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愛されてはいないかもしれない。けれども、確実に大切にしてくれている。 アンジェリークは確かにそれを感じていた。 アリオスと生活を始めてから、確かに色々と恋の気苦労は多かったが、それに派生する甘い感覚が本当の幸せの意味を教えてくれ、人を愛することの本当の意味での喜びや難しさも教えてくれた。 アンジェリークにとっては、本当にかけがえのない日々だったのだ。 捻挫をしている間は、アリオスは本当に良くしてくれている。バスが恐いだろうということで、朝は学校まで送ってくれ、夕方はアリオスが雇った女性運転手のお迎えをつけてくれた。 本当に”雇われ婚約者”としては、最高に大切にされていると思うし、それはそれで嬉しい。 けれども何かが違う。 友愛は感じても本当の愛情は感じない。アンジェリークにとってはそれが苦痛だった。 怪我をする直前に比べると、確かにアリオスは優しくなったが、根本的なよそよそしさも、遅く帰ってくることも変わってはいない。 それがアンジェリークに辛かった。 晩御飯もほぼひとり、何をするのもひとり。 物足りない。 アンジェリークは今日もひとりで夕食を取りながら、溜め息をついていた。 「元はこんな毎日だったのに…、私はいつから贅沢になっちゃったんだろう…」 アンジェリークは食事をしていても美味しくなかったし、ただ栄養を捕っているという感覚しかなかった。 アリオスにどこで何をしているかききたい。でも聞けない。激しいジレンマがアンジェリークを酷く苦しめていた。 そんな生活がアンジェリークの躰に良いはずはなく、どんどん顔色が悪くなるばかりだ。 それを心配してくれる者もいる。クラスメイトのユーイだ。励ましたり、じいちゃん特製の健康栄養ドリンクや錠剤をくれたりしてくれる。 他意のない優しさに、アンジェリークはすっかり癒されていた。 今日は学校の帰り、文房具や参考書が必要だったので、アンジェリークはデパートに寄ってもらった。 そこでなけなしのお金で必要な物を買う。アリオスからは給料と称した沢山のお金を渡されていたが、それには一切手を付けず、自分の貯金で賄っていた。 切り崩すのは辛かったがいたしかたなかった。 アリオスのお金を目当てな女だとは、絶対に思われたくなかったからだ。 アンジェリークは荷物を持って、駐車場まで向かう途中の喫茶室で、アリオスの姿を見掛けた。 相変わらず不機嫌な顔をしており、コーヒーを厳しい顔で飲んでいる。 迎えに座っているのは、妹であるレイチェルだ。彼女は厳しくも痛そうな視線をアリオスに思い切り向けている。 兄妹の並ならぬブリザードが飛び交う状態に苦笑しつつも、アンジェリークは安堵もしていた。 アリオスが他の女性と一緒ではなかったからだ。 ホッとして、見つからないようにそっと行こうとすると、レイチェルとアリオスの声が聞こえてきた。 「…じゃあ結婚する気はないってことよね?」 「ああ。今回の騒動やじいさんのことがなければ、俺は一生結婚や婚約なんてするつもりはなかった。今回は致し方なかった。恋 愛なんか無駄な物に、俺は現を抜かしている暇はない。あんな感情はくそだ」 アリオスは少しいらだたしげに言うと、目の前のコーヒーを一気に飲み干す。 アンジェリークはショックの余りに全身が震えて、暫くはその場から離れられなかった。顔が紙のように白くなる。 アンジェリークは本当にショック過ぎて、吐き気すら催してきた。 茫然としていると、ふと、レイチェルと視線が遭ったような気がしてはっとする。 心は麻痺をしていたが、アンジェリークは必死になってその場を走って逃げた。 足の痛みはかなりのものだが、背に腹は変えられなかった。 誰かが追い掛けて来たような気もしたが、途中で途切れたので、アンジェリークはほっとした。 涙が流れる。 心も足首も痛くて、アンジェリークは何度も胸を引き攣らせながら泣いた。 車の中ではいつもと同じ表情を貫き、病院に向かう。万能な怪しい医師フランシスに診察してもらう為だ。 「レディ、無理をされて走られたのではないですか?」 「…どうしてそれを?」 「捻挫の具合が酷くなっていますね。それと…」 そこまで言うと、フランシスは軽く深呼吸をして言葉を貯める。じっと顔を観察するように見つめられて、アンジェリークは気まずさにドキドキした。 「レディ、最近無理をしていませんか? 私の最高の処方箋はあなた方にはまだ効いていないようですね?」 「…先生…」 アンジェリークはもう何も言うことが出来なくなってしまっている。胸がつかえて、フランシスに上手く話せなかった。 「また、新たな処方箋はいかがですか?」 「先生…。それはいらないです。足首だけを治してください…」 アンジェリークにはもはやそれを言うのが精一杯だった。 「しょうがありませんね。