Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

17


 アリオスのまだ、完全にアンジェリークに開ききれなかった心が露見し、心が鈍く重い。

 やっぱり、エリスさんのことが完全に癒えていない・・・。
 アリオス、やはり私はあなたにとってエリスさん以上の存在にはなれないの?

  アンジェリークは心から血が出るような思いを抑えこんで、アパートに戻った。
 ひとりぼっちの部屋で、アンジェリークは膝を抱える。
 何もする気分になれなくて、いたずらに時間だけが過ぎた。
 貴重な時間が指から零れ落ちていく。泣きたくって、苦しくって、唇を噛み締めた。

 翌日、いつもの場所に行くと、アリオスが現れた。とても疲れた表情をしている。
 アンジェリークはいつものように笑顔でアリオスを迎えた。
 以前に戻った表情ではあるが、アンジェリークは癒したくて、笑みを浮かべる。
「おはよう、アリオス」
 だがアリオスの表情は全く変わらなかった。
 それどころか更に厳しくなる。
「・・・もう、逢わないようにしよう」
 唐突なアリオスの申し出に、アンジェリークは心臓が止まるかと思った。
「・・・どうして!?」
「あいつから訊いたぜ。おまえが知りたがったから、教えたって・・・」
「・・・!!!」
 身に覚えのないことに、アンジェリークは衝撃を受ける。
「言ってない、そんなことっ!!」
「確かに何人かが証言したことだからな」
 アンジェリークが否定するもの、アリオスは厳しい眼光を向けてくる。
 今なら判る。
 ”エリス”----それは触れてはならないコードだったのだ。
 アンジェリークは軽く俯くと、涙を見せないように無言で背を向ける。
 ここで逆らってももう仕方がないだろう。
「・・・さよなら・・・」
 ただそれだけを言うと、アンジェリークは歩いていく。
 その姿にアリオスははっとする。華奢な天使が更に透明になり、消えていくように見える。
 手を延ばしても追いかけられなかった。

 リュミエール様、ごめんなさい・・・。
 職務をまっとう出来そうにありません。
 エリスさん、ごめんなさい・・・。
 あなたの大切な男性を傷つけてしまったかもしれません・・・。
 ごめんなさい。これ以上、アリオスの傷を広げることはしたくない・・・。
 たがら地上(ここ)での最後の日まで、あなたの幸せを祈り続けます・・・。
 アリオス、あなたが本当に幸せになる日が来ますように・・・。

 アンジェリークは想いの丈を込めて、アリオスに祈りを捧げた。

 それがアリオスの心にゆっくりと流れ込む。
 温かな優しい光が心の奥底まで届いていく。

 アンジェリーク・・・!?

 苛立ちが消え、冷静さが蘇ってくる。

 そうだ…。考えてみれば、アンジェリークがそんなことを興味深く訊くわけがないのに・・・!

 アリオスはアンジェリークを追いかけたが、すでに彼女は消えた後だった。言ってしまったことは消せはしない。
 自分のした事に臍を噛む。

 …アンジェ…。
 俺を許してくれ…。

 アリオスはアンジェリークに謝り、もう一度一緒になりたかった。

 二度までも愛する者を傷つけてしまい、自分の身勝手さに辟易した。
 ふたたびチャンスを手にするために、アリオスは動き始める。
 今土手にした温もりは、もう二度と話さないと誓って…。


 アリオスの”癒し”に失敗し、もう10日しか残されていないアンジェリークは身辺整理を始める。
 この最後の10日間はどこにも行かずに、アリオスの幸せを祈るつもりだ。
 癒せなかったことへの罪滅ぼしと、彼がこの先も幸せになれるように。
 外に出ることもなく、ずっと祈っていた。
 それが自分に出来る唯一の事だから…。

 アリオスはアンジェリークに謝りたくて、公園に行ったものの逢うことが出来なくなった。
 天使が来なくなったからだ。
 どうしても逢いたくて、アパートの前までやってきた。
 だが、まだアパートの中に入ることは出来ない。
 あの部屋には、エリスとの思い出が詰まり過ぎているから。
 アンジェリークが出てくるのを待って、アリオスは謝ろうと思っていた。
 だが一向にアンジェリークは姿を現さない。
 待っていても時間はいたずらに過ぎ、アリオスも仕事などがあり、ずっと張り付いていられるわけではない。
 僅かな時間しかない。
 アリオスはそのことをまだ知らなかった。

 アリオスのことを思う度に、アンジェリークは酷く切なくなる。
 涙が出てしょうがない。

 こんな時、お母さんがいてくれたらよかったのに・・・。

 アンジェリークは温かだった自分の家族を思い出し、更に思慕が深くなった。
 引きだしの中にある、少しずつ毎月残していたお金を数えてみる。
 そこには、故郷に往復できるぐらいは残っていた。
 スーパー特急で2時間。
 十分日帰りが出来る距離だ。

 逢えなくてもいいの・・・。
 ただ、一目元気な姿を見てみたいから・・・。
 天界に向かう前に一目会いたい…。

 アンジェリークは決意をして、出かける準備をする。
 お金を大事に持って、歩いて駅に向かうことにした。

 アンジェ!!

  アリオスはアンジェリークが出ていくのを見つけ、すぐに後を追いかける。
 アンジェリークは何か急いでいるように感じ、声をかけられなかった。
 そのまま駅まで追っていく。
 グリーン窓口に飛び込むと、アンジェリークは故郷までの切符を買い求めた。
「アルカディアまで一枚」
 その声が聞こえるなり、アリオスも続く。
 同じ方面の切符を買い、アンジェリークと同じ電車に乗り込んだ。

 アルカディア・・・。まさか!?

 アリオスの脳裏にアルカディア市にいたアンジェリークとうりふたつの少女を思い浮かぶ。
 だが、すぐにそんな想いはかき消した。

 彼女はもうこの世のものではないんだから・・・。
 アンジェリークは幻なんかじゃない。
 ちゃんと存在している・・・。
 そんなはずはない。

 だが妙な胸騒ぎを感じながら、アリオスは少女を追いかける。
 不安が押し寄せてきていた。

 アルカディアに着くと、やはり大都市なだけあり、多くの乗客が降りていく。
 アリオスもそれらに混じって降りていく。
 雑踏の中だが、透明感のあるアンジェリークはすぐに判った。
 アンジェリークは特急から環状ラインに乗り換える。
 降りた駅は、乗降客の多い住宅街の駅。アンジェリークは少し嬉しそうに笑う。

 ただいま!

 心の中で呟きながら、故郷の街を楽しく歩いた。
 歩くにつれ、次第にアリオスはこの道を通った事があることを思い出した。

 ここは通った事があるような…。
 まさか…!?

 アリオスははっと息を呑む。
 そんなはずはない------
 自分の脳裏に浮かんだ一つの結論を否定しようとした。
 だが-----
 それを肯定する事実が目の前に浮かび上がる。
 アンジェリークは1軒の家の前に止まった。
「…!!!!!」
 そこはアリオスが訪ねた事のある、あのアンジェリークの家だ。

 アンジェ…。
 おまえはまさか…!?

コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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