Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

4


 アリオスの心はどうしてあんなに頑ななの・・・?

 アンジェリークはアパートに帰ってから、ひとり悶々とそんなことを考えていた。
 思ったよりも、アリオスの心の壁は強固で、アンジェリークは唇を噛み締める。

 私の天使としての力がまだまだだから…?

 自分のふがいなさを骨身に感じ、アンジェリークはいつしか泣いていた。

 どうしても、アリオスを私は癒さないの・・・。
 どうして、あんなにかたくなになっているの?
 どうして、そんなに傷が深いの? 
 あなたが傷を忘れるまで、何も聴かずに癒してあげたい・・・。

 膝小僧を抱えると、アンジェリークは目を閉じ泣き続け、いつしか眠っていた----

 アリオスもまた妙にむしゃくしゃしていた。
 天使の歌声に癒されながら、それを認めることが出来ない自分がいることが、更に苛立ちを増した。
 その上傷つけてしまっただろう事実が重くのしかかる。

 あの傷ついた瞳が俺を刺す…。
 だが、誰も俺の心の中に入り込む権利はない・・・。
 俺はエリス以外の女は心に住まわせない。
 あの時にそう誓ったから・・・。

 アリオスは睡眠薬をまた口に含むと、何とかその力を借りて眠りに落ちる。

 これで何も邪魔されなくたっていい・・・。

 アリオスは睡眠薬で眠りに落ちるが、彼は気づかない。
 いつもよりも量が減っていることを----


 夕方仕事に出かけ、ノルマのようにそれらをこなした後、アリオスは深夜再び違う女との逢瀬を楽しんでいた。
 刹那の快楽に浸れれば、誰でもよかった。
 だがやはり、そんなセックスは全く良くない。
 心の空白は埋められないことは判っているというのに、せずにはいられなかった。
 女とのコトの後、アリオスの胸に深く陰ったのは、亡くなった恋人エリスではなく、アンジェリークの澄んだ瞳と声。

 俺とは全く正反対の場所にいる少女…。

 アリオスはあの聖なる輝きを持つアンジェリークを思い出す度に、求める心と否定する心の責めぎあいに苦しんだ。
 明け方、女とホテルをチェックアウトしたが、そのまま一緒にあの公園に向かう。
 あの少女に軽蔑してもらいたかった。
 蔑むような眼差しで見て欲しかった。
 そうすれば、ここまでも苦しい思いになることはないと思いながら。

 今日はひょっとして来ていないのかもしれない・・・。

 そんなことをどこかで思いながら、アリオスはいつものベンチに座り、女を抱き寄せながら囁く。
「朝も気持ちいいだろ? まあ、俺のセックスほどじゃねえだろうけど」
「ふふ、アリオスってストレートね?」
 女のあだめいた微笑みは気にいらなかったが、気晴らしには丁度良かった。

 昨日の今日だから来ていないよね・・・。

 アンジェリークはそんなことを思いながら、公園に散歩に来ていた。
 早朝の空気と言うのは、やはり気持ちがいいもので、天国のそれに似ている。

 こんな時間に、昔は起きなかったものね・・・。
 いつも寝坊ばかりで・・・、ママに迷惑をかけていたっけ…。

 アンジェリークは、しみじみと昔の自分を思い出し、切ない気分になってしまう。

 毎朝、目覚まし用にセットしたアリオスのCDを聴きいて、幸せな気分で目覚めたっけ。
 病気になっても、あの歌があったから励まされたもの。
 だから、私がその恩がえしをしなくちゃいけない・・・。

 アンジェリークは感謝と淡い想いを込めて、アリオスの歌を歌い始める。
 不意に流れ始めた聞こえ始めた甘く澄んだ声に、アリオスはぴくりと反応した。
 心に罪悪感が発生し、息が詰まる。
 澄んだ癒しの声に、女までが反応した。
「凄い声のコがいるのね・・・」
 感心するように女が頷くので、アリオスはわざと女の肩を抱く。
 心の奥がまたもやもやとしていた。
 アンジェリークがゆっくりとアリオスに近付いていく。
 視界にアリオスと女が入ってきた瞬間、アンジェリークは歌うのを止めた。
 ショックで躰が固まるのを感じる。
 アリオスはアンジェリークと視線を合わせようとせずに、ひたすら女の方を見つめている。

