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まさかアリオスが進学相談の場に現れるとは、アンジェリークは思ってもみなかった。 ただ呆然とアリオスの顔を見ることしか出来ない。 「アリオスさん…。どうして」 「こういう重要な場には、おまえの後見人である俺が出るのは当然のことだろう?」 アリオスは相変わらず事実だけを淡々に言う。アンジェリークはアリオスの登場にただ驚くばかりだ。 「どうして進学相談のことを…」 「おまえがプリントを机の上に置きっぱなしにしていたからな。だからだ」 「…そんなこともあったような…」 アンジェリークは曖昧になっている記憶を手繰り寄せようと必死になる。 「コレットさん、お座りなさい。せっかく弁護士さんが来てくださったんですし、そんな顔をされずに、お話を始めましょう。あまり時間もないことですから」 「はい」 アンジェリークはリュミエールに促されるままに、席についた。 「ではアンジェリーク、あなたは将来どのようにされたいのか、私にじっくり聞かせていただけませんか?」 「はい…」 凄く近くに座るアリオスを横目でちらりと見た後、アンジェリークは思い切って話すことにした。志望動機の原因であるアリオスが横にいるというのは、とても照れ臭いことであったけれども。 「…私は、気負いなく、困っている人々を助ける仕事をしたいのです。私は、先生もご存知のように、父親が亡くなってからの数ヵ月を色々な人々に支えられて頑張ってきました。だから沢山支えてもらったものを、将来はそれ以上に返して行きたいのです」 アンジェリークはそこで言葉を切ると、ちらりと横にいるアリオスを見る。 「私は横にいらっしゃる弁護士の先生の仕事ぶりを、ずっと見せて頂いています。弁護士って最初は民事裁判とかの担当をして、お金をがっぽり取っているイメージがありました」 流石にこの言葉には、アリオスは苦笑する。 「でも先生はそうではありませんでした。依頼料等を私から殆ど取ることはなく、私を強く支えて下さっています。だから私もそんな人になりたい。利益等を考えずに、ただ依頼人のことを真剣に考えてくれる…。そんな弁護士になりたいのです」 アンジェリークは迷いなくきっぱりと言う。それは凛として美しいと、アリオスとリュミエールは思った。 「私は法律を使って、一生懸命依頼人を護るような、そんな弁護士になりたいと思います。だから勉強をする為に、大学とロースクールに行きたいです」 リュミエールは本当に嬉しそうに頷いてくれる。それがアンジェリークもまた嬉しかった。 「コレットさん、とてもあなたに向いていると思いますよ。進学したい大学はおありになりますか?」 「はい…。少し難しいかもしれませんが、アルカディア大学の法学部とロースクールに行ければと思っています」 「アルカディアですか」 リュミエールはアンジェリークの成績表に視線を落とす。 「あなたならおそらく大丈夫でしょう。この私が保障しますよ。唯の少しの気合いを抜くと、それが命取りになりますから、どうか用心されて下さいね」 「はい」 アンジェリークはしっかりと頷き、もっと頑張らなければいけないと、自分に言い聞かせた。 「アリオス弁護士、なにかご意見はありますか?」 先ほどからアンジェリークの話をじっと聞いていたアリオスに、リュミエールが矛先を向ける。 「アンジェリークががんばるなら、弁護士としてしっかりとサポートするまでだ。今の相続の件がきちんとかたが着けば、アンジェリークは堂々と大学やロースクールに行ける。ただし、しっかりと勉強をすればの話だけどな」 アリオスは少しだけ憎らしい笑顔を浮かべたが、それがまたとても素敵に見える。 「頑張ります!」 アリオスが遺産を相続できるようにと法を使って頑張ってくれているのだ。アンジェリークは、自分も頑張らなければと、自身を奮い立たせた。 「俺からはそれだけだ。他には特に何もない」 「解りました。アンジェリークさん、きちんと決意をされた以上は、しっかりと頑張るのですよ。私もアリオスさんも応援していますから」 「はいっ!」 進学相談が終わる頃には、アンジェリークは穏やかな気持ちになっていた。 「ては明日からしっかりと頑張って下さいね」 「はい、リュミエール先生、有り難うございました」 席から立ち上がりリュミエールに挨拶をする頃には、アンジェリークは前向きに取り組むことが出来るようになる。 きちんと挨拶をして教室を出た後、アリオスと自然に並んで歩いた。 「今日は有り難うございます。来て下さって、凄く嬉しかったです。最初は上手く自分の気持ちを言えないと思っていましたが、アリオスさんがいてくれて、自然と気持ちが解れました」 「そいつは良かったな」 歩きながら話す間も、アリオスは相変わらずクールだ。 余り表情が変わらないアリオスを、アンジェリークは横目でちらりと見る。 「…アリオスさん、今日も事務所に戻られるんですか? マンションには戻ってこられないんですか?」 言っている途中で、烈しい木枯らしが吹き荒れ、アンジェリークは思わずぶるりと躰を震わせる。 「あ…」 余りにもいきなりのことで、アンジェリークは驚いた。アリオスが手袋などしていない手を包み込んで来たからである。 ふんわりとした優しい温かさに、アンジェリークは幸せと甘い感覚が一気にに押し寄せてくるのを感じた。手を握ってもらうだけで、心も躰も幸せな気分になる。 