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リュミエール様の警告は常に頭の中をぐるぐると回っていた。 けれども------- 私の心はまだ”天使”になりきれないことがあって、深くアリオスに恋をしてしまっていた----- それがたとえ許されないことだったとしても…。 朝の清々しい光の中で、アンジェリークはアリオスに駆け寄っていく。 警告は心の奥底に影を落としている。 だが、アリオスに恋をせずにはいられなかった。 「おはようございます!」 「おはよう。隣、座れよ」 「はい」 アリオスの隣りに座るなんて、生前では考えられなかったことであるせいか、アンジェリークは胸をときめかせる。 どきどきと緊張が交互に訪れて、白い肌を紅潮させた。 天使だってドキドキするんだ…。 もっと神聖などきどきなんかない心を持っているかと思ったのに…。 心はずっと一緒…。 17歳の病院に閉じこめられていた頃の私と…。 「えへへ」 はにかんだようにアンジェリークは笑うと、もじもじとしている。 その姿はとても純粋で可愛らしいもので、アリオスには新鮮に感じた。 「そんな緊張することはねえだろう? 俺の隣は初めてじゃねえんだし」 「…あ、だって、ずっとアリオスさんのファンだったから…。き、緊張しちゃって…。こんなことないって思ってたから…」 アンジェリークは、かつていつかアリオスが病室に見舞いに来てくれて、自分に一目惚れしたらどうしよう…。などという夢想にふけっていたものだ。 それが形こそちがえど、いま、実現している。 胸の奥がくすぐったい気がした。 「…誰だって、あこがれの人の隣りに座れば、緊張してしまうものですよ」 「サンキュ。だが、俺はそんな価値はねえ男だぜ?」 アリオスは宙を見ると、全開と同じように深くくもった眼差しを明け方の空に向ける。 また…あの瞳だ… アンジェリークはそれを見るなり胸が痛くて、思わず言葉が口に付いていた。 「そんなこと!」 アンジェリークは慌てて否定したが、アリオスは僅かに皮肉げに笑うだけだ。 「本当にそう思うんだからしょうがねえ。俺はそんな大層な人間じゃねえしな」 「-----そんなこと、思わないで下さい!」 アンジェリークは急に立ち上がると、アリオスをじっと見つめた。 その瞳の強さに、アリオスは一瞬驚いた。 「アリオスさんは、私たちファンにいっぱい、いっぱい、勇気とか、やる気とか、与えてるのよ? 私たちはそれを貰って、一生懸命頑張っているんだもん!!」 アンジェリークは、アリオスがそんなマイナス思考になるのが嫌で、一生懸命自分の思いをぶつける。 大きな瞳を真っ直ぐアリオスに向け、澄んだ光で彼を射た。 それがアリオスには苦しくてしょうがない。 胸の奥の触れられたくない場所まで見透かされてしまうような気がして、アリオスは息が詰まりそうになる。 そんな瞳で俺を見るな! 俺の砦が崩れてしまう…!!! アリオスは一瞬瞳を閉じた。 それはアンジェリークの瞳の純粋な光に、自分を晒さないようにする無意識の防御だ。 「…アリオスさん…。そんな寂しいことは言わないで下さい…」 声まで清らかなアンジェリークを振り切るかのように、アリオスは目を開ける。 その瞬間、明らかに不機嫌な表情だった。 美しい横顔が険しくなる。 「-----俺に干渉するな。誰にもさせねえ」 アリオスの声と言葉がこれほど冷たく感じられたことはなくて、アンジェリークは呆然とする。 「そんな顔をするなよ、面倒くせえ。言っただろう? 俺はそんな価値のねえ人間だって」 アリオスは感情なくそれだけ言うとベンチから立ち上がった。 「-----俺に構うな」 「…!!!」 アリオスはただそれだけを言うと、そのまま歩き始める。 アンジェリークは胸がひどく痛むのを感じた。 人間としての自分の生は終わり、天使としてこの場所にきているにもかかわらず、どうしてこんなに苦しくなるのだろうと思う。 「…アリオスさん…」 アリオスの背中を見ると哀しみが漂い、声をかけることが出来なかった。 「私だったら役不足なのかな…」 アンジェリークはぽつりと寂しげに呟くと、俯いた。 涙が頬を伝っていく。 「涙ってやっぱりしょっぱいんだ…。天使になったって…」 アンジェリークはそう言うと、哀しみを紛らわすために、アリオスの歌を歌い始めた。 小さな声だったのにも関わらず、アリオスの耳には、確かにアンジェリークの声が届いた。 ベンチから既に50メートルは離れているにも関わらずである。 澄んだどこにもないような歌声------ アリオスはその声を立ち止まって聞き入った。 こんな声を出す相手を、俺は傷つけちまったのか…? だが、俺は、もう一生、あいつ以外の誰にも心を許す気はねえ…。 俺のせいで死んじまった、エリス以外には…。 アリオスは暫くアンジェリークの歌声に聞き入る。 こんなに癒される相手は久しぶりだった。 だが、アリオスはそれを心のどこかで認めたくなくて、キツイ態度を取ってしまったのだ。 歌声が消えると、アリオスはわずかに微笑み、再び街の中に消えていった------ アンジェリークもまたベンチから立ち上がる。 アリオスの唄を歌っているうちに、少し前向きな気分になってきた。 ここで諦めたらダメ! 私はアリオスの心を癒すために来たんだから…。 彼の心を癒すのが仕事なんだから…。 与えられた時間の間で、頑張らなくっちゃ…!! アンジェリークは天使の資質に向いている、くよとくよとしない前向きさが合った故に、天使にえらばれたことを、彼女自身は知らない。 前向きに太陽に向かって背伸びをすると、アンジェリークもまたアパートに向かって歩き出した。 アリオスの心は氷のようかもしれない…。 だけれどそれを癒すのは、困難かもしれないけれど、きっと、癒してみせるから-------- |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |