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アリオスはすぐに目の前の大天使が何をしに来たかが解った。 「アンジェを連れ戻しに来たのかよ!?」 アリオスは厳しい表情をすると、護るようにアンジェリークを抱き寄せた。 「そろそろ、アンジェリークは天界に戻る瞬間がやってきたのは確かです」 穏やかにリュミエールは呟くと、ゆっくりとアリオスを見た。 「本日はお話に来ただけですよ。アリオス」 「アンジェは絶対に帰さねえ!! 俺にとっては何よりも大切な女だ…! 絶対に離さねえ!」 アリオスは頑なに拒否をし、アンジェリークを抱きしめて離さない。その姿をリュミエールは冷静に見ている。それがアリオスには怖かった。 「あなたからすぐにアンジェリークを引き離そうとは思いませんよ。ただ、彼女は天界に帰らなければならない天使です」 冷静な口調だった。アリオスはそんなものはこの手で吹き飛ばしてやりたくなる。 「天界の掟など俺には関係ねえ!! 俺にはアンジェが必要だ…!!」 魂の底からの叫び声だった。 その声はリュミエールの心にも深く打つものがある。 だが、彼にも使命というものがある。 それにここで話をしてアリオスが諦めれば、愛の感情は深いものでないことが解るだろうと考え、思い切って真実を言うことにする。 「…我々としても、アンジェリークはなくてはならない天使です…」 そこで一旦言葉を切る。 リュミエールは深呼吸を大きくすると、真摯な眼差しをアリオスに向けた。それだけでアリオスには何か重要な事を言われるような気がした。 緊張が高まる。 「------アンジェリークは…、彼女は…、時代の天界の女王として、我々大天使が育てている逸材なのです…」 アリオスの胸に烈しい痛みが走り抜ける。今までにない痛み。予想を超え過ぎた答えに、背中に冷たいものが伝った。 いつも感情が出ないアリオスも流石に動揺を隠し切れなかった。 アンジェが天界の女王…。 世界が崩れおちてしまうような気分になった。 「…ですから、アンジェリークには試練を与えました。一番難しいであろうあなたの心を癒すという…。しかも彼女はあなたの恋人とうりふたつでしたから…」 アリオスは亡くなった恋人のエリスを思い出す。今まで思い出す度に胸の苦痛と罪悪感に苛まれていたのが、痛くない。むしろ良い思い出が心を過ぎり懐かしさすら感じる。 アンジェがいたから…。 あいつがいたから”想い出”に変わることができたんだ…。 エリスはもう、優しい過去の想い出として記憶に遺っているだけだ…。 そう変えてくれたのは、アンジェだ…。 アリオスの安らかな表情を見つめていると、彼がいかにアンジェリークに癒され、その力によって愛の力を手に入れたかが理解出来るような気がした。 アリオス…。 あなたもアンジェリークも、お互いを愛する力でかけがいのないものを手に入れたのですね…。 自分が癒す立場であることを忘れて、リュミエールはふたりに癒され魅了される。 眠るアンジェリークをアリオスが抱きしめるその姿は、聖なる清らかな姿であった。 「…もちろん、私達もあなたを再び哀しみに包もうとは思ってはおりません」 穏やかに言いながら、リュミエールはそこで言葉を切る。義務とはいえ、本当はふたりを引き離すことなど出来ない気持ちの方が今は強い。葛藤はあるが、またアリオスがどれほどアンジェリークを愛しているかも知りたかった。 アリオス…。 もしここであなたの答えによっては、私は…。 リュミエールは緊張感な中、真っ直ぐとアリオスを見つめる。咽に熱いものが込み上げた。 「あなたがアンジェリークを天界に帰すように素直に応じて下さったら、エリスを地上に帰しましょう」 アリオスは目を逸らさずにただリュミエールを見つめる。 「エリスに起こった不幸なことを総てなかったことにして、あなたの記憶からも抹殺します。もちろん、アンジェリークなことも忘れてしまうことになりますが…」 アリオスの瞳の奥が僅かに動いた。暫くふたりは見つめあったまま微動だにしない。 重くも緊張感が溢れる沈黙が走る。 破ったのはアリオスだった。 「クッ、”忘却とは忘れさること”って良く言ったものだよな。確かに楽だぜ、忘れてしまってなかったことになるなんてな…」 アリオスは腕の中ですやすやと眠るアンジェリークを見つめる。 「…普通、あったことをなかったことには出来ねえんし、赦されねえことなんじゃねえのか? 天使様よ」 アリオスは醒め切った感情のない瞳を大天使に向けてくる。 「…確かに普通の人間はそうですが、あなたは選ばれた方なのですよ」 冷静に言葉を紡いでいるようで、実際のところリュミエールは嬉しく思っていた。 「…エリスのことがあり、アンジェと出会えたから、今の俺がある。今ここにいる”俺”という人間は、アンジェがいたから、エリスがいたからあり得る人間だ。それを否定することはあり得ない」 アリオスの瞳はもはや迷いがはなかった。 自分の考えを大天使にぴしりと伝える。 「俺は、アンジェとの記憶を無くすなんてことは出来ねえよ。折角の申し出には申し訳ねえんだけれどな」 アリオスは視線をアンジェリークに移す。その横顔は慈しみが溢れている。 リュミエールは感銘を受けていた。 心のどこかで人間は天使に対しては受け身だと思っていたところがあった。 だが今はこんなに感動しているのだ。 人間に教わることがあるなんて…。 私達天使は驕っているのかもしれません…。 人間は確かに何もすることが出来ません…。 ですが愛の力を持てば、私達天使よりも大きな存在となりえるんですね…。 それを証明してくれたような気がします…。 アリオスは…。 リュミエールはふっと優しい笑みを浮かべる。 それは彼自身が成長した証であった。 「あんたたちの提案で俺が受け入れられるのは、アンジェと一緒にいられることだけだ。地上で一緒にいられるのにはこしたことはねえが、俺が天界に行ってもかまわねえんだ」 「今の生活を捨てて、”死”を経験しなければならなくなったとしてもですか?」 ややあって、アリオスは力強く頷いた。 「アンジェを失うぐらいなら、どんなことになっても構わねえ」 迷いなく呟くアリオスの姿に、リュミエールは決意する。それは愛の素晴らしさを理解した天使の姿だった。 アリオス、アンジェリーク…。 あなたたちのお影で素晴らしい愛の姿を見せて戴き感謝しています。 今度は私が奇跡をお見せします…。 |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 いよいよクライマックス! リュミエールの奇跡をお楽しみに |