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「俺は絶対に諦めねぇ…!」 アリオスは唸るように言うと、アンジェリークが横たわるベッドに近付いていく。 「アリオス先生! アンジェを助けて!!」 レイチェルとエンジュが祈るような恰好で、魂から悲痛の叫びを上げている。 アリオスは何かに憑かれたようになりながらも、先ずは冷静にアンジェリークの脈を取った。 捕まえられないほど、弱々しいものになってしまっている。 アリオスは、この脈拍を捕まえられれば、アンジェリークを失わずに済むかもしれないと、心の奥底で考えていた。 アンジェリークの躰を楽にさせ、心臓マッサージを施す。 アリオスが一心不乱にマッサージをしている姿を、誰もが緊張感溢れる眼差しで見つめた。 アリオスは定期的にマッサージをしては、脈を取る。 ほんの少しの変化でも、繊細になった指先は、感じとってくれた。 アリオスは根気よくマッサージを続ける。 そこにいる誰もが、アリオスを保険医のままでいさせるのは相応しくないと、感じていた。 何度めかのマッサージの後、アリオスはようやくひといきをつき、脈拍を確かめる。 アンジェリークは先ほどよりもかなり強く、脈を打ち始めていた。これだけ戻れば、まだ少しは大丈夫だろう。希望は薄くても、持つことは出来るのだから。その証拠に、アンジェリークの頬は、少しだけ赤みをさした。 「オスカー、ストレッチャーの準備をしてくれ。ICUにアンジェリークを移動させる。緊急手術の手配を頼む」 オスカーは一瞬息を呑む。 アリオスが最後のかけに出ることに、畏敬の念を抱いているかのようだった。 「レオナード、エンジュ、レイチェル。アンジェリークの容態が安定し、準備が出来次第手術をする」 誰もが解っていた。 その手術が困難を極める可能性が高いことを。失敗は死を呼び、助かるよりもそちらの可能性が高いことを、解っていた。 オスカーがストレッチャーを取りにいっている間、アンジェリークはゆっくり目を開けた。 青緑の瞳は濡れて光り、どこか遠い場所を見ている。 「天国の扉を叩きそうだったんだ…私…」 掠れた苦しげな声で言うと、アンジェリークは泣きそうな笑みを浮かべた。 瞳はただアリオスを捕らえている。 無言だったが、ふたりは充分に魂の会話をした。アンジェリークは話す力もないのかただ穏やかに微笑んでいるだけだ。 オスカーがストレッチャーを持ってきてくれ、アリオスはアンジェリークを抱き上げて、優しくそこに寝かしつける。花火大会の夜よりも、更に軽くなったような気がした。 ストレッチャーに乗せられたことで、アンジェリークは成り行きを理解したようだった。 ただ一度だけ、アンジェリークは頷く。 ストレッチャーが引かれ始めると、レオナード、レイチェル、エンジュが手伝ってくる。 「一緒に引かせて欲しいの。ストレッチャーを」 「ああ」 アリオスは了解とばかりに頷くと、少女たちは一生懸命にストレッチャーを引く。 今、このストレッチャーを、アンジェリークの人生を彩ってきた人々が、無償の愛で引いている。 アリオスはこの優しい想いを無駄にしてはならないと、深く思った。 ICUにアンジェリークを運び込むと、手早く点滴や酸素吸入を取り付け、機械で心拍を確認する。 「オスカー、直ぐにご両親を呼んでくれ。手術の同意をしてもらう」 「ああ」 アンジェリークの主治医であるオスカーが、連絡に行ってくれている間、アリオスは優しい眼差しでアンジェリークを見つめた。 「…手術…するの?」 「ああ」 アリオスのきっぱりとした一言で、アンジェリークは自分が置かれている状況を理解したようだった。 力のない笑みを浮かべると、アリオスに笑いかけた。 「私…、先生を凄く信じているわよ…」 「ああ」 アリオスが手を握り締めると、アンジェリークは弱々しい柔らかな力で握り返した。 「アンジェ…」 レイチェルたちがアンジェリークを囲むと、頷いて震える手を友人に向ける。 「頑張ってね!」 レオナード、レイチェル、そしてエンジュと、アンジェリークは誓いの握手をした。 「アリオス先生…、私たちアンジェに着いていていい? レオナード先生もお願い!」 レイチェルもエンジュも、友人の傍について、命懸けの闘いを見守っていたいのだ。 「麻酔まで、一緒にいてやってくれ。手術は長くかかるから」 「手術中も一緒にいてあげたい…! だって友達だから!」 アリオスはエンジュの声にただ頷いた。 アンジェリークの両親が駆け付けてくるまで、アリオスはずっと傍にいてやる。 アンジェリークは何かを悟っているのか、綺麗な瞳を潤ませているだけだった。 「いっぱい…夢が叶ったから…。凄く嬉しかったよ…」 「まだまだ叶えきられない夢もあるだろ?」 「一番は叶ったから…」 アンジェリークはただ笑うだけだ。 零れ落ちた命を、アリオスはアンジェリークに戻してやりたい。 その為にメスを握るのだ。 「アリオス。アンジェリークのご両親が見えた」 「ああ」 アリオスはオスカーと共に、手身近に手術になる経緯を話しにいく。 アリオスは医師てして、解りやすく淡々と話した。元々、両親は手術が必要なことを知っており、事実を受け入れ、同意してくれた。 「アリオス、麻酔医が入る。お前の指定の麻酔医だ」 「ああ」 アリオスがアンジェリークの病室に入ると、見守るようにベッドを囲んでいたレイチェルたちが緊張に包まれた。 「麻酔室に行くぞ、アンジェ」 「いよいよなんだ…」 アンジェリークは覚悟を決めたように深呼吸をすると、アリオスを信頼する眼差しで見た。 震える手が、アリオスを探している。アリオスはその小さな手をつかみ取った。 「…言えなく…なるかもしれないから…先に言っておくね…。有り難う、アリオス。今までどうも有り難う。これからもずっと大好きだから…」 アンジェリークは掠れた声で、まるで今生の別れたのような言い方をする。 離ればなれになるなんて、そんな事実は受け入れることは出来ない。 アリオスはアンジェリークの手を強く握り締めながら、その額に口づけた。 「一緒に闘うぜ。それで俺達は勝ち上がるんだよ」 「うん…」 アンジェリークは、アリオスに縋るような眼差しをすると、目を閉じた。 「ストレッチャーを引いてくれ」 アンジェリークが眠るストレッチャーを、アリオスを先頭にして、医師と看護婦が引いていく。 目指すは麻酔処置室だ。 麻酔室に入ると、そこで待っていたのはフランシスだった。精神科医の他に、麻酔医としても確かな腕を持った男だった。 「アンジェリーク、今から麻酔をかけます。気持ち良く眠るだけですから…」 聞き慣れた声に、アンジェリークはうっすらと瞳を開ける。 「フランシス…先生…」 「目を閉じて、レディ…。数を数えましょうか…。1、2、3、4、5、6…」 フランシスはアンジェリークの代わりに数を数えながら、麻酔を全身にかけていく。 「そうです…ゆっくり、素敵な夢を見ましょうか…」 フランシスの穏やかなトーンの声に、アンジェリークは眠りを深くしていく。 眠りに落ちていくアンジェリークを確認してから、アリオスは準備に向かう。 全身を消毒し、手術着に着替える。 マスクと帽子をし、最後に手袋をする。 アリオスが手術室に入り、直ぐにアンジェリークが運びこまれた。 手術に必要な器具が運び込まれ、アンジェリークの躰にも装着する。 「始める」 メスを持った瞬間から、ふたりの闘いが火ぶたを切って落とされた。 TO BE CONTINUED |
| コメント 結構な回数になってきました。 完結まであと少しです。 |