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アリオスが同意してくれたことが、アンジェリークにとっては涙が止まらないほど嬉しい。 「有り難う・・・! 凄く嬉しいです」 天使は喜びの涙をぽろぽろと流し、それが宝石のように輝く。 「いつ、どこに行けばいい?」 「昼間だと目だってしまうから・・・、今夜十時、アルカディア総合病院で。裏口開けてもらえるように頼みますから」 アンジェリークはアリオスを見つめ、何度か頷考えるように思慮深く言う。 「じゃああんたはそこで待っていてくれるんだろ?」 アリオスの感情のない視線がアンジェリークと絡み合った。 「はい、待っています」 「ああ。頼んだ。俺は夕方に音楽番組の撮りがあるから、それが終わったらすぐに行くから」 「有り難う」 ふたりはそれ以上は話さなかった。 ただ見つめあっているだけ。 アリオスは煙草を吸いながら、しばらく宙を見ていた。 少しでもあんたの役に立ちたいだけだ…。 「じゃあ、今夜な」 「はい」 アンジェリークはアリオスを見送りながら、もう一度頭を下げた。 アリオスの心に一歩近付けたような気がする。 アリオスをもっと好きになったわ・・・。 以前よりも、生身の彼に触れてからもっともっと好きになる。 『いいですか? 私たち天使は、人の心を癒すのが仕事です。決して人の深みにはまってはいけません。アリオスに恋をしてはいけません・・・。夏が終われば、あなたは天界に帰るのだということを、忘れないで下さい』 リュミエールの声が蘇り、アンジェリークは切なくなった。 彼に恋はしなかったら後悔するような気がします。 リュミエール様・・・。 恋によって成長しますから、どうか許して下さい・・・。 アンジェリークは心からの贖罪を込め、リュミエールに問い掛けるのであった。 昼間にアリスを見舞うために、アンジェリークは病院に向かった。 今夜の素敵なコンサートの為に、交渉を行うためだ。 「こんにちは」 「まあ、アンジェリークさん、よく来て下さいました」 アリスの母親は嬉しそうに笑っていたが、疲労は隠せない様子だ。 その姿が、かつて病に倒れたときの自分の母親の姿に似ていて、胸が痛んだ。 「アリスちゃん、アンジェです」 声をかけると僅かに反応してくれて、ほっとした。 「今夜ね、一緒に素敵な夢を見ましょう。とっても素敵な。きっと気にいると思うから・・・」 アンジェリークの言葉に、アリスは僅かに頷いた。 アンジェリークも約束をするとばかりに、しっかりと小さな手を握り締める。 「・・・お母さん、ちょっとよろしいでしょうか?」 「ええ」 ふたりは一端外に出ると、廊下の隅まで歩く。 「アリスちゃんの為に、今夜、コンサートを開きたいんです」 「コンサート!?」 アンジェリークの突拍子のない発言に、アリスの母親は驚く。 「はい。ギターと歌だけで・・・。私ではなく、知人にアリスちゃんの大好きな、アリオスの歌を歌ってもらおうかと思っています。彼の都合の関係で、夜の十時にこの病室で行って構わないでしょうか」 母親はじっとアンジェリークを切なく見つめる。 「先生にも一瞬でいいので頼んで頂けないでしょうか?」 アリスの母親は黙っている。 だが、少しの沈黙の後、彼女はゆっくりと頷いた。 「・・・かりそめでも、あの子が見たがっていたライウ゛が実現するのであれば・・・、どうかやってやって下さい。先生にはこちらから言っておきます」 「有り難うございます!」 アンジェリークは深々と頭を下げ礼を述べる。 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」 アリスの母親も頭を下げ、ふたりはしっかりと頷きあった。 「心に残る時間を過ごして頂けるようにします」 アリスちゃん、あなたの夢をしっかりと叶えてあげるからね。 私が生身の人であった頃、果たせなかった夢を実現させてあげるからね? アンジェリークはアリスに強く心の中で強く誓った。 いよいよ時間が近付いてくる。 アリオスさん、来るかなあ。 どうか来て下さい…!! それだけを祈り、アンジェリークは病院の裏口で待っていた。 アリオスが来るまでの間、アンジェリークは激しく緊張している。 段々時間が迫ってくると、切なさと不安に襲われた。 時計を何度も見てしまう。 天使なのにこんなに緊張するんだ…。 不意に足音が聞こえ、アンジェリークははっとする。 足音の方向から、完璧に整った影が見える。 「あ…!!」 そこには衣装のままギターを抱えたアリオスがやってくる。 「待たせたな」 「アリオスさんっ!!!」 アンジェリークの喜びは頂点に達し、アンジェリークは嬉しさのあまり涙を大きな瞳にじませた。 「どこに行けばいい」 「あ、こっちです」 アリオスの母が空けてくれた裏口を入って、病室に急ぐ。 裏口の看守がアリオスの姿を見て、一瞬驚いたのは言うまでもなかった。 「こっちよ」 アンジェリークはアリオスを手招きして、アリオスの病室に連れて行く。 アリオスさん…。本当に有り難う… 面会謝絶と書かれたプレートのかかったドアをアンジェリークはノックをした。 「アンジェです」 「どうぞ」 アリスの母は、ドアを開けるなり、アリオスの姿を認めて息を呑む。 「アンジェちゃん、この方は…」 「アリスちゃんの大好きなアリオスさんです」 「こんばんは」 まさか、目の前に、こんなことが起こるとはアリスの母は思ってはいなかった。 「あ、中に入って下さい。あの子が待っていますから」 「はい」 ふたりは暗く静まっている病室の中にゆっくりと入っていく。 アリオスは緊張していた。 心の奥底にある記憶が一瞬蘇る。 だが------- ベッドに横たわり酸素マスクをしている少女を見るなり、アリオスのその記憶は浄化していく。 アンジェリークが少女の顔を覗き込むと、少女の瞳が僅かに動いた。 「-----アリスちゃん…。アリオスが来てくれたわ…。今から、あなただけにコンサートをしてくれるから…」 アリオスはゆっくりと少女の顔を覗き込む。 「アリスちゃん、アリオスだ」 精気を失っていたアリスの瞳が、一瞬輝きを増した。 「おまえの為に唄を歌いに来た…。聴いてくれ」 アリオスは涙を一筋流しながら、何度も頷く。 「サンキュ。今日は新曲”TEARS IN HEAVEN”だ」 アリオスは椅子に腰をかけると、少女のためにアコースティックギターを奏で始めた。 低く、愛のこもった優しい声。 バラードの感動的な曲に、そこにいる誰もが涙を流した。 アリスの両親、担当医師、看護婦、アンジェリーク。 そして…。 もちろんアリス自身も。 病室は、ほんの一瞬、ライヴハウスに代わり、アリスの夢が実現する。 誰もが心を癒され、切なくも甘い瞬間を共有した----- 最後の1フレーズが終わり、余韻を残すようなアコースティックギターの音色が止む。 「…ア…リオ…ス、アン…ジェ…、お姉ちゃん…、最後に、素敵な夢…、みれたよ…!!」 アリスは大きく深呼吸をすると、目を深く閉じる。 「アリス!!」 アリオスはしっかりと少女の手を握りしめてやり、アンジェリークもまたもう一つの手を握りしめてやる。 「投薬を!!」 アリスの急変で、にわかに病室はあわただしくなった。 「…アリスちゃん…、また、また私とは会えるからね? 近いうちに…」 アリオスは、小さく囁かれたアンジェリークの言葉を聞き逃さなかった。 このとき、俺は、まだ、アンジェリークが囁いた本当の言葉の意味を判ってはいなかった…。 |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |