Cinderella Game

5


 アリオスのフラットに取り残されて、アンジェリークはとりあえずは部屋の掃除や洗濯を始めることにした。
 いつものように部屋を綺麗にして、ベッドメイキングをする。
 アリオスが乱したままのベッドを見ると、何だか赤面した。今までなら、雇い主について何も知らなかったから、平然とすることが出来た。
 でも今は違う。
 アリオスのことを知ってしまった以上は、恥ずかしく思わざるをえない。
 大体、アリオス以外の雇い主とはちゃんと面接があったのだが、彼だけはなかった。掃除会社と周りの評判を信用して掃除を任せてくれたのだ。
 だから今まで、どんな人間が住んでいたのか、知らなかった。
 しかし。
 正直、あんなに若くて、素敵だとは、夢にも思わなかった。
 その上セクシーで、昨日の少しはだけた姿を思い出すだけでも、ドキドキする。
 今はアリオスの空間にいるだけで、非常に胸がドキドキする。
 いつもアンジェリークが部屋を磨いているせいで、掃除はすぐに終わってしまった。
 掃除の後は、取りあえずアンジェリークは勉強をすることにした。
 通信制でもせめて高校は出たいと、アンジェリークは思っているので、勉強も真剣だ。
 一生懸命勉強して、ノルマを達成してもまだまだ時間がある。先のところまで勉強を進めることにした。
 アリオスがいないとこんなに時間が過ぎるのがのろのろとしているものなのか。
 アンジェリークはたっぷりと勉強できるのを幸せに思いながら、しっかりと時間を有効に使った。
 夕方までじっくりと勉強をしたところで、呼び鈴が鳴った。
 インターフォンテレビで確認してみるとアリオスだったので、直ぐに玄関を開けた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 いきなり腕を取られたかと思うと、その中に引き入れられて、軽く頬にキスをされる。
 心臓が胸から飛び出してしまうのではないかと思うほど、びっくりした。
「練習しなくっちゃな? おまえと俺は”婚約者”なんだからな?」
「あ…」
 改めてアリオスに言われると、本当に恥ずかしくてアンジェリークは俯く。偽りなのは解っているが、せめて少しだけ夢を見たかった。
「リアリティにならねえとな」
「…ここでは誰も見てはいないわ…」
「見ていようが、見ていまいが関係ない。普段の生活が、こう言ったところにはしっかりと出るんだからな」
 ウィンクをされて、アンジェリークは「はあ…」と答えながら頷く。確かに、そんなものだろう。
 良いように言いくるめられているのは明白だったが、アンジェリークは鈍感なのでそれに気付かないでいた。
「アンジェリーク、これから出掛けるから、直ぐに支度をしろ」
「出掛けるって…」
 アンジェリークは戸惑う。支度と言ってもこれ以上はやりようがない。
「…すみません…。私…、これ以上にお洒落が出来なくて…」
「そうか」
 アリオスはじっとアンジェリークの全身を見つめてくる。恥ずかしくてしょうがなくて、何だか落ち着かない。
「…まあ、いいだろう。じゃあ、直ぐに行くぜ」
 今度は手をしっかりと握られる。先程から心臓が派手に音を立てぱなしだ。
「俺達は”婚約者同士”だからな」
「はい」
 手を繋いで、ふたりは駐車場まで降りて行った。
 車に乗って、どこかに連れていかれる。
 不安を持って見ていると、高級店が多数ひしめき合っている、ショッピングセンターの駐車場に車は停まった。
「行くぞ」
「あ、はいっ!」
 アリオスにしっかりと手を握られて、ショッピングセンターの目抜き通りを、引きずられるように連れていかれる。
 この強引な手の温もりが、アンジェリークには心地良かった。
 先ずは家具屋。
「いつまでも、ソファーベッドじゃだめだからな。おまえも安眠出来ねえだろ?」
「そんな! 勿体ないです!」
「いいから」
 アリオスに言いくるめられるものの、恐縮して仕方がない。
 アンジェリークはシングルのこの家具屋では手頃で、しかも遠慮し過ぎて失礼に当たらない物を選んだ。
「もっと良い物を選べよ」
「いいえ。私にはこれで充分ですから…。短期間だし…」
 不意にアリオスに肩をしっかりと持たれる。力を感じてアンジェリークは落ち着かない。
 じっと瞳を覗き込まれて、アンジェリークは更に胸の鼓動を高まらせた。
「アンジェリーク、ホントに短い間だけだと思っているか?」
「え…?」
 アンジェリークが驚いたようにアリオスを見つめると、彼はふっと甘い微笑みを浮かべた。
 もう一度聞き返そうとしたが、アリオスの視線は誤魔化すようにドレッサーに向く。
「ドレッサーもいるな。これは俺が選ぶ」
「あ、はい…」
 流石にこれは有無を言わせない力が、アリオスの眼差しにはあったので、アンジェリークは黙って従った。
 だがとんでもなく高価なドレッサーをアリオスが選んだと知った時は、仰天しそうだった。
 こんなに上品で高級感のあるものは使えない。
 反論する前にアリオスが手続きしてしまったので、何も言えなくなってしまった。
「次は…、服だな」
 再び手を繋がれて、目的の店まで歩いていく。このアリオスの温かな手がお気に入りのひとつになっていた。
 次のブティックにもびっくりした。アンジェリークが知っているぐらいの高級ブランドだ。
