Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

9


 アリスの一件があってからというもの、アリオスとアンジェリークの仲は急速に接近していった。
 朝会うなり、アリオスは必ず挨拶をしてくれるようになった。
 その上、ベンチで腰をかけて色々と話すようになっている。
「アンジェリーク、おまえはどこの学校に通っているんだ?」
「私はどこにも通っていません。・・・学校は事情で行けないので」
 一瞬、俯いたアンジェリークの横顔が切なくて、アリオスははっとする。
「経済的なものか?」
「いいえ・・・。理由はいずれお話し出来るかと思います」
 アリオスはそれにただ頷く。
 大きなお世話なのかもしれないが、アンジェリークへの保護欲が大きくなり始めているのは確かだった。
 明るいくせにどこか不思議な頼りなさがあるアンジェリークを守りたくなっている。
「なあ朝メシ食いにいかねえか?」
「朝御飯?」
「ああ。近くに美味い店知ってる。俺がおごるから」
 おごって貰えるのはとても有り難い。
 なけなしの生活費でやっているアンジェリークには嬉し過ぎることだ。
「ほら、行くぜ!」
「はいっ!」
 足早に行くアリオスの後をアンジェリークは飛ぶように着いていく。

 ベッドに縛り付けられていた頃、いつも夢見ていた。
 アリオスと一緒にこうやってごはんを食べに行くって・・・。

 連れていってくれたところは、よくある24時間営業の定食屋だった。
 夢見たところとは違ったが、それでも嬉しい。
 アンジェリークは肉食をしないので、野菜ばかりの定食を注文する。
「もっとボリュームのあるものを注文したっていいんだぜ? だからそんなに痩せてるんだよ」
「いいんです・・・。食べられないから」
 笑顔で答えると、アンジェリークはぱくぱくと出された定食を食べ始める。
 アリオスと向かい合わせになるのは、少し恥ずかしいと感じながらも、きちんとした朝食がこんなに美味しいものかと思っていた。
 ごはんを食べ終わり、ふたりはぶらぶらと仲良く公園へと帰っていく。
 他愛のない話をしながら散歩するのが本当に楽しい。

 私はアリオスの心を癒す為にやってきたはずなのに、私自身が癒されている・・・。
 神様、私をアリオスのそばに付かせてくれてどうも有り難う・・・。

 公園までやって来ると、ふたりはいつものベンチの前で別れる。
「またな」
「うん、また明日」
 お互いに笑顔で別れ、この短いひとときをふたりで過ごしたことを糧に、今日一日は頑張れるような気がした。

 アンジェリークへの想いが日に日に強くなっていく。
 もっと長く一緒にいたい。
 そんな想いがアリオスの中で支配されるようになった。
 彼女をモチーフに次々と曲や詞がわき出る。
 どれも黄金期を予感させる出来栄えだった。
 アリオスはどんどんそれを譜面に起こしていく。
 アリオスはアンジェリークにそれを聞かせてあげたくて、軽いジャブのつもりで一曲を披露するつもりでいた。
 大切に楽譜に起こしたものを、テレビ番組の収録が終われば聴かせる予定にしている。
 どんな表情をするか、アリオスはそれを想像するだけで楽しかった。
「アリオスさん出番です」
「はい」
 アリオスは低いテノールで言うと、自分の出番に歌いに行く。
 つい楽譜を置き忘れて、それを狡猾な誰かに見られたことを拾われたことに気付かずに。

 歌を歌い、自分の出番が終わった後、もう明け方近かった。
 仮眠室を借りて仮眠を取り、アンジェリークに逢える時間までそこで過ごすことにする。
 マンションに戻ってまた眠るつもりだが、今は取りあえずの時間潰しだった。
 いつもの時間に天使のベンチに座り、アンジェリークを待つ。
 すると柔らかな光を湛えてアンジェリークがやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
 挨拶をして、仲良くベンチに座る。
「新しい曲を作った」
「ホント!!」
 アンジェリークは目を輝かせて、アリオスを見つめる。
「聴きたいか?」
「うん!!」
 嬉しそうで期待感がある純粋な表情を見ると、本当に嬉しくなる。
 アンジェリークの表情ひとつで本当に心が癒されていく。
「じゃあちょっとだけな。耳貸せよ」
「はい」
 少し耳を峙てると、アリオスは苦笑しながら首を振った。
「こうだ」
「きゃんっ!」
 不意にアリオスに肩を抱かれてすごく接近する。
 心臓が飛び出るかと思うほど、アンジェリークはドキリとした。
 耳まで真っ赤にしながら、俯く様子が可愛い。
 アリオスはフッと微笑むと、アンジェリークに耳を近付けていく。
「いいか?」
「どうぞ・・・」
 低く甘い声で囁かれて、全身がぞくりとした。

 天使でもこんなにドキドキするんだ・・・。
 ときめいてしまうんだ・・・。

 アンジェリークは自分が本当の生身の女性だと、健康な17歳であればいいのにと、思わずにはいられなかった。
 甘い声が耳に届き始めた。
 染み入るようなメロディと歌詞に感動せずにはいられない。

 何て美しい曲なのかな・・・。
 今までのアリオスの曲よりもすごく深くて素敵・・・。

 心に躰にアリオスの声が歌が染み入ってくる。
 アンジェリークはいつしか涙を出していた。
 こんなに素敵な曲を誰よりも早くに聴いて良いのだろうかと、思わずにはいられない。

 これは天使の特典かな? 天使だからこその特典。

 天使なとこと生身なとこと両方欲しいなんて、欲張りかな・・・。

 甘い曲がフェイドアウトしていく。
 音が止んだ瞬間、アリオスの唇が頬を掠めた。
「サンキュ、聴いてくれて」
「こちらこそ、素敵な曲を聴かせてくれて、有り難う」
 余韻に浸りながら、アンジェリークはゆったりと微笑んだ。
「今、楽譜に落としていってる。こんな風に・・・」
 言いながら、楽譜を探すが見つからずじまいだった。
 仕方がないので違う曲の楽譜を見せる。
「これは違う曲の楽譜だが、こういった感じで譜面に起こしてる。この曲もまた聴いてくれ」
「有り難う! 嬉しい!!」
 期待に胸を膨らませた、明るい表情のアンジェリークにアリオスも笑った。
 見つめ合う二人の間に、確かに愛は存在した。
 しばらく話してから、ふたりは公園を後にする。
 この後に、ふたりにとっての大きな試練があるとはまだ気付かなかった。


 その日、アリオスはいつものように歌番組の収録に来ていた。
 ライバルバンドの狡猾な男もいる。
 その者たちの曲のイントロが聞こえて来たとき、アリオスは顔色を変えた。

 この曲は・・・!!!

 アンジェリークに初披露した天使の曲の一つと、まるっきりメロディも歌詞も同じではないか。
 ただ楽譜には完全に起こしてはいなかったので、楽譜の部分のみの演奏だった。
 顔色を変え、究極にアリオスは冷たい表情になっていく。

 アンジェリーク・・・!!
  おまえがスパイなのか!?

  まさか自分が楽譜を落としたことを知らないアリオスは、アンジェリークへの怒りを胸にたぎらせる。
 演奏が終わり、狡猾な男がアリオスの横を通った。
 最初はばかにした笑みだったが、アリオスの冷たすぎる表情に顔色を変える。
 だが、何もなくその場を通り過ぎることが出来た。


 翌朝、何も知らないアンジェリークはご機嫌にも、アリオスの元に向かう。
「おはようございます!!」
 明るく挨拶をして、顔を上げたアリオスを見てはっとする。
 今までにない冷たく、そして蔑んだ恐ろしい表情だった。
 躰が震えてしまう。
「天使みてえな表情と言動で、俺はすっかり騙されちまったぜ? 計算高いサイテーな女だったんだな、おまえも・・・。薄汚い泥棒天使!!!」
 吐き捨てられた悪辣な言葉に、アンジェリークは息を飲む。

 …何が起こったの・・・!?

コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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