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どうして解ったの? 知って欲しい。知って一緒に闘って欲しい。心のどこかでは思っていた。 でも知られたく無かった。静かにその前から姿を消してしまいたい…。 そんな矛盾することを、ぐるぐると何度も考えたりもした。 こうして今、アリオスに知られたという事実が、リアルに目の前にある。 その事実をありのまま受け入れるには、勇気がいった。 何か言葉を紡ごうとしても、唇が震えて上手くいかない。何とかかすれた声を出す事が出来た。 「どうして?」 アンジェリークはただですら大きな瞳を更に見開いて、じっとアリオスを見た。開かれた瞳がその衝撃を写してしまう。 「…アリオス先生、教えて」 アリオスは余り理由を話したくないように苦しげに視線を落とすと、落ち着いた声を出した。 「おまえの具合は余り良くねえことぐれえは解る。それがどういうことなのか、ずっと考えていた。そして、偶然に知ったんだよ。おまえが”メイクアウィッシュ”でこの学校に来たということをな…」 アリオスは氷のように冷たい視線を心に投げ掛けてくる。そこには「どうして言わなかった」と、非難の言葉が隠れていることを、アンジェリークは見逃さなかった。 「爽やかに気持ち良く学校を去りたかったんです」 アンジェリークは、アリオスな視線が痛くて、それに背中を向ける。 「本当に風の又三郎みたいに。いつの間にか、誰にも知られずにこの学校から去るの。ふつうの女の子として、ふつうに過ごせればそれでいいの。だから、病気だからとか…、そんなことで特別扱いして欲しくなかった…」 声が震える。たが、知られてしまった以上は、きちんと言わなければならない。出来る限りな誠意を込めて。 アンジェリークは自分が持つ勇気をかき集めながら、何とか奮い立たせる。 「ここにいる時間にリミットが区切られてはいない人たちには、何でもないことも、私にはかけがえのないことだったわ。こうして先生と話したり、クラブ活動をしたり…。この一瞬が、私の人生な中では、最高に幸せな瞬間なんです。それこそ宝石みたいに…。だから、深刻な病気だなんて知られたくなかった…普通より少しだけ躰が弱いぐらいだと思われていたかった…」 アリオスの顔をまともに見たくない。高まり上ずる感情を抑え切ることができずに、アンジェリークは何度も浅い呼吸をする。 「…先生は、私の本当の病気は何かを知りたい?」 自分でも半分泣いていて、何を言っているのかが聞き取ることが出来ない。 「…ああ」 沈黙があった後に、アリオスは頷いた。正直な返事なのだろう。 「知って…どうなるんですか?」 思った以上に冷たい声が出てしまい、アンジェリークは自分でもぞっとするのを感じた。 こんなに冷たくして駄目だと解っているのに、つい感情的になる。これ以上、こんなことをしても無駄なのに。 「少しはおまえの助けにならねえか? 俺じゃあダメか?」 今まで聞いたことのないような優しい声だった。アリオスな声には、慈しみと労りが溢れている。 だが自分ではどうしていいかが解らない。 アンジェリークは無意識に破れかぶれになっていた。 「アリオス先生は、私の事を哀れんでいる? だったら哀れむのは止めて下さい。それとも、いつもみたいに、女の人を口説く時に使う? 難病の女の子と恋に落ちて、その娘が亡くなった今でも忘れられないとか?」 自分でも嫌になるぐらいに冷たくてヘドロのような言葉が溢れてきた。どうしていいかが全く解らない。だが口がどんどん自然に出てくる。 「おまえ…俺を見くびるな」 アリオスの声が一気に絶対零度を越える。背中が冷たくなるぐらいに、視線も声も痛い。氷で総てが出来ているのではないかと、思う。 「おまえがその気なら、俺は何も言わねえ…。それだけだ」 アリオスの声だけで、怒りの頂点に達していることが解る。アンジェリークは振り返るのが恐かった。 「アンジェリーク、ほら、俳句ノートだ。もう俺に気遣わずに、勝手に”風の又三郎”だろうが、何だろうがなるといい。これ以上は何も言うことはねえしな」 肩ごしに差し出されたノートを、アンジェリークは静かに受け取る。 アリオスなりのアンジェリークへの別離宣言とも思えるものだ。 それを受け取った瞬間、総てが粉々に砕け散るのを感じた。 かけらが心臓を直撃し、妙な音を立て始める。これ以上はここにいられないかもしれない。 アンジェリークはただ一礼だけをすると、保健室を後にする。何処をどう歩いているのかが解らないくらいに、重いぬかるみにはまってしまった気分だった。闇に紛れて、ひたすら足を動かしているだけのようだ。 靴箱が並ぶ玄関先にたどり着く頃には、心臓がおかしなことになっていた。 「…あんなことぐらいで、どうしておかしな鼓動をするのよ…。このポンコツ…!」 アンジェリークは自分のロッカーにしがみつきながら、浅い呼吸を何度も繰り返す。そのうちに呼吸の乱れは治まっては来たが、痛みは治まらなかった。 何とか立て直して、家路に帰ろうとした所で、ユーイで出くわした。 「おいっ! アンジェリーク! どうしたんだよっ! その顔色は!?」 アンジェリークの具合の悪さは、誰が見ても明白で、ユーイは心配そうに直ぐに駆け寄ってきた。 「アリオスのやつのところに行こうぜ!? おまえ、すげえことになっていねえか?」 アリオス。 その名前を聞くだけで、アンジェリークの鼓動は、更に激しさを増してくる。 再び心臓が狂うように動く。 「…大丈夫よ。