Rainbow Connection

3


 ふわふわと意識が浮いている。このままずっといたいと思うほど、心地が良かった。
 アンジェリークは温かいものに包まれている気分になり、とても幸せだ。
 力強く安心が出来るから。
 水の中にいるような、そんな不思議な感覚があった。
 ふと背中に柔らかいものが当たる。幸福な時間を邪魔されたようでもどかしく、アンジェリークはゆっくりと意識を戻していった。
「意識が戻ってきたか?」
 歪んで見えていた顔がはっきりと見えて、すぐにアリオスが見ているのに気がついた。
「…先生…」
 アンジェリークはアリオスの名前を呼ぶと、じっとその視線を捕らえる。
「ここまで運んでくれたのは、先生ですか?」
「ああ」
 嬉しい返事にアンジェリークは頬を赤らめた。だから、いつまでもこの状態が醒めて欲しくなかったのだ。
「-----倒れたのは、ただの貧血じゃなさそうだな」
 厳しい視線を向けられて、アンジェリークは呼吸を奪われるかと思った。異様な緊張感がアリオスにはある。
「きっと寝不足です。昨日は遅くまで本を読んでいたので…」
 アンジェリークは曖昧に笑いながら答えたが、アリオスの視線は更に厳しくなっていた。
「寝不足か…。気をつけるのに越したことはねえが、ちゃんと一度医者に診てもらったほうがいい…」
 アリオスの口調は有無を言わせない厳しいものがあったが、アンジェリークはそれをさらりと受け流す。
「医師なら先生がいるわ!」
 真っ直ぐと曇りのない眼差しをアリオスに向ける。だが、彼は言葉に窮しているようだった。
「俺みてえなポンコツ医師を選ぶんじゃなく、ちゃんと大学病院とか、大きい病院の医者に診てもらえ。紹介状なら書いてやる」
 そんなものは、アンジェリークが欲しいものではない。頭を横に振ると、ベッドから起き上がろうとした。
「大丈夫だもの。今だって軽い目眩ですし、その証拠にちゃんと起き上がることが出来るでしょう?」
「まだ寝ておけ。昼休みまでは教室に戻るな」
 肩を少し強い力で押さえられると、アンジェリークはベッドに戻される。その力強さが、少し痛い。
「大丈夫ですって!」
「いいから、寝ていろ! 俺は担任に内線するからな」
 アリオスは強引に言うと、ベッドを仕切っているカーテンを強引に引いた。
 アリオスが言うことの聞かないアンジェリークに苛々していることは、その足音で感じられる。
「怒らせちゃったかな…」
 アンジェリークはぽつりと呟くと、蒲団を頭まで被る。
 
