Dream's End

〜夏の恋の物語第二章〜


 アリオスと同じ部屋で二週間も過ごすなんて、私には考えられない。
 ずっと幼なじみで、子供の時から一緒にいるけれども、アリオスと改めてふたりきりになるのは緊張する。
「構えなくてかまわねえからな。時間があったらプールに入ってもいいからな」
「ありがとう…」
 本当のところ、そんなことで構えた態度を取っているんじゃない。アリオスとふたりで過ごすのに、緊張しているだけだ。
 アンジェリークはアリオスを上目使いで観察する。
 アンジェリークがこんなにドキドキしているというのに、アリオスは全く動じていない。
 大人の余裕か。それとも、自分のことを”子供”だと思っているからなのか。
 アンジェリークはきっと両方だと想いながら、アリオスに気付かれないようにそっと溜め息をついた。
「昼寝は結構だが、仕事に支障が出ないようにな」
「…解っているわよ」
「”解っています”だろ?」
 一々言葉遣いを直されるのが、かなり釈に触る。アンジェリークはわざと頬を膨らませて、拗ねるように、アリオスに言い直された言葉遣いをした。
「それじゃあ、二週間宜しく頼むぜ。色々あるかもしれねえけどな。夕食とかは、会合で食うから、それ以外を準備してくれたらいいしな」
「うん」
 アンジェリークは気の進まないように頷き、アリオスを何度も見た。不安だったから、無意識にかもしれない。
「まぁ、何とかなる。ちゃんと”子守”もしてやるからな」
 アリオスがニヤリと笑うものだから、アンジェリークはぷいっとそっぽを向いた。
 全くいくつだとこの男は思っているのか。アンジェリークは子供扱いをするアリオスが、益々憎らしかった。
「ひとりで遊べるもん」
「まあ、そういうことにしておいてやる。夕飯は近くの現地料理のレストランだ。今日だけはゆっくり羽根を延ばせよ。明日からは、ちゃんと働いてもらうからそのつもりでな」
「はあい」
 アンジェリークはしぶしぶ呟きながら、ふたつ並べられたベッドを、気にするように見つめていた。

 夕食は、夏らしいラフなワンピースを着て、アンジェリークは臨んだ。可愛い、この日のために買ったものだ。
 だがアリオスはちらりと見ただけで褒めることすらしてくれない。
 アンジェリークはがっかりと肩を落とすしかなかった。
 ベージュピンクのフリル使いのシフォンワンピース。親友レイチェルも絶賛の品だというのに、この男は全く興味を示さない。
 アリオスが少し部屋を出ている間、シャワーを浴びて、髪も一生懸命ブラッシングをしたというのに。
 頑張って伸ばしたマロンブラウンの艶やかな髪は、肩を超えたところまで来ている。
 シャボンの香りがするお気に入りの、オードトワレも、この男には無用の長物らしかった。
 レストランに向かっても、アリオスは全くエスコートすらしない。これで上流階級に生きるパワーエリートなのかと思ってしまう。
 私が相手だからかな?
 そんな疑念も生まれてしまった。
 料理は本当に美味しかった。
 天然新鮮魚介がたっぷりで、アンジェリークはダイエットのことなど忘れて、大いに食べた。
 余りに食が進んで、周りの給仕スタッフに驚かれたぐらいだ。
「もっと食えよ。おまえの食いっぷりは、ホント、見ていて気持ちが良いからな」
「ありがとう」
 ここは礼を言うシュチュエーションかどうか迷ったが、とりあえずは礼を言って置いた。
 アリオスは酒を愉しんでいたせいか、余り食事に手を出さなかったが、それでもアンジェリークが識っている限りでは、いつもよりも良く食べていたように思える。
「ホント凄く美味しい。マーケットとかに行けば、もっと美味しい魚介類に出会えるかしら?」
「多分、安くて美味いと思うぜ? 明日はレセプションディナーがあるから、俺は夕食いらねえからな」
「うん、解った」
 仕事がひとつ無くなって嬉しいはずなのに、アンジェリークの気持ちはどこか沈んでいた。
 今日みたいに豪華なディナーではないが、きっと素敵な夕食を提供出来たかもしれないのにと、本当に思う。
 少ししょんぼりしたのをアリオスには識られたくなくて、アンジェリークはわざと明るく笑った。