ちゃんとこれぐらいはひとりでいられるから…。ポンコツね、やっぱり…」 アンジェリークがひとりで悪態をついても、ユーイは笑うことが出来ない。顔が引き攣っている。相当大事だと思っているのだろう。 「直ぐに治まるんだ…」 アンジェリークは無理して笑うと、直ぐに飲めるようにと制服のポケットに入れているタブレットを呑み干した。 「アンジェリーク…」 ユーイは何をしていいかが解らないようで、ただじっと青い顔でアンジェリークを見ている。それこそ、彼のほうが重病人に見える。 「…ユーイ、あなたのほうが重病に見えちゃうよ? だってそんなに青い顔してるじゃない?」 アンジェリークはようやく笑う事が出来ると、ユーイに茶目っ気たっぷりの表情を披露した。 「…ほら、治まった。帰るわ。じゃあ、心配してくれて有り難う」 アンジェリークは深呼吸をして立ち上がると、そのまま静々と靴を履いて外に出た。 ユーイが呆然としているのが解る。 だがあれぐらいのことは馴れているせいか、結構普通に出来た。 「…ポンコツ…」 小さく呟いて、アンジェリークは自分の心臓の部分をそっと撫でた。 ユーイに発作の現場を見られた以上、アリオスに報告されるのは解りきっていた事だった。 それでも構わない。 このままアリオスに近づかなければ、あちらも何も言っては来ないだろう。 「いつも感情的になって計画倒れになっちゃうんだな、私…。本当は先生、私が先生に癒してもらうんじゃなくて、私が先生を癒したかったんだよ…」 ポツリと呟いても、それは空々しく響くだけ。 誰かを変えられるなんて考えは、傲慢の極みだったのかもしれない。 ユーイから、下駄箱での顛末を聞き、アリオスは明らかに苛立っていた。 アンジェリークが軽い発作を起こしていたことは明白だったからだ。 あれからアンジェリークは保健室に近づくこともなく、アリオスも余り生徒たちと関わりがない為に、逢うこともままならない。 あの顔を見られないことが、こんなに精神衛生上、良くない事とは思わなかった。 こうして手をこまねいている間にも、アンジェリークは確実に時間を削り、ここから消えていく時期も近づいている。 「お互いに頑固なんだろうな…」 アリオスはポツリと空を見上げながら呟いた。 アンジェリークはと言えば、アリオスに会いづらくなってからというもの、体育の時間はいつも、桜の木の見える場所で、ぼんやりとすることが多くなってしまった。 「おっ、アンジェリーク! また、んな所にいたのかァ!」 「レオナード先生…」 いつも明るいレオナードは、エンジュと仲良くしているアンジェリークに、人一倍気に掛けてくれている。それが嬉しい。 「雨が続くなァ」 「きっとこのままじゃ、桜は綺麗に散ってしまいますね。八重桜でさえも…」 アンジェリークはぼんやりと見つめながら、寂しく呟いた。 「もうすぐ桜の季節も終わって、躍動感のある良い季節になるなァ」 「レオナード先生は、夏がお好きみたいですね」 「あたぼう。ビールの美味い季節だからなァ」 屈託無く言うレオナードに、アンジェリークは自然と笑みを零す。こんなことは久し振りだと思いながら。 「風邪引くなよ。早目に教室戻っておけ!」 「はい」 肩をとんと叩かれて、アンジェリークはまた笑った。 レオナードが行ってしまい、アンジェリークはまた桜を見つめていた。 「アンジェリーク…」 息を潜めるように呼ぶ声に、アンジェリークは全身を硬直させながら振り返った。 「アリオス先生…」 「風邪を引く」 「そんなやわじゃありません、私。風邪ぐらいで、病気は悪くならないです」 アンジェリークはちらりとアリオスを見る。綺麗な横顔は相変わらず強張っている。堪らない気分なって、また感情が爆発しそうになった。 「そんな顔をされないで下さい! そんな哀れみのある顔をしないで下さい…。私、私、凄く辛くなります…」 アンジェリークは声も躰も震わせながら、俯く。唇がわなないて、そこから熱くて切ない息が洩れた。 「言いたかったら言えばいい。おまえがそれで楽になるならな」 「楽になんかならないです!」 自分でも驚くほどにキツイ声が響いたが、アンジェリークは構わず続ける。 アリオスの前だと、感情を簡単に爆発させてしまう。それが甘えなのかどうか、全く解らないが。 「ああ、俺には解らねえな」 「後、一年生きられるか、生きられないか解らないのに一生懸命生きなければならない気持ちが解りますか? 爪の先で 何とか踏ん張っている気持ちが解りますか!?」 「ああ、解らねえよ…!俺はでっかい病気になったことはねえからなあ!」 これぞ売り言葉に買い言葉。ふたりの論旨は互いにいきりたち、化学反応を起こして爆発する。 「アリオス先生なんか知らないっ!」 アンジェリークは言いたいことを言い捨てると、雨の中、外へと逃げるように走っていく。 心臓が止まったような痛みと共に、アンジェリークはその場にうずくまる。 今までにないような激痛に、意識が朦朧とした。 呼吸が浅くて、何かに捕まらなければここにいられない。 「…私の心臓は肝心なところで…どうしてポンコツになるのっ…!」 「アンジェリークっ!」 雨の中、アリオスが駆け付けて来るのが、音を聞いて解る。 ぎゅっと肩を掴まれても、もう抵抗出来る気力がない。 「苦しいか!? 気分は!?」 アリオスにただしがみついて、アンジェリークは嵐をやり過ごすしかなかった。 TO BE CONTINUED |
| コメント 愛の劇場です。11回目です。 少しずつ進んできましたが、また書きたいところまで辿り着いていない。 頑張りますだ。 |