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私のお役御免の時期が目の前に迫っていたなんて…。 不安の余り、躰が震えるた。 横を見ると、私に気を遣うような視線が見て取れる。 「…悪いが、さっき言ったように俺は急いでいる。おまえさんがじいさんに託された証拠の品があるのならば、改めて後日に見せて貰いたい」 アリオスはきっぱりと言った後、一瞬たじろいだアンジェリークの腰をしっかりと掴んだ。 「…アリオス…」 「アンジェ、行くぜ」 「あ、うん…」 アリオスに言われるまま、アンジェリークは歩き始める。何だか後味の悪いような気がした。 「アリオス…、彼女は…」 「かまわねえ。おまえとのお祝いが俺には優先事項だ」 「アリオス…、有り難う…」 余りにも彼がきっぱりと言い切ってくれたので、アンジェリークは少しだけ鉛のような蟠りが無くなったような気分になる。 「アリオスの決められた婚約者なのかもしれないのに…?」 「それは有り得ない」 アリオスが余りにも力強く言い切ったので、アンジェリークはそれこそ驚いてしまった。 「どうして!?」 「確かに年齢は合うんだが…、外見が噛み合わねえし、それに…、明らかにお金を持った家の令嬢でないことだけは解っている…」 「あ…」 初めてアリオスの祖父が指名した婚約者の姿に触れて、アンジェリークは正直驚いた。 だが合点がいくような気がする。 何故、上流階級での名乗り出をアリオスが煙たがる以上に嫌がっていたのか。そして、有り得ないと切り捨てていたかが、理解できた。 「あのお嬢さんに限って、こんな嘘をつくとは、思わなかったがな」 アリオスの冷たい言葉に、アンジェリークは僅かだが俯く。 「……それは、彼女がアリオスのことを大好きだからだわ…」 アンジェリークは切なさが混じった声で、しみじみと呟く。そこには、同じ年代だから解る、恋する者の悲哀が滲み出ていた。 「……おまえはどうなんだよ? アンジェリーク」 優しさと冷たさという合い反するものが混じり合った声で、アリオスは囁いてくる。 アリオスの声の深みに驚いて、アンジェリークは思わず顔を上げた。 「……私……?」 「そう、おまえの気持ちだ」 アンジェリークは胸の奥を突かれたような痛みを覚える。泣きたいほど痛かった。 「私……」 そこまで言ったところで、アンジェリークは言葉を飲み込んでしまった。 本当の気持ちを言ってしまえば、いつも押し殺している気持ちを言ってしまえば、きっとアリオスから離れなければならない。そんな気がして、アンジェリークは言葉を上手く発することが出来なかった。 唇が震える。 それを察したのか、アリオスの大きくて優しい手が頭の上に置かれた。 「まあ、いい。そのうちな?」 「あ…」 ”そのうち” 何の変哲のない言葉のはずなのに、アンジェリークの胸は甘く潤む。アリオスへの気持ちが爆発するぐらい、大きくなっていった。 「さてと。お祝いだ。ロブスター食いに行くぜ」 「うん!」 アリオスの腕に自分の腕を絡ませながら、アンジェリークはひとときの幸せに酔う。 神様…。 どうかお願いします…。 私がアリオスにとって”偽物”なのは解っています。 だけど、この甘い幸せに、どうか酔わせて下さい…。 アンジェリークはずっと大切にしているロザリオをぎゅっとにぎりしめて祈った。 学校が始まり、アンジェリークはより充実をした日々を過ごしていく。 勉強とアリオスの家の家事の両立もなんなくこなしている。 そして…。アリオスは毎夜のようにアンジェリークを愛して、共にベッドで眠る日々が続いている。 本当に幸せで充実した日々だった。 通う高校でも、同世代の仲間と出会い、ようやく年齢に見合った生活をほんのひと時だが送ることが出来るようになっている。 それはアンジェリークには幸せなことであった。 「じゃあ、またね、ユーイ!」 「おう! 明日はじーちゃん自慢の弁当のおかずを交換しようぜ!」 「うん!」 クラスメイトと別れて、アンジェリークはご機嫌に家路に急ぐ。 ふと、例のカフェの前に通りかかり、アリオスと令嬢が一緒に奥の席に座っているのが見えた。 きっと、アリオスが彼女が”婚約者”ではないことを証明してくれているのだ。そうに違いない…。アンジェリークは頑なにそう思い込もうとしていた。 翌日も、また翌日も、彼女とアリオスの姿を見掛ける。 アリオスはまんざらでもなさそうにしているのが解る。 アンジェリークはその姿を見るだけで、胸の奥が張り裂けるほど痛いのをつくづく感じた。 やっぱり、私はアリオスにとっては、都合の良い、セフレ以下の女なのかもしれない…。 何日かこんなことが続くと、流石のアンジェリークも精神的にすっかり参ってしまっていた。 