Daddy Long Legs

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 あれから少し気分的に落ち着いたので、アンジェリークはあしながおじさんにメールを認めることにした。

 あしながおじさま。
 お仕事ご苦労様です。
 今回はお会いできなくて残念ですが、またいつかお会いできる日を楽しみにしています。
 弁護士の先生からは、ここからの闘いは厳しいものになると聞いています。
 私には、弁護士の先生とあしながおじさんがいるので平気です。
 孤独な闘いになるかもしれませんが、そばにふたりいれば大丈夫だから。
 まだまだ寒くなりますが、お仕事頑張って下さい。
 アンジェリーク。

 アンジェリークはメールを打ち終えると、大きな溜め息をひとつ吐いた。
 ヨイコちゃんにはなりたくない。だがこれ以上の内容を送りようがない。

 あしながおじさま…。
 アンジェリークはずっとあなたに見守って貰いたいのです…。

 メールを送信した後、アンジェリークは涙をぽろりと一粒流した。


 翌朝、少しアリオスに会うのが照れ臭かった。
 だが逢いたいと想うところも強い。
「アリオスさん、おはようございます。朝ご飯が出来ています」
「サンキュ」
 いつの間にか、二人で朝食を取ることが、定番になり始めていた。それがアンジェリークには嬉しくて堪らない。
「アンジェリーク、落ち着いたか?」
「はい、昨日はあしながおじさんにメールを送ることが出来ましたから」
「それは良かった」
 アンジェリークは笑顔で頷いた後、アリオスの前に座る。いつの間にかそこが”アンジェリークの場所”になりつつあった。
 鈍色でどこか澄んだ朝の光を浴びながらの朝食は、アンジェリークに幸せな頃を思い起こさせる。

 こうやって美味しく朝食を食べられたのは、いつだったかな…。
 お父さんとお母さんがいた頃だったな…。
 アリオスさんといると、その頃の幸せの幻影を見られるような気がして、いつも夢を見てしまう…。

「アンジェリーク」
 声をかけられて、アンジェリークははっと現実に立ち返る。
「今日からまた一週間ほど家を空けるかもしれねえ。仕事で立て込んだものがあるからな。まあ、マンションに戻らないだけで、事務所の仮眠室で寝泊まりするから、何かあったら、連絡をしてくればいい」
「…はい」
 アリオスがまた帰ってこない。それだけで、アンジェリークは切ない寂しさが込み上げてくるのを感じた。
「はい。何かあったらご連絡します」
「おまえの安全は保障されているから心配するな。あいつらは監視つきだし、このマンションはセキュリティがしっかりしているからな」
「…はい」
 一歩離れた「はい」しか返事することが出来ない。アンジェリークは返事をする度に胸が痛いのを感じながら、アリオスには素直に応じた。
「そんな顔するな、アンジェリーク。俺はいつでも事務所にいるんだからな」
「…事務所に行っても構わないんですか?」
 恐る恐るアリオスにきいてみた。
「ああ。バイトや学校の合間に来いよ。おまえは大切な俺の依頼人だからな。充分にその権利はあるから」
 大切な依頼人。
 この表現が喉の奥に引っ掛かるのをアンジェリークは感じた。同時に胸の奥がキリキリと痛い。

 アリオスさんにとっては、私は唯の依頼人何だ…。
 それは曲げることが出来ない事実なんだ…。

 現実が目の前にいざ押し寄せてしまうと、アンジェリークは苦しくてアリオスをまともに見ることが出来なかった。
「…何かあったら事務所に訪ねていきます」
「ああ、待ってる。こちらも何か動きがあれば、おまえに連絡をするから」
「はい、お願いします」
 朝一番にアリオスに会ったときと比べると、明らかに話すトーンが下がって来ていることが、アンジェリークには解る。
 アリオスにとって自分は依頼人に過ぎないことを思い知らされて、どんよりとした耐え難い気持ちになった。
「じゃあそろそろ俺は仕事に行くが、アンジェリーク、頑張れよ。俺も出来るかぎりのことはおまえに協力するから」
 アリオスはほんの一瞬、優しいがどこか苦しげな笑みを浮かべると、アンジェリークの栗色の髪に指を差し入れて、くしゃりとする。
 胸がきゅっと締まるような、甘く苦しい感覚がアンジェリークの躰に駆け抜けていった。
「アリオスさん…。いってらっしゃい…」
「ああ、いってくる」
 アリオスを見送った後、アンジェリークは躰と心が空洞になるような気がする。

 どうしてこんなにせつないんだろう…。
 私は魂が震えるぐらいに、アリオスさんのそばにいたいと思っている…。

 それからアンジェリークにとって長い一週間が始まった。
 淡々と仕事とアルバイトを熟すだけの日々。あれだけ悩んでいた進学相談が近付いて来ても、あまり何も感じない。ただアリオスに会えないことだけが、アンジェリークにとっては深い影に違いなかった。
 逢いたい…。だが迷惑はかけられない。何度も自問自答の繰り返しである。
 アリオスに会いたくても自分からは会えない、地獄のような長い日々が続く。
 毎日アリオスのことばかりを考えてしまい、他のことは一切考えられないし、頭にも入らない。もちろん自分の将来についてのことですらもである。

 ちゃんとしなくっちゃいけないのに…、上手く考えることが出来ないなんて…。

 明日の木曜日はいよいよ進学相談なのにも関わらず、アンジェリークは担任に言う明確な答えが出せないままだった。

 私はどうしたらいいの…?

 アンジェリークが悶々と考えていると、視界に携帯電話が入る。そこからでしか繋がらない人物。あしながおじさんのことが脳裏に浮かんだ。

 あしながおじさんなら…。きっと相談に乗ってくれるかもしれない…。

 思い立ったらとばかりに、アンジェリークは携帯電話を手に取ると、あしながおじさんにメールをすることにした。

 あしながおじさん。
 こんばんは。相談事がありますから、聞いていただけますでしょうか?
 明日は私の進学相談があります。
 私は旨い言葉が何も見つからないのです。
 私自身が考えなければならないことは解っているのですが、何も考えられません。
 正直に言えば、担当していただいてる弁護士の先生のことしか考えられなくなっています。
 どうしていいか解りません。
 あれほどずっと私の心の中では大きかった進学のことが、全く考えられなくなりました。
 もちろん進学もしたいですが、今、ちゃんと考えられないようなのです。
 弁護士の先生に相談しようとしましたが、ご迷惑をおかけしてしまうし、こんな胸の内を打ち分けるわけにはいきません。あしながおじさんにしかご相談出来ないのです。。
 進学はしたいですが、上手く、言いたいことがまとまりません。
 冷静になりたいんですが、どうしたらいいでしょうか。
 アンジェリーク。

 アンジェリークはメールを推敲して、また溜め息が出る。
「何言いたいか解らないわよね…」
 アンジェリークは苦笑しながら、メールを送信した。
 風呂に入ったり明日の準備をしたりした後部屋に戻ると、あしながおじさんからのメールが届いている。早速、アンジェリークはそれに目を通すことにした。

 アンジェリークへ。
 頭が逆上せあがる前に、先ずは自分が何をしたいのか、冷静に考えろ。
 将来の為に何を勉強したいのか。そこをしっかりと考えることが今は必要だ。
 とにかく冷静になれ。
 恋とのぼせ上がるのは明らかに違うと思うからだ。
 今は自分の将来のことを考えろ。
 きちんと将来を見据えることが出来るようになれば、恋も実るだろう。おまえが一生懸命頑張れば、恋は待ってくれる。

 あしながおじさんのメールはいつもより情熱的なように、アンジェリークには思える。

 冷静になれか…。
 確かに私は余り冷静じゃなかったかもしれない…。
 本当に私が将来を見据えて一生懸命頑張れば、アリオスさんは待ってくれるんだろうか…。
 あんなに素敵な男性だし、綺麗な女性と付き合っているかもしれないことは、私だって知っている…。実際に現場を見たこともあるもの…。
 だけど今みたいにアリオスさんだけを考えて”逆上せて”いる女は、きっとお嫌いだろうな…。あしながおじさんもきっとそう…。

 アンジェリークはそこまで考えて、ふいに優しい微笑みになる。

 考えてみれば、アリオスさんとあしながおじさんは余りにも共通点が多いんだな。
 私の好みのタイプの共通項なのかもしれないけど。

 そこまで考えたところで、アンジェリークは顔を真っ赤にする。

 本当のことだけど、少し恥ずかしい。
 だけど…。
 だから私はこのふたりが大好きなのかもしれない…。

 アンジェリークは納得したように頷くと、机に向かう。
「あしながおじさんが言うように、しっかりと勉強しないとね!」
 冷静になる為に取り敢えずは、アロマキャンドルに火を付けて色々考えてみることにした。
 あしながおじさんから貰ったメールを読みながら、アンジェリークは熟考する。

 やっぱり思い浮かぶのはアリオスさんが仕事をしっかりと熟している姿ばかり…。
 ああいう風に依頼人に対していつもベストを尽くすアリオスさんを見ていると、いつの間にか自分もああなりたいって思う。
 困ってる人の為にさりげさなで助けてくれるアリオスさん…。
 私もあれぐらい人の役に立てたらいいのに…。

 アンジェリークは本当に明確な強い意思でそう思う。
 最初はなんとなくが、今は確信になる。
 出来たらアリオスの通ったアルカディア大学の法学部に通い、しっかりと法律の勉強をしたい。
 そう思うと、今までアンジェリークが悩んでいたうじうじとしたことが、すっ飛んでしまった。

 …進路は…難しいかもしれないけれど、アリオスさんのようになる為に、アルカディアの法学部に行きたい。

 目標が決まれば、喉の奥につっかえていたものが、一気に晴れやかになった。
 アンジェリークはあしながおじさんのメールのお陰だと、頷かずにはいられなかった。


 翌日の放課後、アンジェリークは担任であるリュミエールとの面談を待つ。
「次、コレットさん」
「はい。失礼します…」
 促されて教室に入るなり、アンジェリークは息を飲む。
 そこにはアリオスがいた。
コメント

星の王女の古賀さんと未来ちゃんのお話をモチーフにしたアリコレです。
短い間よろしくです〜

あしながおじさんちっくな夢物語になっていきます。
アンジェリークが幸せになるのをおたのしみになさって下さい。




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