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まるで子犬のようなアンジェリークと本当の子犬のアルフォンシアの姿は、アリオスの心の奥底を根本から癒してくれる。 だが、それを認めたくなくて、アリオスはわざと眉根を寄せて俯いた。 「朝から大声を出すな・・・。迷惑だ」 アリオスの冷たい声にも、アンジェリークはひるまない。 もう、そう決めたのだ。 「朝だもの爽やかに行きたいものだわ」 にこりとアンジェリークは微笑むと、犬ころとふたりアリオスをじっと見ている。 「俺には構うな」 「だって、最初に構ってくれたのはアリオスさんの方だわ! 私、ここに独りでやって来て心細かったもの。そんな時、アリオスさんが声をかけてくれたのよ! 凄く、嬉しかった」 アリオスは、にこにこと笑いながら立っているアンジェリークと、尻尾を振って立っているアルフォンシアを交互に見つめて、また頷く。 「・・・声だ。おまえのその声がなかったら、おまえみてえなしょんべん臭い女に声なんかかけねえよ」 アリオスはアンジェリークを一瞬見つめる。 彼女の穏やかな表情に余計にむしゃくしゃした。 「私の声ってそんなにいいですか!?」 前向きに行こうと決めたアンジェリークには、アリオスに嫌な顔ひとつせずに、微笑みかけてきた。 「…うざい…」 「え!?」 「うざいって言ったんだよ」 アリオスは感情のない冷たい声で言いながら、ベンチから立ち上がると、そのまま朝もやの中を歩いていく。 本当は、アンジェリークに逢えて嬉しかった。 だが、アンジェリークがまっすぐ心の奥に入って来るのが、アリオスにはまだ許せなくて、つい冷たい態度しか取れない。 本当はこんなことしたいわけじゃねえ・・・。 アリオスは煙草を口に銜えると、無機質にライターで火を付けた。 どうして、素直になれねえんだろう・・・。 アンジェリークは、アルフォンシアの目線の高さまで腰を下ろすと、その喉を撫でる。 「また、失敗したみたいね・・・。うっとおしいって思われているかもしれない・・・。ちゃんと、期間内にアリオスを癒して天国に帰れるかな? ね、アルフォンシア・・・」 神様から与えられた、思いもかけなかった仕事。 大好きで憧れていた男性の心を深いところから癒す。 それが出来れば、アンジェリークは何もいらなかった。 アリオス・・・。 遠い場所からあなたを見ていた時は、憧れがいっぱい詰まった想像上のあなたに恋をしていました。 だけれど、生身のあなたと逢って、完璧じゃないあなたに逢って、もっともっと好きになった・・・。 ガラスのような繊細な心を持つあなたが・・・。 アリオスを癒し、心を癒すのが与えられた主な仕事だが、そんなことは言われなくてもしたい。 アンジェリークは合間にこの世の雰囲気を謳歌しようと決めていた。 時間は余り残されていないのだから、アンジェリークはこの世界をめい一杯感じたかった。 謳歌すると言ってもお金もないので、主に近所の公園をぐるぐると散歩をする。 それだけでも嬉しかった。 病気になってからは、散歩すらも出来ない状態だっから、散歩が出来るだけで幸せだった。 「こんにちは、凄く可愛い犬ね!」 にこにこと笑って車椅子の少女がアンジェリークに近付いてきた。 ヘッドホンMDを外し、少女はアルフォンシアを見てご機嫌だ。 少女はアンジェリークよりも5つぐらい下の小学生だった。 「有り難う。とってもおとなしいから、触れてもいいわよ」 「ホント!?」 「うん」 アンジェリークは微笑んで、少女に促す。 少女はアンジェリークの笑顔に、恐る恐るアルフォンシアに手を延ばした。 アルフォンシアは少女の手に従順に反応して、甘えてくる。 「可愛い〜!」 「いっぱい撫でてあげて。アルフォンシアも喜んでるわ」 わきあいあいとアンジェリークとアルフォンシア、そして少女は楽しい時間を過ごしている。 それが、少女の母親には涙が出るぐらいに嬉しい光景だった。 「何、聴いてたの?」 「アリオスの最新アルバム! 