「普段着とデート着、ドレスぐらいは取りあえずな」
 アリオスは何でもないことのように言うが、慎ましい生活をしていたアンジェリークには、こんな贅沢なことは考えられないことだった。
「…そんな贅沢過ぎます!」
「また、敬語になっているぜ、アンジェリーク」
「贅沢は贅沢です!」
 アンジェリークは言い直してみたが、アリオスは笑っているだけだ。
「いいから。俺の”婚約者”として、誰にも文句は言わせない為だ」
「アリオスさん…」
 必要経費。
 そう考えれば、心は重くなくて済む。重苦しさを吹き飛ばすように、アンジェリークは笑った。
「アンジェリーク、減点1」
「え…?」
 誰も見ていないのを良いことに、アリオスは触れるようなキスをしてきた。
「あ、アリオスさんっ!」
 恥ずかしくて更に怒ると、アリオスはまた引き寄せてくる。
「また敬語を使った。アンジェリーク、減点だ」
 再び唇にキスをしてくる。アンジェリークは恥ずかしさと甘い感覚に、顔を真っ赤にさせた。
「減点のペナルティはキス?」
「気まぐれにな」
 すっと唇が耳たぶを掠ったので、甘い感覚にアンジェリークは肌を震えさせた。
 気まぐれでも、ときめきの減点術には違いない。
 甘い気まぐれに、アンジェリークはくらくらしそうになっていた。
「こいつがより品よく見える、純真なスタイルをいくつか出してくれ」
「畏まりました」
 そこからは目を見張るようなファッションショーの開始だ。
 目が飛び出るような値札がちらりと見え、アンジェリークは見ないようにしていた。
「これは凄くお似合いになりますね。モデルさんみたいですわ! 実際にうちのラインのモデルになっていただきたいくらい!」
 どうせ社交辞令だと思い、アンジェリークは曖昧に笑う。
 だが、ブティック店主は本気なようだった。
「ホントにうちのファッションショーに出て貰えませんこと?あなたなら、オードリーの再来にだって…」
 真面目に迫ってくるものだから、アンジェリークはたじろいでしまう。
「ダメだぜ。そいつは俺の婚約者だ。人に曝すことなんか出来ねえよ」
 アリオスが間に入ってくれたので、アンジェリークは安心する。モデルになることなんて、今まで考えたことすらなかったから、戸惑うのは当然だった。
「それ、気に入った。買うぜ。次の服を着せろ」
「はい」
 アンジェリークは着せ替え人形状態になり、アリオスが気に入った服を次々に買い上げていく。
 まったく驚くしかなかった。
 結局、かなりの量の服が買い求められ、全て車のトランクに納まった。
「…こんなに高価な服ばかり、申し訳ないです…。私が、良い服をもっていないばかりに、アリオスさんにはご迷惑を…んんっ!」
 また唇を塞がれた。
「ペナルティ」
「あ…」
 アリオスの唇がさっと離れる。この甘いペナルティに酔ってしまいそうだ。
「そら、行くぜ。次のものが一番大事な物だからな」
「はい…」
 次の店に連れて行かれてまたまた驚いた。
 宝石店だ。
「最高の演出をするには、必要な物だろ?」
「あ…」
 まさか本物のエンゲージリングを買うとは思っていなかったので、戸惑いが生じる。ここまでして貰っては、本当に申し訳ない。
「イミテーションで…」
「んなもん買ったら、すぐに嘘だってばれるだろうが」
 ”嘘”--------アンジェリークの胸はちくりと痛んだ。
「ダイヤモンドで天使の羽根をモチーフしたものを頼む」
「はい」
 ショーケースの中にある指輪を指差し、アリオスは店員に出させる。
 高級店の高級な指輪に、アンジェリークは目を白黒させるばかりだった。
「アンジェリーク、左手を出してみろ」
「はい」
 薬指に指輪をはめられると、アンジェリークは不思議な幸福感に包まれる。偽りだと解っているのに、心から嬉しかった。
「少し大きいみたいだな…。治してくれ」
「かしこまりました」
「後は刻印だが、…としてくれ」
 刻印の部分は良く聞き取れなかった。アリオスは店員にしか判らないぐらいの声の大きさで囁いたからだ。
「かしこまりました」
 仰々しく店員は言うと、アンジェリークの指のサイズを計り、指輪をそっと抜いた。
「直ぐに直してくれ」
「はい」
 指輪が出来上がるまでの間、アンジェリークはアリオスと一緒にソファーで待つ。
 その間、紅茶を持ってきてくれたりして、緊張の中、待ち続ける。
 アリオスと他愛ない話をして、時間を潰した後、店員が指輪を持って現れてくれた。
 普通の店ならば、今日には指輪の修正は出来ないだろう。きっとアリオスはこの店の上得意に違いない。
 そんなことを考えながら、店員を見ていた。
「お待たせ致しました」
「サンキュ」
 アリオスはベルベットな宝石箱を受け取ると、そこから指輪を取り出す。
 神妙な表情をすると、アンジェリークの左手薬指に指輪をはめた。
「これで婚約成立だ。アンジェリーク」
コメント

タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。
楽しんでくださると嬉しいです。
さて。
アリオスさんのお願いの訳は次回に





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