自分の本当の願いも成就出来るかもしれない。アンジェリークは夢見るように思った。 「おまえも俺の願いはそのうちに解る」 ふとアリオスは笑うと、アンジェリークの唇に甘いキスを落とす。 想像していなかったハプニングに、アンジェリークはまた甘いうろたえを感じた。 「もっと馴れなくっちゃな。じゃねえとおまえにこれ以上の甘い刺激は与えられねえからな?」 「…もう…」 茶化すように言うアリオスに、アンジェリークは恥ずかしさの余りに俯く。 それ以上のことがいつか起こるんだろうか。 そう思うと、楽しみなようなくすぐったいような、そんな気がした。 手を繋いだまま、ふたりはカフェレストランに戻る。 「デザートのケーキセットでも頼めよ。おまえ、こういうの好きだろ?」 「うん、好き」 カフェに入るなり、直ぐに窓辺の庭が美しく見える席に案内された。 直ぐにアリオスがメニューを差し出してくれて、アンジェリークは夢中になって見つめた。 「いっぱい美味しそうなのがある〜! 目移りしちゃう!」 メニューを見る度に目が忙しく動く。 「苺たっぷりのケーキ、ミルクレープ、いちごたっぶりのモンブランも外せないし、チョコレートケーキまとっても美味しそうだし…。いっぱい過ぎて目移りしちゃう!」 「ホントにおまえを見ていると、店にある全部のケーキを食い散らかしてしまいそうだぜ」 苦笑するアリオスにアンジェリークはわざと拗ねたように頬を膨らませる。 「そんなに大食いじゃないもん…」 「でも、ケーキをふたつ注文しても良いって言ったら、おまえ食っちまうだろう?」 アンジェリークは真っ赤になっただけで、上手く反論することが出来なかった。 「二つ好きなケーキを注文していいぜ?」 「ホントに?」 アンジェリークが嬉しそうに笑うと、アリオスは頷いてくれた。 「ああ。好きなのを選べ」 「わーい!」 やっぱりアンジェリークも女の子だ。甘いケーキには弱い。 悩んだあげく、ケーキはミルクレープと苺のモンブランを注文することにした。 結局、アンジェリークはケーキ、スコーン、サンドイッチ、それに果実を練り込んだクッキーが付いたアフタヌーンティーセットを、アリオスはアンジェリークの為に、わざわざケーキセットを注文してくれた。 アリオスが注文してくれ、アンジェリークはわくわくとしながら待つ。 「おまえだったら、こっちもご馳走しがいがあるっていうものだな」 「ケーキは大好きだから!」 アンジェリークが明るく宣言すると、アリオスが温かく目を細めてくれたような気がした。 直ぐにケーキと紅茶が運ばれて来て、アンジェリークにとっては至福の時間が訪れる。 「わーい!」 初めて食べる店のケーキなので、たっぷりと期待する。口に運ぶとやはり美味しい。 「凄い! こんな美味しいケーキ久しぶり! 幸せ!」 アンジェリークは最初はぱくぱくとケーキを取り、何度も幸せそうな微笑みを浮かべた。 だが、残り少なくなったところで、急にアンジェリークは食べるのを止める。 「どうした?」 「だって、このまま食べちゃうと全部なくなってしまうわ」 「なくなるのは当然だろうが。おまえの胃に全部治まっているんだからな」 「なんかこんなに美味しいから、ずっと食べていたいって思っちゃうもの…」 「まあ、その気持ちも解らないでないけどな…。しかし、おまえおもしれえ」 アリオスが本当に愉快そうに喉をくつくつと鳴らして笑うものだから、アンジェリークは恥ずかしさの余りに真っ赤になってしまう。 「もっと食いたかったら、注文をすればいい」 「お腹いっぱいになっちゃう。だって、ケーキの他にまだまだ美味しいものが残っているもの!」 確かにと、アリオスは思う。アンジェリークが食べるべきものはまだまだ沢山ある。 「おまえのことだから、まだまだ食えるだろう?」 アリオスがからかうような眼差しを向けてくるので、アンジェリークは僅かに頬を赤らめた。 「…なんか大食いみたいに聞こえます」 アリオスのつぼにはまったようで、くつくつと喉を鳴らす。 「俺は小食の女よりも、おまえみてえによく食う女のほうが好ましく思うけどな。見ていて小気味よいぐれえだ」 アリオスが本当にそう思ってくれているなら、これ以上に嬉しいことはない。 このままの自分を受け入れてくれるアリオスを、更に好きになっていた。 たっぷりとアフタヌーンティーセットを堪能した後、アンジェリークはついついいつものくせで、お腹がいっぱいの合図である、摩る行為をした。 「胃が出てるじゃねえかよ」 アリオスは煙草を吸いながら、楽しそうに笑っている。それがまたかっこよくて、眩しさの余りに目を細めた。 「胃下垂だから…」 アンジェリークがはにかむと、アリオスが直ぐさまお腹に触れて来た。 「……!!!」 想像すらしなかったアリオスのセクハラ行為に、アンジェリークは恥ずかしさの余りに唖然となる。 「ア、アリオスっ!」 「良い感じに腹が出てるじゃねえか? おまえらしくて可愛いぜ」 平然とアリオスが甘い言葉を言うものだから、アンジェリークは恥ずかしさとときめきで言葉を繋げることが出来なかった。全く、怒る気にもなれやしない。 「もう…」 「腹が出てるが、おまえに似合ってていいじゃねえか」 アリオスに言われると、大食いも素敵なことだと感じた。 すっかりお茶まで堪能をして、アンジェリークはかなりご満悦だった。 「アリオス、今日は有り難う。お陰でとても楽しい午後だった」 「そいつは良かった」 アリオスが手を繋いでくれる。それがこんなにも心地が良い。 「今夜の飯も付き合ってくれって言いたいところだが、今日のところはここまでだな」 あっさりアリオスに言われてしまうと、アンジェリークは何だか寂しい気分になる。 「まだ、大丈夫…。私、子供じゃないもの!」 「おまえはまだ高校生だろうが。次、おまえを夜連れ出すときに、前科があったら連れ出し難いだろうが」 「そうね…」 確かにアリオスの言うことには一理ある。 本当はアリオスの傍にもっといたいが、しょうがない。ここは素直に従っておくべきだろう。 「解りました。じゃあ、またの機会に連れていってください」 「ああ。晩飯を食いに行こうぜ?」 「はいっ!」 また美味しい約束が出来た。それが楽しみでしょうがなくなる。 「じゃあ約束するか?」 「うん!」 アンジェリークはてっきりゆびきりをすると思っていたが、予想を裏切られる。 「え?」 そのままアリオスの唇が近付いてくると、「約束だ」と言って口づけられた。 最高の約束になったよ…。 いつもの土曜日、いつものように大学の食堂に潜り込んでうどん定食を食べる。 アンジェリークは今日もきょろきょろとアリオスを捜す。 「あっ!」 アリオスを見つけてときめいたのもつかの間、アリオスは今日に限って美しい女性を連れていた。 「あ…」 どこからか噂する声が聞こえる。 「アリオス先生とあのこデキテルって噂だけどさ、ホントはどうなんだろうね?」 「デキテルじゃないの?」 アンジェリークは心臓が止まるようなショックを感じた。 |
コメント 次回に続きます。 厳しい建築かなアリオスさんを もっと書いていきたいな〜。 頑張る。 |