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走りたかった。 走って、アンジェリークをこの腕の中に納めて、助けてやりたかった。 だが、それをするには距離が大きすぎる。 「アンジェリーク!!」 手を延ばしても、間に合わない。 刹那------ アンジェリークはそのまま車に躰を飛ばされた------。 ゆっくりとっまるで「人形のように道路に倒れ込んだアンジェリークの姿は、まるでスローモーションのようにアリオスの瞳に映った。 なにも考えることはなく、アリオスは直ぐにアンジェリークに駆け寄っていた。目の前で繰り広げられている惨劇に目を覆うばかりだ。 道路に倒れて出血をしているアンジェリークを見て、アリオスは息を苦しさを感じる。 もし彼女にこのまま何かあれば、何を支えに生きていって良いか判らない。 アリオスは彼女を抱き上げて、走り去る車のナンバーを必死に記憶した。 先程まであんなに元気だったアンジェリークが、今は、腕の中でぐったりとなっている。 それが哀しくてしょうがない。 だが、混乱してばかりはいられない。 アリオスは自分がなすべき次のことをするべく、直ぐに携帯電話を取り出し、消防と警察にかけた。 白いシャツがアンジェリークの血で汚れる。 そんなことはどうでも良い。 ただ彼女が助かればいい…。 「…アリオス…」 小さな声が聞こえて、アリオスははっとしてアンジェリークの顔を覗きこむ。 心臓が軋むほど、切なく愛しい声。 「アンジェ!?」 名前を呼ぶと、アンジェリークの瞳が僅かに開かれた。 その瞳はとても済んでいて、アリオスの胸をわしづかみにする。 「……痛くて…、血が出てるけれど…大丈夫っぽい…」 痛みに耐え、苦しそうに息を弾ませながら、アンジェリークは必死になって笑うが、その姿が悲痛に見えてしょうがない。 「直ぐに救急車が来るから…」 「…ん…」 アンジェリークはただそれだけ頷くと、痛みに何度も顔をしかめた。 アリオスは痛みを取ってやりたくて、そっと抱きしめてやる。 「…服を汚しちゃった…」 「気にするな…」 アリオスはアンジェリークの頬を撫でると、小さな唇にキスを送った。 口に広がる血の味が、アリオスを切なくも厳しい気分にさせた。 唇を離すと、アンジェリークはふっと笑って、意識を失う。 アリオスは宥めるように頬を撫でて、反応のない哀しさに途方に暮れる。 遠くでサイレンが鳴っていた------ 直ぐにアンジェリークは救急車に運ばれて、近くの大学病院に搬送される。アリオスもそれに着いていく。 簡単な処置をする救命士を見つめながら、アリオスは祈るような気持ちになっていた。 アンジェリークに何もなく、以前と同じような状態に戻れますように。 ただそれだけしか祈ることは出来なかった。 アンジェリークはそのまま処置室に運ばれ外科医の手に委ねられることになる。 その間、アリオスは頭が真っ白になるのを必死で抑えて、アンジェリークの両親に連絡を取った。 それが終わると、アリオスは悶々とした気持ちでアンジェリークを待つ。 暫くして、ストレッチャーに乗せられたアンジェリークが、処置室から出て来た。 同時に外科医がやってくる。 「あなたが彼女の付き添いの方ですか?」 アリオスが頷くと、医師は柔らかな笑顔を浮かべる。 「彼女は運が良いですよ。脚の骨に皹が入るだけで済みましたから。大きな症状はこれだけで、後は擦り傷と打撲が少々。あなたのシャツを汚した出血は擦り傷によるものですから、先ずは心配ないでしょう」 「有り難うございます」 医師の診断を聞いて、アリオスは心からほっとした気分になる。 骨にひびが入った程度だと聞かされ、ほっっとする。命に別状がないことを、手放しで喜びたかった。 「ですが脚のですので、少しの間は、入院して頂かないといけません。幸い、複雑骨折ではありませんから、良かったですね」 「有り難うございます」 アリオスがしっかりと頭を下げると、医師は構わないとばかりに手を上げた。 アリオスはようやく落ち着いて、アンジェリークの家族に連絡をする。 アンジェリークの家族がやってくる迄は、傍にいてやろうと思った。 アンジェリークの運ばれた病室で、アリオスは彼女と向き合う。 鎮静剤で眠るアンジェリークの頬を撫でながら、アリオスは胸が張り裂けるほどの痛みを催していることを知る。 あんなにアンジェリークを突き放すような態度に出なければ、こういう風にならなかったかもしれない。アリオスには珍しく、かなりなマイナス思考になっていた。 「アンジェ!!」 暫くして、アンジェリークの家族が病室に入って来て、驚きの余りに言葉を失っている。アリオスもその衝撃の具合が解る。 「私は、アンジェリークさんが目指すスモルニィ大の建築科講師のアリオスと申します」 名刺を渡すと、アンジェリークの母親は警戒心を少し解いてくれたようだった。 「すみません…。