Daddy Long Legs

15


「…そんな…。たとえ僅かであっても、あんなに仲良さそうにしていたのに…」
 記憶の中に残る父親と継母の姿が偽りであったことを、アンジェリークは認めたくはなかった。
「…接見が出来るが、する気はあるか? 俺が一緒に着いてやってやるから」
アンジェリークは心と頭の中がまだ混乱していて、即答することが出来ない。
「…私は…」
 明らかに顔色が蒼白になっているアンジェリークの背中を、アリオスはそっと包み込むように抱く。
「少し休憩しなくちゃな。こっちに来い」
「はい…」
 アリオスに気遣われて、アンジェリークは一旦控室に引っ込んだ。そこで近くにあった椅子に座らせて貰う。
「…そんなことが出来るなんて…」
 アンジェリークは茫然自失のようにぽつりと呟く。躰も心も完全に力を失っていた。
「アンジェリーク…」
 深みのあるアリオスの声で呼ばれて、思わず顔を上げる。
「アンジェリーク、これはおまえが無視は出来ない大きな山だ。辛いかもしれねえが、これん乗り越えられなければ、おまえは次には進めない。だから乗り越える為に、一度継母と接見したらいい。おまえに選択権はあるが、これをきちんとした形で乗り越えねえと、いつまでも心の中で燻ることになりかねないぜ。
 俺もいるし、おまえには沢山味方になってくれる人間はいる。持ち前の明るさでおまえならきっと乗り越えていけるはずだと、俺は信じているぜ」
 アリオスはクールだが、熱の篭った言葉をくれる。アンジェリークは何だか躰の奥が熱くなるような、不思議なものを感じる。
「…あしながおじさんも同じことを言っていました…。私はひとりじゃないんだって…。私には友達やアリオスさんやあしながおじさんがいるから大丈夫だって…」
 もう考えることなんてなかった。アンジェリークの答えは簡単に決まった。
「解りました。継母に接見します…。私もそれで気持ちが吹っ切れて、先に進めるような気がしますから…」
 アンジェリークはしっかりと頷くと、表情から悩みを一切消し去る。
「アンジェリーク、もう少しの辛抱だ」
「はい」
 アリオスの指先がアンジェリークの栗色の髪をくしゃりと撫で付ける。その仕種が子供扱いされている気がして、胸に切ない痛みが走った。

 アリオスさん…。
 私は子供じゃありません…。
 あなたの前では、”女”でいたいのです…。
 あなたにとって釣り合う”女”でいたい…。

 アリオスは薄く笑うと、ゆっくりとアンジェリークの頬を叩く。
「さてと。俺も仕事に戻らねえとな。おまえも戻れよ」
「はい」
 アリオスとふたりで控室を出て、入口まで見送る。
「アリオスさん、有り難うございました!」
 深々と礼をして顔を上げたときには、もう目の前にアリオスの姿はなかった。

 アリオスさん…。
 もう少し、あなたのそばにいたかったな…。


 接見の前日、やはりアンジェリークは気持ちが高ぶって、上手く眠ることが出来ないでいた。明日のことを考えるだけで、どんよりとした重い空気が自分自身を包み込んで行くのが解る。

 あしながおじさん…。
 アンジェはどうしたらいいですか…?

 窓から見慣れた星空を見上げると、あしながおじさんのことを思い出す。アンジェリークは携帯電話を手に取ると、あしながおじさん宛にメールを綴り始めた。

 あしながおじさま。
 明日はいよいよ義理の母と接見することになりました。正直、何が起こるか考えるだけで、気が重く、恐くすら感じます。
 一緒に弁護士の先生が行ってくださいますので、何とか頑張れそうなのですが…。
 先生自体は、私がこれを乗り越えなければ、前に向いて歩けないし、ふっきることは出来ないとおっしゃいます。私もそのことは解っているつもりではありますが、やはり不安なのです。
 今の私にとっては、とてつもなく大きな壁であると想います。
 …何だか言いたいことばかり言ってしまいした。
 こんなことを言いながらも、私はきっと明日は、弁護士さんと接見しているんでしょうね。
 明日、頑張ります。
 あしながおじさんも見守っていてください。
 アンジェリーク。

 直ぐに送信をした後、アンジェリークは祈るような気持ちで、あしながおじさんからのメールを待ち続ける。

 早く…、早く返事を下さい…!!

 そんなに早急に返事等貰えるはずはないのは、解っているのに。ついつい何度も携帯電話を覗いてしまう。
 落ち着かずに見ていると、直ぐにあしながおじさんからの待ち遠しいメールが届いた。

 アンジェリークへ。
 いよいよ明日だな。
 私も君の弁護士とは同じ意見だ。しっかりと、接見をして、過去の悪い遺物から決別を図りなさい。
 それが君の成長を促し、真っ直ぐ前を向いて歩いていける証だろうから。
 不安なのは解る。
 だがこれだけは忘れないで欲しい。
 君が不安であれば、周りの人間もまた、君を心配する余りに、不安になっていることを、どうか忘れないでくれ。
 私も、友達も、君を法の力で支えてくれている弁護士も、みんな心配の余りに不安だということを。
 だからいつものように明るく前向きに明日を迎えてくれ。
 おやすみ。

 メールを読むと、不思議と落ち着いた気分になる。アンジェリークは何度も読み返して、心が不思議と落ち着いていくのを感じた。

 あしながおじさん…。
 有り難う…。
 これで私も頑張れるような気がします。
 堂々と胸をはって、明日という日を、更にその先の未来に歩いて行けそうです。
 アンジェリークは携帯電話を閉じると、ベッドに潜り込む。それを抱きしめながら、ぐっすりと眠りに落ちることが出来た。


 翌日、緊張な面持ちで継母の接見に向かう。
 だが、ヒステリックな変に高揚した気分はなかった。

これもあしながおじさんやアリオスさんのお陰…。私は精一杯前を見て今日という日を迎えられたのだから…。

 アンジェリークとアリオスは特に何も話さなかったが、不思議と落ち着いた気分になっていたのは確かだった。
「アンジェリーク、もうすぐだ」
「はい」
 身も心もぴりりとして引き締まるような気がする。アリオスが手続きをして、いよいよ接見が実現した。
 胸の鼓動がうるさいほど激しい。
 現れた継母を見るなり、アンジェリークは言葉を失った。
 顔色は悪くはなかったが、どこか窶れた感は否めない。かつてあった輝かしい生気すらなくなっている。
 姿が痛々しかった。胸と目に痛みを感じながら、アンジェリークは継母の前に腰を下ろす。
「…お義母さん…」
「私はあなたみたいな娘の母親になった覚えなんて全くないよ! あの男が死んでから、あんたと暮らしたくなんてなかったんだからね」
 刺々しく悪意に満ちた継母の言葉に、胸は痛んだが、アンジェリークは決して泣かなかった。ただ気持ちを唇を震わせることだけで表現をして。
「…ひとつきいていいですか?」
 アンジェリークは自分の周りの勇気をかき集めて、何とか一言だけを話す。
「何?」
 ぎすぎすとした声が響く。
「あなたは本当に父を愛していましたか?」
 一瞬、継母が動揺した表情を浮かべたが、直ぐに鼻で笑う。
「アンジェリーク、あんたはそんな愛だのまだ信じているのかい。生きていけば解るさ、そんなことは幻想だって…」
 少し言葉を詰まらせたが、直ぐにいつもの調子に戻る。
「あの男は…、私に死んだ妻の幻影を求めていただけだよ…」
 継母は不意に淋しそうな表情をする。
「アンジェリーク、それがこの結果だってことを、忘れないほうがいいよ。あんたはあまちゃんだ。金がなけりゃあ、世の中は渡っていけないよ。金のためだったらね、なんでも出来るものなんだよ…。私よりかなり上のあんな親父に抱かれるのを我慢して、殺して折角手に入れたのにね…。だが、あんたに正体を見せたせいで、その弁護士に追いつめられたけれどね…」
 少しアリオスへの恨み言にも思えたが、継母が自嘲気味に笑うのが、アンジェリークには痛々しくて堪らなかった。
 哀れみでさえ、浮かばずにいられない。
「弁護士さん、もう私からこの娘に言うことはないよ。疲れたから、戻らせてもらうよ」
「解った」
 アンジェリークの後ろにいたアリオスは、柔らかに頷いた。
 刑務官がそれを合図にやって来て、継母を連れていく。その小さくなった背中を見つめながら、アンジェリークは一筋の涙を零した。
「アリオスさん、本当に有り難うございました。会えて良かったと今は思います…」
 アンジェリークは深々と頭を下げて礼を述べた後、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には、もう涙は光ってはいなかった。
「アンジェリーク、行くか」
「はい…」
 アンジェリークはアリオスの後ろをゆっくりと着いていく。

 さよなら、二度と逢うことのないだろう私の二度目のお母さん…。

 アンジェリークは心の中で呟いて、拘置所を後にした。
 アリオスと車に戻る間、独りだという孤独感に酷く苛まれる。

 これで私は本当にひとりになってしまったんだ…。

「これから裁判に入り法の捌きを受けることになるだろう…」
「はい…」
 ずっと俯いて歩いていると、不意にアリオスに手を包み込むように掴まれた。
 優しい温もり。全身からほとばしる孤独感が、は洗い流されるような気がして嬉しかった。
 ただ黙って手を繋いでくれるアリオスの温もりが、アンジェリークにとって、独りで無いことに気付かせてくれた。
 車に乗るまでの短い時間の間に、気持ちは随分と落ち着く。
「アンジェリーク、昼飯でも食いに行くか? 美味い定食屋がある」
「有り難うございます。凄く嬉しいです!」
 アンジェリークはアリオスの心遣いに感謝しながら、久々に輝ける笑顔を向ける。
「その表情こそ、とてもおまえらしいぜ。ずっとその笑顔でいろよ」
「はい」
 素直に元気良く返事をすると、アリオスが満足そうに笑ってくれたのが、凄く嬉しい。

 アリオスさん…。
 やっぱりあなたの笑顔を見るだけで、凄く楽しくなる…。
 ずっとあなたの笑顔を定期的に見られればいいのに…。
コメント

星の王女の古賀さんと未来ちゃんのお話をモチーフにしたアリコレです。
短い間よろしくです〜

あしながおじさんちっくな夢物語になっていきます。
アンジェリークが幸せになるのをおたのしみになさって下さい。




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