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その日アンジェリークは朝からそわそわとしていた。珍しくアルバイトを休み、ドキドキとしながら何度も時計を見ては溜め息を着く。先程から余り時間が経過していないのがどうにもじれったい。 アンジェリークは何度も落ち着かずにうろうろとするものだから、アリオスは苦笑する。 「そんなにうろうろするなよ。うろうろしたって時間は過ぎていかないんだぜ、アンジェリーク」 「解ってます…」 アンジェリークは恥ずかしそうに真っ赤になると、僅かに俯いた。 「おまえのあしながおじさんはそんなことをしなくても逃げて行かないぜ?」 アリオスは苦笑いでアンジェリークに言い、彼女も頷いて椅子に座る。 「おまえには一世一大事のことだからな」 「はい」 いつもアリオスといる時間は楽しくて、すぐに過ぎてしまうというのに、今日はどうしてか長く感じる。 「アンジェリーク、そのあしながおじさんが良い奴だったらいいな」 「はい。きっとそうだと思います! ールでも頑張れと励ましの言葉を下さっていましたし」 あしながおじさんの話をすると不思議と心が落ち着くのを感じる。それはどこか家族について話す時に似ていた。 「あしながおじさん…か。ずっとおまえを支えてくれていたんだもんな。逢いたいのは当然だな。俺が思うに、そのあしながおじさんとやらは、相当なロマンティストなんだろうな。昔の小説のように、主人公を少し離れた位置から見返りを求めずに支援する…。出来そうでなかなか出来ねえことだな。俺はおまえに金銭的な援助や法律に関するアドバイスは与えてやれるが、メールでぱしぱしと返事をするのはな、柄にあわねえよ。俺なら小説と同じようにするね」 「アリオスさんらしいです」 アンジェリークはようやく柔らかな微笑みをアリオスに向け、同意をする。 「素敵なやつだったらいいな」 「はいっ!」 アンジェリークはそう願う思いも込めて、大きく頷いた。 「話してたら時間が近くなってきたぜ?」 アリオスに言われるまで、気がつかなかった。喋るのに夢中になってしまい、時間が近付いているのをすっかりチェックするのを忘れている 「ホントに! やっぱりアリオスさんと話していたら時間が経つのが早いわ。うろうろとしているよりもね」 アンジェリークは嬉しそうに笑うと、ダイニングチェアから立ち上がる。 「アリオスさん、お相手して下さって有り難うございます」 「ああ。あしながおじさーに会ったら、しっかりと御礼を言うんだぜ?」 「はい。あしながおじさんにはアリオスさんのお話もいっぱいしていますから、宜しく言っておきます」 「ああ、頼んだ」 アリオスが苦笑する表情がとても魅力的で、アンジェリークは思わず見とれてしまった。 時計を見ると、出掛けるのには良い時間に近付いている。 「じゃあいってきます」 「ああ」 アンジェリークが玄関先に差し掛かった時、アリオスの声がした。 「アンジェリーク」 呼び止められたようで、アンジェリークは思わず振り返る。 「アリオスさん?」 「アンジェリーク、”あしながおじさん”のラストシーンを覚えているか?」 「はい、覚えています」 「だったらいい」 アンジェリークは、アリオスが一体何を言いたかったのか、何を意図していたのかが解らないまま小首を傾げると、気を取り直して玄関を出た。 外の空気に触れれば、いやがおうでも”あしながおじさん”に会える緊張感が高まると言うもの。 …もうすぐ…、もうすぐ…、あしながおじさんに会えるんだ…。 逸る心と共に、アンジェリークは駆け出して行った。 約束の場所は、すぐに時計が見える場所だった。アンジェリークはあたりと時計をきょろきょろと見ながら、あしながおじさんらしき人物を捜し当てようとする。 カジュアルなジーンズを履いた男性…。 誰もがあしながおじさんに見えて、また誰もがそうは見えない。 ジーンズという誰もが着ている服装を指定されていることもあり、探すのが歯がゆかった。 誰彼もアンジェリークの横を何事もなかったかのように通り過ぎていく。 あしながおじさん…。 あなたはどこにいるのですか? どうかお願いです! 私の前に姿を現してください! アンジェリークが心から祈った瞬間、それらしい男性が向かいの信号待ちに現れた。 長身でジーンズを穿いた男性。 心臓が激しく唸り始める。心と感がアンジェリークに、あしながおじさんはあの男性であることを確信させる。 あの男性だわ…! そうに違いない!! あしながおじさんと目される人物は、以外過ぎるほど若い。だがアンジェリークは彼以外にいないと確信した。 背が高くとても目立っている。かけているサングラスは本当によく似合っている。 信号が変わるまでの時間がもどかしい。アンジェリークはこんなに焦る思いで信号を見たことはなかった。 あしながおじさんであろう人物と視線が絡み合うような気がする。 信号が変わる。 その時であった。 「あら、アンジェリークさんじゃない!」 声をかけられ、アンジェリークは一瞬振り返る。後ろにはアリオスの秘書であるロザリアが立っていた。 「お買い物かしら?」 「はあ、そうです…」 上の空で答えながら、アンジェリークの視線はあしながおじさんをずっと探している。 どこ? 先程までいた筈なのに、どうして解らないんだろう…! アンジェリークは必死で視線を動かすものの、あしながおじさんを見失う。 「ごめんなさい、誰かをお探しで待ち合わせ中だったかしら?」 「…いえ、あの…」 しどろもどろに答えるアンジェリークに、ロザリアは笑顔で頷く。 「お邪魔してごめんなさい。また事務所に遊びに来てくださいね。お待ちしてますわ」 「…はい…」 アンジェリークが気もそぞろに返事をしたがロザリアは大して気に止めていないようで、笑顔で去って行った。 ホッとしたのもつかの間。 「……!!」 いくら辺りを見渡しても、先ほどいた”あしながおじさん”は見つからない。 アンジェリークは涙が零れてくるのを抑え切れなかった。 あしながおじさん…。 どこにいるのですか…? アンジェリークはこんなにあなたを探しているのに…。 涙を腕で拭おうとした瞬間、携帯電話が鳴り響いた。メールの着信を知らせるそれに、アンジェリークはすぐに反応する。 見るとあしながおじさんからだった。 アンジェリークへ。 先ほど近くまで来ていたが、急な仕事が入ってしまい君に会いに行くことが出来なくなった。 本当に申し訳のないことをしたと思っている。 会えなくても、どんなに離れていたとしても、私は君を愛しく思っている。 どこにいても私の心が近くにあることを感じて欲しい。 またいつか、君が今回の不義理を許してくれると言うのであれば、逢いたい。 そのチャンスがまた巡って来るように、祈るだけだ。 君をいつも見つめている者より。 アンジェリークは何度も鼻を啜りながら、あしながおじさんのメールを読み切る。 あしながおじさん…。 アンジェリークよりお仕事が大事ですか…? 先程まで明るく感じていた辺りが、一瞬にして真っ黒になった。 真っ赤な瞳を隠しながら、とぼとぼと街を彷徨うように歩く。 どうしてここまで来たのかぼんやりとして判らないまま、アンジェリークはアリオスのマンションにたどり着いた。 「…ただいま…」 「アンジェリークか? 早かったな。ちゃんとあしながおじさんに会えたか?」 アリオスが玄関先まで出て来た瞬間、アンジェリークの心の中で我慢して来たものが一気に溢れ返る。 「…どうしたアンジェリーク…」 「アリオスさんっ!!」 アリオスの顔を見た瞬間、総ての感情が緩むのを感じた。 広い胸に縋りたくて、衝動的にアリオスのそれに飛び込んでいく。 「アンジェリーク…!」 アリオスも驚いたようで息を飲んだようだが、直ぐに温かな頼りがいのある腕で支えてくれた。 「アンジェリーク、どうした? あしながおじさんと何かあったのか?」 「アリオスさん…」 アリオスが優しく背中を撫でてくれると、ひどく安堵する。本当に安心を深呼吸しているようだ。 まだまだ泣き足りないのか、アリオスの快適な広い胸に安心をしたのか、大きな瞳からは大粒の涙が零れてくる。 「…アンジェリーク…。落ち着くまでこうしていろよ」 「…有り難う…」 アリオスの背中は、なんて温かくて広いのだろうと思う。アンジェリークは何度も薫りを嗅いでは安心した。 「…あのね…、アリオスさん」 「何だ?」 話すアリオスの良く響く声が心地良い。うっとりしてしまいそうだ。 「…あしながおじさんに会えなかったの…」 アンジェリークはようやくアリオスに真実を話すことが出来た。 「会えなかったのか…。相手はすっぽかしか?」 アンジェリークはしっかりと首を振る。 「お仕事があるからって会えなかったの…」 「仕事か…。それはある意味仕方がないところもあるからな」 アンジェリークは腑に落ちないが、とりあえず頷くことにした。 「…アリオスさん…。私…、もうあしながおじさんに会えないかもしれない…」 「そんなことはねえ。ちゃんといつかは会うことが出来るから」 まるで子供を宥めるかのように背中をゆっくりトントンと叩いてくれた。 「そんな悲観になるんじゃねえ。きっといつか会えるはずだ」 「ホントに?」 アリオスが言うことは本当のように思える。 「ああ。きっとなら」 アンジェリークは安心すると、アリオスの腕の中で暫くはじっとしていた。 |
| コメント 星の王女の古賀さんと未来ちゃんのお話をモチーフにしたアリコレです。 短い間よろしくです〜 あしながおじさんちっくな夢物語になっていきます。 アンジェリークが幸せになるのをおたのしみになさって下さい。 |