Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

18


 アンジェリークと同じ名前を持つ少女。
 だが彼女は、以前に亡くなってしまったはずだ。
 アリオスは耳と目を疑う。
 実は彼女は双子であったのならつじつまがあう。
 アンジェリークの本名が別にあり、自分の無くした姉妹の名前を名乗っているのであれば。
 だが、それもどこか絵空事のように思えた。
 アンジェリークはと言えば、家の様子を隠れて見ている感がある。
 ここが実家であれば、そんなことはせずに、ためらいつつも堂々と家に入って行くはずだ。
 アリオスはどこか嫌な予感がする。

 アンジェリークが本当に亡くなったアンジェリークだとしたら・・・。

 だが葛藤の中、アリオスは慌てて否定をする。

 そんなことはないはずだ・・・。
 アンジェリークを抱き締めた腕も、唇も、すべてリアルであったから。

 アリオスはサングラスの向こうにいるアンジェリークをじっと見つめる。
 アンジェリークはただじっと見つからないように、家を見つめているようだった。
 不意に玄関が開き、夫婦と青年が出てきた。
 途端にアンジェリークの表情が変わる。

 お父さん・・・、お母さん・・・、お兄ちゃん・・・。

 大きな瞳には大粒の涙が光る。
「アンジェの祥月命日だから、いっぱい話してあげないとね」
「そうね・・・」
 母親は少し涙ぐんだ後、不意に玄関先で立ち止まる。
「どうしたの、母さん」
「何だか、アンジェがそばにいたような・・・」
 懐かしくも、どこか優しい表情を母親は浮かべる。
「母さん、アンジェはいつでも俺たちのそばにいる。見守ってくれている」
「そうね」
 息子の一言に、母親は頷くと空を見上げた。
 一家が家から出ていった後、その後ろ姿をアンジェリークは泣きながら見送る。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん・・・。
 アンジェはずっとそばにいるよ。
 天国から、ずっと見守っているから・・・。

 アンジェリークは・・・、やはりあのアンジェリークなのかもしれない・・・。
 でも、どうして!?

 家族を見送った後、アンジェリークは優しさと切なさが入り混じった表情をする。

 元気そうでよかった。
 アンジェリークが踵を返した時、アリオスはようやくアンジェリークの目の前に姿を現した。
「アリオス・・・」
 正直、アンジェリークは息を呑む。逢わないと言ったアリオスが目の前にいる。
「・・・迎えにきた」
 アリオスはただそれだけを言うと、手を広げてくれた。
 広くて安らぐことが出来る腕。
 アンジェリークは涙をいっぱいに溢れさせて、アリオスの腕の中に飛び込んでいった。
「アンジェ・・・」
 アリオスはぎゅっと抱き締めると、細い躰を撫でる。
「・・・おまえ、双子とかじゃねえよな」
「うん、兄弟はお兄ちゃんだけ・・・」
「・・・!!!」
 アリオスの背筋に冷たいものが流れた。
 行き着く事実はたっと一つしかない…。
「ここのアンジェリークは、亡くなったはずだ・・・」
 アンジェリークの表情が一瞬強張る。
「・・・ここのアンジェリークとおまえは同一人物だろ?」
「・・・アリオス」
 もう包み隠さず、本当のことを話したい。
 アンジェリークは決心をすると、大きく深呼吸をした。
 僅かな時間しかない以上は嘘を付いても仕方がない。
「・・・アリオス、あなたの言う通り、私はこの世界の人間ではないわ・・・」
 アリオスは一瞬、周りの空気が硬直したような気がする。
「・・・おまえはこうして息をしているじゃねえか! 足だってあるし、抱き締めると温かいじゃねえか!」
 抱き締めてくれるアリオスの腕も強くなり、息ができない。
 温かさとリアルな心の叫びが胸に届いた。
「・・・アリオス、私は病気で死んだの・・・。そして、今は”天使”になって生身の躰を与えられている・・・。地上(ここ)にいられるのも、後僅かなの」
 淡々と事実を話して聞かせる。
 正直に静かに。
 アリオスには、アンジェリークの話す事実が真実なのは本能で判っていた。
 だが、理解したくはなかった。
「・・・こんなにそばにおまえがいるのに・・・」アリオスの声は低く切なく響いている。目の前にいるのは、アリオスに感動的な手紙を書いてくれた少女なのだ。招待したライウ゛に病気の為に行けずに17で亡くなった少女。だが、信じられない、信じたくない。「おまえは、俺にとっては天使のような存在だが、おまえ自身は生身の女だ・・・!!!」アリオスは思い詰めたかのように呟くと、更にアンジェリークを抱き締めた。「・・・アリオス、有り難う・・・」アンジェリークは涙ぐむと、アリオスの胸に顔を埋める。「アリオス、行きたい場所があるの・・・」「ああ。一緒に行こう」ふたりは自然と手を取り合って、ゆっくりと歩いていく。「どこに行く?」「私の
ことをあなたが忘れないように・・・。私があなたのそばにいたことをいつか思い出してもらえるように・・・」
 語るアンジェリークの横顔はとても切ない。
 穏やかだが、どこか影がある。
「おまえはどこにも行かない。ずっと俺のそばにいるんだから・・・」
「アリオス・・・」
 アンジェリークは泣笑いの表情をアリオスに向けた。
「アンジェ」
 ぎゅっと手を力強く握り返してやることで返事をした。アンジェリークは坂をゆっくりと歩いていく。
「この先にあるの」
「ああ」
 目指す場所が見えてきて、アリオスははっとした。そこは墓地だった。
「アンジェ・・・」
「私はここで眠っているの・・・」
 言葉が続かなかった。
コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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