手を引っ張られる感覚が、くすぐったくてちょうど良い。 「今日はマンションにちゃんと帰るつもりだ。だが少し事務所に寄ってもらえるか? おまえに話しておかないといけないことがあるからな」 「はい」 きっと相続のことだろう。アンジェリークはそう思うと、引き締まった気分になった。 アリオスの車がある駐車場までの短い道程を、ふたりはしっかりと手を繋いで進んでいく。 余りにも距離が短すぎて、アンジェリークはもどかしい気分にすらなった。 アリオスさんの車…。 いつもは見ると嬉しくなるアリオスのシルバーメタリックの高級車が、今日に限っては憂鬱を運んでくるような気がする。 アリオスの手が、アンジェリークのそれからゆっくりと離れる。 「ほら、早く車に乗れ」 「はい」 助手席のドアを開けられて、アンジェリークは少し遠慮をしながら乗り込む。 直ぐに車は発車し、短いドライブをした。 先ほどのあの親密な空気はどこにいったかと思うほど、車内の空気は無機質になっている。 学校と事務所は余り離れてはいないので、少し塩辛いドライブは終了した。 事務所に入る頃には、アリオスの雰囲気がすっかり仕事モードになっているようで、ビジネスライクなものに変わってしまっている。 「まあ、アンジェリークさんいらっしゃい。直ぐに応接セットでお座りになって。ジュースでもお出ししますから」 「はいすみません」 テキパキとやってきたロザリアに萎縮しながら、アンジェリークは応接セットに入った。 「アリオス、賠償請求裁判の訴状の準備が出来ました。チェックしてください。後、訴訟用の収入印紙も準備してますわ」 「サンキュ。助かる。明日ある尊属殺人事件の口頭弁論の書類を揃えておいてくれ」 「解りました」 ふたりのやり取りを聞いていると、アンジェリークは何だかとても切なくなる。 アリオスが違う世界にいる遠い人物のように思えるからだ。それが自分の力では突き破れない壁のような気でさえある。 「少し電話してくるから、その間、頼んだ」 「はい」 アリオスがばたばたと自分の書斎に消えた後、応接セットのあるパテーションに、ロザリアがやって来た。 「いつもこんなにアリオスさんはお忙しいんですか?」 「ええ。アリオスは腕利きの弁護士だというので有名だから依頼がひっきりないの。最近は流石にセーブしているのよ。有名事件とかになると国選弁護人を引き受けたりしているし…」 「そうなんですか」 アンジェリークは改めて、アリオスが腕利き弁護士であることを思い知る。同時にその忙しさに、躰を壊しやしないかと思うだけで切なかった。 「アリオスさん…、忙しすぎて躰壊さないかな…。私の依頼なんて後回しでいいから、もっとゆっくり休んだらいいのに…。だって、今週もマンションには戻って来ていないし…」 アリオスが寿命を削って仕事をしているようで、アンジェリークには切なくて辛い。 「今週は特に忙しかったけれど、アリオスももうすぐ落ち着くだろうから、気にしないで構わないから…」 ロザリアはそう言うものの、アンジェリークにはそうはいかなかった。 「アリオスさんが苦しくなければいいですけれど、たまには休まないと。最も、アリオスさんがやり甲斐のあるお仕事なんでしょうけれど」 「そうね…。ねぇ、アンジェリーク。さっきの”私の依頼を後回しに”なんてことをアリオスに言っちゃだめよ。彼はあなたの幸せを最優先に考えて、依頼を遂行しているんだから…。あなたの相続が上手く行くように、アリオスは一生懸命頑張っているわ。あなたはあなたが 頑張れるところをしっかりと頑張って、後の細かい処理はアリオスに任せて、どんと構えていなさい。きっとうまくいくから…。アリオスの気持ちをしっかりと汲んでやってね」 「アリオスさんが…、そんなにも私なんかの為に…」 アンジェリークはアリオスが一生懸命動いてくれていることは解ってはいたが、改めて聞かされると、感謝以上の感情が溢れてくる。 「…アリオスさんは私の為に動いて下さるのに、私は自分中心にばかり考えて…」 アンジェリークは感謝する気持ちを持つと同時に、アリオスに比べてあまりにも自己中心的な自分が情けなくてしょうがなかった。 「今週の前半もあなたの相続に取っての山場だったから、休まず書類の作成を行っていたのよ」 「そこまでだ、ロザリア」 アリオスは突然現れ、アンジェリークとロザリアを驚かせた。 「ロザリア電話は済んだ。続きの事務をしてくれ」 「かしこまりました」 ロザリアがデスクに仕事をしに戻った後、アリオスはアンジェリークの目の前に腰を降ろす。 「今日ここに来て貰ったのは、これだ」 目の前に差し出された書類を手に取り、アンジェリークはただじっとそれを見つめた。 「…相続が…」 「それはおまえの相続が認められたことを示す書類だ。アンジェリーク、正式におまえの相続件が認められた。じっくり読んで納得したらサインをくれ」 「はい」 文字数の多さにアンジェリークはくらくらとしたが、書類をじっくりと読む。 これにサインをすれば…、私はアリオスさんの傍にいられなくなるの…? そんなのは嫌だ…。 「アリオスさん…、これにサインをしてしまえば、私はあなたに逢えなくなりますか?」 アンジェリークは真摯で思い詰めた表情で、アリオスに問うた。 |
| コメント 星の王女の古賀さんと未来ちゃんのお話をモチーフにしたアリコレです。 短い間よろしくです〜 あしながおじさんちっくな夢物語になっていきます。 アンジェリークが幸せになるのをおたのしみになさって下さい。 |