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とうとうアリオスと一線を越えてしまった。 心のどこかで期待していたところがあったので、アンジェリークは決して後悔などは有り得ないと思っていた。 アリオスに契約延長を言い渡され、くすぐったいがとても嬉しい。 まだアリオスと一緒にいられるかと思うと、最高の幸せを感じる。 愛する男性の傍にいられるというのは、なんて素晴らしいことなんだろうと思った。 アリオスの為に世話をするのも悪くないどころか、ウキウキとしてしまうし、本当にわくわくする。 昼間にたっぷりと通信制高校の勉強も出来るし、本当に幸せを感じる。 ただ、アリオスからは「愛している」と言われたことはない。 彼は、ペナルティポイントが溜まっていると言っては、おさわりやそれ以上のことをしてくる。指先の温もりからは確かに愛情を感じるのに、アリオスが何も言ってくれないのが悔しかった。 言わせてみたい愛の言葉を。それは見果てぬ夢なんだろうか。 今日もアリオスは早く帰って来てくれた。最近はちゃんとほぼ定時に帰ってきてくれるの宇嬉しい。 アンジェリークは嬉しくて、早速、彼を迎えに行く。 「おかえりなさい」 「ただいま」 アンジェリークが幸せそうに微笑むと、アリオスは抱き寄せてキスをくれた。 甘くて砂糖菓子みたいにとろけそうなキス。アンジェリークが大好きなキスだ。 きっと好意に想ってくれている。そうでなければあんなキスは出来ない。アンジェリークは必死にそう想いこもうとしていた。 楽しい食事の時、アリオスが封筒を差し出してくれた。 「これは何ですか?」 「高校の転入手続きだ。幅広い年齢層がいる高校だが、自由な校風と名門の学校だ。真剣に勉強をしなければならねえが、おまえにとっては行きやすい環境だと思う。編入試験を受ける気はねえか? 学費は給料から少し引くことになるが、少しは助成をしてやる」 「高校…」 アンジェリークは封筒を受け取りながら、うっとりと見つめる。 高校に通うというのは、アンジェリークの憧れる行為のひとつだった。 貧しいので義務教育しか受けられなかったこともあり、アンジェリークには叶えたいことのひとつだった。いつになっても良いから、大学にだって、行きたいと想っている。 「アリオス、有り難う…。じっくりと読んで検討させてもらうね? やっぱり高校に通うのは憧れだけれど、まだまだ私には敷居が高いから…」 アンジェリークはそこまで言って言葉を飲み込む。アリオスのところにいつまでもいるわけにはいかないのだ。 ま た一生懸命働かなければならない時がくる。だから慎重に考えなければならなかった。 「何をそんなに迷っている。考えることでもあるのか?」 アンジェリークの答えが、アリオスにとって余り気に入るものではないことは、その態度で明らかだった。アンジェリークは、アリオスの視線が恐ろしいと感じてしまったが、それはしょうがないことのように思えた。 「何も心配しなくていい。おまえは学校に通うことを仕事だと思って、考えろ」 アリオスの声は明らかに刺がある。遠慮をするアンジェリークに苛立っているのだろう。 「起こりもしない将来のことを考えて悲観するより、おまえは今、目の前にあるチャンスを掴むことだけ考えろ。いいな?」 完全に何を考えているかを読まれていると、アンジェリークは思った。アリオスには本当に想っていることを言い当てられてしまう。 ひょっとして…、かなりアリオスのことが好きなのも完全にばれてしまっているかもしれない。 アンジェリークはそう思うと、顔から火が出る感覚だった。 「前向きに考えます。これからの将来に関わる大きなことだし、私も頑張ったら通えるかもしれないし…。とにかく、これからも色々と勉強していきたいですから、じっくり考えます」 「ああ。それが良いと思うぜ。おまえには俺がバックアップいつでもしてやるから、本当に前向きに考えろよ。遠慮するな」 「はいっ!」 アンジェリークは微笑みながら、アリオスにしっかりと返事をする。彼がせっかくしてくれた提案を無駄にしない為にも、頑張ろうと思った。 お風呂に入ってさっぱりとすると、アリオスが迎えに来ていた。最近は自分のベッドで眠ることも少なくなっている。 「アンジェリーク、来いよ。ペナルティポイント使わせて貰うからな」 「アリオスは一体いくつポイントを持っているのよ?」 「さあな?」 アリオスは喉をくつくつと鳴らして笑うと、そのまま抱き上げてくる。 確かに、アリオスには愛の言葉は囁かれたことはないけれども、アンジェリークにとっては、最高に愛を感じる瞬間であった。 幸せ色にあたりがほわほわとカガヤイテイル。アリオスと出会ってからというもの、様々な願が叶っていく。 素敵な男性との恋愛。 素敵な家に住むこと。 高校に行くこと。 これらの夢は既に手にしたも同然だが、夢が叶ったせいで、また、欲張りなところが出てくる。 アリオスに「愛している」と言ってもらいたい。 アンジェリークにとっては、どこか見果てぬ夢の様相があった。 こんなにも好き…。 なのにあなたは何も言ってくれない。あなたが言ってくれたら、私はとても幸せなのに…。 肌を合わせている時は、あなたの温もりで信じられると同時に、不安にもなる。 あなたはどうして私を抱いているんだろうって、いつも思う…。 アンジェリークは愛の不安で中々高校のことを、決断することが出来ない。なるべく、将来のこととアリオスのことは離して考えたいと思っていたが、中々出来ない。 パンフレットを見ると、本当に楽しく学べそうだ。だけど、このまま高校に行けば、アリオスを失った時に辞めなければならないショックが大きいだろう。 だが、いずれは、アリオスから離れなければならない。契約だって、いずれは切られてしまうのだろうから。 そう考えると、アンジェリークは上手く踏み込むことが出来ずにいる。 このまま、通信制で自力で頑張ったほうか、傷は少ないような気がした。 怒られるのを覚悟の上で、アンジェリークはアリオスに自分の考えを伝えることにした。 「アリオス、やっぱり私…、このまま通信制を続けたいと想っているの」 「どうしてだ? ちゃんと理由を言ってみろ」 アリオスの視線は明らかに厳しいものになっている。 この目線に耐えるほうが、のちのち捨てられるかもしれないと危惧するよりは、いいかもしれないと思っていた。 「通信制だと自分のペースに合わせて勉強が出来るので。これからどんな仕事をするかは解らないし…」 アンジェリークは弱いとは解っていたが、自分の主張をアリオスにする。弱々しく言ってしまうのは、アリオスへの気合い負け。 「おまえ…、俺が契約を解除したらどうなるかとか、へんなことを考えるな。ちゃんと俺は、おまえが高校を卒業するまでは、必ず支援する。だから、そんなことは気にするな。いいな。それを交えて考えろ」 「アリオス…」 自分が考えていることを総て見透かされて、アンジェリークは目を大きく見開く。 「ガキのくせに無駄に暗いことを考えるな。ちゃんと受けてくれ。俺は一度言ったことは、ちゃんと最後まで面倒を見る。だから安心しろ」 アリオスはそう言って、アンジェリークの髪をくしゃりと撫でる。指先から温かさがほとばしっている。 アリオスの口調はきついが、そこに優しさがあることを、アンジェリークは十二分に知る。 心が軽くなる。 何をそんなに思い悩んでいたのだろうか。とても単純なことだったのに。 アンジェリークは悩みが抜けていくのを感じた。 「有り難う…、アリオス」 「編入試験受けろよ」 「そうする…」 素直にアリオスに従ってみることにする。それもまた心地良く感じるのは何故だろうか。 ふとアリオスがアンジェリークの頬を繊細な手で捕らえる。 「アンジェリーク、おまえ、今まで我慢ばっかしていたんじゃねえか?」 真実を指摘されて、言葉を繋げることが出来ない。確かに、アリオスの言った通りに、苦労ばかりしてきたアンジェリークには、上手く相手の好意を利用するとか、そんなことは一切なかった。本当に我慢だけ重ねて、慎ましく生きて来たのだから。 アンジェリークはうっすらと涙が滲んだ瞳だけをアリオスに見せて、俯く。本当にずっとそうだったから。 無難なことしか考えられず、冒険をするなんてもっての他だったのだから。 「なあ、アンジェリーク、俺の前では、我慢を少しだけ止めてみねえか?」 「え?」 今までそんなことは考えたことななかったものだから、アンジェリークは驚いたようにしか、アリオスを見つめることが出来なかった。 「我慢を止めるって…」 どう我慢を止めるかすら、方法も解らないと言うのに。 アンジェリークは小首を傾げてアリオスを見た。 「我慢を止めるっていうのはな、自分のやりたいことをやることだ。おまえが今、本当にしてえことをやるんだ。叶えるんだ…」 「やりたいこと…」 アンジェリークは小さく呟きながら考え込む。 「学校に行きたい。いっぱい勉強がしたい」 「ああ」 「それと…」 「それと?」 アンジェリークは艶やかな潤んだ瞳でアリオスを見る。 「あなたにキスしたいわ…」 アンジェリークは呟くようにいうと、アリオスに唇を重ねた。 |
| コメント タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。 楽しんでくださると嬉しいです。 さて。 今回は、独占欲の強いアリオスさんです。 |