Dreaming Etoile

3


 自業自得でこのようなことになってしまったが、偶然知り合った外科医のお陰で、何とかこうして踊ることが出来る。アンジェリークは感謝してもしきれない気分だった。
 テーピングで支えている脚は、いつもよりも気持ちの部分で重みを感じる。沢山の想いが詰まり、いつもよりも美しく舞えるような気がした。
 汗をかいたので水分を取る為に休憩していると、友人であるレイチェルに声をかけられた。
「今日は調子が良いね。アンジェ!」
「そうかなあ」
 にんまりとしながら答えると、レイチェルは興味をより持ったように寄って来た。
「何か良いことあった?」
「良いこと? 何にも。だって足もこんなだし」
 アンジェリークは左足を美しく上げてポーズを取りながら、怪我でテーピングをした部分を指差してみせた。
「どうしたの!? 折角の”エトワール”なのに!」
 レイチェルは大きく瞳を見開き、心配そうに眉根を寄せている。結構大変なことだと受け止めているようだ。実際、プリマにとって大変なことには違いがないのだが。
「大丈夫なの?」
「うん。腕の良い外科医さんに診てもらって、きっちりとテーピングをしてもらったから!」
 アンジェリークは何の心配もないとばかりに、ストレートな笑顔でレイチェルに言う。だがそれを痛々しく感じたのか、レイチェルの眉は綺麗に潜められた。
「ホントに大丈夫なの!?」
「うん!」
 アンジェリークが自信を持ってきっぱりと頷くと、レイチェルもしょうがないとばかりに溜め息をついた。どこか安堵の表情がある。
「…アナタがそう言うなら、まあ、大丈夫なんだろうけれど…、ホントに無理してないよね?」
「うん、大丈夫!」
 アンジェリークは念を押すようにしっかりと言った。あの素敵な外科医が自分には付いているのだから、きっと大丈夫だ。
「オッケ! 頑張ろうね! アンジェ!」
「うん!」
 テーピングをしている脚でもしっかりと頑張れるような気がする。
 お守りがあるのだ。
 アンジェリークは鞄の奥に忍ばせている、アリオスの名刺を胸に抱き、元気を貰う。
『もう少し踊らせて下さい』
 心の中で念じると、不思議と躰は軽くなり、どこまでも高く舞い上がれるような気がした。

 翌日、学校が終わりアンジェリークはアリオスがいる大学病院に顔を出した。
 しっかりと踊ることが出来た感謝を込めて、診察をしてもらうのだ。
「こんにちは、アリオス先生」
「ああ。来たか」
 アリオスはアンジェリークの顔を見るなり、直ぐに足首を見てくる。それだけ、脚を心配してくれているのだろう。
「足の様子を診せてもらう。無理はしてねえだろうな」
 アリオスの低い声に、アンジェリークの緊張感はいやがおうでも高まってきた。
 昨日は踊れることが嬉しくて、いつもよりも派手に踊ってしまったのだ。
 ばれませんように…。
 心の中で強く祈った。
 アリオスはテーピングを解き、素足になったアンジェリークの足首を重点的に診察する。
 直ぐに視線が厳しくなり、アンジェリークを捕らえた。
 目線が絡む。酷く緊張感が溢れた。
「アンジェリーク、てめえあれほど無理はするなと言ったのに、無理しただろう!?」
 怒鳴られているわけではない。ただ、何時もに増して、アリオスの視線と声がことの他厳しかった。
「アンジェリーク、あれほど言っただろうが。無理はするなと」
「ほんの少しだけ…。いつもより調子が良くって、つい…」
 アンジェリークは戦々恐々としながら、アリオスの様子を伺う。眼差しもどこか疚しかった。
「踊りくるっちまったってことだな」
「まあ、平たく言えば…」
 アンジェリークは曖昧に笑ってごまかしてしまう。その顔は引き攣ってしまった。
「体育もやったので…」
「体育はするな!」
 低い声でアリオスが言えば、凄みをます。アンジェリークは躰を小さくして、ただ頭を低くするしかなかった。
「とにかく体育は禁止だ。踊りを踊るのも最低限だけだ。じゃねえと痛みは長引くぞ!」
 全く言う通りだったので、アンジェリークは言い返すことは出来ない。温和しく聞くだけだった。
「しょうがねえ女だぜ」
 アリオスは溜め息をつくと、アンジェリークの足を先ずは綺麗に洗ってくれる。ほんのりとラベンダーの香がするお湯で、リラックス出来る。
 綺麗な指先で、足の隅々まで洗われると、変な気分になった
 今までにない甘い感覚が全身を貫いていく。アンジェリークは僅かに肌を震わせた。
「おまえの足、臭え」
 アリオスが顔をしかめる仕種をする。途端に、アンジェリークの顔は真っ赤になってしまった。
「うそっ! うそ、うそっ! ホントですか?」
 アンジェリークは真っ赤になりながらも、半ば泣きそうな気分になる。アリオスに言われるのは、胸が激しく痛む。
「嘘」
 あっさりとそれでいてクールにアリオスは返して来た。
 アンジェリークは真っ赤になったままアリオスを睨み返す。それが可笑しいのか、アリオスはくつくつと豪快に笑っていた。
「からかったのね!」
「おまえマジおもしれえよ。からかいがいがある」
 アンジェリークはアリオスの憎たらしい言葉に、更に不快感をヒートアップさせる。
「もうっ! アリオス先生のバカ、アホっ!」
 アンジェリークは感情を爆発させるように、小さな盥の中に入れている足を、ぱちゃばちゃと派手に動かし、水飛沫を上げる。
「おいっ! ヤメロっ!」
 アリオスの顔に小気味よく水が当たるのを見るのが愉しい。
「あっ! 痛っ…!」
 アンジェリークは声を上げるのと同時に、思い切り声を上げた。派手に上がった声に、アリオスは直ぐに足首を診てくれる。
「痛むか?」
「うっそ!」
 べえっと思い切り舌を出してやると、途端にアリオスが不機嫌そうな顔になる。
「仕返し」
 アンジェリークが屈託なく言った瞬間、アリオスの顔に笑みが零れた。もう厳しい表情は我慢出来そうになかったようだ。
「ったく、俺をからかう患者はおまえぐれえだぜ」
 アリオスの可笑しそうな顔を見ていると、こちらまで可笑しくなってしまう。アンジェリークも笑みを零した。
「おまえの足は俺がちゃんとしているから、臭うはずねえだろ。水虫もねえな」
「水虫はないです。でも不潔にすると成りやすい環境ではあるんですよね」
「そうだな」
 また静かに足を綺麗に洗われる。自分できちんとケアをしていた時よりも、丁寧なぐらいだった。
 アリオスに足を洗って貰った後、タオルで水分を取って貰う。とても気持ちが良かった。
「後は処置だけだな」
 アリオスの処置は本当に巧みで、テーピングをするまでの間も、全く痛みを感じさせない。
「明日は体育もするな。今日の練習も程々に踊れよ」
「はあい」
 アリオスに諭されて、アンジェリークは渋々返事をする。不本意ながら、アリオスには従うしかなかった。
「これでよし」
「有り難うございます。これでしっかりと踊れるわ!」
 アンジェリークはニコリと笑うと、美しい姿勢で立ち上がり、アリオスに向かって一礼をした。
 アリオスにお礼をする為に、簡単で足に余り負担がかからないバレエを舞う。
 アリオスが最初止めようとしたのは明白だったが、直ぐに止めてくれたのは、アンジェリークのバレエへの敬意からだろう。
「上手いもんだな」
「基本だから、足は余り痛めないです」
「だが、基本が一番大事じゃあねえのか?」
「そうです。だからこそ、いつも基本は心を込めて踊ります」
「そうか」
 軽く踊り終わってアンジェリークが綺麗に一礼をすると、アリオスは温かな拍手をくれた。
「余り無理しねえ程度に、また踊ってくれ」
「はいっ!」
 アリオスに踊りを喜んで貰えたのが、何よりもの張り合いになる。もっと踊りたくなるぐらいだ。
「さてと。これでテーピングも完璧だ。また踊りを見せてくれ」
「はいっ!」
 アンジェリークはアリオスに敬礼をすると、ぴっしりと立ち上がる。
「アリオス先生、今度チケットを持って来ますから、絶対に見に来てくださいね!」
「ああ。楽しみにしてるぜ? 水虫を悪化させねえようにな」
「もう! 意地悪!」
 アンジェリークはもう一度おもいきり亜神部ーをすると、スキップをしながら診療室から出て行く。
「スキップなんかしてぐねるなよ!」
「はあい」
 アンジェリークはもっともっと飛べる気分だった。
コメント

文章修行のために書いた一品。
あはは〜な出来ですが、愉しんで頂けると嬉しいです。
直ぐに終わります。たぶん(笑)




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