レディ、最後に重い心を開放するのは貴女ご自身だということを、忘れないで下さい」 ニコリと穏やかな微笑みを浮かべるフランシスに、アンジェリークは重々と頷くことしか出来なかった。 大量の湿布薬を我が儘を言って貰った後、アンジェリークはアリオスのフラットに戻った。 車の中で、既に結論は出ていた。 家に戻ると、先ずは自分の荷物を手早く纏める。余り荷物がないせいか、直ぐに済む。 そして、これが最後とばかりに、アンジェリークはフラットを心を込めて掃除をし始める。 ここに居続けるには、アンジェリークは善人過ぎたし、何よりもアリオスを愛し過ぎていた。 ここでの夢のようだった生活に別れを告げながら、しっかりと掃除をこなした。 窓から見える川辺りの美しい風景も、楽しい生活を送ることが出来た部屋の小さなディテールまで、アンジェリークはしっかりと記憶に刻み付けた。 掃除を済ませるとシャワーを浴びて、最後の晩餐を作る。アリオスの分も多めに用意した、ラムシチューだった。アリオスが絶賛してくれ、何度も作った素朴な家庭の味。 やはり最後はアリオスの好物で締め括りたかった。 もう会えなくても、このシチューだけはたっぷりと食べて欲しかった。せめてものアンジェリークからの御礼。 いっぱい優しくしてくれて有り難う。 そんな気持ちがたっぷりと込められていた。 だが、アンジェリークの予想とは裏腹に、アリオスはが珍しく、早く帰って来たのだ。 これは涙が出るほど嬉しかった。最後の晩餐をアリオスと共に過ごすことが出来るのだから。 アンジェリークはすぐにぱたぱたとアリオスを出迎えに行く。 「おかえりなさい」 「ああ。ただいま」 アリオスから鞄を受け取ると、彼がじっと見つめてくる。何か探るような視線だ。 「アンジェリーク、今日、うちの系列のデパートにいなかったか?」 やはり気付いていた…。 アンジェリークはかなり動揺したが、アリオスの前ではいつものスマイルに徹した。 「今日は直接病院に行ったわ。アリオス、何かあったの?」 アンジェリークはしらばっくれ、何のこととばかりに小首を傾げた。 「…そうか」 アリオスもそれ以上は追求してこなかったので、正直ホッとする。 あの場所にいたことをばれるのは恐ろしかったから。 「ご飯…、食べる?」 アンジェリークは遠慮がちに言うと、アリオスは頷いてくれる。 嬉しかった。やはり最後の晩餐はアリオスと一緒に食べたかった。 「じゃあ仕度するね」 アンジェリークがキッチンに行こうとすると、アリオスに腕を強く掴まれた。 「何?」 「足の痛み、酷くなっていねえか?」 ギクリとしながらも、アンジェリークは笑顔を通す。 「変わらないわよ」 アリオスは何かを考えているかのようにアンジェリークをじっと見つめると、唇に軽くキスをしてきた。 「ペナルティポイント追加」 「え!?」 アンジェリークはびっくりしてアリオスを見上げた。 「今のポイントはすげえ高かったからな。果たしておまえに払えるかどうか、疑問だがな」 いつも向けてくれていた意地悪で、少しだけ優しい眼差しが降りてくる。 アンジェリークは愛しさが躰から溢れる。 別れを間近にしていると言うのに、こんなにアリオスを愛している。 またアリオスの好きなところを再確認して、好きで好きで堪らない自分に気付く。 「アンジェリーク、ペナルティの精算、覚えていろよ?」 「知らないもんっ」 アンジェリークはわざと拗ねたように言った後、キッチンに駆け込む。 シチューを温め直しながら、涙が溢れてくるのを感じる。 アリオスをこんなに愛していることを、お別れの前日に気付くなんて…。 バカだな、私…。 アンジェリークは涙のしょっぱさを感じながら、何度も鼻を啜っていた。 「ご飯が出来ました」 「サンキュ」 最後の晩餐なので、心を込めてアリオスに出す。 ふたりでいつものように、楽しく食事をする。 本当は泣きそうだったが、なんとか笑顔で応える。 ずっとこのまま時間が止まってしまえば良い…。 アンジェリークは時間にしがみついていたかった。 だが時間という者は無情で、止まることは知らない。唯一と言っていいほど、人間に対して”平等に”流れるものだから。 片付けの後、アンジェリークはキッチンのシンクをぼんやりと見つめていた。 「おい、アンジェ」 声をかけられたかと思ったら、アリオスが突然抱き上げてくる。 「きゃっ!」 「アンジェ、今夜もペナルティポイントを払ってもらうからな」 アンジェリークは返事の代わりにアリオスの首に腕を回す。 最後の熱い時間が始まる。 |
| コメント タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。 楽しんでくださると嬉しいです。 WEB拍手で、気に入っていると仰って下さった方がいて、すごく励みになりました。 励みがあれば、頑張ろうって思いますから。 どうも有り難うございますvv |