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アリスの一件があってからというもの、アリオスとアンジェリークの仲は急速に接近していった。 朝会うなり、アリオスは必ず挨拶をしてくれるようになった。 その上、ベンチで腰をかけて色々と話すようになっている。 「アンジェリーク、おまえはどこの学校に通っているんだ?」 「私はどこにも通っていません。・・・学校は事情で行けないので」 一瞬、俯いたアンジェリークの横顔が切なくて、アリオスははっとする。 「経済的なものか?」 「いいえ・・・。理由はいずれお話し出来るかと思います」 アリオスはそれにただ頷く。 大きなお世話なのかもしれないが、アンジェリークへの保護欲が大きくなり始めているのは確かだった。 明るいくせにどこか不思議な頼りなさがあるアンジェリークを守りたくなっている。 「なあ朝メシ食いにいかねえか?」 「朝御飯?」 「ああ。近くに美味い店知ってる。俺がおごるから」 おごって貰えるのはとても有り難い。 なけなしの生活費でやっているアンジェリークには嬉し過ぎることだ。 「ほら、行くぜ!」 「はいっ!」 足早に行くアリオスの後をアンジェリークは飛ぶように着いていく。 ベッドに縛り付けられていた頃、いつも夢見ていた。 アリオスと一緒にこうやってごはんを食べに行くって・・・。 連れていってくれたところは、よくある24時間営業の定食屋だった。 夢見たところとは違ったが、それでも嬉しい。 アンジェリークは肉食をしないので、野菜ばかりの定食を注文する。 「もっとボリュームのあるものを注文したっていいんだぜ? だからそんなに痩せてるんだよ」 「いいんです・・・。食べられないから」 笑顔で答えると、アンジェリークはぱくぱくと出された定食を食べ始める。 アリオスと向かい合わせになるのは、少し恥ずかしいと感じながらも、きちんとした朝食がこんなに美味しいものかと思っていた。 ごはんを食べ終わり、ふたりはぶらぶらと仲良く公園へと帰っていく。 他愛のない話をしながら散歩するのが本当に楽しい。 私はアリオスの心を癒す為にやってきたはずなのに、私自身が癒されている・・・。 神様、私をアリオスのそばに付かせてくれてどうも有り難う・・・。 公園までやって来ると、ふたりはいつものベンチの前で別れる。 「またな」 「うん、また明日」 お互いに笑顔で別れ、この短いひとときをふたりで過ごしたことを糧に、今日一日は頑張れるような気がした。 アンジェリークへの想いが日に日に強くなっていく。 もっと長く一緒にいたい。 そんな想いがアリオスの中で支配されるようになった。 彼女をモチーフに次々と曲や詞がわき出る。 どれも黄金期を予感させる出来栄えだった。 アリオスはどんどんそれを譜面に起こしていく。 アリオスはアンジェリークにそれを聞かせてあげたくて、軽いジャブのつもりで一曲を披露するつもりでいた。 大切に楽譜に起こしたものを、テレビ番組の収録が終われば聴かせる予定にしている。 どんな表情をするか、アリオスはそれを想像するだけで楽しかった。 「アリオスさん出番です」 「はい」 アリオスは低いテノールで言うと、自分の出番に歌いに行く。 つい楽譜を置き忘れて、それを狡猾な誰かに見られたことを拾われたことに気付かずに。 歌を歌い、自分の出番が終わった後、もう明け方近かった。 仮眠室を借りて仮眠を取り、アンジェリークに逢える時間までそこで過ごすことにする。 マンションに戻ってまた眠るつもりだが、今は取りあえずの時間潰しだった。 いつもの時間に天使のベンチに座り、アンジェリークを待つ。 すると柔らかな光を湛えてアンジェリークがやってきた。 「おはよう」 「おはようございます」 挨拶をして、仲良くベンチに座る。 