Cinderella Game

9


 アリオスに触れられるのが嬉しい。
 アリオスの世話が出来るのが嬉しい。
 アンジェリークはいつにも増して幸せな日々を送っている。
 アリオスがいれば、それで幸せ。自分が雇われの身だということを忘れてしまいそうになるぐらいだ。
 今朝も食事を取りながら、幸せな気分でいると、アリオスが声をかけて来た。
「アンジェ、お披露目ばっかりで申し訳ないが、明日、取引関係のパーティーがある。申し訳ねえが、おまえにも出てもらうことになる。婦人同伴が義務付けられているからな。俺を救うつもりで、頼む」
「解りました」
 アンジェリークは素直に答えたものの、少しドキドキとする。アリオスが言う婦人同伴パーティーはかなり凄い規模のように思えたから。
「この間のドレスを着てくれ。おまえにすげえ似合っていたからな。頼んだぜ」
「はいっ!」
 少し気後れするのは確かだろう。だがアリオスが付いているから大丈夫。きっと傍に居てくれるから平気だ。
 アンジェリークにはアリオスしか頼る者はなく、それ故に、彼への信頼は人一倍大きかった。
「頼んだぜ、アンジェリーク」
「はい」
 朝食が終わり、アリオスを玄関先まで送っていく。
「いってらっしゃい」
「ああ。行ってくる」
 甘い”いってらっしゃい”のキス。羽根のようなタッチのキスだが、アンジェリークにとっては、幸せの権化のようなものだった。

 アリオスに恥をかかせたくはない…。
 アンジェリークはただそれだけで一生懸命、肌を磨く。
 アリオスに「必要経費」だと言われて渡されたエステのクーポン券を使って、肌磨きに力を入れてみたり、或いは、買ってもらった化粧品を使って、肌を大いに磨いてみたり…。
 アリオスが恥をかかないように…。
 ただそれだけで頑張った。そのお陰か、パーティーが開催される日には、つるつるでぴかぴかな肌を持つ、アンジェリークがいた。元々綺麗な肌をしているが、それが益々磨きかかっている。
 これでアリオスにも褒めてもらえる…。
 そう思っていたのに、彼の反応は極めて冷淡であった。
 美しく化粧をしたアンジェリークを見ても微笑んではくれない。それどころか、冷た過ぎるぐらいの表情だ。
「まあ、悪くねえんじゃねえの? おまえにしては努力したな」
 ”おまえにしては”そのフレーズがアンジェリークの頭の中に何度もこだまし、胸が酷く傷む。
 切なくて泣きそうになったが、アンジェリークは何とか涙を我慢し、アリオスに虚ろに微笑んで見せた。
「さあ、行くか」
「はい」
 隣に居るアリオスは、もちろんタキシード姿で、うっとりするほど素敵だというのに、自分はこんなにもみすぼらしく見えて、アンジェリークは飛んで帰りたくなる。その衝動を何とか押さえ込んで、車に乗り込んだ。
 きっとみっともないからだ…。社交界に行くにはみっともなすぎるからだ。
 運転するアリオスには、いつもの気さくさは一切消えている。まるで苛々しているようだ。
 ダッシュボードにキーを投げ入れた後、アリオスが舌打ちをしたのを、アンジェリークは聞き逃さなかった。
 結局、アリオスとは何も話すことはないまま、会場に着いてしまった。
 打ち合わせもろくに出来ていない。何よりもアンジェリークはパーティーというのは初めてで、上手く振る舞うことなんて、とうていする自信などない。
 ただ出来ることと言えば、アリオスの横に居て、せいぜい笑っていることぐらいだ。
「ほら、行くぜ」
 会場に入る前、アリオスに強引に腰を抱かれた。いつもに増して強引な力だったが、そこにあるのは苛立ちだけで、愛等は全く感じられない。
 なのにも関わらず、アンジェリークは官能の震えを感じる。全身に緊張が走り、息苦しい切迫感を覚える。
 ただアリオスに合わせておけばいい。そうすればうまくいく。アンジェリークは自分にそう言い聞かせて、アリオスと共に会場に入った。

 会場に入り、アリオスの影に隠れながら、辺りをじっと見回す。
 アリオスがいらだたしげにした理由が、ようやく解ったような気がした。
 周りには本当に美しい女性ばかりがいる。見とれるほど麗しい女性ばかりだ。
 そのせいかアンジェリークはどんどん自信を無くしていく。
 こんなに磨いたのに、一生懸命頑張ったつもりでいたのに、全く足りない…。アリオスが怒るのは無理はないと思っていた。
 見慣れないアンジェリークを見つけるなり、多くの人々は口々に「紹介して欲しい」と群がってくる。その度に、アリオスは不機嫌そうに「婚約者」と紹介し、アンジェリークは引き攣った笑顔で頭を下げる。その繰り返しだった。
 誰もが好機な目で見つめてくるような気がする。
 確かにここにいる女性の中では、全てに置いて見劣りする。そんなことは解っているのに、そんな視線で見ないで…。
 アンジェリークは泣きたくてしょうがなかった。
 ようやく一通り紹介が終わりほっとする。
 アリオスの背中にパーティーが終わるまで隠れていよう。そう思ったのもつかの間、この間のセフレとは違った、美しい女がアリオスに絡んできた。
「アリオス…、可愛い方ね、紹介して下さる?」
「アンジェリークだ」
「宜しくお願いします」
 他の人には、きちんと”婚約者”として紹介してもらったというのに、この女性だけはきちんと紹介してくれない。少し腹立たしかった。
 耳打ちをして、ふたりはくすくすと笑っているが、アンジェリークには何が何だか解らない。
 辛い。自分が疎外感を感じてしまう。
「…少し離れる。おまえは飯でも食っておけ。直ぐに戻るから」
「はい…」
 アリオスが行ってしまう。たったひとり取り残されて、アンジェリークは不安になった。
「あれ、あなたは…」
 聞いたことのある声に振り返ると、そこには医師フランシスが立っていた。
「フランシス先生…」
「レディ、アリオスさんはどちらへ?」
「どこかに…」
 アリオスの行動に苛立っていたアンジェリークは、ついつい刺のある声で話してしまう。
「困った恋人ですね…」
「恋人なんかじゃ…」
 つい暗い声で、アンジェリークは否定した。そこに総ての想いが凝縮されていることを、フランシスはもちろん解っていることに、気付かない。
「レディ、あなたとアリオスは、私から見れば、充分に恋人同士に見えますよ」
「…ニセモノです…。私なんか…」
「レディとアリオスの間には、真実の愛があると思いましたけれどね」
 穏やかに微笑むフランシスを見ていると、つい釣られて微笑んでしまう。
「レディ、あなたは笑顔が似合っていますよ。私のレディのように…」
「フランシスさんも恋人と来ていらっしゃるのですか?」
「ええ…。ご紹介しましょうか? 私だけのレディを」
 ニコリと微笑むフランシスの幸せそうな顔を見つめると、アンジェリークは気分が晴れやかになるような気がした。
「おや…、私のレディが来る前に、あなたの大切なひとがお見えになったみたいですね」
 フランシスに言われて、アンジェリークははっとする。そこには、アリオスが、とんでもなく不機嫌そうな顔をして立っている。
「アリオス…」
「フランシス、アンジェリークは返してもらう」
 ぐいっと力強く腕を持たれ、アンジェリークは引き寄せられる。余りにも力が強すぎて、アンジェリークは顔をしかめた。
「アリオス…、もう少しソフトにやってあげなければ…。レディは痛そうですよ?」
「あんたには関係ねえ。コイツと俺の問題だからな。じゃあな」
 アリオスはアンジェリークにフランシスとの挨拶の暇を与えぬまま、連れ去ってしまう。
「フランシスさんにご挨拶がまだ…」
「んなもんはどうでもいい」
 アリオスは言い捨てると、フランシスから離れ、控室までアンジェリークは連れていかれ、そこで離された。
「何するかわからねえから、おまえは監視付きだ。俺の”婚約者”として来ているんだ。他の男に色目を使うな、色目を」
「アリオス…、私、そんなことはしていません。ただ、フランシス医師にご挨拶をしただけです」
 アンジェリークはアリオスの理不尽な怒りが納得行かず、少し怒り気味に話す。それがアリオスには気に入らないらしく、余計に不機嫌な様子だった。
「挨拶ぅ? それにしてはおまえもヤブ医者も楽しそうにしていたがな」
 アリオスの声は益々不機嫌になり、アンジェリークは唇を噛む。雇われ婚約者と言っても、ここまで蔑まれる覚えはない。
「これはフランシスさんと私の話であって、アリオスさんには関係ないでしょ!」
「関係ないだ? 大いにあるぜ? 一応、俺とおまえは”婚約者”だからな。”婚約者”が他の男に色目を使っていたとなったら、男の沽券に関わるからな」
 アリオスは相変わらず意地悪なことばかり言う。フランシスを誘惑することなど、有り得ないというのに、どうして解ってはくれないのか。
「私のことを言うんだったら、アリオスさんはどうなのよ! 綺麗な女性と一緒に、楽しそうにどこかへ行ったりして…」
 アンジェリークはもう止まらなかった。アリオスの攻撃に対して、必死の反撃にでる。
「プライベートは詮索しねえと、契約書に書いたはずだ」
「だったら私のプライベートをアリオスさんが詮索する理由はないわっ! ……!!!」
 イキナリ唇を深く奪われる。口の中が血の味がする。思い切り奪われたキスは、野獣のようなキスだった。
コメント

タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。
楽しんでくださると嬉しいです。
さて。
今回は、独占欲の強いアリオスさんです。





back top next