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初夏の早朝、俺は”天使”に出会った。 不思議な縁で出会った少女は、俺に本当の意味での人を愛することを教えてくれた。 俺を愛し、癒し、包みこんでくれた。 本当の意味での、”生と死”を教えてくれた。 俺にとっては唯一無二の恋だった・・・。 だが、彼女が本当に”天の使い”だったと知ったのは、出会ってからいくらか経ってのことだった。 「…今の声、すげえいいぜ」 「有り難うございます」 アンジェリークは緊張気味に答える。 まさか、ずっと憧れていた人が、目の前にいるとは信じられなかった。 その上自分の声を褒めてくれているのだ。 天使になったはずなのに、こんなにどきどきしちゃうんだ・・・。 息を大きく吸い込んだ後、アンジェリークはじっとアリオスを見つめる。 どのジャケットにも、こんなに哀しそうな瞳で写っていた・・・。 今まで、ファンとして描いていたアリオスのイメージよりも、より心が繊細なのではないかと、感じずにはいられない。 「俺の顔に何か付いてるか?」 「あ、いえ・・・」 真っ赤になって俯くアンジェリークに、アリオスは僅かに微笑んだ。 「じろじろ見られるのは慣れてるからな」 「ごめんなさい…。まさか、こんなところで、アリオス…さんに出会えるなんて思えなかったから・・・」 「俺も、こんな朝早くに、あんたみたいな女の子に出会うとは思わなかったぜ。でもあんたは、朝帰りじゃなさそうだもんな」 アンジェリークはどきどきしながら、一生懸命頷く。 本当に胸の鼓動が高まって、動くだけでやっとだった。 「座れよ、ここに突っ立ってるんじゃなくて」 「はい。あ、じゃあお邪魔虫で」 アンジェリークはもじもじとしながら椅子に座る。 こんなことが現実に起こるとは、正直思っていなかった。 病気で外出もままならず、ベッドに縛りつけられていた頃、よく夢想したものだ。 病気が治り、偶然街中でアリオスと出会い、お互いに一目で恋に落ちる・・・。 そんな夢を見ていた頃を思いだし、アンジェリークはほろりと来た。 「おい、そんな端に座るなんて、よそよそしいな。もっとこっちに座れよ」 歌とはまた違った魅力のある染み入るような深い声で、アリオスに近くで囁かれれば、アンジェリークは甘い緊張を感じずにはいられない。 「なんか、緊張しちゃって」 小さくなっていると、アリオスは僅かに微笑んでいる。「 俺は緊張するような、大した人間じゃねえよ」 「私にとってはそうですよ! ずっと、ずっと大好きだったんですから・・・」 耳まで真っ赤になりながら、アンジェリークはファンとしての心中を思いを込めて語った。 「サンキュ・・・」 アリオスはそれだけを言うと、朝焼けをじっと見つめたまま黙り込む。 朝焼けに照らされる横顔が、妙に寂しそうに感じて、アンジェリークは胸を痛めた。 しばらく、ふたりは話さなかった。 それでも温かな気分で落ち着いていられるのはなぜだろうか。 ただ、活動の時間に向けて活発になる太陽の光を見ているだけ。 そろそろ、普通の生活パターンの人々が活動する時間になった。 「-----さて、俺はそろそろ帰る」 立ち上がるアリオスにつられて、アンジェリークも立ち上がる。 「サンキュ。いいものを聴かせてもらった。俺はまたここに来るから、見つけたら声をかけてくれ」 「だったら、私、毎日ここに散歩に来ます! だからアリオスさんも来て下さいっ!」 アンジェリークは思わずアリオスのシャツを引っ張って、力強く勢いで話した。 「ああ。その声をまた聴かせてくれ」 「はいっ!」 「じゃあな」 アリオスが余りにも寂しげな表情をするので、アンジェリークはしゅんとして彼を見送る。 「明日、待ってますから!!」 アリオスは軽く手を上げて去っていく。気分は先程よりも悪くなかった。 アリオスを見えなくなるまで見送った後、アンジェリークは泣きそうになる。 あの表情・・・。 いつも瞳の奥が寂しそうに輝いているのが、凄く気になっていた・・・。 その哀しみを、一生懸命癒してあげたい・・・。 アンジェリークは決意を込めて、自分に言い聞かせるかのようにしっかりと頷いた。 アリオスは何もないがらんとしたマンションに帰り、シャワーを浴びた後不思議とベッドに入り、すぐに眠気を催す。 睡眠薬に頼る日々が続いていた彼にとっては、驚くべきことだった。 あの声を聴いたからか・・・。 アリオスは、今朝聴いた澄んだ声を思い出し、心が癒される。あの声が心に残り、何度も思い出す。 深く目を閉じる。 起きた後で、今日は、いつにも増して、頑張れるような気がした。 アリオスに逢えたことは、アンジェリークにとっては、最高にご機嫌な出来ごとの一つだ。 まだ、”ひと”としていた頃、地方の会場の後ろの方で見たものだ。 ファンクラブにも入り、勇んでチケットを取りながらも、大きな会場のいつも後ろだった。 そこで豆つぶほどのアリオスをいつも見ていたが、幸せだった。 同じ会場にいて、同じ空気を吸えるだけで幸せだ。 アリオスの心に染み入る声を聴きながら、彼は絶対に自分だけを見つめ、歌い聴かせてくれていると、ずっと信じていた。 夢を見られたあの頃・・・。 アンジェリークは、うっとりとその頃のことを思い出して、幸せに浸っていた。 久し振りに”人間”として生活するのは、何もかも新鮮で楽しい。 スーパーに買い物に行って、特価のチーズ、パン、牛乳と、野菜を買う。 ”天使”なので、肉魚介は食べない。それでもアンジェリークはちっとも構わなかった。 質素な食事の後は、風呂に入る。 パジャマに着替えた後は早々に祈りの時間に入った。 「神様、私にこのような機会をお与え下さいまして、有り難うございます。今日はアリオスに逢えました。リュミエール様のおっしゃるように、心に深い傷を負っているようでした。頑張って、アリオスを癒したいって思います!! 私にお任せ下さいっ!!」 アンジェリークが力強く祈りを捧げていると、不意に優しい気配を感じた。 「頑張っているようですね、アンジェリーク」 「リュミエール様っ!!」 上級天使であるリュミエールの光臨に、アンジェリークは飛び上がって驚く。 「はいっ!! アリオスを癒すように頑張ります!!!」 「良い心掛けですよ、アンジェリーク」 リュミエールはいつものように、穏やかな微笑みを唇にたたえた。 「アンジェリーク・・・」 だが、不意に切ない表情をすると、リュミエールはアンジェリークのまろやかな頬に手を置いた。 「いいですか? 私たち天使は、人の心を癒すのが仕事です。決して人の深みにはまってはいけません。アリオスに恋をしてはいけません・・・。夏が終われば、あなたは天界に帰るのだということを、忘れないで下さい」 「…リュミエール様・・・」 アンジェリークはリュミエールの手の温かさを感じながらも、切ない思いで胸が一杯になり、泣きたくなる。 「いいですね、アンジェリーク。このことを肝に銘じて頑張るのですよ?」 ゆっくりと頬からリュミエールの手が離れた瞬間、その姿は消えていた。 恋をしてはいけない・・・。 その一言がアンジェリークの心に重くのしかかるのだった------ 翌日、昨日と同じ時間に起き、アンジェリークはアリオスに初めて逢った公園に向かう。 初めは半信半疑だったが、それはすぐに杞憂に終わる。 「あ・・・」 「よお、またおまえの声を聴きにきたぜ?」 アリオスの姿に、アンジェリーク恋信号は青になる。 奇跡の恋の始まりだった。 |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 アリオスとアンジェの出会いです。 これからふたりの恋物語はスタートします |