Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

6


 アンジェリークは昼間の散歩で、少女と逢うのが楽しみになった。
 話題と言えば、アリオスのCDについてが多い。
 アンジェリークはあいにく旧譜しか知らなかったが、それでもふたりの話題は尽きることはなかった。
 自分と同じ状況に置かれている少女が、アンジェリークにとっては妹のように可愛かったから。
「アリオスのライウ゛行きたいなあ〜」
「私も凄く行きたかった。ドーム球場なのにチケット取れなかったもの。病院にいたこともあったけれど・・・」
 少女は憧れの眼差しを空に向ける。「アリオスの歌を聞きたいな・・・。ナマで」
 アンジェリークには少女の気持ちがよく判り、切ない気分になった。

 早朝には、相変わらずアリオスに逢う。
 あまり話はせずに、ただ空間を共にシェアをするという感じだ。
 そんな中で、アンジェリークが話しかけることと言えば、いつも逢う少女のことだった。
「そのコの夢は、あなたの曲生でを聴くことなんですよ、アリオスさん・・・。一度でいいからそばに来て歌ってあげることは出来ませんか?」
 アンジェリークが懇願しても、アリオスは眉を一度上げるだけ。
「あんたがとびきりいい女で、俺が抱きたいと思っていたら、やってもいいが、その棒きれの躰じゃ勃つものも勃たないんだよ」
 アリオスは死んだような冷たい眼差しでアンジェリークを見据える。
 心の奥底がちくちく痛い。
 アンジェリークは、だが泣けなかった。
 泣かずに、ただ微笑んでいた。
「・・・彼女に歌を歌ってあげる気になったら、また、言って下さいね」
 アンジェリークはそれだけを言って、アリオスの側から辞する。
 アリオスの深い傷を持つ心の波動が、アンジェリークには切ないぐらいに痛かった。

 俺もあんなこと、言いたいわけじゃ本当はねえのに・・・。
 あの天使の微笑みを見ていると、どうしても冷たいことを言わずにはいられない・・・。
 俺は甘えているのかもしれない。

 アリオスはアンジェリークの後ろ姿を見送る。
 いつもその姿と声を聴きたくて、この場所に姿を現すことにした。
 いつ彼女がいなくなるか判らない不安に、毎日切ない気分になる。
 だが、きついことを言わずにいられない自分が、ひどく歯がゆかった。

 アンジェリークは昼間にまた少女に逢いに公園に向かった。
 だが、そこにいたのは少女の母親だけで、深々と頭を下げてくる。
「すみません・・・。あの子の容体が急変いたしまして、外に出られなくなりました・・・。後、2〜3日の命かもしれないと・・・」
 少女の母親は涙ぐみ、俯いたまましばらくは話すことが出来ずにいた。
 アンジェリークは嗚咽を抑えることがやっとで、言葉をなかなか発することが出来ない。
「・・・お姉さんに逢いたいと言っておりましたが、外に出られない状況なのでごめんなさいと言っておいてと」
 アンジェリークは少女と、天界の者ではなくただの人間だった頃の自分を重ね合わせた。
「お見舞いさせて頂きたいんですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、来てやって下さい・・・」
 アンジェリークは頭を下げた後、母親の後に着いていく。
 病院は記憶と同じく、相変わらず無気質な空間だった。
 アンジェリークは息が詰まるような気がする。
「こちらです」
「はい」
 病室は個室になっており、少女はずっと医療器具に繋がれていた。
「アリスちゃん、お姉ちゃんが来たわよ」
 わずかに瞼が動く。酸素マスクをしている姿は、とても痛々しくて見ていられない。
「また、散歩をしていっぱい話そうね」
 何度も頷きながら、アリスは少し笑っている。
 アンジェリークは泣きそうになりながら、アリスの手を握り締めた。
「明日、明後日がヤマだそうです・・・」
「アリスちゃん」
 かつて、アンジェリークも危篤に陥った時に、母や兄たちが何かを話しているのが聞こえていたのを思い出す。
 薄々と自分が間もなく神に召されることを感じて、切なかった。
「…アリオス…ライヴ…行きたい…」
 酸素マスクを曇らせながら、アリスは呪文のように囁いている。

 これはどうにかして、アリオスにここで歌って貰いたい!!
 アリスちゃんのためにも…。
 何をしても良いから…!!

「アリスちゃん…。きっとアリオスのライヴに行けるから…。だから頑張って!!」
 アンジェリークは握りしめた手に更に力を込めると、アリスを励ますように、無意識に癒やしのオーラを送る。
 優しい力に、アリスは一瞬躰が楽になり、大きく息を吸い込んで僅かに頷いた。


 アンジェリークはいつもよりも早く公園に行き、アリオスを待ちかまえた。

 どうかアリオスがイエスと言ってくれますように…!!!

 アンジェリークが祈るような気持ちでいると、アリオスが煙草を吸いながらいつものようにやってくる。
 最近は、一日のメインイベントである公園に向かうことにあわせて、アリオスは睡眠を取るようにしている。
 そのせいか、アリオスは最近めっきり健康になってしまった。
「アリオスさん! おはようございます!」
「ああ。おはよう」
 アリオスはまだ微笑みこそしないが、挨拶をしてくれる。
 徐々に徐々に近くなっているといった感じだ。
「アリオスさん…。今日はどうしてもお願いがあります」
 アンジェリークは大きな瞳を潤ませ、思い詰めたように彼を見詰めてくる。
 その背中には、清らかな光が醸し出されている。
「何だ?」
「------この間お話しした女の子が、死の床にいます…。もう、数日しか持たないかもしれません…。
 彼女の夢はあなたのライヴにいくことですが、それも病気のために叶いません。
 どうか、どうか、彼女を見舞って、一曲だけで良いから歌を聴かせてやってもらえませんか!! お願いします!!!」
 アンジェリークは深々と頭を下げ、心からの懇願をした。
 アリオスはじっとアンジェリークを見詰める。
 小さな躰で震えて懇願する彼女の姿は、アリオスの心の奥深くに真っ直ぐと入ってきた。
 その、何の打算もなく他人のために懇願する姿は、アリオスには感動を与え、また羨ましくもあった。
 黙ったままのアリオスに不安になり、アンジェリークは顔を上げることが出来ない。
「…土下座をしろと言われば…」
 次の瞬間、アリオスの手がアンジェリークの肩をぽんと叩いた。
 彼の手が初めてアンジェリークを触れる。
「------どこに行けばいい…?」
「…!!!」
 アンジェリークは驚いて顔を上げて、アリオスを見詰める。
 嬉しさのあまり涙が溢れてくる。
「有り難うございます!」
 アリオスに向かって深々と頭を再び下げる。

 …俺は、頭を下げられる価値もない男だぜ…。
 あんたの本当の笑顔が見たくって、あんたの喜ぶ顔が見たくって…。

 アンジェリークの純粋な心が、ようやくアリオスに届き始めた------
コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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