 アリオス先生…。だけれど、私はあなたに根本の深い原因を知られたくないの…。風のように現れて、去りたい。

 切ない想いにアンジェリークは心を乱されながら、目を閉じた。
 うとうとしていると、カーテンが静かに開けられる音がして、アンジェリークは目を開けた。
 担任のルヴァだ。
「ルヴァ先生…」
「あー、アンジェリーク、体育はあれほど見学をするように言われてたではありませんか」
 険しいルヴァの表情に、アンジェリークも少し表情を陰らせる。
 ルヴァだけはあのことを知っている。彼は元々、”メイク・ア・ウィッシュ”プロジェクトのスタッフなのだから。だからこそ、アンジェリークはこの学校に転入出来たのだ。
 ”保険医に通報しておくべきだと最初は彼も言ったが、アンジェリークの頑なな願いで黙っておいてくれたのだ。
 アリオスにはいずれはばれてしまうだろうが、言ってほしくない。視線にアンジェリークの悲痛な叫びが縫い止められた。
「あまりに春の風が気持ち良かったんです…。躰を動かしてみたら、更に気持ち良くて、皆と一緒にやってみたかったんです」
 ルヴァは寂しそうに笑うと、頷く。そこに悲哀があることは、アンジェリークにも解っていた。
「アンジェリーク、今度からは、体育は絶対に見学をしなさい。それ以上のことはしてはいけないですよ。今日のことで、しっかりとした体力を培う運動ですらダメだということが、お分かりになったでしょう。体育は見学。これを肝に命じておいて下さいよ?」
「はい」
 今日はたまたまだったとは思ったが、アンジェリークはそれ以上は言わずに、素直に従うことにした。
「アリオス先生がおっしゃるように、ゆっくりと休んで、出られるのであれば、午後からの授業に出なさい。じゃあ私は戻ります」
「はい…。先生、有り難うございました」
 ルヴァが柔らかな笑顔を残して保健室を去ると、アリオスが声をかけて来た。
「おまえ、体育はいけなかったのかよ!?」 
「一応、体育の先生方には診断書を出しています」
「そうか…」
 アリオスが複雑な視線を向けてくるので、アンジェリークは目線を逸らす。不思議な瞳で見つめられなどされたら、きっと総てが白日に曝される。
 それだけは避けたかった。
 最初の計画通りに、アリオスのそばにいながらいつの間にか消え去ってしまいたかった。
「おまえ、どこが悪い?」
「……」
 単刀直入に言われても、アンジェリークは答えなかった。答えられなかった。アリオスにだけは、知られたくなかったから。
「ちょっと人よりも心臓が弱いだけです。普通の学園生活には、全く支障すらありません」
 きっぱりとアンジェリークは言い切り、ごまかすようにわざと明る過ぎる笑顔をアリオスに向けた。
「俺に嘘はつくなよ? これでもかつては大学病院で勤務をしていた。おまえの嘘ぐらいは簡単に暴けるんだからな…」
 少し苛々が判るアリオスの声を、アンジェリークは黙って受け止める。緊張したが、あえて言わなかった。
「先生…」
 アリオスの顔が間近にあるのが切ない。この男性に嘘や虚勢が通じないのは解っている。だが、今は真実を知られたくなかった。
「病気だったら正直に俺に言え」
「ホントに大丈夫です!」
 アンジェリークが余りにも強引に言ったので、アリオスは不機嫌そうに溜め息をついた。
「おまえ…、頑固だって言われねえか?」
「たまに」
 笑顔で悪びれることなく言ってみる。そうするとアリオスは諦めたように苦笑した。
「しょうがねえな。だったらおまえ、体育の時間はここで過ごすのはどうだ? おまえが運動しないかとおろおろする必要が、  体育教師になくなるからな。交渉は俺がしてやるよ」
 体育の時間ごとに、アリオスに確実に会える。アンジェリークにはこれほど楽しいことはない。
「有り難うございます! そうさせて頂けますか?」
 本当に嬉しかった。クラスメイトが気持ち良さそうに運動しているのを、恨めしく見る必要がないから。そう言った意味でも、アンジェリークには大きかった。
「だったら体育担当とルバ、教務主任に話しておくから、体育の時間はここで過ごせ」
「はい!」
 アリオスの心遣いが嬉しい。アンジェリークは明るく答え、ほんとうに楽しみに想う。
「先生、お願いします」
「ああ。じゃあ、少し、寝ておけ」
「はい」
 アンジェリークはアリオスに頬を触れられると、安心して眠れるような気がした。先ほどあった苦しさはなく、ゆったりと休息を取ることが出来た。

 目覚めてしばらくして、レイチェルとエンジュが来てくれる。今やふたりは良い友達になっていた。
「良かった! 倒れたから、心配したんだよ!!」
「有り難う、ふたりとも!」
 アンジェリークはふたりが来てくれたのが、凄く嬉しかった。久し振りに感じる”友達”がとても心地良い。
「アンジェが大丈夫そうで良かったよ…」
 レイチェルはほっとしたように溜め息をつくと、アンジェリークをぎゅっと抱きしめた。
 切ない抱擁にアンジェリークはドキリとする。こんなにストレートな友情は今まで経験したことはなかったから。だが何て心地がよいものなんだろうか。
「アンジェが大丈夫だったら教室にもどるけど、具合はどう?」
 エンジュはアンジェリークの顔を覗きこむような仕草で、心配そうに眉根を寄せた。
「大丈夫。教室に戻るから」
 アンジェリークはふたりを安心させるように言うと、ベッドから下りた。
「アリオス先生お邪魔しました!」
「コレット、これを担任に渡しておけ。おまえが保健室にいた証明だ」
 アリオスが出て来てくれて、小さな紙を渡してくれる。そこにはアンジェリークが何時間保健室で休んだかが、示されていた。
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げた後、アンジェリークはクラスメイトと一緒に、保健室を後にした。
 明るく保健室を去るアンジェリークをアリオスが鋭い眼差しで見つめていることは、勿論本人は気付かない。
「俺はどうしてこんなにあいつが気になるんだ…。どうしてあいつなら、色々してやりたいって思う…」
 アリオスは苦笑すると煙草に手をかける。禁煙だとは解っていても、吸わずにはいられない。
 紫の煙を宙に吐いても、切なくももどかしい感情は治まらなかった。

「アンジェを助けに来たアリオス先生、本当に素敵だったよ」
 エンジュの何気ない一言に、アンジェリークは甘く心をざわつかせ、思わず頬を赤らめる。
「そう、そう。保健室の窓から飛び越えてきたアリオス先生、白衣を靡かせた王子様みたいだった! その証拠に、アンジェを軽々と抱き上げて、保健室に運んでいったものねえ。お姫様だっこで」
 レイチェルから状況を詳しく聞かされて、アンジェリークは自分がその時に意識があったらと思わずにはいられない。
 このようなシチュエーションに、アンジェリークのアリオスへの恋心は否が応でも増していく。

TO BE CONTINUED
コメント

愛の劇場です。
新連載3回目です。
久しぶりに教師と教え子。
頑張ります。




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