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アリオスの城に踏み入れたのは、アンジェリークにとっては初めてのことだった。 それゆえに少し緊張する。 「・・・おまえで二人目だ。この部屋に入れるのは」 最初が誰だということが、アンジェリークにはすぐに判った。 エリスだ。 胸の奥がチクリと痛んで切なくなったが、アリオスがこの城に招いてくれた事実は嬉しかった。 「ソファにでも凭れておいてくれ。何か温かい飲み物を淹れるから」 「うん。有り難う、アリオス」 アリオスがキッチンに立っている間、アンジェリークは窓の外を眺めた。 下界に降りてきた頃は、夕方の五時と言えばまだまだ明るかったのに、今や夕日が沈む時間帯になっている。 もう、そんな時期なのだ。 そう、アンジェリークが天界に戻らなければならない時が刻一刻と迫っていることをあんに表していた。 「おまえはミルクのがいいだろう? 天使様」 「うん、有り難う」 アリオスからマグカップを受け取り、アンジェリークは温かでいて切ない気分になる。 「有り難う」 「何見てたんだ?」 「・・・空」 「空か・・・」 アリオスも隣に座り、窓の外を一緒に眺めてくれた。 「もうこんなに日も短くなって、秋の空なんだって、実感してたの・・・」 それはアンジェリークが天界に帰る時期が近いことを示している。 秋の空に今までは怯えたことはなかった。 だが、今は怯えて切ない気分になる。 どうして、ずっと夏のままでいられないのだろう。 昨日までは知らなかったが、今は知っている。 アンジェリークは自分では手が届かない場所に行く時が迫っているのだ。 アリオスは堪らなくなって、アンジェリークを背後から抱き締めた。 「・・・どこにも行くな・・・。俺のそばにいてくれ・・・」 低くくぐもった声で呟くと、アリオスはぎゅっと抱き締めてきた。 アリオスの熱が肌に感じる。 「アリオス・・・」 本当はそばにいたい。 だがそれを口に出すのが憚られた。 「ずっと一緒にいたい・・・」 言ってくれたのはアリオス。 同じ気持ちなのが嬉しかった。 「私だって、ずっと一緒にいたいのよ・・・」 既に自分は昇天した身なのだ。 僅か三か月であっても、この下界に降り”アンジェリーク・コレット”としての有り得なかった時間を過ごすことが出来たのだ。 これ以上の贅沢は許されるのだろうかと、思わずにはいられなかった。 「・・・天界からおまえをさらいにきても、俺は絶対におまえを放さない・・・」 腕に力を入れると、アリオスはアンジェリークをさらに抱き締めた。 アリオスの逞しい躰にすっぽりと覆われる形になり、肌から伝わる温もりに、甘い緊張と安堵感を得た。 「・・・アンジェ、過去を精算するためにも、おまえに話さないとな」 「・・・アリオス、過去は精算するものでも引きずるものでもないわ・・・。過去は今のあなたを作るってくれている。過去の亡霊にしがみつくのは良くないけれど、それを浄化して成長するほうが大事だもの・・・」 「浄化してくれる相手や出来ごとに逢うのも大事なことだと思うぜ」 アリオスはぎゅっと強くアンジェリークを抱き締め、その温もりを貪るように躰を密着させる。 「俺にとってはおまえだ・・・。これは間違いない・・・」 「アリオス・・・」 アンジェリークは嬉しかった。嬉しくて堪らなかった。 涙が頬を伝うと、アリオスの指先がそれを拭ってくれる。 「泣きむしだな・・・」 苦笑しながらもそこにはたっぷりとした愛情が込められている。 「おまえがいるから、おまえが俺の前に現れてくれたから、俺は這い上がれた」 アリオスは愛しげに、アンジェリークの白い腕を撫でる。 「感謝しなくっちゃな。俺におまえを遣わしてくれた天使様に。名前なんと言ったっけ?」 「リュミエール様よ」 「リュミエール・・・」 アリオスは噛み締めるように呟いた。 「私もあなたに逢えて嬉しかった・・・。凄く嬉しかった。天界で、私、寂しさの余りずっと泣いてたの・・・。どうして私だけがみんなから引き離されたんだろうって・・・。悲しくて、辛くって、天使になっても泣いてばかりいたもの・・・。それを、あなたが救ってくれた。今では、天使になって良かったって、あなたを癒す仕事を与えて貰ってよかったって思うもの・・・」 アンジェリークは微笑んだ後、不意に寂しげな表情をする。 「・・・普通にあなたと出会いたかったなんて言ったら、ばちが当たるわよね・・・。天使じゃなくて生身のあなたと一緒にいたかった・・・」 それには切なくも哀しい響きが含まれていた。 「・・・俺も生身で元気な普通の少女のおまえに逢いたかった・・・」 アリオスの手をぎゅっと握り締めると、アンジェリークは胸が締め付けられる。 息ができない。 「病気だって何だって良かったから、生身のおまえに逢いたかった・・・」 アリオスの言葉が心に降りてくる。 安心する低い声。 甘くて心を華やいだ気分にしてくれる。 「うん・・・」 しばらくふたりは抱き合うようにして、じっとしていた。 いつしか温もりに安堵してか、アンジェリークはまどろみ始める。 「・・・アンジェ・・・」 眠る少女の頬をゆっくりと撫でる。 それだけのことで至福を感じた。 「アンジェリークは眠ってしまいましたか・・・」 優しい声に驚いて顔を上げると、そこには水色の髪をした青年が優しい微笑みを浮かべて立っていた。 アリオスは直感でその人物が誰か判ったが、それをあえて口にはしない。 「あんたは・・・」 「はじめまして、アリオス。リュミエールと申します…。あなたに話したいことがあって逢いにきました」 「俺に…」 ふたりはしばらくの間、緊張感の中見つめ合っていた---- |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |