〜夏の恋の物語第四章〜
アリオスは今日も朝食しか食べない。 香水の残りががアンジェリークをまだ苦しめる。 「お仕事大変なんだ…」 「また、メシに連れていってやるから」 「…うん」 アリオスがどうして自分を連れて来たのか解らない。それがまたアンジェリークを苦しくさせた。 「おまえも折角南の島に来たんだから、ゆっくりと羽根を延ばせよ」 「うん、そうする」 「よし」 まるで子供にするかのように、アリオスはアンジェリークの頭を撫でる。 どうしてアリオスはいつまで経っても、子供扱いしかしてくれないのだろうか。 「いってらっしゃい」 アリオスを送り出した後、アンジェリークはやらなければならない事にせいを出した。 部屋をコンドミニアムのスタッフと一緒に掃除をして、上がって来た洗濯を貰って、片付ける。 後は宿題をすれば、アンジェリークのやるべき事は完了だ。 総てをやり終える頃には、お昼時間の近くになり、アンジェリークはマーケットへと向かった。 今日もマーケットは目移りしそうなほど新鮮な食材が多く、アンジェリークは目で愉しむ。 自分だけなので、メニューを考えるのは気楽ではある。 だが少し寂しい。 トロピカルフルーツに目がないアンジェリークは、沢山買い込み、肝心の夕食や昼食の材料を買い込んではいない。 「お昼も晩も、フルーツ三昧にしちゃおうかなあ」 「あれ、君」 色気のある特長的な声に、アンジェリークは思わず振り返る。そこには昨日の画家が立っていた。 「あ…」 「君の主食はフルーツなのかい?」 「だったら、少し嬉しいかも」 アンジェリークがはにかみながら言うと、青年は可笑しそうに笑う。その笑みは、青年の厭世的な雰囲気を一気に飛ばしてしまった。 「買い物かい?」 「昼食と夕食の為です」 「そう。その割には、フルーツばかりだね」 「好物ですから」 どこかぎこちなさを残しながらも、アンジェリークは素直に答える。 「ここだとね、串焼きが評判らしいよ。それを食べるのも手だよね」 「串焼き! だったらお昼と晩はそれにします!」 串焼きと聞くだけで、アンジェリークの心はときめく。元々食べることが大好きなせいか、美味しいものへの探求心が人一倍大きかった。 「有り難う、早速、買って帰ります」 「そう、じゃあね」 「はい」 青年も幾つかフルーツを買い求めたようで、袋を片手に風のように去っていく。 串焼きなことを教えてくれた青年の好感度が、アンジェリークも必然と上がっていった。 マーケットで串焼きを何本も買い込み、アンジェリークはそれを夕食と昼食にすることにする。アリオスのお金は使用せずに、何とか自分の蓄えで支払いをする。 ここまで面倒を見られるのが、アンジェリークには少し苦痛だったからだ。 アリオスはいつも子供扱いをする。それを見返してやりたい狙いもあった。 空調の入ったコンドミニアムに戻り、アンジェリークはひとり串焼きを食べる。 ニオイは確かに良い香りがしたのだが、食べる前になると本当に美味しいのか疑念を抱いてしまう。初物だったせいもあり、慎重に食べる。 「あ、美味しい! やっぱり新鮮だからかなあ!」 一口食べると、そこからは食欲がどんどん湧いてくる。パクパク食べて、夕食分が無くなってしまうかと思ったほどだ。 アンジェリークは青年に感謝しながら、にんまりと微笑んだ。 夕方、少し涼しくなったので、アンジェリークは海岸に出る。夕方の海岸は人が少なく、それなりにロマンティックで素敵だ。 アンジェリークは夕方の心地良い風に抱かれながら、心の休息をしている。 「今日は、また、会えたね」 振り返ると、神出鬼没の青年が立っていた。 「あ、先程はどうも有り難うございました。串焼き、とても美味しかったです」 「それは良かった」 青年はゆっくりと頷くと、アンジェリークを涼しい瞳で見つめて来る。 「君は観光客?」 「アルバイトで二週間だけ、この島に来ているんです。知り合いの家政婦みたいなものです」 昨日はいきなりで驚いたが、今日は昼間のマーケットのこともあってか、素直に話すことが出来た。 「そう。僕は創作の為にここに来たんだけれども、君は創作意欲をそそられるね。君をモチーフにした、鳥の絵だとかね」 青年は指で額縁の形を作り、それをアンジェリークの姿に当て嵌めている。 「僕は夏の間はずっとここにいて、散歩をする。君の気まぐれにあったら、またこうして話してくれ」 「そうですね。時間があれば…」 青年は独特の雰囲気を持っていたが、アンジェリークはそれを好ましく思う。 アリオスを一途に想う気持ちとは、少し異なる感情ではあったが。 「僕はセイランと言うんだ。あのホテルにこの夏は篭っている。じっとしていれば人に逢うことがないから、かなり居心地がいいね。夏だけだから、いられるのかもしれないけれど…」 「私はアンジェリークです、そちらのコンドミニアムに居ます」 「そう…」 ぎこちなくではあるが、アンジェリークはセイランに微笑みかける。思いがけない友人が出来て嬉しかった。 「君はいつも夕方に来ているけれど、昼間は来ないの?」 「太陽は好きだし、泳ぐのも好きだけれど、焼けたくなくて」 「そうなんだ」 焼けたくない本当の理由は、アリオスに嫌われてしまうから。 アリオスは昔から色が白くて肌の綺麗な女性が好みのようだからだ。付き合う女性は、総て色白で綺麗な女性だったから。 「だったら、うちのホテルにあるプールに来たらどうだい?」 「プール?」 「屋内にあるんだけれど、陽射しの明るさは入ってくる。だけど窓自体が紫外線が入り難い構造になっているから焼けない。君には一石二鳥と思うけれど?」 紫外線をカットする窓。確かに魅力がある。 肌を焼きたくはないが、思い切り泳いでみたいと思う。 「良いですね」 「じゃあ、明日おいでよ」 セイランはにっこりと笑うと、アンジェリークをじっと見つめてくる。涼しげな眼差しで見つめられると、吸い込まれそうになりながら、頷かずにはいられない。 「はい、ではお言葉に甘えて…」 「良かった。明日、昼過ぎなんてどうかな」 「大丈夫です。夕方前に帰ることが出来れば」 やはりプールで泳ぐことが出来るというのは、アンジェリークにとってはかなりの魅力的な事項だ。つい素直に頷いてしまう。 「そう、だったら、明日の1時にここで。楽しみにしているから」 「はい」 泳ぎたい一心とは言え、アンジェリークの良心はほんの少しちくりと痛む。 「じゃあ明日」 「はい、さよなら…」 アンジェリークはセイランを見送りながら、何故だか少し重い気分になった。 コンドミニアムに戻って、自分だけの夕食を準備する。アリオスは会食だし、きっと綺麗な女性といっぱいベタベタしているに違いない。それだったら、あまり良心の呵責は感じない。 私たちは恋人同士ではないのだから。 アンジェリークはそう言い聞かせて、自分の心の動揺を抑えた。 夕食は串焼きの残りと、フルーツで済ませる。アリオスがいるときはおこぼれを貰えるが、自分だけの時は、やはりアリオスから預かったお金を使うべきではない。何とか持ってきたお小遣でやり繰りしている。幸い、物価がかなり安いので助かっている。 夕食を終えてきちんと後片付けをした後、アリオスより一足先にシャワーを浴びた。 今夜も遅いと思うだけで、かなり動揺してしまう。アリオスに片思いをして17年。筋金入り過ぎて、ちょっとしたことだけでも動揺する。特に女が絡んでいると踏んでいる場合は。 浴室を綺麗に洗い上げて、アリオスが入る準備をしてから、バスルームを出た。 無防備な子供のようなパジャマを着て、アンジェリークが一息ついていると、アリオスが昨日よりは少し早めに帰ってきた。 「ただいま、アンジェリーク」 「おかえりなさい」 アンジェリークはアリオスを迎えた後、暑いだろうとコップ一杯のミネラルウォーターを差し出す。 「サンキュ」 アリオスはコップ一杯のそれを飲み干すと、アンジェリークを見た。 「そろそろ、俺が渡した金も無くなってくるだろ? 補充しておく」 アリオスが封筒でお金を差し出してくれたが、アンジェリークは当然のごとく遣っていなかったので、首を振った。 「要らない。だって遣っていないから」 アンジェリークが言い切ると、アリオスは眉根を機嫌悪そうに潜める。 「どうしてだ? まさか食べてねえことはねえだろうな」 「ちゃんと食べてるわ。マーケットに毎日行っているもの」 「だったら使えばいい」 アリオスが明らかに苛立っているのが、アンジェリークには感じられた。 「自分だけだから、自分の分はちゃんと自分のお小遣で食べるから…」 「三食賄い付きでおまえを雇ったんだ。だから、ちゃんと俺が預けた金を遣っていいんだ」 アリオスはきっぱりと強く言い切ると、アンジェリークにお金が入った封筒を強引に渡した。 アンジェリークはそれを不本意ながら受け取る。そうしなければ、怒るような気がしたから。 「おまえは変な気を遣うな! 明日は夕飯は食べるから、少し遅くなるかもしれねえけれども、ちゃんとここで食べるからな」 「はい」 アンジェリークは頷くだけしか出来ない。 アリオスが明日夕食を食べてくれることが嬉しくて、飛び上がりたくなった。 明日は沢山素敵なことがある-----そう思うと、元気がいっぱい出てくるような気がした。 翌日。 アンジェリークはセイランと約束の場所に行き、彼が使用するホテルのプールに連れて行って貰う。 水着に着替えて、ご機嫌良くプールに入った瞬間、驚く。 アリオスが美しい女性と、プールサイドにいた------ |
| コメント 夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。 8月中には終わらせます! |