Rainbow Connection

2


「あら、お客さんだったみたいね」
 女性教師は悪びれる様子等なく、アリオスから静かに離れた。
 アンジェリークは顔色ひとつ変えずに見つめている。
「アンジェリーク、あれが保健医のアリオス先生。まあ、女たらしだけど、生徒には手を出さないから安心して」
「一言余計だ、レイチェル」
 アリオスは不機嫌に言うと、アンジェリークをじっと見つめて来た。
「おまえさんは朝逢った転入生だな?」
「はい。アンジェリーク・コレットです!」
 覚えてくれていたことが嬉しくて、アンジェリークは一生懸命返事をする。ただそれだけなのに笑顔が浮かんだ。
「ここは俺が担当する第一保健室だ。心のケアとかは一切しねえ、躰のケアのみだ。心のケアはフランシスに頼むんだな。あいつは、最近増えている神経性食欲不振症とかのエキスパートだからな。あいつは精神科医、俺は外科医と住み分けてる。まあ、俺でもちゃんと知識があるから、内科的疾患は解るからな」
 ここが保健室にも関わらず、アリオスは気にすることなく煙草を吸う。ただし、空気清浄機の前ではあるが。
「まあ、余り世話になっては困る場所だろうからな。俺からの紹介は以上だ」
 アリオスはきっぱりと言い切ると、机に向かう。
「健康チェックの季節だからな。悪いが、仕事に戻らせてもらう。また遊びに来い。おまえさんはあんまり顔色がよくねえから、気をつけろよ」
 アンジェリークはドキリとする。ただ逢っただけなのに。短い間でこの保険医はどれほどのことを見ていたと言うのだろうか? アンジェリークはその洞察力の鋭さに驚いていた。
 ひょっとして、この瞳には総てを見透かされるかも知れない。そんな予感が脳裏をよぎった。
「じゃあ、アンジェリーク、行こうか?」
「あ、うん」
 レイチェルに声をかけられて、何とも残念な気分になる。もう少しこの場所にいたい。何をどうこうするのではないが、ただアリオスの傍にいたかった。アンジェリークにとっては、何故か優しい空間に思える。
「それじゃあ、失礼します、先生」
「ああ、またな。生徒も帰るから、あんたも帰れよ」
「解ってるわよ」
 アリオスに促されて、三人は第一保健室を出る。瞬間、レイチェルは溜息をついた。
「どうしようもない先生でしょ。だけれど、生徒には手を出さないから安心して」
 苦笑しながら言うレイチェルに、アンジェリークは柔らかな笑みを浮かべる。
「面白い先生ね」
「保険医としてはもったいないぐらいの腕の持ち主だって、エルンストが言ってた。凄い外科医だったって噂もあるし…。ブラックジャックみたいかなあ?」
「そうね、そうかもしれないわね」
 アンジェリークはしみじみと呟くと、一瞬空虚を見つめた。
「さてと。ざっとはこれで終わりなんだけれど、後はレオナード先生を紹介しておこうかな。副担任だからさ。これまた乱暴男だけど…」
「楽しみだわ」
 アンジェリークはくすくすと笑うと、レオナードの所に連れていって貰った。
 職員室に入ると、すぐに乱暴そうな声が聞こえて来た。
「これが解らないだあ? おまえどんな頭をしているんだよ?」
「だって、すっごい難しい問題を出したじゃない!」
「あの賑やかな声がレオナード先生。つるんでるのは私たちと同じクラスのエンジュよ。ふたりはまあ、私から見れば”お似合い”かしらねえ」
 レイチェルは笑いながら言うと、すたすたとレオナードの所に歩いていく。
「レイチェル、邪魔しちゃ悪いよ」
「平気だって。いつものじゃれあいだからね」
 アンジェリークは少しだけ気後れしながら、レイチェルの後を着いて行った。
「先生、新しい転入生よ。紹介だけしておくよ」
 エンジュが屈託のない笑顔をくれたので、アンジェリークも思わず返す。やはり笑顔で挨拶は気持ちよいものだ。
「ああ。宜しくな。俺の担当は英語だが、堅苦しい授業は抜きだ。おまえらのクラスでは、オーラルとリーダーを担当している」
「はい、宜しくお願いします」
 アンジェリークは通り一遍の挨拶を済ませると、少し場所を空けて譲ってくれたエンジュに微笑んだ。
「有り難う、宜しくね」
「ええ!」
 レイチェルとアンジェリークが離れると、ふたりはまた英語の構文について取り組み始める。そんな二人を見つめていると、アンジェリークはほほえましくすら感じた。
「今日の紹介はこんな所かな。先生はまたおいおい授業で紹介して下さると思うから」
「うん、有り難う、レイチェル!」
 今日は学校の内部を見学が出来て、非常に楽しかった。久しぶりの感覚に、アンジェリークの笑みは零れる。
 ”メイク・ア・ウィッシュ”の一環として、今回の学校生活が実現したが、出来るならばずっとこうしていたいと思う。
「ホントに楽しかった。有り難う」
 アンジェリークはしっかりと頭を下げてレイチェルに礼を言うと、さっぱり気性の彼女は屈託なく笑った。
「いいって! ワタシもアナタの案内が出来て凄く楽しかったからね。何でも言ってよ! 友達なんだからさ!」
「うん!」
 レイチェルの心遣いが嬉しい。
 本当にここの学院は優しさが詰まっていて心地が良い。アンジェリークはここに編入することが出来て、心から良かったと思わずにはいられなかった。
 レイチェルがクラブだと言うことで離れた後、アンジェリークはあの桜をじっと見つめていた。夕焼けになり始めた日が輝いていて、本当に美しい。
 この夕映えの桜も、とっておきのもののように思えた。
 もう二度とないだろう瞬間を、アンジェリークは心と脳裏に刻み付ける。
 今日の校内を回れたことも、決して忘れることは出来ない。
 今日、学校で出会ったことは、どれもが宝石のようにかけがえのない宝物となった。
 アンジェリークはしっかりと心にしまい込んで、夕日を見つめる。
「何やってんだよ、こんなところで」
 突然、艶やかな声がして、びくりとして、アンジェリークは振り返る。
「先生!!」
「おまえさん、風流だよな。ここで何をしてた?」
 アリオスがさりげなく横に座ってきてくれたのが、アンジェリークは嬉しかった。少し照れてしまう。微笑まれると、なぜだか素直な事が言える。やはり、この時間の限られた学生生活というのは、魔法だと思った。
「桜が凄くきれいだったから…。朝見たのと、また姿が変わって、違った表情を見せてくれると思いませんか?」
 少しきざでも自分にとっては、アンジェリークには美しく大切な一瞬だった。
「おまえさんホントに風流だ」
「先生もでしょ」
「俺はこれでも俳句部の顧問だからな。風流なのは当然」
 意外な言葉にアンジェリークは驚くばかりで、ただアリオスを見つめた。
「おまえさんも相当風流らしいから、どうだ、うちのクラブに入ってみねえか?」
 俳句部。それは楽しそうな響きに思える。特に、アリオスが顧問だから、そう思えるのかもしれない。
「週何回ぐらいですか?」
「毎週木曜日だ。それまでに季節の俳句を考える。川柳みてえになってもかまわねえけどな」
 週一回。これならば続けることが出来るかもしれない。躰に負担をかけずに、良い感じに出来るというものだ。
「だったら入部させて頂いて良いですか? 週一度ぐらいだったら、私も頑張れそうです」
「ああ、歓迎するよ。ついでにおまえの俳号を考えたからな。”桜天使”ってどうだ?」
「有り難うございます! 嬉しい!!」
 自分には分不相応な名前のように思えたが、アリオスに折角付けてもらえたのが、本当に嬉しかった。
「明後日に初会合があるから来い。場所は第一保健室だ」
「はい! 行きます!」
 俳句。
 作るのは初めてだが何だがわくわくせずにはいられない。きっと、大切な煌めきを俳句に込めることが出来るだろう。
 アンジェリークは俳句は自分にとってはとても素敵なもののような気がする。きっと命をそこに注ぎこむことが出来るだろう。
「楽しみです」
「ああ。俳句は楽しいからな」
 アンジェリークはじっと夕映えの桜を見る。
 こんなに色んな幸せを感じたのは、本当に久し振りだ。
「さてと。そろそろ俺は仕事に戻る。おまえも気をつけて帰れよ」
 隣にいたアリオスが立ち上がると、校舎に戻っていく。
 夕焼けに輝くアリオスの白衣の背中を見つめながら、今日見たものの中で、一番美しいと思った。