大好きなの!!」 少女は瞳を輝かせて、応えてくれる。 「病気が治ったら、アリオスのライウ゛に行くのが夢なの!!」 瞳が一気に輝いた少女を見ていると、アンジェリークは胸が締め付けられるような気がした。 かつての自分もそうだった。 無菌室の病室に囚われていた時、苦痛の治療もアリオスの歌で乗り切って、病気が治ればライウ゛に行きたいと思っていたな。 それは適わずに、CDを持ったまま天国に召されてしまったけれど・・・。 「一生懸命病気と闘ったら叶うよ。きっと・・・。思いが強ければ強いほど・・・」 アンジェリークは切ない思いを隠しながら、そうなって欲しいと願わずにはいられなかった。 「そうだね! その為に一生懸命頑張るよ!」 生命の美しいきらめきが少女から感じられる。 「一生懸命頑張ったら、きっと想いは叶うから」 「うん!!」 少女の母は嬉しいのか切ないのか涙ぐんでいた。楽しい時間はすぐに過ぎ、少女は病院に帰る時間になる。 「じゃあ、またね。お姉ちゃん!」 「明日も公園にくるから遊ぼうね!」 ふたりは約束とばかりに手を振り合う。 頑張れ・・・! 病気になんか負けないで! アンジェリークはかつての自分の姿と少女を重ねずにはいられなかった。 アリオスは家に戻り久し振りに曲作りに励んでいた。 あの少女と共にいただけで、フレーズが自然と沸き上がってくる。 こんなことは久し振りだ。 俺はどこかで認めたくない自分がいて、それが凄く苦しくてしょうがねえ・・・。 ひとを信じられなくなった俺を、あいつはいとも簡単に信じさせようとする…。 だが、メロディーは嘘をつかねえ。ありのままの俺を出しやがる・・・。 アリオスはアンジェリークの声を乗せるにはあまりにもぴったりな音を無意識に創り出していた。 あんなことを言ったものの、またその姿を見たくて、アリオスはアンジェリークの現れる公園に向かった。 今日から曲創りに時間を当てた休暇のせいか、余裕がある。 アンジェリークに逢うだけでメロディーが自然に浮かぶ。 本当は逢いたかった。 時折見せるはかなさに、毎日逢わなければ消えてしまうような気がしたから。 今日もまた同じ時間の同じ場所に、アンジェリークは犬と一緒に姿を現した。 彼女ほど、朝の澄んだ空気が似合うものはいないかと思う。 「おはようございます! アリオスさん!」 「ああ」 アリオスがぶっきらぼうだが、返事をしてくれたので凄く嬉しくて、アンジェリークは自然に笑みを浮かべる。 「昨日、やっぱりアリオスの歌は凄く力があるって思いました!」 アリオスは何も相槌は打たない。 ただ聞いているだけ。 アンジェリークはそれでもいいと思い、話し始める。「 昨日、私と同じように、あなたの大ファンの女の子に逢いました。あなたの曲に励まされて、一生懸命病気と頑張っているそうです。だからアリオスは凄いって思います。この他にも沢山の人達がアリオスの歌声で癒されているなんて凄いです!!」 感心と感激しながら、アンジェリークは澄んだ瞳をアリオスに向けてきた。 今のアリオスにはこの瞳は清らかすぎて苦しくなる。 その上、彼女の言葉が無意識に傷を抉る。 ファン-------かつてはアリオスを支え、奈落に突き落としたもの。 アリオスは唇を噛みしめると、心底冷たい眼差しをアンジェリークに向けた。 「ファンに好かれて何になる。あいつらは気紛れで、時には酷いことをしやがる・・・! 残酷にもな…! 信じたやつが裏切っていたとしたらどうだ!? ----ファンとは所詮そんな奴らだ。そんなヤツを癒す気なんてない」 アリオスは冷たく言うとベンチから立ち上がる。 「じゃあな」 ただシンプルに間を置くと、アリオスはアンジェリーク一瞥して歩きだした。 どうして俺は、あいつに素直になれない…。 アリオスの後ろ姿を見詰めながら、アンジェリークは切なく思う。 アリオス…。 私はあなたを癒すまで諦めないから…。 |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |