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「あなたと一緒になんか住めないわ」 アンジェリークはよく通る声で、キッパリと言いきった。言葉尻が少し震えていたのかもしれない。 「お前に選択の余地はねぇさ」 アリオスもまた引かない構えで、厳しい表情を向けてくる。アンジェリークは更に唇をへの字に曲げた。 「横暴だわ! 私の手術をたまたま担当したからって。あなたと住んでも、安静を命じられるだけだし、私には何のメリットもないもの! こ、これから次の仕事を探さないといけないし、このまま悠長にしていられないの! あなたと違って…、私は明日食べるのにも、家賃を払うのも困っているんだから」 「だったら尚更だろ? 俺は主治医としてお前を監視が出来る。お前は部屋をひとつ与えられる。それだけじゃねぇか」 アリオスはムッとしながら、俺様独自理論を展開してくる。 全く勝手な男だと思う。 白衣を着ているせいか、余計に威圧感が漂っていた。 アンジェリークはそれに負けないように、顎を突き出すようにして高圧的な態度に出る。そうしなければ、自分を保ってはいられないような気がした。 「私はどんなことがあっても、あなたと一緒には住まないわ」 「お前は俺とルームシェアをする。お互いには干渉は一切なし。俺は外食が多いから、キッチンも使わねぇし、勝手にしてくれたらいい」 「動物は?」 「飼っていい」 理想的なシェア条件ではある。ただし、アリオスが相手ではなければの話だが。 「…今のお前なら良い条件だと思うが、どうだ?」 人の弱みを突いてくるのが、どうしてこんなに上手いのかと思う。容姿といい、医療への取り組みといい、全く理想的な相手だから、アンジェリークは余計に腹が立った。 「まあ、考えておけ…。お前には選択している余裕はないはずだ」 アリオスは自分が優位的立場にいることを確認出来たからか、アンジェリークの病室から出ていく。 「そう決めると思っているだろうけれど、そうはいかないわ」 アンジェリークがきつく言っても、声が揺れているせいで説得力はないらしく、アリオスは僅かに眉を上げただけだった。 アリオスが出て行った後、アンジェリークは疲れを感じて、ぐったりとベッドに腰を降ろす。 少し言い争ったぐらいで疲労困憊になってしまうとは、体力がなくなっている証拠だった。 「…やっぱり受けるべきなのかな…」 ぽつりと呟くと、溜め息が出る。アンジェリークは解っていた。本当は、アリオスが嫌いなどではなく、好きになってしまうのが怖いのだということを。 「…そうだよね…普通なら…受けるよね」 自分に言い聞かせるように言うと、力無くベッドに入った。 今はこれ以上は考えられない。とりあえずは眠って、それから考えよう。 飽和状態からは何も生まれないのだから。 アンジェリーク宛に電話が入り、アリオスはそれをたまたま取った。 「アンジェリークさんにお取り次ぎをして頂きたいのです。私は彼女の大家です」 初老の女性は朗らかで、温かい雰囲気が声だけで解った。 「私はアンジェリークの主治医ですが、何か」 「ええ、お家賃のことでちょっと。後、小さな動物の気配がして…」 大家の話を聴きながら、アリオスはこれはチャンスだと思った。アンジェリークの決断を直ぐに迫ってしまえるかもしれない。 自分でもどうしてここまで面倒を見ることに躍起になるのか、解らないでいた。 「そうですか。今、彼女は面会謝絶の状況で、電話をお回し出来ませんが、家賃は私が立て替えます。私はアンジェリークの従姉妹エリスの夫です。きちんと手続きをさせて頂きますので、直ぐにそちらに伺います」 自分でも大胆なことをしているぐらい、解っている。しかも、自分でもここまでアンジェリークをこだわるとは、不思議だと思っている。最初は謝罪のためだと思っていた。だが今ははっきりと解る。やはりそれ以上のものがあるのだと。 アリオスは大家から所在地を聞き出し、直ぐに向かう準備をした。 病院から車で直ぐのところに、アンジェリークが借りているアパートメントがあり、アリオスは休憩時間を強引に作って、そこに向かった。 大家の家はアパートメントの一階部分の広いスペースが取られている。 「まあ、すみません!」 アリオスは身分証明書を大家に見せた後、直ぐに溜まっていた家賃を支払う。溜まっているといっても、アンジェリークが入院している間のことだった。 「有り難うございました。わざわざすみませんでした」 「恐れ入りますが、アンジェリークの部屋に入らせて頂いてよろしいでしょうか? 暫くは私が面倒を見ることになったので」 「ええ、どうぞ」 アリオスは大家から鍵を受け取り、アンジェリークの部屋に足を踏み入れた。 小さなアパートメントなのに、質素としか言えないのに、どこか優しい温もりを持つ部屋だ。 不意に小さな鳴き声が聞こえ、アリオスは足元を見た。 そこには小さな猫が、心許ない声で鳴いている。 「…アンジェリークの猫か…」 アリオスは抱き上げると、小さな命にキスをする。可愛い雰囲気に、思わず心が癒された。 「…お前…ひとりじゃ寂しいだろ。俺が連れていってやる」 猫を懐に入れると、アリオスは宝物のように大切に連れて帰る。 温もりに癒された気分だった。 それからというものの、アリオスの生活に、アルフォンシアはなくてはならないものになる。おもちゃで遊びながら甘える姿は、 アリオスにとっては何よりもの癒しになった。 アルフォンシアはすっかり懐き、アリオスの胸の上でいびきをかいて眠るようになっている。 「なあ、アルフォンシア、お前の飼い主は、いつ俺に心を開いてくれるんだ…」 アリオスは頭を撫でて、穏やかな眼差しでアルフォンシアを見つめていた。 「アルフォンシアがいなくなった!?」 レイチェルから聞かされた事実に、アンジェリークは思わず声を上げた。 「そうだよ。でね、頼まれた家賃を払いにいったら、それも支払われていたんだよ。しかも来月分まで」 アンジェリークはハッとする。 背筋に嫌な汗が出た。 これで決定的だ。 アリオスだ。 アリオスがお金を支払い、アルフォンシアを始末したのかもしれない。 「…ねぇ、お金を支払ったのは誰かきいた?」 「名前までは聞き出せなかったけれど、少し長めの銀髪で、医者だって…。アリオスだと、私は思うけれど?」 アンジェリークも同意をするように頷き、シーツを握り締める。 アルフォンシアをあの男はどうしてしまったのだろうか。 「回診だ」 アリオスがノックをすると同時に、病室に入ってきた。 アンジェリークはアリオスを見るなり、睨み付ける。 「アルフォンシアをどこかにやったのはあなたね!」 「アルフォンシア?」 アリオスは訳が解らないとばかりに、眉を寄せる。 「うちの猫よ! 知っているでしょ」 アリオスは解ったとばかりに頷く。 「猫か。あの子猫なら、うちにいる。俺にすっかり懐いているから、渡さねえぜ」 アンジェリークはしまったと思った。 人質を取られてしまったのだ。 アンジェリークはアリオスを見つめる。人工弁がかしゃかしゃと音を立てるのが煩い。 ここは決意をするしかない。 大切な猫を取られてしまったのだから。 「解ったわ…。シェアを受け入れます」 運命が動き出す。 |
| コメント 秋になりおなじみの愛の劇場がスタートです! 宜しくお願いします。 |