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「うぉ、あぉ、ア、アリオスさんは、その私と…」 アンジェリークは動揺の余りに、言葉を旨く操ることが出来ない。お喋りなのに、表現が出来なかった。 「おい、おまえ、人間未満だぞ!?」 アリオスは珍しいものを見るかのように、アンジェリークを見てくる。 「あ、だって、アリオスさん、私とキスしたいって…」 アンジェリークはごにょごにょと言うと、アリオスは眼差しに笑みを浮かべる。その笑みは、少し眩しそうな感じだ。 「そうだ。おまえとちゃんとしたキスがしたい」 アリオスにきっぱりと言い切られてしまうと、何やら恥ずかしいものがどこからともなく込み上げてきた。 「ほら、生クリーム付いてるぜ」 鼻の頭に付いたパフェのクリームを、アリオスが指先で拭うと、そのままパクリと食べてしまう。 恥ずかしい、全くもって恥ずかしい行為だ。 「甘いな」 ニヤリと意地の悪い笑みまで追加された暁には、アンジェリークは堪らなく恥ずかしい。 「…だったらアリオスさんも同じものを注文したら…」 まともにアリオスの顔を見ることなんて出来ない。アンジェリークはもじもじとしながら、俯くしか出来なかった。 「俺はこれで充分。甘いものは腹一杯だ」 アリオスは綺麗な顔に、楽しそうな笑みを浮かべて、アンジェリークを見ている。その顔のほうが、余程甘いとアンジェリークは思った。 「まだ、腹減ったら言えよ。甘いもんの祭ってぐれえにあるからな」 「有難うございます…」 照れ隠しに、アンジェリークはスプーンど思い切り掬って、それを口の中へと、あむりと入れる。 やっぱり美味し過ぎて、とろけてしまいそうになる。 「美味しい」 「テイクアウトにガレットもあるぜ。ここのは無茶苦茶美味いらしいからな」 アンジェリークは食べる手をふと止めると、じっとアリオスを見た。 探るように。 「何だよ?」 「アリオスさん、こんなに私に色々食べさせて何をする気ですか?」 アリオスは可笑しそうに喉を鳴らすと、アンジェリークに顔を近づけてくる。 心臓がぴょんと跳ね上がった。 「おまえを太らせて食う為だぜ? もちろん、唇ごと」 「…!!!」 ほんの一瞬の出来事だったので、アンジェリークには一体何が起こったのか、解らないでいた。 柔らかな舌が、僅かだがアンジェリークの唇を舐めたのだ。 「ま、また、キスを盗んだっ!」 アンジェリークの声は、動揺の余りに、へんてこりんにひっくりかえった。 「キスじゃねえよ、舐めただけだ。味見」 「味見って…、もうバカっ!!!」 アンジェリークの顔は、本当に焼き栗のように真っ赤になり、湯気のような珍しいものまで出ている。 「ぽん栗みてえ!」 アリオスはアンジェリークの表情が相当楽しいらしく、喉をくつくつと鳴らして、それはもう大いに笑っている。 「栗、栗って、私は栗じゃなくてちゃんとした女の子ですっ!!」 「んなことは解っているさ。おまえは大食いの可愛い女だよ」 大食いは一言余分かもしれないが、中々どうして、ときめくドッキリ発言ではある。 「あ、あの…」 余りにも甘い台詞過ぎて、パフェのクリームと一緒にとろけてしまいそうだ。アンジェリークは戸惑いながらも、アリオスをときめきの眼差しで見てしまう。 「返事は今すぐでなくていいしな。お互いの深いところなんて、一度では中々解らねえものだからな」 「…そ、そうですよね」 確かにそうだ。 アンジェリークが今アリオスについて知っていること。 スポーツクラブに通っている。 よく笑う。 ひとをばかにするのが好き。 気前が良い。 キス泥棒。 それぐらい。 短い時間だったので、ざっと理解する内容も量も、たかがしれてしまっている。 「アンジェリーク、顔に書いてあるぜ。どうせ俺について知っていることを数えていたんだろうが」 どうしてそんなにすんなりと答えが出るのか。アンジェリークはアリオスに問うように見つめた。 「おまえ解り易いもん。単純で」 「た、単純なんかじゃ!」 慌ててむきになって否定するが、余計に逆効果のように笑われてしまう。 「だったら、アリオスさんは私の何を知っているんですか?」 アンジェリークはリベンジのつもりで、眉をヘの字に曲げながらアリオスに聞いてみた。 「俺のおまえについて知っていることか? そうだな…」 考えるふりをしていることは一目瞭然だった。アリオスはまたイタズラが入っている笑みを向けると、口を開いた。 