15
アリオスが契約書を破ったのがショックで、アンジェリークは愕然とする。 「俺はおまえのプライベートを詮索する。おまえはこの瞬間からの俺のプライベートなら、詮索していい」 「そんなの横柄よ!」 アリオスの強引な論旨に、アンジェリークはいきり立ったが、いくら言っても目の前の敵は平然としているだけ。 「私のことは過去に遡って、プライベートに関知するんでしょ?」 「そうだ。おまえは俺の婚約者だからな」 アリオスの良く解らない論理に、アンジェリークはかなりの苛立ちを覚える。 「だって、今、婚約契約を破棄したじゃない! この瞬間から、私はあなたの婚約者じゃな……」 アンジェリークが強く言い終わる前に、アリオスは唇を重ねてくる。呼吸も言論も総て支配されるような気分になり、アンジェリークは抵抗する。 だが所詮アンジェリークは非力だ。アリオスに力によって簡単に支配された。 口を塞がれた唇は、少しばかり荒々しかったが、甘さが勝り、アンジェリークの躰からどんどん力が抜かれていく。 息が出来ない。唇を離して欲しい…。そう思うものの、アリオスは中々離してはくれなかった。 ようやく離されたものの、アンジェリークは呼吸を取られた甘い痺れに、僅かに呆然としていた。 「おまえと俺の契約は破棄されてはいない」 「でもっ! あなたは契約書を破いたわ…」 「あんなものはただの紙切れだぜ、アンジェリーク。俺達の間には既成事実がある。それに…」 アリオスが良くない微笑みを浮かべてきたので、アンジェリークはぞっとする。 「ホントの既成事実を作ってやろうじゃねえか…」 明らかに怒りを込めているアリオスの瞳を、アンジェリークはまともに見ることが出来ない。 純白のブラウスの合わせ目にあるボタンをゆっくりと外された。 絹擦れをする度に、胸が激しく高まる。 こんな瞬間にも、アリオスに触れられるのを望む自分がいるのが、悔しくてたまらなかった。 アリオスの視線も指先も、総てが自分を官能的に支配しているように思える。アンジェリークは抵抗どころか、動くことすらも出来なかった。 「…おまえの躰も期待しているみてえだぜ?」 「そんなこと…ない…」 アンジェリークはアリオスから視線を反らしたが、それが説得力があるはずもない。 「ゆっくりとおまえに、”俺の婚約者”だと言うことを刻みつけるからな…。おまえは俺の婚約者だ。そのことを忘れるな…」 アリオスの声はとても深みがありクールだったせいか、アンジェリークは甘くぞくりとした感覚に支配された。 「俺はおまえの初めての男で、おまえの過去が真っ白なのは解っているつもりだ…。だが心はどうなんだ? アンジェリーク…」 明らかに嫉妬が含まれた官能的なアリオスの声に、アンジェリークは支配される。全身の力が抜けていくのを感じていた…。 「無駄なお喋りは止めだ。おまえには”俺の婚約者”だということを、躰で解ってもらう」 そこからはもう抵抗出来なかった。 本当にアリオスは、私のことを”婚約者”と思ってくれているんだろうか…。だったら凄く嬉しいのに…。 アリオスと愛し合うのは嫌じゃない。それどころか素晴らしい行為ですら思う。 アンジェリークは自分の恋心とアリオスの情熱にすっかり観念し、受け入れるように彼に抱き着いた。 アリオスと激しい行為の後、アンジェリークはほわほわと幸せな気分に漂っていた。 「アリオス…」 甘えるようにしてその名前を呼ぶと、アリオスがぎゅっと抱き寄せてくれる。 先程の喧嘩の余韻なのか、アリオスはまだ不機嫌のように感じる。包容は素晴らしく優しくて温かいのに。 「アンジェリーク、今、おまえを抱いたのは、ちゃんと俺だと、”アリオス”だと感じているんだろうな?」 優しい愛の行為とは裏腹に、アリオスの離す声はかなり不機嫌で、怒りすら感じた。 「どうして…、そんなことを聞くのよ?」 アンジェリークの躰は僅かに強張り、屈辱でその表情が歪む。 「…俺に抱かれて、他の男のことを考えていたんじゃあるめえな?」 全身に衝撃が走った。それこそ心に、両刃の剣が奥深くに刺さったのではないかとすら想う。 アンジェリークは怒りに震える、心の痛みを感じながらアリオスのベッドから早急に出た。 信じて貰えないのは、最高の屈辱だった。しかも、愛している男性に信じて貰えないとは、アンジェリークにとってはこれ以上に悪いことはない。 「さっきの契約書を破ったことで、私達の婚約破棄は成立しました! 私はおいとまをさせてもらいます!」 ア ンジェリークは決して涙をアリオスには見せないと誓って、堪えた。 「駄目だ。おまえとの契約はちゃんと成立し残っている!」 アリオスも後に引かず、アンジェリークの細い手首を掴む。 「書類が残っていないなら、成立はしないわ!」 「マスターは残っているし、エルンストの事務所には、おまえが契約している様子の記録が残されている…」 これにはアンジェリークも驚き、言葉を無くす。 「嘘でしょ…」 「本当だ。従って、今でもおまえは俺の婚約者だということになるな」 アンジェリークが怯んだ隙に、アリオスはぎゅっと抱きしめてくる。 やはり彼の肌の心地は気持ちが良くて、安堵と幸せがいっぺんにやってくる。全身でアリオスが好きなことを、アンジェリークは改めて感じた。 涙が滲むぐらい好き…。 だからこそ些細なことで傷ついてしまう。 「まだおまえを離す気にはならねえ…。ここにいろ」 「…アリオス…」 全くの飴と鞭だ。傷付けられるほどのキツイ言葉を浴びせておきながら、こんなに優しい一面もある。だから、離れることなんて出来ない。 「それに、さっきは勢いに任せて、今までみてえに避妊をするのを忘れちまった。ちゃんと結果が出るまで、おまえを離すわけにはいかねえ」 折角の甘い想いが、アリオスの一言によって冷水を浴びせられた気分になる。 「…そんなことに責任を感じて…、私を離さないなんてしないで…。自分で何とかします」 アンジェリークはアリオスから離れようとその身をよじり、余りの激しさにアリオスが放した。 「俺の子供が出来ると解るまでは、ここにいろ…」 「どうしてそんなことを気にするの? 上流社会の掟なの?」 「そんなことはねえ!」 アリオスは不機嫌に声を荒げて、その恐ろしさにアンジェリークはびくりとする。 「とにかく、ここにいろ」 「部屋に戻ります」 脱ぎ捨てた衣服を拾い上げると、アンジェリークは屈辱と胸の傷を秘めて自分の部屋に戻る。 今は大声で泣きたかった。 部屋で服を着た後も、暫くはベッドの上で膝を抱えて悶々としている。 アリオスのことは大好きだけれども、余りにもの酷い態度についつい反抗してしまった。 従順な女だとは思われたくない。 アリオスには対等に愛して欲しい。それを望むのはいけないことなんだろうか。 アンジェリークは益々惨めな気分になるのを感じていた。 どうしたらいいのか考えて、アンジェリークは胸元のロザリオを掴もうとしてないことに気付く。 ある場所はただひとつ。アリオスの寝室だ。アンジェリークは気まずいとは思ったが、大切なものなので、背に腹は変えられない。 仕方無しに、アンジェリークはアリオスの部屋に向かった。 「済みません、忘れ物をしてしまって…」 声をかけた瞬間、ドアが開く。 「これか…」 不機嫌な表情でアリオスがロザリオを突き返してくる。 「…はい。大切なものなので、有り難うございます」 アンジェリークはぎゅっとロザリオを握り締めると、不思議と落ち着く。アリオスの厳しい視線にも堪えられるような気がした。 アリオスに一礼をして離れようとすると、肩を掴まれる。 「アンジェリーク、そのロザリオをどこで手に入れた?」 「盗んでなんかいません」 「んなことは解ってる。俺はどこで手に入れたかを、聞いているんだ!」 アリオスは落胆と苛立ちの含んだ溜め息をしょうがないとばかりに吐き、アンジェリークを見据えている。恐ろしかった。 「…五年ぐらい前に…、熱中症のおじいさんを助けて、それで、御礼にって貰ったんです…」 アンジェリークはアリオスの視線が恐くて、素直に自分の話をする。 「…そうか…。引き止めて済まなかった」 アリオスな何か考え事をしているかのように、暫く見つめてきたあと、部屋に入ってしまう。 身構えたアンジェリークは肩透かしを喰らった恰好だった。 部屋に戻り、ロザリオを握り締めて気持ちを落ち着かせようと努力する。 先ほどよりもましになったとは言え、まだまだ心は重かった。 考え事をしながら、悶々をしていても、お腹は空いてくる。 アンジェリークがキッチンに入ると、アリオスがクリームシチューを作っているところだった。 邪魔しては悪いと端でこそこそとしていると、アリオスに声をかけられる。 「バケットとサラダ、シチューが用意してあるから、食えよ」 「有り難う…」 アンジェリークが素直にアリオスに答えると、彼は給仕をして黙って準備をしてくれる。 いつものようにふたりは食卓で向かい合って食事をする。 いただきますをした後、ひとくち掬って食べたシチューは、滑らかで涙が出るぐらい美味しい。 アンジェリークは心が温かくなるのを感じ、胸がいっぱいになった。 |
| コメント タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。 楽しんでくださると嬉しいです。 WEB拍手で、気に入っていると仰って下さった方がいて、すごく励みになりました。 励みがあれば、頑張ろうって思いますから。 どうも有り難うございますvv |