ここまでアンジェリークをお世話して下さって…」 「いえ…」 母親がかなり丁寧に謝ってくるものだから、アリオスの気持ちは何だか余計に切ない気分になる。 そこまで丁寧に礼を言われることはない。ふたりの痴話喧嘩が根本的な原因かもしれないのだから。 「幸い骨の皹だけですんだそうです。医師を呼びますから、お話をされて下さい」 「解りました」 アンジェリークの母親は、直ぐにやって来てくれた医師と話をし、涙ながらになんども病状を聞いては、頷いていた。 医師が持ち場に戻り、アリオスたちもようやく落ち着きを取り戻した。 自己紹介も済み、アリオス 「じゃあ、俺は、少し買い物に行ってきます」 「すみません」 アリオスはアンジェリークの病室を後にすると、大きな溜息をひとつついた。 病院の白さはまったく吐き気がする。くらくらしながら、アンジェリークの病室から離れた。 アリオスはとりあえずは病院の売店でシンプルなシャツを買い求めて、それに着替える。アンジェリークの血で汚れたシャツは、今後の戒めの為にも持っていたいと思った。 母親が来たことで、アリオスはアンジェリークに後ろ髪を引かれる想いで一旦その場を離れる。 一緒にいたいのは山々だが、先ずはアンジェリークにしてあげられるだけのことをしてやりたかった。 両親は気付いていないだろう細やかな配慮で、色々と買い物をする。 カティスのところに行き、アンジェリークが好きそうなお菓子を見繕い、退屈しない為の雑誌、勉強をする為の参考書などを買い求める。 アンジェリークにはなるべく快適に過ごして貰いたかった。 病室に戻ると、アンジェリークは鎮静剤のお陰で静かに眠っていた。 「あら、どうも有り難うございます」 母親は、先ほどよりは落ち着いた雰囲気になっていた。 「これをアンジェリークに」 「どうも有り難うございます」 アンジェリークの母親が嬉しそうに荷物を受け取る姿の横で、、アリオスをじっと見つめている少女に気付いた。 「アナタ、アリオス先生?」 いきなり名前を呼ばれて、アリオスは少し驚きつつも頷く。 「そう。やっぱり。アナタがうどん男ね」 「うどん男!?」 アリオスは眉を寄せて、レイチェルを見つめた。 「アナタでしょ。土曜日にアンジェに逢っているんでしょ?」 「ああ」 アリオスはアンジェリークを見つめながら、僅かに頷く。 「だからアンジェと一緒にいたのね?」 「ああ」 レイチェルはそれ以上は何も言わなかったが、視線がアリオスを責めているのが解った。 「今夜は一晩中看病されますか?」 アリオスの言葉に、アンジェリークの母親は頷く。 「そのつもりです。入院の準備だとか、色々しないといけないですけれど」 「では今晩は俺が診ています。ちゃんと責任を持って。ですから、夜になったら一旦、お帰り下さい。入院準備も必要でしょうから…。これからもっとお疲れになるでしょうから、今夜は俺が診ます」 母親は一度驚いたようだったか、その後アリオスを見つめる。 アンジェリークの進路指導の者と判り、信頼をしてくれてはいるようだった。 「…いいのですか?」 「はい」 母親は感謝するように見たが、レイチェルの表情は堅いままだった。 「ちゃんと看病しなきゃ、アナタを許さないから」 レイチェルのキツイ言葉にも、アリオスは動揺しない。 「こいつはちゃんと俺が看病するから、心配するな」 「解ったわ。だけれど、アンジェを泣かすような真似をする男に、この子を完全に任せたわけじゃないんだからね!」 レイチェルの言葉の意味ぐらいちゃんと解っている。だが、アリオスは特に返事はしなかった。アンジェリークが自分のせいでこうなったかもしれないことは、良く解っているつもりだったから。 結局、暫くは三人でアンジェリークを診ていた。看護婦が点滴をチェックしている間も、アリオスはただじっとアンジェリークを見つめていた。 面会時間が終了になり、病室にはアリオスだけが残った。 アリオスひとりでアンジェリークを看る。 手を握って、ずっとアンジェリークを見つめることしか、今のアリオスには出来なかった。 鎮静剤が切れたのか、アンジェリークの瞼が僅かに動いた。 「…痛い…、痛いよ…、お母さん…」 アンジェリークは譫言のように言いーアリオスはその度に手をしっかりと握り締める。 「痛くない、アンジェリーク…。直ぐに楽になる…」 「アリ…オス…」 「俺が傍にいる…」 「痛い…、アリオス、助けてっ!」 アンジェリークは何度もアリオスの名前を呼ぶ。アリオスは狂おしいほど愛しく思う。 その度に、アリオスはアンジェリークの頬を何度も撫でてやった。 「…そばにいて…」 「傍にいてやる…」 アリオスが何度も甘く真摯に呟くと、アンジェリークは徐々に安心したように息を安定させていく。 「ちゃんと、俺が傍にいてやるから安心しろ…。ずっといてやる…」 アンジェリークの視線がほんの少しだけ、アリオスに向けられる。一瞬、笑いかけられたような気がした。 |
コメント 次回に続きます。 厳しい建築かなアリオスさんを もっと書いていきたいな〜。 頑張る。 |