Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

15


 緩やかな時間が過ぎていく。
 唇が一瞬触れ合い、アンジェリークは震えた。想像していたよりも、アリオスのキスは甘く繊細だ。
 甘い愛のあるキス・・・。
 心に震えがおき、大切で切ない想い出として刻まれた。

 抱き締めたアンジェは柔らかくて神聖だった。
 俺なんかが触れてはいけないかと思うほどだった。
 触れるだけで、そばにいるだけで満たされる・・・。
 そんな雰囲気があった。

 アリオスとようやく穏やかな時間を持つことが出来るようになり、アンジェリークは幸せを噛み締める。
「アンジェ、ずっとそばにいてくれ・・・」
 膝枕されて、アリオスは穏やかに言う。
 だが、アンジェリークは髪を指で梳いてやることしか出来ない。

 ようやく、アリオスのそばにこうやっていられるようになったのに・・・、私に残された時間は僅かしかない・・・。
 地上(ここ)にいられるのも後僅か・・・。

 ちらりとカレンダーを見ると、約束の日までは2週間と迫っていた。
「アンジェ、また来る」
「うん」
 この2週間はずっと一緒にいたかった。

 だがアリオスはいつも戻ってしまう。朝ベンチで逢い、そして別れる。
 アリオスからはアンジェリークのテリトリーに入ってくるのに関わらず、彼女からは全く入り込めずにいた。
 最後の牙城は崩さない・・・。
 アリオスの心の複雑さを感じていた。

 アリオスに誘われて、ベジタリアンレストランでのデートの待ち合わせをしている時、以前アリオスと一緒にいた派手な女性と鉢合わせをした。
「あら、あなた、あの時アリオスと一緒にいた時に逢った天使さん」
 天使のところに強いアクセントを置くところは、どう考えても嫌みにしか取れない。
「アリオスを待っているのね?」
「はい・・・」
 目線の厳しさに、アンジェリークはつい俯いてしまう。
「あなたも気をつけるのよ。アリオスは誰にも本気になることはないから」
 淡々と語る女の言葉が、厳しくも胸に突き刺さり、思わず唇を噛み締めた。
「アリオスは誰にも”愛している”なんて言わない。愛の言葉は囁かない。まぁ、恋人にあんな形で死なれたんなら、仕方がないけれどね」
 どくん。
 アンジェリークの胸の鼓動が、激しくなる。
「それは・・・」
「有名な話よ。”ラガ”のメンバーに拉致られて、アリオスの恋人エリスが回されて、妊娠した上に、自殺をしたのは・・・」
 ぞくりと背筋が凍っていくような感覚になる。
「・・・ウソ・・・、だったらどうして”ラガ”のメンバーは罰せられないの!?」
「あくまで業界の噂だから。しかし、あなたエリスにうりふたつだわ・・・」
 じっと女に顔を見られて、少し暗い影を落とす。

 アリオス・・・。
 あなたは私がエリスさんに似ているから、そばにいるの?

 アリオスが恋人をこのような形で亡くしたことと、恋人が自分によく似ていたことが、切なくて痛くてしょうがない。
「アリオスには気をつけたほうがいいわよ。深みにはまらないようにね。傷つくのはあなたなんだから」
 女の言葉に、アンジェリークは何も言えなかった。
 女の姿を見送った後、アンジェリークは、しばらく顔色を失っていた。

 アリオス・・・、あなたに厳しい過去があるとは思っていたけれども、こんなに切ないものだったなんて・・・。

 涙がぽろぽろと零れ落ち、そのまま立ち尽くす。
「待ったか、アンジェ」
 声を掛けられて、はっとする。
 すぐに涙を拭い、笑顔を作り上げた。
「アリオス!」
 作り笑顔などすぐに見破られてしまう。
 アリオスは心配そうに眉を潜めた。
「どうした?」
「何でもないの」
 アンジェリークは苦しい胸のうちを隠すかのように微笑む。
 アリオスは僅かに唇を歪ませると、それ以上は訊いては来なかった。

 食事は、アリオスが木を使ってくれたせいか、精進料理でなかなかの味だった。
 正確に言えばそうだったのかもしれない。
 女の言葉が気になり、味が分からないほど気になってしまう。
 色々な話しをしながら時間は過ぎていくが、アンジェリークの心に根差した切なさは埋まらなかった。
 帰りはアリオスがアパートに送ってくれる。
 そこでお別れだ。
「今日はサンキュ。楽しかった」
「うん、私こそ楽しかった」
 不安な切なさが心を覆ってはいるが、素直に笑顔になる。
 いつもと同じ輝かしい笑顔に、アリオスは少し安堵した。
「じゃあまたな」
「うん」
 アリオスを見送った後、アンジェリークはアパートの中に入る。
 リュミエールにエリスのことが訊きたくて、祈るように彼を呼ぶ。
 リュミエールを必死になって何とでも呼び、ようやく現れてくれた。
「リュミエール様」
「何か辛いことでもありましたか?」
 優しい声に、アンジェリークは感きわまってしまう。優しいリュミエールの胸にしがみつく。
「・・・リュミエール様、私をアリオスのそばに行かせたのは、エリスさんに似ていたからですか?」
 リュミエールの表情が一瞬強張る。
 しばらく置いた後リュミエールはそっと頷いた。
「あなたがエリスに似ているから、遣わしました…」
 新たな衝撃がアンジェリークの心を襲ってくる------
 躰が震えた。
コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




back top next