 綺麗な女性・・・。
 きっと業界の女性なんだ・・・。

 アンジェリークは心が麻痺してしまう。

 アリオスは、私が嫌だからそんなことをしたの?
 確かに私はうざいと思うけど・・・。

 天使だから心の痛みは感じないと思っていた。
 だが、以前よりも敏感に感じる。
 心の動揺を感じさせたくなくて、アンジェリークは背筋を延ばして何ごともないかのように、アリオスの前を通り過ぎた。
 その瞬間、涙が溢れる。
 もう見られる心配はないとばかりに、アンジェリークは泣いた。

 どうしてこんなに泣けるんだろう・・・。

 恋人ではないし、ましてや二度しか逢ったことのない相手。
 だが、既に一方的に好き過ぎて、アンジェリークは些細なことでも傷つくのだった。
 これで挫けちゃきっとすぐに天界に返される。

 そうなると、きっと二度とアリオスに逢えなくなるから・・・。

 アンジェリークは気を取り直すと、背筋を延ばして公園内を歩き始めた。

 そうよ。
 同じ世界にいるだけで嬉しいから・・・。

 一生懸命そう思いながら、アンジェリークは前向きに行くことにした。
 再び歌を歌う気になる。アリオスの歌をまた歌い出した。
 女と一緒にいながら、アリオスは再びあの歌声を感じる。
 聴く度に、自分がどれだけ汚れているかを、思い知らされるようだった。

 この声を聴くと、決心が揺らぐ・・・。
 だが、俺が生涯癒されて、愛するのはエリスだけと誓ったのだから・・・。

 アリオスは堪らなくなりベンチから立ち上がる。
 このままここにいれば、その決心が揺らいでしまうから。
「行くの?」
「ああ。家に帰って一眠りする・・・」
「私も家に帰るわ。電車も動いているしね」
 女は立ち上がると、アリオスに向かって手をすっと上げた。
「じゃあね。また」
「ああ」
 ふたりはベンチ前で別れ、それぞれ違う方向に歩きだした。まだ声が聞こえる。
 アリオスは声に見守られるようにして、家路についた。
 家に帰ってベッドに入る。
 今日も睡眠薬を必要とすることなく、眠りに落ちることが出来た。

 どうすれば、アリオスの心を癒すことが出来るのだろうか?

 アンジェリークは前向きに考えることにした。
 天使として、ひとりの少女として、アリオスを癒すことが出来れば・・・。
 そんなことを考えながら、アンジェリークは日々を過ごしている。
 アンジェリークは、天使としての奇跡よりも、アリオスのことを癒すことばかりを真剣に考えていた。
 そんなことを考えながら、アンジェリークは公園を歩いていた。
「くぅ〜ん」
 子犬の小さな声を聴き、アンジェリークが足下を見つめると、そこには左足を引きずったガリガリの子犬がいる。
「おまえ、どうしたの?」
 アンジェリークは、子犬の目線に下がると、手を差し延べる。
 明らかに足には虐待をされた痕があった。
「可愛そうに・・・」
 アンジェリークは涙ぐみながら子犬を抱き上げると、ベンチに座り、膝の上に乗せてやる。
「もう平気よ? 私がいるからね?」
 アンジェリークは優しく声をかけると、小さく消えそうな命をそっと撫でてやった。
 その瞬間、不思議なことに、子犬から虐待の痕が消えた。
 アンジェリークが無意識に起こした最初の奇跡だった。
 本人もこれには驚くと同時に確信する。
 この子犬は自分にとって運命の子犬だと。
「私が下界にいる間、おまえと一緒に暮らそうね? 心配しなくていいよ。ちゃんと飼い主さんを探して上げるからね」
「わおーん」
「あなたの名前は・・・、とっても綺麗だから、アルフォンシアね? 天界でお世話になった聖獣と同じ名前なのよ」
 アンジェリークは子犬の頭を撫でて、いっぱいの愛情を送った。


 子犬をそばにおき始めてから初めて、アンジェリークはあの公園に向かった。

 まさか…。

 あんなことが起こった後であったが、アリオスがあのベンチに座っていた。
 その姿を見るなり、アンジェリークは犬と共に駆け寄っていく。
「おはようございます!! アリオスさん!」
 自分から明るく声をかけて積極的に行こうと、アンジェリークは思いながら声をかけた------
コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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