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一瞬、アンジェリークはどうしていいか判らなかった。 「・・・何のことですか・・・」 身に覚えのない非難にショックを受けながら、顔色を青白くさせてアリオスを見る。 「・・・おまえ、”ラ・ガ”っていうバンドに俺の曲を流しただろ・・・」 すぐにアンジェリークは首を振るが、アリオスの視線は冷たいままだ。 「そんなことしていませんっ! どうして私がそんなことをすると思われるんですか!?」 アンジェリークは驚いて必死に否定するものの、アリオスの強張った表情は消えなかった。 「現にあいつらがおまえに聴かせた曲を演奏していたのが、何よりの証拠じゃねえか!」 「アリオス・・・」 息を荒げながら言うアリオスの表情を見ていると、彼が明らかに傷ついていることは明白だった。 怒り、憎しみ、哀しみ・・・。 そのようなマイナスの感情が、アンジェリークに向かってまっすぐと放たれていた。 先の鋭い刃のような感情が、アンジェリークの胸を抉り、心から血を流させる。 痛かった。 痛すぎて声が出なかった。 「私はそんなことをしていません」 「だったら誰がやったって言うんだよ!?」 アリオスは幻滅したような蔑む視線をアンジェリークに向けてくる。 それが本当に痛くて痛くて仕方がなかった。 せっかく芽生え始めていたふたりの絆が、分断されていくのが感じられる。 それどころか深い溝が大きく広がっていく。 「あんたを信じた俺が悪かった。薄汚い貧乏天使だってことを、俺は見抜けなかった・・・。あんな汚いアパートでひとりで住んで、金に困ったからやるなんて、おまえは悪魔以下だ・・・!!!」 決定的な言葉だった。 周りがぐるぐると回っていく。 アンジェリークは表情をまったくなくしてしまっていた。 「じゃあな。もう二度と逢うことはねえかもな。俺からは二度と逢わない」 アリオスはアンジェリークに冷たく背中を向けると、そのまますたすたと行ってしまう。 振り返らない背中は強張って、非常に冷たかった。 アリオスを呆然と見送った後も、アンジェリークはしばらくは歩くことが出来ない。 やはり彼女は天使。 しかもなりたての天使であるがゆえに、冷たい言葉に免疫がない。 だらりと力が抜けたようにベンチに座ると、しばらくはそこから動けなかった。 その日から、またアリオスの生活は更に荒れ始めた。 どうでも良い女を抱いては、捨てる。 だが、どんな女にも彼の心の空洞は埋められやしなかった。 深かった心の空洞を埋めつつあったが、それを埋めようとしてくれたアンジェリークに裏切られて、益々深くなってしまったような気がした。 あの日から、誤解を解きたくてアンジェリークは毎日のようにふたりの接点である公園に毎日通った。 我ながらしつこいとは思う。 だがどうしても誤解を解きたかった。 どうせ天界に帰ってしまわなければならないのなら、せめて最後までにはきちんと誤解を解いてしまいたかった。 足げに通うものの、アリオスはなかなか姿を現してはくれない。 判っていたことだけれども・・・。 今、アンジェリークがこの場所に通うのは、天使としての使命感ではもはやなく、ひとりの女として生身のアリオスを愛してしまったからであった。 来る日も、来る日も通い詰める。 決定的な言葉を言われても、まだ信じたかった。 巷では、アリオスの曲であるはずの”ラ・ガ”の曲がチャートを席巻している。 もう、この場所には戻ってこないの? じっとベンチを見つめながら、一瞬あった温かさを思い出さずにはいられなかった。 アリオスが座っていた場所に腰をかけて、俯く。 あんな素敵な曲が、他人によって発表されてしまうなんて、どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・。 アリオスの心を癒してあげるには、ちゃんと理由を突き詰めてあげないといけない・・・。 薄汚い泥棒天使。 その言葉が胸にぐさりと突き刺さる。 アンジェリークは涙を堪えながら俯いた。 何か探せるかもしれない。 あの日最初にアリオスを見たテレビ局で、何かが判るかもしれないと、アンジェリークは向かうことにした。 電車に揺られながら、アンジェリークはテレビ局に向かう。 アリオスにどうしても誤解を解きたかった。 とにかくぶらぶらと歩きながら、テレビ局に向かう。 今日も相変わらず凄い人で、人込みにアンジェリークはくらくらする。 残された時間は後僅か。 その短い時間で、アリオスを心から癒してあげたい。 もう下界に降りることなど、なかなかないだろうから、その間に出来る限りのことをしたかった。 「今日アリオスが出るんだよ〜」 「凄い久し振りだよね〜!」 楽しそうにアリオスの出待ちをする少女たちが、ばたばたと走っていく。 アンジェリークは羨ましく思いながら、横目でちらりと見つめていた。 その後を着いていき、何とかアリオスにコンタクトを取ろうと試みる。 アリオスの銀色の髪が見えた時に、凄い勢いでファンたちが通り過ぎていく。 「ああっ」 驚いた声に振り向くと、そこにはバケツを持った清掃担当の初老の女性が転んでいた。 誰彼も無視してるが、アンジェリークは手を差し延べて屈み込む。 「大丈夫ですか!?」 「ああ、ちょっと肩を貸して頂戴?」 「はい」 すぐに肩を貸してやり、女性は立ち上がることが出来た。 「有り難うね、お嬢さん」 「いいえ」 アンジェリークは微笑んで応えたが、もうアリオスは行ってしまっていた。 仕方ないか・・・。 一瞬、切なげな表情をしたアンジェリークに、清掃の女性は気付く。 「あんた、アリオスさんのファンなのかい?」 「はい」 女性は何度か頷くと、優しげな微笑みを浮かべた。 「きょうび、あんたみたいなコがいるんだねえ・・・。ホンの少しだけれど、アリオスさんをちらりと見られるけど来るかい? 楽屋の前を通るだけだけど」 「はいっ! 是非!!」 こんなチャンスはまたとない。アンジェリークは素直に頷くと、女性に着いていくことにした。 普段はなかなか入ることができない楽屋前に差し掛かると、妙にどきどきとする。 足音が聞こえてきた。 アンジェリークは息を飲む。 アリオスがまっすぐこちらに歩いて来るではないか。 ふと、アリオスがアンジェリークの姿を捕らえ、途端に険しい表情になった。 すたすたとアンジェリークの前に歩いていくと、アリオスは目の前で立ち止まる。 「泥棒猫が不法侵入だ。外に追い出してくれ」 アリオスは冷たい言葉を投げ掛けると、すぐにボディガードに指示を出す。 途端に体躯の良い男がアンジェリークの華奢な躰を掴まえて、引きずっていく。 「来いっ!!」 「いやっ!」 恐ろしくて、涙をいっぱいに溜めて抗議するようにアリオスを見るが、彼は取り合わない。 アンジェリークはそのまま男に引きずられて、外にほうり出される。 「おまえみたいなのが来るところじゃないんだ!」 アリオス・・・、やっぱりあなたは・・・。 外に出された拍子で足首をひどく捻ってしまい、歩くだけで激痛が走る。 アンジェリークはひとり足をひきづりながらとぼとぼと駅まで歩いた。 涙が止めどなく零れていく。 リュミエール様…。 私はもうアリオスを癒せないのでしょうか…。 今夜彼が幸せになるように祈ります…。 彼が幸せであれば、任務が出来なくて、消えてしまっても構わないから…。 「今の子には罪はないよ! 何かやるなら、私を罰してくれ! あの子はこかされてもみくちゃになっていた私を起こしてくれた良いこなんだよ! あんな子にあんな酷いことを言って!」 女性はいつもは生真面目に掃除をしているのだが、そんな彼女の怒りにアリオスは息を呑む。 「そうだ。これ、あの”ラ・ガ”ってバンドのごみばこから出てきた、あんたのサイン入りの楽譜だよ。ずっとあんたに渡そうと思ってたんだけれどね」 意外なものを渡され、アリオスは驚く。 確かにそれは自分が書いたものであった。 それを見るなり顔色を変える。 確かにアンジェリークに曲を聴かせる時にはそれが既になく、見せられなかったことを思い出す。 「アンジェリーク!!」 全身に切なくも申し訳ない気分が駆けめぐり、アリオスはアンジェリークを追いかけた。 俺は、このときまだ知らなかった。 追いかけても、既に手遅れであったことを… |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |