Tears In Heaven
〜天使様の指紋〜

7


 アリオスが同意してくれたことが、アンジェリークにとっては涙が止まらないほど嬉しい。
「有り難う・・・! 凄く嬉しいです」
 天使は喜びの涙をぽろぽろと流し、それが宝石のように輝く。
「いつ、どこに行けばいい?」
「昼間だと目だってしまうから・・・、今夜十時、アルカディア総合病院で。裏口開けてもらえるように頼みますから」
 アンジェリークはアリオスを見つめ、何度か頷考えるように思慮深く言う。
「じゃああんたはそこで待っていてくれるんだろ?」
 アリオスの感情のない視線がアンジェリークと絡み合った。
「はい、待っています」
「ああ。頼んだ。俺は夕方に音楽番組の撮りがあるから、それが終わったらすぐに行くから」
「有り難う」
 ふたりはそれ以上は話さなかった。
 ただ見つめあっているだけ。
 アリオスは煙草を吸いながら、しばらく宙を見ていた。

 少しでもあんたの役に立ちたいだけだ…。

「じゃあ、今夜な」
「はい」
 アンジェリークはアリオスを見送りながら、もう一度頭を下げた。
 アリオスの心に一歩近付けたような気がする。

 アリオスをもっと好きになったわ・・・。
 以前よりも、生身の彼に触れてからもっともっと好きになる。

 『いいですか? 私たち天使は、人の心を癒すのが仕事です。決して人の深みにはまってはいけません。アリオスに恋をしてはいけません・・・。夏が終われば、あなたは天界に帰るのだということを、忘れないで下さい』
 リュミエールの声が蘇り、アンジェリークは切なくなった。

 彼に恋はしなかったら後悔するような気がします。
 リュミエール様・・・。
 恋によって成長しますから、どうか許して下さい・・・。

 アンジェリークは心からの贖罪を込め、リュミエールに問い掛けるのであった。

 昼間にアリスを見舞うために、アンジェリークは病院に向かった。
 今夜の素敵なコンサートの為に、交渉を行うためだ。
「こんにちは」
「まあ、アンジェリークさん、よく来て下さいました」
 アリスの母親は嬉しそうに笑っていたが、疲労は隠せない様子だ。
 その姿が、かつて病に倒れたときの自分の母親の姿に似ていて、胸が痛んだ。
「アリスちゃん、アンジェです」
 声をかけると僅かに反応してくれて、ほっとした。
「今夜ね、一緒に素敵な夢を見ましょう。とっても素敵な。きっと気にいると思うから・・・」
 アンジェリークの言葉に、アリスは僅かに頷いた。
 アンジェリークも約束をするとばかりに、しっかりと小さな手を握り締める。
「・・・お母さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ええ」
 ふたりは一端外に出ると、廊下の隅まで歩く。
「アリスちゃんの為に、今夜、コンサートを開きたいんです」
「コンサート!?」
 アンジェリークの突拍子のない発言に、アリスの母親は驚く。
「はい。ギターと歌だけで・・・。私ではなく、知人にアリスちゃんの大好きな、アリオスの歌を歌ってもらおうかと思っています。彼の都合の関係で、夜の十時にこの病室で行って構わないでしょうか」
 母親はじっとアンジェリークを切なく見つめる。
「先生にも一瞬でいいので頼んで頂けないでしょうか?」
 アリスの母親は黙っている。
 だが、少しの沈黙の後、彼女はゆっくりと頷いた。
「・・・かりそめでも、あの子が見たがっていたライウ゛が実現するのであれば・・・、どうかやってやって下さい。先生にはこちらから言っておきます」
「有り難うございます!」
 アンジェリークは深々と頭を下げ礼を述べる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 アリスの母親も頭を下げ、ふたりはしっかりと頷きあった。
「心に残る時間を過ごして頂けるようにします」

 アリスちゃん、あなたの夢をしっかりと叶えてあげるからね。
 私が生身の人であった頃、果たせなかった夢を実現させてあげるからね?