 デザートまで充実しきったディナーを終えて、自室に戻ると、現実がアンジェリークに襲い掛かる。
 もう何か解っている。
 ベッドだ。
 ふたり並んで眠らなければならないのだ。正確に言えば、違うベッドではあるが、寝乱れた姿を見られたり、寝息を聞かれたりするのだ。それはかなり恥ずかしい。
 アンジェリークは部屋に入るなり、急に緊張し始めた、
「アリオス…」
 戸惑ったように言うと、アリオスは何事かとばかりに見つめてくる。その間も、ジャケットを脱ぎ、ラフなシャツを脱ごうとしている。
「あ、あの…、私の前でそんな恰好をするのはどうかと…」
 見たいけれど、見たくない。そんなジレンマにアンジェリークは襲われる。何もそこまで大胆に脱ぐことはないのにと思うが、目の前に居る不遜な男は、全く気付いていない。
 それどころか、ここには誰もいないような、アンジェリークを空気のように扱う。
「おまえの前だからやるんだろ。女の前なら、んなことはしねえよ」
 完全に女扱いされていないことに、アンジェリークは憤りすら感じた。
「私も一応女なんですけど」
 拗ねるように怒りを滲ませると、アリオスは僅かに眉を上げる。アリオスが意に介さない時にする、くせだ。
「だったら、その女っぷりを見せてくれよ? アンジェリークさん」
 アリオスはまるで小さな子供にするかのように、頭をくしゃりと撫で付ける。それがアンジェリークには苦痛でしょうがなかった。
「ほら、早く風呂に入って来い。それまでは、俺はあっちで仕事をしている」
「気を遣ってくれているの?」
「まさか。俺がおまえなんかに気を遣ってどうするんだよ」
 アリオスが頭を叩くものだから、アンジェリークは余計に不機嫌になってしまう。
 アリオスは笑うと、奥に行ってしまった。
 いつまで子供扱いされるんだろうか。
 アリオスは全くひとりの女性として扱ってはくれない。
 アンジェリークは切ない想いになりながら、バスルームに入った。
 バスルームはやはりご機嫌で最高の場所だった。ゆったりリラックス出来そうだ。
 ジャグジーになっており、ゆったりと肩とかに当てると気持ちが良い。一番リラックス出来る時間のような気がした。
 半身浴をしたり、良い香りがするボディソープで躰を洗ったり。
 長旅と、切ないストレスを癒してくれるような気がした。
 お風呂から上がって、きちんとパジャマに着替えてから、パウダールームを出る。
 まだアリオスは仕事をしているらしく、電話で難しい話をしているのが、耳に入った。
 声が聞こえなくなったところで、アンジェリークは部屋を覗いた。
「お風呂から出たよ。片付けてお湯もたっぷりにしているから」
「ああ。サンキュ」
 アリオスは礼を言うと、パソコンを片付けると、アンジェリークの横を擦り抜けて、バスルームに向かう。
 アンジェリークはほんの少しドキドキしながら、アリオスの書斎の明かりを消した。

 明日も早いのだからちゃんと寝ようと思う。だが、中々眠くならない。
 ベッドの中に入ったものの、遠くに聞こえるシャワーの音を意識し過ぎてしまい、胸の鼓動と気持ちが高まって、アンジェリークは眠ることも出来ない。
 明日の朝は早いのだ。
 それを言い聞かせても眠れない。
 明らかに興奮しているように思えた。
 自分が発情期のメスザルに思えるのは、感覚的に間違いはないだろう。
「…お猿さんみたいに、私のお尻もきっとまっかになってる〜!」
 アリオスが使うベッドに背を向けながら、アンジェリークはジタバタと暴れた。
 アリオスが使うシャワーの音が止まる。
 こちらにやってくるのだと思うだけで、更に激しい鼓動を刻む。アンジェリークは喉がからからになるぐらい、躰を緊張させていた。
「おい、アンジェ、寝たのか?」
 アンジェリークは意識をし過ぎて返事をすることが出来ない。狸寝入りを決め込んで、熱い嵐が去るのを待った。
「…寝たのかよ?」
 顔を覗かれる気配があり、アンジェリークは思い切り目をつむる。不自然なのは解っているけれども、そうするしか方法はなかった。
 明らかにアリオスの視線を感じる。ふっと笑うのが解る。
「おやすみ、アンジェリーク」
 アリオスがベッドに入るのが、軋む音で解る。その後、直ぐに明かりが消され、続いてアリオス寝息が聞こえてきた。
 それでもドキドキが治まらない。
 これから二週間ー甘い拷問のような日々が続くと思うと、アンジェリークはやるせなくてしょうがなかった。
コメント

夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。
8月中には終わらせます!




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