「アンジェリークって名前だろ、大食い、短気、おっちょこちょい、気が強いが意外に弱いところもある。後は唇が信じられねえぐらいに甘いってことだな」 墓穴を掘ってしまった。 全くアリオスには好き放題言われてしまっている。 「そんなに私はひどくないっ!」 ぷんすかと怒っても、アリオスには全く効果がないと言っても良かった。 「もっともっと知りたいって思うけれどな、俺は」 「私はへんなことばっかり知られたくないもんっ!」 アンジェリークはつんとすると、アリオスに背を向けながら、パフェをかきこむ。 「ったく、おまえは見ていても、こうして話していても飽きない女だよ、マジで。おまえといたら楽しそうだ」 アリオスはあくまでご機嫌で、本当に楽しそうだ。不思議な、見れば冷酷と感じてしまう瞳にも、温かなものが宿っている。 ちょっといいかなと、アンジェリークが思ってしまうのも、また事実だ。 こんなにスムーズに言葉のキャッチボールが出来る相手は、正直言って珍しい。 しかも話していて楽しいと思える相手は中々いない。 アリオスとは本当にスムーズに話せて、しかも楽しい。 怒っているはずなのに、笑みが零れてしまうほどに。 これって相性が良いのかもしれない。 相性が良いだとか、運命の相手だとか、目では見えない何かが働いているのか。 そんなことは解らないけれども、アリオスと話していると、興奮だとかときめきといった、沢山のエネルギーが詰まった感情に左右されているのは確かだった。 「ほら、こっち向け。んな食い方してると、器を落としてしまうぜ」 アリオスに指摘されて、子供が電車で車窓を見ているような格好は止めた。普通に向き直る。 「アリオスさん、私を太らせて食べるって、いっぱい甘いものを食べさせてくれたり、美味しいものを食べさせてくれるってこと?」 意地の汚い問いだというのは百も承知だが、アンジェリークはついきかずにはいられなかった。 「ああ。これからの季節だったら鍋ものとか美味いからな。ふぐとかちゃんことかかにとか海老を食わせてやるぜ?」 「マジ!?」 聞いているだけでお腹が空いてくるラインナップ!(あれだけ食べているのに関わらずだが) アンジェリークは思わず躰をアリオスに向けて乗り出していた。 「鍋のほかにも色々と美味いもの…」 なんて魅力的な響きなのだろうか。アンジェリークは想像するだけでほくそ笑んでしまった。 「俺と付き合うか? 付き合ってキスのレッスンをしてみるか?」 アリオスは魅力が溢れた眼差しを、アンジェリークに向けてきてくれる。それは本当に煌めいて見えるぐらい素敵で、抵抗することなんて出来ない。 「キスのレッスン…、いきなりしない?」 アンジェリークは、小さな子供がお願いをするかのように、上目使いでアリオスにきく。 それが一番の大問題であり、愁いかもしれないのだから。 「おまえが嫌がることは極力避けてやる。レッスンだから、徐々に階段は昇っていかなければな」 アリオスはきちんと笑顔で請け合ってくれる。 アンジェリークはもう一度アリオスを見た。 眉目秀麗で全くのパーフェクト。 だからお付き合いをしても、夢見るようなことが出来る。 美味しい物が食べられるというのも、メリットではある。 アンジェリークは熟考することもなく、アリオスにきっぱりと返事をする。 「アリオスさん! デートの時にいっぱい美味しいものを食べさせてくれたら、イエスです!」 「くっ…! 食い物で釣られるのかよ! おまえらしいぜ」 アリオスは本当に可笑しそうに笑いながら、何度も頷く。その笑顔が恥ずかしくて、アンジェリークは真っ赤になった。 「いいじゃない」 「ああ。おまえのリクエスト通りに沢山の店に連れていってやる」 「有難う」 アンジェリークが元気良く礼を言うと、アリオスは手を差し延べてくれる。 綺麗なのにとても大きな手。 指先を見るだけで、アンジェリークはドキリとした。 「契約成立の握手だ」 「はい」 怖ず怖ずと手を出すと、アリオスが包み込むように握り締めてくれる。 肌を通して体温を感じ、それが躰の中に入り込んでいく。 胸がきゅっと締まるような心地が良い。 「じゃあ握手な」 「はい」 更に強く握り締められて、アンジェリークの胸に小さな花が咲く。 アリオスは不意にアンジェリークを引き寄せると、頬に甘いキスをしてきた。 「これで、契約成立」 アンジェリークは頭がぼんやりしてしまい、何度もアリオスの声が頭に響いていた。 |
| コメント 性懲りもなく、ロマンティックコメディをまた。 愉しんで読んで頂けると嬉しいです。 キスをテーマにしたお話し。 |