  アンジェリークはアリスに強く心の中で強く誓った。

 いよいよ時間が近付いてくる。
 アリオスさん、来るかなあ。
 どうか来て下さい…!!

それだけを祈り、アンジェリークは病院の裏口で待っていた。
 アリオスが来るまでの間、アンジェリークは激しく緊張している。
 段々時間が迫ってくると、切なさと不安に襲われた。
 時計を何度も見てしまう。

 天使なのにこんなに緊張するんだ…。

 不意に足音が聞こえ、アンジェリークははっとする。
 足音の方向から、完璧に整った影が見える。
「あ…!!」
 そこには衣装のままギターを抱えたアリオスがやってくる。
「待たせたな」
「アリオスさんっ!!!」
 アンジェリークの喜びは頂点に達し、アンジェリークは嬉しさのあまり涙を大きな瞳にじませた。
「どこに行けばいい」
「あ、こっちです」
 アリオスの母が空けてくれた裏口を入って、病室に急ぐ。
 裏口の看守がアリオスの姿を見て、一瞬驚いたのは言うまでもなかった。
「こっちよ」
 アンジェリークはアリオスを手招きして、アリオスの病室に連れて行く。

 アリオスさん…。本当に有り難う…

 面会謝絶と書かれたプレートのかかったドアをアンジェリークはノックをした。
「アンジェです」
「どうぞ」
 アリスの母は、ドアを開けるなり、アリオスの姿を認めて息を呑む。
「アンジェちゃん、この方は…」
「アリスちゃんの大好きなアリオスさんです」
「こんばんは」
 まさか、目の前に、こんなことが起こるとはアリスの母は思ってはいなかった。
「あ、中に入って下さい。あの子が待っていますから」
「はい」
 ふたりは暗く静まっている病室の中にゆっくりと入っていく。
 アリオスは緊張していた。
 心の奥底にある記憶が一瞬蘇る。
 だが-------
 ベッドに横たわり酸素マスクをしている少女を見るなり、アリオスのその記憶は浄化していく。
 アンジェリークが少女の顔を覗き込むと、少女の瞳が僅かに動いた。
「-----アリスちゃん…。アリオスが来てくれたわ…。今から、あなただけにコンサートをしてくれるから…」
 アリオスはゆっくりと少女の顔を覗き込む。
「アリスちゃん、アリオスだ」
 精気を失っていたアリスの瞳が、一瞬輝きを増した。
「おまえの為に唄を歌いに来た…。聴いてくれ」
 アリオスは涙を一筋流しながら、何度も頷く。
「サンキュ。今日は新曲”TEARS IN HEAVEN”だ」
 アリオスは椅子に腰をかけると、少女のためにアコースティックギターを奏で始めた。
 低く、愛のこもった優しい声。
 バラードの感動的な曲に、そこにいる誰もが涙を流した。
 アリスの両親、担当医師、看護婦、アンジェリーク。
 そして…。
 もちろんアリス自身も。
 病室は、ほんの一瞬、ライヴハウスに代わり、アリスの夢が実現する。
 誰もが心を癒され、切なくも甘い瞬間を共有した-----
 最後の1フレーズが終わり、余韻を残すようなアコースティックギターの音色が止む。
「…ア…リオ…ス、アン…ジェ…、お姉ちゃん…、最後に、素敵な夢…、みれたよ…!!」
 アリスは大きく深呼吸をすると、目を深く閉じる。
「アリス!!」
 アリオスはしっかりと少女の手を握りしめてやり、アンジェリークもまたもう一つの手を握りしめてやる。
「投薬を!!」
 アリスの急変で、にわかに病室はあわただしくなった。
「…アリスちゃん…、また、また私とは会えるからね? 近いうちに…」
 アリオスは、小さく囁かれたアンジェリークの言葉を聞き逃さなかった。

 このとき、俺は、まだ、アンジェリークが囁いた本当の言葉の意味を判ってはいなかった…。

コメント

「愛の劇場」の新しいシリーズです。
今回は、天使と男の恋愛物語。
今までとは少し毛色の違う物語です。
切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。

頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。
切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜




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