 翌日からオリエンテーションを含めて授業が始まった。
 アンジェリークはどんな授業を見るのも聞くのも、本当に楽しい。
「次は体育だよ!」
「あ、うん!」
 当たり前のように声をかけられて、アンジェリークは更衣室にレイチェルと一緒に向かった。
 一応、自分の体操服は持っている。それに着替えることだけで嬉しかった。こんなことは小学生以来かもしれない。
 照れ臭くなりながら、アンジェリークは体操服に着替えて、他の生徒と一緒に整列する。それが本当に感動する。何でもないことかもしれないが、アンジェリークには掛け替えのないことだった。
 躰つきがしっかりした男性教師がやってくる。いかにも保健体育の教師だ。
「これから、一年間、この時間の体育を担当するヴィクトールだ。宜しくな」
 彼は視線を動かすと、アンジェリークの所にぴたりと止まった。
「コレットか?」
「はい」
 「おまえは体育は総て見学だと聞いているが」
「準備体操だけさせて下さい」
「解った」
 青空の下で、どうしても躰を動かしたかった。この気持ち良い春にじっとしていることが、出来なかった」
 最初のラジオ体操は息が上がらずに快適に出来た。これぐらいだと本当に気持ち良い。
 体育をしている場所が、第一保健室の前だったので、保険医アリオスがその様子をしっかりと見ている。それにはアンジェリークは気づかなかった。
 しっかりと体操して気を良くしたアンジェリークは、更に次の運動に入った。
「次はサーキットトレーニング三セットだ!」
「はいっ!」
 アンジェリークは次の運動もしてみようと、見よう見真似で挑戦する。
 足と手を使って、短い時間で立ったり座ったりする。それは激しくアンジェリークの息が上がった。
 立ち上がろうとして、地面が揺れる。
「……!!!」
 次の瞬間、躰が崩れおち、辺りが暗くなる。
「アンジェリーク!!!!」
 頭上に誰かが叫んでいるのは判るが、何も答えることが出来ない。
「下がってろ!」
 心地よい、声がする。
 直ぐに誰かは、アンジェリークには判る。アリオス先生だ。
 逞しい腕に抱き上げられたことを感じて、意識は完全に暗転した-------

TO BE CONTINUED
コメント

愛の劇場です。
新連載二回目です。
久しぶりに教師と教え子。
頑張ります。




back top next