「新しい曲を作った」 「ホント!!」 アンジェリークは目を輝かせて、アリオスを見つめる。 「聴きたいか?」 「うん!!」 嬉しそうで期待感がある純粋な表情を見ると、本当に嬉しくなる。 アンジェリークの表情ひとつで本当に心が癒されていく。 「じゃあちょっとだけな。耳貸せよ」 「はい」 少し耳を峙てると、アリオスは苦笑しながら首を振った。 「こうだ」 「きゃんっ!」 不意にアリオスに肩を抱かれてすごく接近する。 心臓が飛び出るかと思うほど、アンジェリークはドキリとした。 耳まで真っ赤にしながら、俯く様子が可愛い。 アリオスはフッと微笑むと、アンジェリークに耳を近付けていく。 「いいか?」 「どうぞ・・・」 低く甘い声で囁かれて、全身がぞくりとした。 天使でもこんなにドキドキするんだ・・・。 ときめいてしまうんだ・・・。 アンジェリークは自分が本当の生身の女性だと、健康な17歳であればいいのにと、思わずにはいられなかった。 甘い声が耳に届き始めた。 染み入るようなメロディと歌詞に感動せずにはいられない。 何て美しい曲なのかな・・・。 今までのアリオスの曲よりもすごく深くて素敵・・・。 心に躰にアリオスの声が歌が染み入ってくる。 アンジェリークはいつしか涙を出していた。 こんなに素敵な曲を誰よりも早くに聴いて良いのだろうかと、思わずにはいられない。 これは天使の特典かな? 天使だからこその特典。 天使なとこと生身なとこと両方欲しいなんて、欲張りかな・・・。 甘い曲がフェイドアウトしていく。 音が止んだ瞬間、アリオスの唇が頬を掠めた。 「サンキュ、聴いてくれて」 「こちらこそ、素敵な曲を聴かせてくれて、有り難う」 余韻に浸りながら、アンジェリークはゆったりと微笑んだ。 「今、楽譜に落としていってる。こんな風に・・・」 言いながら、楽譜を探すが見つからずじまいだった。 仕方がないので違う曲の楽譜を見せる。 「これは違う曲の楽譜だが、こういった感じで譜面に起こしてる。この曲もまた聴いてくれ」 「有り難う! 嬉しい!!」 期待に胸を膨らませた、明るい表情のアンジェリークにアリオスも笑った。 見つめ合う二人の間に、確かに愛は存在した。 しばらく話してから、ふたりは公園を後にする。 この後に、ふたりにとっての大きな試練があるとはまだ気付かなかった。 その日、アリオスはいつものように歌番組の収録に来ていた。 ライバルバンドの狡猾な男もいる。 その者たちの曲のイントロが聞こえて来たとき、アリオスは顔色を変えた。 この曲は・・・!!! アンジェリークに初披露した天使の曲の一つと、まるっきりメロディも歌詞も同じではないか。 ただ楽譜には完全に起こしてはいなかったので、楽譜の部分のみの演奏だった。 顔色を変え、究極にアリオスは冷たい表情になっていく。 アンジェリーク・・・!! おまえがスパイなのか!? まさか自分が楽譜を落としたことを知らないアリオスは、アンジェリークへの怒りを胸にたぎらせる。 演奏が終わり、狡猾な男がアリオスの横を通った。 最初はばかにした笑みだったが、アリオスの冷たすぎる表情に顔色を変える。 だが、何もなくその場を通り過ぎることが出来た。 翌朝、何も知らないアンジェリークはご機嫌にも、アリオスの元に向かう。 「おはようございます!!」 明るく挨拶をして、顔を上げたアリオスを見てはっとする。 今までにない冷たく、そして蔑んだ恐ろしい表情だった。 躰が震えてしまう。 「天使みてえな表情と言動で、俺はすっかり騙されちまったぜ? 計算高いサイテーな女だったんだな、おまえも・・・。薄汚い泥棒天使!!!」 吐き捨てられた悪辣な言葉に、アンジェリークは息を飲む。 …何が起こったの・・・!? |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |