〜夏の恋の物語第三章〜
余り眠れぬままに、アンジェリークは朝を迎えた。朝食を作らないといけないせいか、アリオスよりも少しばかり早く起きた。 冷蔵庫には、昨日現地に入る前に、コンドミニアム側が野菜やソーセージを入れてくれていたのだ。 朝食はそれで事は足りる。 「アリオスにとっては、私は飯炊き女だろうな…」 ぶつぶつと呟きながら、アンジェリークは食事の準備に勤しんだ。 料理は得意とは言えない。だが、与えられた日々はしっかりと頑張っていこうと思う。 「…でも、アリオスみたいな経済的にも余裕のあるひとが、コンドミニアムを使うのも、不思議な話なのよね」 こんなところを借りるより、ホテルのほうが余程良いだろうと思う。 アンジェリークは手早く、スクランブルエッグ、野菜サラダ、野菜スープ、フルーツヨーグルトを作り、食卓に並べた。 ちょうど良い時間に、総てが揃い、アリオスがシャワーを浴びてダイニングにやってくる。 「朝ご飯、出来たよ」 「サンキュ」 アリオスが朝食の席に着いた時には、パワーエリートたらんとした、隙のない雰囲気だった。 スーツ姿も板についていて、素敵だと思う。 アンジェリークは、自分では不本意だとは想いながらも、アリオスを見つめてしまう。 大きなダイニングの窓からは、リゾート地域らしい、さんさんとした眩しい太陽が入ってくる。 アリオスも太陽の光も眩しくて、アンジェリークはどちらにも目を眇めた。 朝食は、アリオスをじっと見るだけで終わってしまった。それだけでお腹がいっぱい夢いっぱいと言った雰囲気だ。 「ランチとディナーはいらねえから。おまえは適当に作って食っていてくれ。仕事関係の会食がある」 アリオスの言葉を聞いているうちに、自分は雇われているのだと、実感せずにはいられない。 「畏まりました」 アンジェリークが少し慇懃に言うと、アリオスは眉を少し上げた。 「いってらっしゃいませ」 「ああ」 アリオスを送り出した後、アンジェリークの仕事が始まる。 朝食の後は、後かたづげが待っているが、大型の最新型ディッシュウォッシャーがあるので、それに入れてしまえばいい。きちんと生 ゴミの処理をしてから、窓を開けて、立派な部屋の掃除を始めた。 少しすると、コンドミニアム専用の女性スタッフがやって来て、アンジェリークは驚いた。 「お掃除のお手伝いをさせて頂くように、言われております」 「あ、ありがとう」 女性スタッフの指示のもと、アンジェリークも一生懸命掃除をし、ふたりがかりで直ぐに綺麗になった。 女性スタッフはやはりプロだということもあり、手際は相当良かった。 逆にアンジェリークが手伝いと言った感じだ。 「また、明日の朝も宜しくお願いします」 「こちらこそ…」 アンジェリークは女性スタッフを見送った後、ちらりと廊下を見る。 するとクリーンスタッフが、次々と様々な部屋から掃除を終えて出てくるではないか。 まさかとは思うけれど、ひょっとすると掃除付きのコンドミニアムではないかという疑問が、アンジェリークの頭を擡げる。 だが、とりあえずはやるべき仕事は済んだ。 洗濯物もスタッフが持っていってくれ、夕方以降に必要なものを取りにいけばいいのだ。 ここまで終わってしまうと、流石のアンジェリークも、疲れと寝不足から睡魔が襲ってくる。 少しだけと、ベッドに横たわり、アンジェリークは惰眠を貧った。 目が覚めたのは、お腹が空いていたからだった。からからなお腹ではどうしようもない。 とりあえずは水を飲んだ後、ガイドブックを広げてマーケットに行くことにする。 新鮮な食材が抱負で、写真を見るだけで、沢山の食べ物に目移りしそうになる。 「行くしかないわよね!」 アンジェリークは直ぐに支度をするとマーケットに向かった。 マーケットは予想通り、かなりの賑わいを見せており、アンジェリークの好奇心を刺激する。 沢山の食材に目移りをしながらも、美味しそうなマンゴーやら、フレッシュな野菜、地鶏の焼いたもの等を買い求めた。 マーケットにいるだけでも愉しい。この場所に居る間は、毎日でもこようと、アンジェリークは思った。 ほくほく顔でコンドミニアムに帰った後、簡単なチキンパスタサラダをランチに作り、デザートはマンゴーにする。ちょっとした贅沢だが、アルカディアにいる時に比べてかなり安くて済んだ。 昼食は美味しかったが、何だか少し虚しい気分にもなる。やはりひとりのランチは味気なかった。 ランチの後、片付けやら宿題をした後、アンジェリークは海岸に出てみることにする。 こんなに美しい浜辺を散歩しない手はない。 夕方近くになって、少し涼しいこともあり、アンジェリークは浜辺を散歩する。栗色の髪が潮風に遊んで気持ちが良い。やはり、夏の海岸は良いものだ。 波打ち際で波と追い掛けっこをしたりして歓声を上げる。 海にいる気分を満喫出来て、アンジェリークは嬉しかった。 波と戯れていると、後ろから声がかかる。 「そのまま!」 アンジェリークは驚いてしまって顔を上げると、そこには綺麗な顔をした青年が、スケッチブック片手に立っている。 「絵になるね」 ニコリと涼しげな笑みを浮かべられて、アンジェリークはドギマギする。夏に咲いた雪割草のような雰囲気を湛えた青年だった。 「僕はこの近くの別荘に夏だけ来ている画家なんだ。君はとても夏らしいね」 「あ、ありがとう」 礼を言った後もドキドキする。アリオスとはまた雰囲気の違った青年で、ひねた甘い感じがアンジェリークにはこのましかった。 「君をモデルにスケッチをさせて貰っても、構わないかい?」 「あ、あの…、私なんか子供臭いしみっともないし…」 本当に心からそう思っていたので、アンジェリークは素直に口に出てしまった。 「まあ、識らぬは仏ってことかな?」 青年が涼しげに笑うものだから、アンジェリークは鼓動の早さに耐え切れずに、そのまま走り出す。 「君!」 呼ばれても止まることが出来ない。アンジェリークはコンドミニアムに必死になって戻った。 別に恐かったわけじゃない。 ただ鼓動が激しいのが激しくて、思わず戻ってしまっただけだ。 アリオスとは正反対のひと。 だから緊張をしたかもしれない。 アンジェリークは自分がどうして逃げ出したのかを、混乱気味に思いながら、一息ついた。 外を見ると、急に曇り出してスコールが降り始める。一歩早く抜け出したのをホッとしながらも、またひとつ溜め息をついた。 雨が降っている間、手早く自分の分だけ夕食を作る。レストランに食べに行くよりも、こうしてリラックスしながら食事を取るのが好きだ。 かしこまらなくていい。 アリオスとなら、さりげなくそんな雰囲気を飛ばしてくれるのだけれども、ひとりだとそうはいかない。 新鮮な食材で食事を美味しく完成させる。自分でもまんざらでもない。 ひとりで食事をした後、先にお風呂に入りさっぱりする。アリオスがこの後、綺麗なお湯に入れるように、きちんと掃除もした。 お気に入りのワンピースを着て、マンゴージュースを片手に、アンジェリークは夕涼みを決め込んだ。広いベランダがあるので、そこからゆっくりと外を見る。 すると小さな花火大会が海岸でやっており、それを特等席で眺めた。 花火の刹那な美しさは、アンジェリークを切なくさせる。 綺麗なのに、泣きたくなるような気分になった。 この胸を締め付けられるような美しさを、アンジェリークはアリオスと共有したかった。自分だけで愉しむのは何だか勿体ないような気がする。 アリオスが早く帰ってくればいいと思う。 そうすれば一緒に見ることが出来るのに。 だが、ほんの短い花火大会は、直ぐに終息した。 「終わっちゃった」 アンジェリークはマンゴージュースを飲み干すと部屋に戻るり、ベッドに横になった。 時計を見ると、9時過ぎ。恐らくアリオスはまだ戻って来ないだろう。 宿題をする気も起きず、だからと言って、何をする気分にもなれない。アンジェリークはベッドでごろごろとしながら、いつしか眠りに落ちていた。 物音がして目を覚めると、ちょうどアリオスが帰ってきたところだった。 躰を起こすと、アリオスが制止する。 「すまねえな、起こしたみてえで」 「うん、大丈夫」 ぼんやりとした頭で時計を見ると、既に1時近かった。 「お風呂入れるよ」 「ああ」 アリオスはネクタイを緩めながら、疲れたような声で言う。アンジェリークにとっては、それがとてもセクシィに見え、じっと見つめることしか出来なかった。 「どうした?」 「うん…」 アリオスをじっと見ていましたとは言えず、アンジェリークは俯く。それを見たアリオスが僅かに笑った。 「早く寝てしまえ」 「うん」 頭を撫でたアリオスからは、甘い香水の香りがする。 嗅いだ瞬間、目が覚めた。 まるで眠気頭に水をかけられたような気分だ。 アリオスがそのままバスルームに入った後、アンジェリークはどうしようもなく胸が今度は痛くなる。 嫉妬の余りに全身の血が煮えたぎるように感じた。 誰の香りか考えるだけで、辛い。 アリオスがバスルームから出ても、アンジェリークは背を向けて寝たふりをした。 今夜は嫉妬で眠れそうにない。 |
| コメント 夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。 8月中には終わらせます! |