Leave Yesterday Behind

7


「あなたと一緒になんか住めないわ」
 アンジェリークはよく通る声で、キッパリと言いきった。言葉尻が少し震えていたのかもしれない。
「お前に選択の余地はねぇさ」
 アリオスもまた引かない構えで、厳しい表情を向けてくる。アンジェリークは更に唇をへの字に曲げた。
「横暴だわ! 私の手術をたまたま担当したからって。あなたと住んでも、安静を命じられるだけだし、私には何のメリットもないもの! こ、これから次の仕事を探さないといけないし、このまま悠長にしていられないの! あなたと違って…、私は明日食べるのにも、家賃を払うのも困っているんだから」
 「だったら尚更だろ? 俺は主治医としてお前を監視が出来る。お前は部屋をひとつ与えられる。それだけじゃねぇか」
 アリオスはムッとしながら、俺様独自理論を展開してくる。
 全く勝手な男だと思う。
 白衣を着ているせいか、余計に威圧感が漂っていた。
 アンジェリークはそれに負けないように、顎を突き出すようにして高圧的な態度に出る。そうしなければ、自分を保ってはいられないような気がした。
「私はどんなことがあっても、あなたと一緒には住まないわ」
「お前は俺とルームシェアをする。お互いには干渉は一切なし。俺は外食が多いから、キッチンも使わねぇし、勝手にしてくれたらいい」
「動物は?」
「飼っていい」
 理想的なシェア条件ではある。ただし、アリオスが相手ではなければの話だが。
「…今のお前なら良い条件だと思うが、どうだ?」
 人の弱みを突いてくるのが、どうしてこんなに上手いのかと思う。容姿といい、医療への取り組みといい、全く理想的な相手だから、アンジェリークは余計に腹が立った。
「まあ、考えておけ…。お前には選択している余裕はないはずだ」
 アリオスは自分が優位的立場にいることを確認出来たからか、アンジェリークの病室から出ていく。
「そう決めると思っているだろうけれど、そうはいかないわ」
 アンジェリークがきつく言っても、声が揺れているせいで説得力はないらしく、アリオスは僅かに眉を上げただけだった。
 アリオスが出て行った後、アンジェリークは疲れを感じて、ぐったりとベッドに腰を降ろす。
 少し言い争ったぐらいで疲労困憊になってしまうとは、体力がなくなっている証拠だった。
「…やっぱり受けるべきなのかな…」
 ぽつりと呟くと、溜め息が出る。アンジェリークは解っていた。本当は、アリオスが嫌いなどではなく、好きになってしまうのが怖いのだということを。
「…そうだよね…普通なら…受けるよね」
 自分に言い聞かせるように言うと、力無くベッドに入った。
 今はこれ以上は考えられない。とりあえずは眠って、それから考えよう。
 飽和状態からは何も生まれないのだから。

 アンジェリーク宛に電話が入り、アリオスはそれをたまたま取った。
「アンジェリークさんにお取り次ぎをして頂きたいのです。私は彼女の大家です」
 初老の女性は朗らかで、温かい雰囲気が声だけで解った。
「私はアンジェリークの主治医ですが、何か」
「ええ、お家賃のことでちょっと。後、小さな動物の気配がして…」
 大家の話を聴きながら、アリオスはこれはチャンスだと思った。アンジェリークの決断を直ぐに迫ってしまえるかもしれない。
 自分でもどうしてここまで面倒を見ることに躍起になるのか、解らないでいた。
「そうですか。今、彼女は面会謝絶の状況で、電話をお回し出来ませんが、家賃は私が立て替えます。私はアンジェリークの従姉妹エリスの夫です。きちんと手続きをさせて頂きますので、直ぐにそちらに伺います」
 自分でも大胆なことをしているぐらい、解っている。しかも、自分でもここまでアンジェリークをこだわるとは、不思議だと思っている。最初は謝罪のためだと思っていた。だが今ははっきりと解る。やはりそれ以上のものがあるのだと。
 アリオスは大家から所在地を聞き出し、直ぐに向かう準備をした。
 病院から車で直ぐのところに、アンジェリークが借りているアパートメントがあり、アリオスは休憩時間を強引に作って、そこに向かった。
 大家の家はアパートメントの一階部分の広いスペースが取られている。
「まあ、すみません!」
 アリオスは身分証明書を大家に見せた後、直ぐに溜まっていた家賃を支払う。溜まっているといっても、アンジェリークが入院している間のことだった。
「有り難うございました。わざわざすみませんでした」
「恐れ入りますが、アンジェリークの部屋に入らせて頂いてよろしいでしょうか? 暫くは私が面倒を見ることになったので」
「ええ、どうぞ」
 アリオスは大家から鍵を受け取り、アンジェリークの部屋に足を踏み入れた。
 小さなアパートメントなのに、質素としか言えないのに、どこか優しい温もりを持つ部屋だ。
 不意に小さな鳴き声が聞こえ、アリオスは足元を見た。
 そこには小さな猫が、心許ない声で鳴いている。
「…アンジェリークの猫か…」
 アリオスは抱き上げると、小さな命にキスをする。可愛い雰囲気に、思わず心が癒された。
「…お前…ひとりじゃ寂しいだろ。俺が連れていってやる」
 猫を懐に入れると、アリオスは宝物のように大切に連れて帰る。
 温もりに癒された気分だった。
 それからというものの、アリオスの生活に、アルフォンシアはなくてはならないものになる。おもちゃで遊びながら甘える姿は、 アリオスにとっては何よりもの癒しになった。
 アルフォンシアはすっかり懐き、アリオスの胸の上でいびきをかいて眠るようになっている。
「なあ、アルフォンシア、お前の飼い主は、いつ俺に心を開いてくれるんだ…」
 アリオスは頭を撫でて、穏やかな眼差しでアルフォンシアを見つめていた。

「アルフォンシアがいなくなった!?」
 レイチェルから聞かされた事実に、アンジェリークは思わず声を上げた。
「そうだよ。でね、頼まれた家賃を払いにいったら、それも支払われていたんだよ。しかも来月分まで」
 アンジェリークはハッとする。
 背筋に嫌な汗が出た。
 これで決定的だ。
 アリオスだ。
 アリオスがお金を支払い、アルフォンシアを始末したのかもしれない。
「…ねぇ、お金を支払ったのは誰かきいた?」
「名前までは聞き出せなかったけれど、少し長めの銀髪で、医者だって…。アリオスだと、私は思うけれど?」
 アンジェリークも同意をするように頷き、シーツを握り締める。
 アルフォンシアをあの男はどうしてしまったのだろうか。
「回診だ」
 アリオスがノックをすると同時に、病室に入ってきた。
 アンジェリークはアリオスを見るなり、睨み付ける。
「アルフォンシアをどこかにやったのはあなたね!」
「アルフォンシア?」
 アリオスは訳が解らないとばかりに、眉を寄せる。
「うちの猫よ! 知っているでしょ」
 アリオスは解ったとばかりに頷く。
「猫か。あの子猫なら、うちにいる。俺にすっかり懐いているから、渡さねえぜ」
 アンジェリークはしまったと思った。
 人質を取られてしまったのだ。
 アンジェリークはアリオスを見つめる。人工弁がかしゃかしゃと音を立てるのが煩い。
 ここは決意をするしかない。
 大切な猫を取られてしまったのだから。
 「解ったわ…。シェアを受け入れます」
 運命が動き出す。
コメント

秋になりおなじみの愛の劇場がスタートです!
宜しくお願いします。




back top next