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「本当にお二人とも有り難うございました。あの子も幸せ者です。後は私たちが頑張ります。本当に有り難うございました」 アリスの父親が深々と頭を下げアリオスとアンジェリークもまた頭を下げる。 「きっと、アリスは良くなる。俺は信じてる」 「私もげんきなアリスちゃんにもう一度会えるように祈ります」 ふたりは挨拶をした後、深刻な病室を辞して病院の外に出た。 「・・・今日は有り難うございました。きっとあの子も幸せだと思うわ」 アンジェリークはゆっくりと頭を下げると、丁寧に礼を言う。 その堅苦しい他人行儀な態度が、アリオスには堪らなく嫌だった。 「別に礼を言われるようなことはしてねえよ」 「アリオスさん・・・」 「あの子みたいに、あなたに逢いたいって、ライウ゛に行きたいと言って、ベッドの上にああやって縛られてる子たちは沢山いるの。私もそうだったから、凄く気持ちが判るの」 ”夢を叶えられないまま死んでしまったけれど”--- その言葉をアンジェリークは飲み込むと、アリオスにはかない笑みを受ける。 それにはアリオスの胸はしばし切なく響いた。 「アリス、助かるといいな」 「・・・うん。アリオスさんの曲は病院にいる子も、みんなに勇気を与えてるわ。ずっと、ずっと歌っていてね?」 アンジェリークは涙を見せないように、大きく上を向く。 その横顔はとても澄んでいて美しかった。 アリオスもまた空を見上げる。 「さっきの歌、凄く感動しました。やっぱり凄いや、アリオスさんって」 声が涙混じりのものとなり、アンジェリークは言葉を続けていくのが必死だった。 華奢な肩が震え、哀しみを堪えているのが判る。 今はただ抱きしめてやりたい。 アリオスはただ無言でアンジェリークを引き寄せると、その腕で包み込んだ。 突然のことでアンジェリークは息を飲んだが、その精悍な胸ととても懐かしい香りに、しばし甘えることにする。 天使が癒されるなんて、そんなこともあるんだ。 リュミエール様、判っています、私は天に帰らなければならないことや、恋をしてはいけないことを。 だけれど、夢を見てもいいですよね。 天使にも夢は必要だから・・・。 ふたりは何も話さなかった。 ただお互いの心で癒しあい、しばしの心の平安を取り戻す。 しばらくそのままじっとしていたが、どちらからともなくゆっくりと離れていく。 「もう遅い。家まで送っていく。おまえも一応は女だからな」 少し拗ねるような表情をするアンジェリークがとても愛らしい。 アリオスはくつくつと笑いながら、駐車場まで歩いてく。 あ・・・。 アンジェリークにとっては、アリオスがくつくつと笑ったことが、何よりも衝撃だったと共に嬉しかった。 「どうした?」 「アリオスさん・・・、笑った」 「俺が笑ったら悪いかよ」 憮然とアリオスはしていたが、アンジェリークには本当に怒っていないことぐらいすぐに判る。 段々心の距離は近付いている。 「ほら、帰るぞ」 「うん」 アンジェリークはアリオスの後ろに付いて、駐車場まで歩いた。 「目立たない車を借りてきた」 「うん、有り難う」 アリオスが乗ってきた車は、どこにでもあるシルバー色の無難なセダンだった。 シルバー色がアリオスらしいと思う。 お父さんの車を思い出しちゃうな・・・。 「乗れ」 「はい」 自然の流れで助手席に乗ることになって、少し緊張する。 「家は?」 「すぐ近くのアパート」 「オッケ、ナビしてくれ」 アリオスにナビをしながら、アンジェリークは短すぎる深夜のドライブを楽しむ。 「ここです」 恥ずかしさもほとんど気にすることなどなく、アンジェリークは今住んでいるアパートを指差す。 「おまえ、ここに住んでるのか? どの部屋だ?」 アリオスはフッと寂しげに笑うと、じっとアパートを見つめる。 「あの部屋です」 指差した場所を見た瞬間、アリオスははっとする。 「俺もあの部屋に住んでいた」 アンジェリークは声にならない声を上げ、驚いたように息を呑む。 まさかリュミエール様は故意に私をこの部屋に住まわせたの? 「偶然だな。俺の原点だ。懐かしいな」 アリオスはしみじみと言いながら、この偶然に不思議な縁を感じる。 「機会があったら、遊びに来てくださいね」 「ああ。また、行かせてもらう」 今日のアリオスはいつものようなとげとげしくなく、優しい響きを持っている。 「今日は本当に有り難うございました」 「ああ」 アンジェリークは車を降りて、アパートの自室に向かう。 アリオスはその姿を見届けながら、心がアンジェリークに着いていくのを感じる。 運命を感じる・・・。 やはりアンジェリークは俺にとって運命の女なのかもしれない・・・。 アンジェリークはいつものようにアパートの部屋に入るが、今までのような寂しさや侘しさはなかった。 アリオスがここで暮らしていた。それだけで、部屋に帰るのが楽しくなる。 ここで初期の名曲とか産まれたのかな・・・。 だったら、凄いことじゃない? アンジェリークは妙にどきどきとする。この壁にもたれながら曲を作ったのだろうか。 このキッチンで自炊をして頑張ったんだろうか。 そう考えるだけで妙に興奮してきた。 かつてのアリオスが過ごした同じ空間にいると言うだけで、天にも上がる心地になる。 これでまた幸せな気分になれる。益々アパートが好きになれるような気がした。 その夜は、アリスのことをしっかりと祈る。 天使である以上その結末は十二分に判っているはずだったが祈らずにはいられなかった。 神様、少しだけでいいですから、アリスちゃんを助けてください。 だが、アンジェリークの願いも空しく、明け方アリスが天に召されるのを感じた。 両親に見守られて、優しく眠るようにアリスは逝ってしまった。 アンジェリークはその光景を感じ、泣きたくなる。 泣いて、泣き叫びたかった。 アリスちゃん・・・。もう気付いているわね? 私の本当の姿を。また逢えるからね。 あなたは私と同じく神様に愛されたから、誰にでも愛されたから、天に少しだけ早く召されたのよ。 待っててね、寂しくないように、また遊ぼうね。 アンジェリークはアリスと出会った公園に向かい、祈ることにした。 いつもより早く公園につき、白み始めた空に向かってアリスの冥福を祈る。 すると耳元でかすかに少女の声が聞こえた。 「有り難う、お姉ちゃん」 アンジェリークはしっかりと頷くと、空の高みに向かって一瞥を投げた。 何故かアリオスも少し早めに公園に来ている。 アンジェリークの姿を見つけるなり声をかける。 「よお」 「アリオスさん、おはようございます」 アンジェリークはアリオスに挨拶をした後、空を切なげに見上げる。 「…アリスちゃん、逝っちゃいました…」 「そうか・・・」 アリオスも共に空を見上げる。 「・・・アリオスさん」 アンジェリークはそれ以上言葉を続けることが出来ない。 次の瞬間、アンジェリークの感情は爆発し、アリオスの腕の中で泣いていた----- |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |