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一瞬アンジェリークは自分の耳を疑った。 「アリオスさん、それは…」 アリオスを見つめると、ただ一度だけ頷かれる。 「おまえが法的にきちんとした相続人として認められたということだ」 淡々とクールに事実を語るアリオスの声が、現実でないような気がする。アンジェリークは自分が夢の中にいるのではないかと、そんな気分になる。 「…それは…」 「おまえの父親の遺産相続を出来るのは、おまえ以外にはいない」 自分以外に相続をすることが出来ない------アンジェリークはどういうことかと訝しんだ。 「アリオスさんがおっしゃることの意味が解りません…。義理の母にもその権利は発生する筈ですが…」 アリオスは首を振る。 「俺が財産管理人じゃなかったら、おまえは騙されるところだったかもしれねえ。巧みに法の穴を潜っていやがったが、調べてみれば総て簡単に判明することだったのにな」 アリオスは眉を皮肉げに上げて、自嘲気味に笑った。 「アリオスさん、私にも解りやすく教えて頂きませんか?」 アンジェリークは何が何だか解らずに混乱している。知りたい余りに、アリオスをじっと見つめた。 「ああ。からくりは簡単だった。戸籍を調べれば明白だった。おまえの義理の母親と父親は戸籍上は結婚していない。偽の結婚証明書を使って遺産を正当に相続しようとしていた…」 「…嘘…」 「確かにあの女ならやりそうな話ではあるけれどな」 アンジェリークはアリオスの言葉がにわかに信じられなかった。何度も頭の中で整理しようとするが、上手くまとまらない。 「…でも、仮に籍に入っていなくても、相続は出来るんじゃないですか?」 アリオスはきっぱりと首を振った。 「…無理だ。おまえの父親とあの女が一緒に暮らしたのは僅かに三ヵ月。内縁関係は成立しない。しかも、結婚証明書を偽造していた上に…重婚だった」 「重婚!」 これにはアンジェリークは驚いて声を大きくする。 「そう。おまえの親父さんと結婚する前からちゃんと別の男がいたってことだ。つまり、わざと結婚しているのを解っているのに、おまえの父親のプロポーズを受けたんだ。ちゃんと結婚証明書までご丁寧に偽造してね」 「…どうしてそんなことを…」 アンジェリークは自分では理解できないとばかりに、頭を何度も振る。 「離婚がきちんと成立しなかったからだ。それをおまえの父親に黙っていたようだ。おまえの父親は相当な資産家だったからな。金づるとでも思ったんだろう…」 「…そんな…」 アンジェリークは本当にそれしか言葉が出なかった。義理の母親がそこまで計算高い人間だったとは夢にも思わなかったのだ。 「…いつかお義母さんとも解りあえると思っていたのに…」 アンジェリークはある意味で哀しくて、本当にあわれな気持ちになる。 「それは甘いぜ、アンジェリーク。おまえは現に沢山のいやがらせを受けて来たわけだろう? 何もなかったから良かったもののな」 「アリオスさん…」 確かにアリオスの言うことは現実で、頭の中では理解しなければならないのは解っているつもりだ。だがそれでも、ほんの少しであっても一緒に暮らした継母のことを信用したかったのだ。 「アンジェリーク…、ひとりで生きていくには、おまえは甘過ぎる。それは命取りにも成り兼ねないぜ」 アリオスの言葉はきっぱりとはっきりとしていた。それがアンジェリークの胸には突き刺さってくる。 「アリオスさん…」 「とにかく、あの女にも、あの女に関わる全ての者には相続権は発生しない。それだけだ。事実は曲げようがない。おまえがコレット家のたったひとりの相続人なんだ」 アリオスに肩をぽんと叩かれて、アンジェリークはびくりとする。。 「これからはちゃんと大学にだって誰の遠慮なく行けるし、住居の心配はない。現に家の登記書は俺の手元にあるから、堂々としていていい。あいつらが馬鹿な真似をすることがないように、ちゃんと手は打ったからな」 「…アリオスさん…」 アリオスの話を聞き、アンジェリークは感謝せずにはいられなかった。 きっとここまで調べ上げるには相当な労力が必要であっただろう。それを自分の為にしてくれたことが、涙が出るほど嬉しかった。 「アリオスさん…、有り難うございました」 アンジェリークは深々と頭を下げた後、大きな瞳に涙を貯めてアリオスを見る。 「私の為にここまで調べて頂いて、本当に有り難うございました。アリオスさんにはお世話になりっぱなしで、私はどう恩返しをしていいか解りません…」 「恩返しなんかいいんだよ。おまえはそんなことは考えるな。依頼人の利益をきちんと護るのが弁護士の仕事だからな。おまえは何も考えなくていい。ただしっかり勉強するんだぜ」 アリオスはアンジェリークの髪をくしゃりと撫で、甘く優しい笑顔を浮かべた。 「これから忙しくなるぜ? ちゃんとした相続の手続きとか色々とやらなければならねえことは、山積みだからな」 「はい!」 アンジェリークは泣き寝入りしながらアリオスにしっかりとした返事をする。 「…アリオスさん…、お義母さんは…」 アンジェリークは憐れみのある声でアリオスに訊いた。 「あの女は公文証書偽造とおまえへの殺人未遂教唆の罪がある。どのみち塀の中に入ることになるだろう。あいつの弟は殺人未遂で、それとふたりには…」 アリオスはそこで言葉を淀ませる。 「おまえの父親を殺した嫌疑もかけられることになる…」 「…そんな…」 急に言われ、アンジェリークは目の前が真っ黒になる気分だった 「おまえの父親の死には、いくつか疑問の点があってな…。警察も以前から注目をしていた。次がおまえかもしれないということで、俺はおまえを一次的に預かることになった」 アリオスの声は感情がなく、弁護士らしく事務的だ。それ故にアンジェリークのショックは大きい。 「…お父さんが…。ふたりはとても仲が良さそうだったのに…。お母さんの面影があったからかもしれないけれど…」 すっかり顔色を無くしたアンジェリークは、ただ震えるばかりだ。 「本当に愛していたなら、疑惑のあるようなことはしないはずだ…。増してや、愛する者のかたしろであるおまえにこんな酷い仕打ちは出来ないはずだ」 確かにアリオスの分析は冷静だ。だがいくら愚かだと思われても、アンジェリークには割り切ることが出来ないものがある。 「…アリオスさん…。父が愛した女性です…。私にはまだ冷静に受け入れることが出来ないです…」 「それはそうだろう…。この調査が終わるまでは俺のところにいるといい。総てのシロクロがきちんと着いたときに、相続のけりもつくだろう」 「…はい」 「話はそれだけだ」 アリオスは相変わらずクールに言うと、自分の部屋に行ってしまった。 その瞬間、アンジェリークはへなへなと床に崩れ落ちる。 アリオスさん…。 たとえ少しであっても一緒に暮らした人です…。 ずっと父親を愛していたと思っていたから…。 だから、どんなに辛くても、対処することが出来た…。 もし、アリオスさんの言う通りだったとしたら、あまりにもお父さんが報われない…。 私は本当にこの世でたったひとりになってしまったような気がします。 アンジェリークの脳裏に、不意にあしながおじさんのことが浮かぶ。 あしながおじさん…! あしながおじさんなら、きっと私の気持ちを解ってくれる! あしながおじさんなら、私を優しく包み込んでくれる。 会いたい…、会いたい…!! 会いたい…!!! アンジェリークは涙が沢山浮かんだ瞳を、強い意思のあるものに変えて、すっと立ち上がり部屋に戻る。 直ぐに鞄から携帯を取り出して、あしながおじさんにメールを打ち始めた。 あしながおじさま。 アンジェリークです。 今日、いつも私を助けてくださる弁護士さんから、とても聞くのが辛い報告を受けました。 私の義理の母が不正に遺産相続をしようとし、その上に父を殺害したかもしれない疑惑が持たれているというのです。 正直言って、ショックでした。 私にはたったひとりの家族でしたから。 もし継母に酷い裏切りを受けたのであれば、私は本当に孤独になってしまったのかもしれません。 私を見守り愛してくれる人はもういないのです。 今は孤独でそして惨めでしょうがありません。 私が温かさを求める相手は、もはやあしながおじさんしかいません。 お願いです。どうか、私と会っていただくことは出来ないでしょうか? あなたに会って、今までの御礼と共に、沢山お話させていただ きたいことがあるのです。 お願いです。どうかお会いすることを、”イエス”と言って下さいますか? あしながおじさんと会うことを深く切望しているアンジェリーク・コレットより。 アンジェリークはそこまで入力をし終えると、祈るような気持ちでメールを送る。 心の中の総ての想いを託して、アンジェリークは電話を閉じた。 あしながおじさん…! どうしても逢いたいです! 翌朝目が覚めるとメールが届いていた。本当に胸をどきどきとしながらメールを見る。 アンジェリークへ。 一度会おう。 会っておまえの話を沢山聞きたいと思う。 来週の日曜日、アルカディアのビル前の交差点の前で。俺はジーンズ姿で行く。 では会うのを楽しみにしている。 |
| コメント 星の王女の古賀さんと未来ちゃんのお話をモチーフにしたアリコレです。 短い間よろしくです〜 あしながおじさんちっくな夢物語になっていきます。 アンジェリークが幸せになるのをおたのしみになさって下さい。 |