Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

14


 アンジェリークに逢いたい。だが、あれ以来彼女は全く姿を見せることはなく、アリオスは日に日にその思慕が強くなるのを感じた。
 エンジュは時間が出来る限りは、あのベンチにやってくる。
 だが、アリオスは彼女では癒されなくなっていた。
 だが、そんな最中、写真週刊誌が、アリオスとエンジュの仲を大々的に報じ、巷ではそのことで持ち切りになっていた。
 もちろん、アリオスと逢わずに引きこもりを続けているアンジェリークにも同じことが言えた。
 天使の耳にもその噂が入り、胸の奥が切り裂かれて、息が出来ないような、そんな気分になっていた。
 アリオスとエンジュの仲をすっぱ抜いた雑誌を手にとり、その姿を確認するなり、余計に引きこもってしまう。

 アリオスはもう、私なんかは必要としないかもしれない・・・。

 アンジェリークは益々膝を抱える時間が続く。
「アンジェリーク・・・」
 アンジェリークの教育係であるリュミエールがその姿を見兼ねて、やってきた。
「アンジェリーク、顔をお上げなさい」
「リュミエール様・・・」
 優しい声に導かれて顔を上げると、安らぎをたたえたリュミエールがいた。
「リュミエール様・・・」
 名前を呼ぶと、上級天使は穏やかな微笑みを浮かべてくれる。
 優しい指先が、アンジェリークの頬に触れる。
「後、一月と少ししか残されていませんよ・・・。あなたが本当にアリオスを癒すことが出来るのもあと僅か。諦められますか? それとも頑張りますか? あなたならお出来になるから選ばれたということを、忘れないようにしてください」
「リュミエール様・・・」
 リュエールの言葉が、トゲだらけな心を癒してくれる。
「・・・リュミエール様・・・、私は天使なのにこんなに心が傷つきやすくて、慈愛の心もほとんどなくて、なのに人を癒せるのでしょうか・・・。しかも、他の女性に心があるアリオスに・・・」
 アンジェリークはいつもの前向きさがなく、涙をほろほろと流すが、リュミエールは穏やかに微笑むだけ。
「まだ時間はあります。お考えなさい」
「はい・・・」
 リュミエールの穏やかな微笑みに、アンジェリークもまた、微笑まずにはいられなかった。


 アリオスはアンジェリークに逢えない切なさで、息がつまってしまうのではないかと感じてしまう。
 アリオスは時間ができると、アンジェリークの住むあのアパートの近くに佇むことが多くなる。
 そこにいれば、アンジェリークの優しい気を感じることが出来るような気がした。

 アンジェリークがようやく外に出ると、アパート近くにアリオスがいて驚いた。
「アンジェリーク、散歩しねえか?」
 顔を逢わせるなり、アリオスはいきなり訊いてくる。
「はい」
 アリオスに言われるままに着いていく。
 気持ちが少し強張ってしまう。
 とぼとぼと着いて行くが、少し気分はましになった。
「海、見に行こうぜ。車で来てるから」
「はい」
 アンジェリークは素直にアリオスの車に乗り込む。
「穴場の海を知ってるんだ。楽しみにしてくれ」
「はいっ」
 段々と心がほぐれていく。
 アリオスから誘われたことなどなかったこともあり、正直いって嬉しかった。
 車の中ではほとんど話をすることはなかったが、それでも幸せな気分になってくるのが不思議だ。
 車は古びた駐車場に停まり、そこから歩いていくと白い砂浜が見えてくる。
「あの砂浜だ。”天使の入り江”と呼ばれている・・・」
「綺麗・・・」
 白い汚れの知らない入り江に、アンジェリークはすっかり夢中になっている。
「個人の持ち物になってるから、ずっとこの状態で残ってるんだ」
「でも、そんなところだったら、入っちゃいけないんじゃ・・・」
 アンジェリークは思わず戸惑わずにはいられない。
「俺のじいさんの持ち物だから大丈夫だ」
「ホント?」
 おそるおそる訊いてみることにする。
「ウソ」
「もうっ! からかって!」
 ムキになってアンジェリークはアリオスに自然と飛び掛かる。
 そのナチュラルな表情に、アリオスは思わず微笑んだ。
「自然な表情だな」
「あ・・・」
「あんたのそういう自然な表情が好きだぜ?」
 真っ赤になってどきまきとしていると、アンジェリークの手をアリオスが取ってしまった。
「あ、あの」
「行くぜ、見つからねえうちにな」
 そのまま手を取られて、入り江に入っていく。
 アリオスに手を引っ張られて、アンジェリークはいつしか私有地に入ることに罪悪感はなくなっていた。
 ふたりで浜辺に入り、そこには小さな古びたベンチが置いてある。
「ベンチか・・・。えっと、何か書いてあるわ・・・。”クラウ゛ィスからアンジェリークへ永遠の愛を誓う。50年ずっとそばにいてくれた君のために”。ロマンティックね・・・。ここには勿体なくて座れないわ」
「なぜ?」
「ここには幸せの思い出がいっぱい詰まっているの。私が同じだけの穏やかな幸せがないと、座る資格はないもの」
 これにはアリオスは驚きだった。

 かつて、エリスをこの場所に連れていった時に、このベンチの幸せをあやかろうとして座ったのを思い出す…。
 結局、俺もあいつも幸せになれなかった・・・。

「そうだな。まだ、重すぎるかもしれねえな。俺たちには」
 アリオスが砂浜に直に座ると、アンジェリークも少し離れたところに座る。
「アンジェリーク、俺と以前のようにあのベンチで逢ってくれねえか?」
「アリオス・・・」
 アリオスの瞳をじっと見つめれば、真摯な光が宿っついる。
 彼は真剣だ。
「俺を癒してくれ・・・」
 シンプルで深い意味を持つ言葉に、アンジェリークは甘い苦しみを覚えた。
「エンジュちゃんは・・・」
「おまえだけでいい」
 ストレートな言葉にアンジェリークは涙が零れそうになった------
コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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