ただ自立をする為に、一生懸命勉強に励んでいるといった感じである。 「おいアンジェ、最近、元気ねえよな。病気にでもなったのか?」 仲の良いクラスメイトであるユーイが心配そうに話し掛けて来てくれるのが、今は何よりも嬉しい。 「ちょっと、疲れているかも…」 「そいつはてえへんだ、アンジェ。うちのじいちゃんが作った栄養ドリンクを、やるからさ。これで元気を出せよ!」 「ユーイ…、有り難う」 アンジェリークはユーイの素朴な優しさが凄く嬉しくて、思わず涙ぐんでいた。 「お、おいっ! 泣くなよ!」 うろたえるユーイに、アンジェリークは泣き笑いを浮かべる。本当に心からの笑顔だった。 「うん、大丈夫だよ」 「ったく、アンジェは泣き虫だな…」 ユーイは苦笑しながら、アンジェリークの涙を拭う。優しい気分になり、思わず笑みを零した。 「じーちゃん特製だからさ、すっげ〜効くぜ?」 「うん、有り難う」 ふと、あのカフェが目に入る。やはり奥の席にはアリオスと少女が座っている。ふと少女が立ち上がると、アリオスの頬にキスをした。 「……!!」 アンジェリークには衝撃だった。たとえ頬のキスであっても、アリオスのキスは誰にも許したくない。 アンジェリークはショックの余り、ただ立ち尽くす。 「おい、どうしたんだ? アンジェリーク」 もうユーイの声だって聞こえない。アンジェリークは辺りが真っ黒になるような気がした。 ふと、アリオスと視線が絡んだ。 その瞬間、彼の眼差しは怒りに満ちたものになり、アンジェリークに鋭く向けられる。 少女をそのままにして、アリオスはアンジェリークに向かってずんずんやってくる。 アンジェリークはアリオスの表情に戦いた。 「お楽しみのようだな」 「アリオスこそっ!」 まさに売り言葉に買い言葉とばかりに、アンジェリークは精一杯の虚勢を張る。だがアリオスも更に厳しい表情になる。 ふたりが眼を飛ばしあっているのを、間にいるユーイは戸惑っていた。 「おい、アンジェリーク、こいつはおまえの何なんだよ?」 「婚約者だ!」 アリオスがあまりにもきっぱりと言い切ったので、アンジェリークは驚きの余り、目も口もあんぐりと開けた。 「あ、アリオス、今、何て…」 「ほら、行くぞ」 いきなりアリオスに手を掴まれて、アンジェリークは強引にもどこかへ連れていかれる。 「アリオス、どこに行くの!?」 「家意外にねえだろうが! 来いっ!」 アリオスは更に機嫌が悪くなり、旋律を覚える。 「アリオスっ…!」 近くに停めていた車に、アリオスに押し込められて、そのまま車を発進される。 「あの男は誰だよ!?」 「彼はクラスメイトなの! アリオスこそ! あのこのキスを受けてたし…」 「頬にだけだし、俺からしてねえだろうが」 車内は丁々発止な険悪雰囲気に拍車がかかる。 「だって…、アリオス、最近、ずっとあの女の子と逢っているみたいだし…。アリオスって若い女の子が好きなのかって思っちゃう」 どうしてこんなに饒舌になれるのかが解らない。アンジェリークは拗ねるが、アリオスは何も言わない。だが、苛々しているのは手に取るように解った。 車が信号待ちになる僅かな時間。アリオスはいきなり唇を奪ってきた。 「……んんっ!」 イキナリの唇へのキスに、アンジェリークはまたまた度肝を抜かれる。 「ア、アリオスっ!」 「煩い口は塞ぐのに限るからな?」 「アリオスのバカ…」 アンジェリークは俯くと、すっかりいじけてしまった。 けれども甘いキスだけは悪くないとは思う。 「家まで黙ってろ…」 「だったら喚くわ」 「残念ながらもう家だ」 アリオスはクールに言い放つと、自宅駐車場に車を停めた。 「さてと、おしおきだな?」 「お仕置きって、アリオスにプライベートを詮索される筋合いはないわよ! 契約にも…、プライベートには関知しないって書いて…ある…」 アンジェリークはここまで言って、言葉の勢いを無くす。アリオスの視線が尋常じゃないほど恐ろしかったのだ。 「…そうか、契約があったよな。だがんなもんは糞喰らえだぜ」 アリオスはアンジェリークを強引に自宅まで連れていき、そのまま寝室に入れて、勢いでベッドに押し倒す。 アリオスは直ぐにチェストから封筒を取り出すと、そこから契約書を出した。 「これで俺はおまえのプライベートを詮索出来る」 アリオスは冷たく言い放つと、契約書を破り捨てた。 |
| コメント タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。 楽しんでくださると嬉しいです。 さて。 ユーイのじーちゃんドリンク(笑) レシピ。 イカの内臓、げそ、ワカメ、昆布、にがり と ドクダミ、モロヘイヤ、バナナ、リンゴ、にんじん、せんぶり、なずな、ブルーベリートカゲの焼いたのが入ったやつ。 げげげ。 誰が飲めるねん。そんなん |