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正確に言えば、アリオスとはきちんと付き合っているのだろうか。 アンジェリークは何だか宙ぶらりんのような気がする。 優しいのは、キスを盗んだからよね。私のファーストキスを。 きちんとしたデートはなく、スポーツクラブで落ち合うぐらいで、その後で軽くごはんを食べるぐらい。 これがデートと言えるのか。 そんなことを思いながら、アンジェリークはだらだらアリオスと一緒にいる。 結局、一緒にいると楽しくて、居心地が良いからだ。 今日はどんなひとと付き合っているなか、リサーチする為に、本屋に立ち寄った。何せ、アリオスは本屋に落ちているらしいので。 アンジェリークは早速小説コーナーを家捜しし、アリオスの一角を見つけた。 そこには、アリオスの著作が山のように置いてあり、いくつか物色してみることにした。 著者近影を見ると、サングラス姿のアリオスがモノクローム写真で写りこんでおり、何だか笑えた。 「何をカッコつけてるんだか! まあ、確かにカッコイイとは思うけれど、これはないよわよね」 アンジェリークは著者近影を全部見て、一通りの満足を得た後、今度は文庫の裏を見て、しっかりと吟味を始めた。 貴重なお小遣なのだ。 アンジェリークは吟味に吟味を重ねる。 ラブロマンス要素が大きな二冊の文庫を購入した。 今のアンジェリークにはこれが精一杯だから。 家に帰って早速読み耽り、数々のドキドキやワクワクに、いつしかいち読者として読んでいた。 二冊ともアンジェリークにとっては大ヒットだ。久し振りに小説をとことんまで愉しんだ。 「凄いなあ、なんか大人の恋愛ってカンジ。大人しか見事に出て来ないものねえ。濡れ場とかキスシーンとか、すっごくロマンティックだったなあ」 うっとり屋さんの、夢見る夢子さんには充分に満足がいく内容で、アンジェリークは何度も溜め息を吐いた。 明日はスポーツクラブでアリオスに逢う。 これでひとつ話題が出来たと、すっかりほくそ笑んでいた。 「おう、アンジェリーク」 「アリオスさん読みましたよ!」 アンジェリークはアリオスの目の前に二冊の文庫本を突き立てた。 「読んだのかよ?」 「はいっ! とってもおもしろかったです! あ、著者近影は笑いましたけれど!」 アンジェリークがイタズラめいた眼差しを送ると、アリオスの眉間にシワがくっきりと刻まれる。 「それは言うんじゃねえ」 照れ臭いのか、アリオスは僅かに頬を紅潮させて、アンジェリークを捕まえにくる。 「きゃあっ!」 捕まえられるなり、頭をげんこつでグリグリされ、アンジェリークはきゃあきゃあふざけた声を上げた。 「あれは出版社の陰謀なのっ!」 「恰好つけすぎ」 「俺もそう思う」 アリオスとアンジェリークは一瞬顔を見合わせて笑い合う。 「隙ありっ!」 アンジェリークはアリオスの腕からすんなりと逃れようとすると、直ぐに腕の中に閉じ込められる。 「逃げるな」 「やだよ! あっ…!」 アリオスの腕が、むにゅりとアンジェリークのぽよぽよとしたものに突き刺さり、ふたりして一瞬固まってしまう。 「あ…」 「あ…」 気まずくて少しばかり甘さの含んだ沈黙が、ふたりの中に僅かに走る。 「結構育っているじゃねえか? アンジェリークはよ」 アリオスの悪びれない言葉に、アンジェリークは耳から胸元まで真っ赤に染め上げる。 アリオスのバカ。 スケベ! 「もう、えっちっ!」 アンジェリークはするりとアリオスの腕から抜けると、胸を張って非難するような体制を取った。 「全く! アリオスが悪いのよっ! ス、スケベなんだから…」 「そうやって小せえことをキッパリと非難するとこなんざあ、アンジェリークはお子様だな。まだまだ」 余裕しゃくしゃくなアリオスの態度が気に入らなくて、アンジェリークは背を向けた。 「アリオスが悪いんだもん…」 小さく悔しそうにアンジェリークは呟く。 本当にとっても悔しかったのだ。 「なあ、拗ねるなよ」 アリオスがすっかり弱り切ったように眉を潜めている。 「ホントにそう思ってる?」 「ああ、思ってる、思ってる」 アリオスの声はどこか誠意が感じられない。アンジェリークは口を尖らせた。 「絶対に思っていないでしょ! 声を聴けば解るわ」 「だったら誠意をたっぷり表してやるぜ? この後、おやぢの店で飯を食った後、カフェオランジェのケーキセットは?」 なんて魅力的な組合せなのだろうか。 それだけで、アンジェリークの瞳はきらりんと輝いた。 「ホントに!?」 「ああ。謝罪」 アリオスがニヤリと素敵な笑みを浮かべてきたので、アンジェリークは少し許す気になった。 食べ物に釣られているだけではなく、勿論アリオスの極上な微笑みにも釣られているのは間違いない。 「嬉しい! だから許してあげる」 「じゃあ、謝罪のキスをくれよ?」 アリオスはいけしゃあしゃあと言ってのけ、唇にするのは当たり前だとばかりに、自分のそれを指差している。 「そ、そんな、キス泥棒された以外は、キスしてないもん」 「触れるだけだぜ? 今からのキスは謝罪のキスだ。そしてホンモノのキス」 「ホンモノ…」 ホンモノのキスがどのようなものか、アンジェリークも知ってみたい。 アリオスがすっと腰を屈めて、アンジェリークがキスをしやすい形にしてくれる。 「な、仲直りのキスよ…?」 「ああ。じゃあ仲直りな?」 アンジェリークは上目使いでアリオスの様子を確かめた後、ぎこちなく目を閉じる。 震えながら、アリオスの唇に僅かに触れるだけのキスを送った。 触れるだけのキスなのに、どうしてこんなにときめいてしまうのだろうか。 アンジェリークは小さくなりながら、アリオスから離れた。 「キスはおしまいっ!」 全身を珊瑚みたいに真っ赤にして、アンジェリークは早口で言う。本当に恥ずかし過ぎてたまらなかった。 「可愛いキス、サンキュな。だが、まだまだ紛いもんに近いぜ?」 「え?」 アリオスがゆっくりと近付いてくる。 「まがい物じゃねえホンモノのキスを教えてやろうか?」 まがい物ではない本物。アンジェリークにとっては、アリオスの小説にあったような、濃厚なものをついつい想像をしてしまう。 「あ、あの…、アリオスさんの小説みたいなものだったら、ご遠慮…、私にはまだ早いような…」 本当は嫌じゃない。 だが溺れてしまうようなキスをするのは、まだ時期尚早のような気がした。 「恐いのかよ?」 全くの図星。 「こ、恐くなんかないです…」 アンジェリークは眼差しを潤ませて、恐怖を自分自身で演出してしまっている。 「じゃあ試してみる価値はあるはずだろ?」 「あ、あの…」 アリオスに腕を掴まれ、ぐいっと力付くで引き寄せられた。 「あ、あの…、こんなバックヤードで…、誰か来たら…」 アンジェリークはあらゆる回避の状況を模索しながら、おたおたと焦る。 だがアリオスは、許してくれないようだった。 「アンジェ、本物を知ってしまえば、もうまがい物は嫌になるぜ」 「あ、あ…」 アリオスの綺麗な指が顎にかかり、上を向けられる。瞳を潤ませながら、アンジェリークは血管が弾けてしまうかと思うほどに、肌を真っ赤にした。 ゆっくりとアリオスの唇が下りてくる。自然と瞼が下りていく。 「アンジェ…」 低く響くアリオスの声はうっとりするぐらいに良くて、アンジェリークはまた聴きたくなる。 アリオスとキスをすれば、聞けるのだろうか。 だがそんな思考も霧散するように、とろけるようなアリオスの唇が下りてきた。 しっとりと唇が塞がれ、柔らかく吸い上げられる。 背中にぞくりとした感覚が走り、腰に衝撃が走った。 アリオスに捕まらなければ、旨く立つことさえ出来ない。 しっかりと捕まりながら、アリオスの舌の侵入を許した。 ねっとりとした舌の動きに、肌が震える。 小刻みに肌が生きているように震えるなんて、アンジェリークは初めての経験だった。 じっくりと舌で愛された後、もう頭の端が痛くなるくらいに感じていた。 リアルで、そしてこれが本物。 アリオスの唇が離れた後も、アンジェリークはアリオスから離れられなかった。 「これが本物のキスだ」 「…うん」 アンジェリークは上の空で答えながら、アリオスにしがみつく。 「今日はトレーニングはダメみてえだな。このまま飯を食いに行くか?」 「…うん、そうしたほうがいいみたい…。腰が抜けたみたいで…」 アンジェリークはアリオスに弱々しくいうと、じっとその腕に捕まる。 腰がへっぴり腰になり、アンジェリークは歩くことすら厳しい。 「クッ。ったくしょうがねえな。アンジェリークは。このまま荷物だけ取ってきて、帰るぞ」 「きゃあん!」 恥ずかしいことにアリオスにお姫様抱っこをされ、甘いときめきを感じる。 「こんなんで腰が抜けちまうなんて、本番はどうする気だよ!?」 「本番?」 アンジェリークは何が何だか解らなくて、小首を傾げる。 「もっと濃厚なやつをしてやるよ」 「それだったら腰が抜けちゃうー!」 アンジェリークは大騒ぎをしながら、アリオスに運ばれる。 もっと濃厚なら、もっと素敵だろうか? そんなイケナイ欲望を秘めて、アリオスにしがみついた。 |
| コメント 性懲りもなく、ロマンティックコメディをまた。 愉しんで読んで頂けると嬉しいです。 キスをテーマにしたお話し。 |