Daddy Long Legs

5


 暫く落ち着くまで、アリオスが抱きしめてくれていた。
 アリオスの胸は広くて温かくて、アンジェリークは心からの安堵を覚えずにはいられなかった。
「部屋に入って温かい物でも飲もう」
「…はい…」
 手を引く為に握り締めてくれたアリオスの手は温かく、力強かった。

もう少し…、手をぎゅっと握って欲しい、アリオスさん…。

 アンジェリークはそのままダイニングに連れていかれ、椅子に座らされる。
「ちょっと座ってゆっくりしとけよ」
「…はい」
 本当は離れたくなかったが、アリオスが行ってしまったので、アンジェリークは少し寂しい思いをした。
 しばらくして、アリオスがマグカップを片手に持って来てくれる。
「これだとおまえも飲めるだろう。飲んだら落ち着くから」
「…はい」
 アリオスが入れてきてくれたのはミルクだった。
「あったかい…」
 人肌ぐらいに温かくて、心を癒してくれる。
 飲むとほんのりブランデーの味がしたが、アンジェリークにはそれが美味しいと感じた。
「飲んだら直ぐにシャワーでも浴びて寝てしまえ。これで朝までぐっすりだぜ? 良い夢が見られる」
「はい」
 アリオスに言われれば、そう思うから不思議だ。
 ミルクを飲んでいる間、アリオスも側にいてくれた。アンジェリークはそれが嬉しくてしょうがなかった。
 いつもはふひとりでごはんを食べる無機質な空間が、アリオスがいるだけで優しい温かな空間になる。アンジェリークにはそれがとても心地良かった。
 ミルクが美味しくて、つい飲んでしまい、気付いたときには一口しか残されていなかった。
「あ…」
 最後の一口が凄く勿体なくて、アンジェリークは何度もコップの中を覗き込む。だが答えは同じで。
「クッ、何を見ているんだよ。何度見てもミルクは増えないぜ。おかわりいるかよ」
「下さい!」
 思わず言ってしまった。これにはアリオスも笑っているようだ。
「なかのを飲み切ったら、お代わりを入れてやるよ」
「はいっ!」
 もう飲んでしまったらとは思わない。切ない気分もいつしかどこかに行ってしまった。
「飲んだな。お代わり作ってきてやるから、おまえは座って待っていろ」
「…すみません…」
 アリオスにいたれりつくせりでやってもらい、アンジェリークは少し申し訳がない気持ちと、少しお姫様やアリオスの恋人気分が味わえて嬉しい。
「ほら」
 今度はアリオスも自分用の飲み物を持ってきてくれる。琥珀色の液体は、直ぐにアルコールであることが解った。
「俺もナイトキャップ貰おう」
 一緒にこのダイニングで飲み物をのむというのは、凄く楽しい。
「落ち着くな…。こうやって相手がいて飲むというのはな」
「美味しさも倍になります!」
 本当にそうだった。アンジェリークにとっては、アリオスと飲み物を飲むというのは、何よりものエッセンスになる。
「明日も学校と仕事だろう? 早く寝て、しっかりと頑張るんだぜ」
「はい。きっと明日は頑張れます。良い夢も見られると思います」
「俺もそう思うぜ。俺だってそうだからな…」
 アリオスは甘く微笑んだ後、琥珀色の液体に視線を落とす。
「おまえさんは心配しなくても大丈夫だからな。ちゃんと全部を上手く納めてやるから」
「有り難うございます」
 アンジェリークはしっかりとアリオスに礼を述べると、純粋な色をした液体に視線を落とした。
「不思議ですね…。あんなにさっきは恐い思いをしていたのに、今はこんなに落ち着いています」
「アンジェリーク」
「アリオスさんのお陰です。さっきは守っていただいて、そして…今はこんなに落ち着かせて頂いて…」
 アンジェリークは話しているうちに、段々うつらうつらしてくる。
「とっても気持ち良いなんていうのはーきっとこのことですよね…、有り難う…、アリオスさん…」
 アンジェリークはすっかり良い気分になってしまい、うつしかテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
「しょうがねえ女だな…」
 アリオスは苦笑すると、そっとアンジェリークを抱き上げる。
 そのまま彼女の部屋に入り、ベッドに寝かし付けた。
「…足長おじさんに…メールしなくちゃ…」
 寝ぼけながらも、アンジェリークはやりたいことを口走っている。だが目覚める気配は全くと言っていいほどない。
「おやすみ…、良い夢を…」
 アリオスはアンジェリークに上掛けをかけてやると、その円やかな頬に甘いキスを一つ送る。
 部屋から出る前に振り返り、もう一度アンジェリークの寝顔を確かめてみた。

 おまえを絶対に護ってやるから…。何があっても…。
 
 アリオスの一瞥には複雑な想いが絡み合っていることを、アンジェリークは気付かずにいた。


 翌朝、とても目覚めがよく、いつもよりも早く目が覚めたぐらいだった。

 昨日あのまま眠ってしまったんだ…。
 アリオスさんがここまで運んで来てくれたのかな…。

 そう思うと、何だかくすぐったい気分だ。
 直ぐにシャワーを浴びてさっぱりとした後、幸せな気分で朝食とお弁当を作る。
 朝食もお弁当もアリオスが食べてくれれば、これほど嬉しいことはないのにと思う。
 だが、今朝は鼻歌が出てしまうほど幸せな気分だった。
 朝食が出来上がった後、アリオスがダイニングにやってくる。
「アリオスさん、おはようございます! 朝ご飯をご一緒しませんか!」
アンジェリークは元気いっぱいにアリオスに言う。
「ああ。サンキュ。貰おうか」
「はいっ!」
 昨日に続いて今日もアリオスが朝食を食べてくれるのが、嬉しくてしょうがない。

 言って良かったなあ…。

 アンジェリークはうきうきしながらアリオスの前に朝食を用意した。
「サンキュ。朝メシをちゃんと食うと調子が凄く良いからな」
「朝は重要ですからね」
「そうだな」
 ふたりはまるで家族のように向かい合って朝食を食べる。ただそれだけだが、アンジェリークは舞い上がるほど幸福だった。
 朝食の席の話題と言えば、他愛がないものであったが、それでも嬉しかった。

 食事の後、仲良く片付けをした後、ふたりはそれぞれ学校と事務所に向かう。
 問題は山積みだが、今はそれなりに幸福だと思うから不思議だ。
 勉強にも何に関しても不思議と気合いが入ると言うものである。
 やる気を起こさせるというのは、とかく恋は不思議なものであった。


 放課後、アンジェリークは担任であるリュミエールに職員室に呼ばれた。
「コレットさん、そろそろ進路についてちゃんと考えなければなりませんね。それはよくお分かりになっているかと思います」
「はい…」
 進路のこと。それを言われた瞬間、アンジェリークは表情を曇らせた。
「…先生もご存知のように、私は父を亡くして自立しなければなりません…。今は、ある方が学費を出して下さっていますが、大学までそれに甘えるわけには参りません。だから働きたいんです…。ですが余裕が出れば、夜間の大学には行きたいと思っていますが…」
最初はしっかりとした言葉を発していたアンジェリークであるが、段々力が無くなってくる。
「…就職をするのはとても勿体ないと思いますよ? あなたは大変優秀でいらっしゃいますから、奨学金の出る大学に進まれたらいかがですか?」
 リュミエールの提案は凄く嬉しい。だがアンジェリークには頷けなかった。うなずけるほど、将来を楽観視はしていなかったからである。
「…働かなければいけませんから…。奨学金で学費が全面免除になったとしても、収入がない以上は食べてはいけませんから…」
淡々としていたが、アンジェリークの言葉には悲哀が滲み出ていた。
「コレットさん…」
「ひとりで生きていかなければなりませんから」
 リュミエールの瞳が哀れみで曇るような気がした。アンジェリークはそれが嫌でしょうがない。誰にもそんな表情を自分に向けて欲しくはなかった。
「コレットさん、あなたにはお父様の後妻、継母の方がいらっしゃるはずでしょう? それにげせわな話ですが、相続権も…」
「…それは弁護士の方にお任せしています。継母が総ての権利を主張して、私の後見人になろうとしていますが、私は…」
 アンジェリークが言葉を濁したことで、リュミエールにはある程度のことが読めた。
「…そうですね。あなたの相続に関することは、弁護士の方が解決して下さるでしょうから…」
 リュミエールはふと眼差しを伏せる。
「学校のことも弁護士の方に相談することは、出来ないですか? あなたにとって一番良い方法をご存じのような気がしますから…」
アリオスに相談したい。だがそこまで彼に依存することは、アンジェリークには到底出来ないことだった。

 これ以上、迷惑をかけたくないから…。

「…今は働いて、少しお金に余裕が出たら、夜学など、勉強する道を考えてみたいのです…」
「ではクラス分けは、一応、今のレベルでよろしいですか? このままあなたが進学をしないのは非常にもったいないですから。アンジェリーク、来週は保護者との三者会談がありますが、どなたか」
「私、ひとりで出席します」
「解りました。これが案内です。次回の懇談でまたいろいろ話し合っていきましょう」
「解りました」
 アンジェリークは案内を浮かない顔で受け取った後、職員室を後にする。
「有り難うございました」
「はい、コレットさん」
 職員室を出た後、アンジェリークは溜め息つく。

 大学なんて夢のまた夢だもの…。
 私には…。

 自然に心が陰った。

 家に帰っても、ダイニングでじっとプリントを見つめる。

 今はとにかく自立のことを考えないと…。
 今はそれが大事。
 勉強なんて、いつでも出来るから。
 やる気が肝心だもの…。

「さてと、ご飯作るかな」
 アンジェリークは食事の準備にかかり、懇談会のプリントをテーブルの脇に置きっぱなしにしたことをすっかりと忘れてしまった。

 その夜、アリオスは遅くなり、いつものようにダイニングでミネラルウォーターを飲む。
「何だ?」
 不意にテーブルの上のプリントが舞い上がり、アリオスはそれを想わず手を伸ばす。

 これは…

 アリオスが手手に取ったのは、アンジェリークの懇談会のプリントであった-------
コメント

星の王女の古賀さんと未来ちゃんのお話をモチーフにしたアリコレです。
短い間よろしくです〜

あしながおじさんちっくな夢物語になっていきます。
アンジェリークが幸せになるのをおたのしみになさって下さい。




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