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自業自得でこのようなことになってしまったが、偶然知り合った外科医のお陰で、何とかこうして踊ることが出来る。アンジェリークは感謝してもしきれない気分だった。 テーピングで支えている脚は、いつもよりも気持ちの部分で重みを感じる。沢山の想いが詰まり、いつもよりも美しく舞えるような気がした。 汗をかいたので水分を取る為に休憩していると、友人であるレイチェルに声をかけられた。 「今日は調子が良いね。アンジェ!」 「そうかなあ」 にんまりとしながら答えると、レイチェルは興味をより持ったように寄って来た。 「何か良いことあった?」 「良いこと? 何にも。だって足もこんなだし」 アンジェリークは左足を美しく上げてポーズを取りながら、怪我でテーピングをした部分を指差してみせた。 「どうしたの!? 折角の”エトワール”なのに!」 レイチェルは大きく瞳を見開き、心配そうに眉根を寄せている。結構大変なことだと受け止めているようだ。実際、プリマにとって大変なことには違いがないのだが。 「大丈夫なの?」 「うん。腕の良い外科医さんに診てもらって、きっちりとテーピングをしてもらったから!」 アンジェリークは何の心配もないとばかりに、ストレートな笑顔でレイチェルに言う。だがそれを痛々しく感じたのか、レイチェルの眉は綺麗に潜められた。 「ホントに大丈夫なの!?」 「うん!」 アンジェリークが自信を持ってきっぱりと頷くと、レイチェルもしょうがないとばかりに溜め息をついた。どこか安堵の表情がある。 「…アナタがそう言うなら、まあ、大丈夫なんだろうけれど…、ホントに無理してないよね?」 「うん、大丈夫!」 アンジェリークは念を押すようにしっかりと言った。あの素敵な外科医が自分には付いているのだから、きっと大丈夫だ。 「オッケ! 頑張ろうね! アンジェ!」 「うん!」 テーピングをしている脚でもしっかりと頑張れるような気がする。 お守りがあるのだ。 アンジェリークは鞄の奥に忍ばせている、アリオスの名刺を胸に抱き、元気を貰う。 『もう少し踊らせて下さい』 心の中で念じると、不思議と躰は軽くなり、どこまでも高く舞い上がれるような気がした。 翌日、学校が終わりアンジェリークはアリオスがいる大学病院に顔を出した。 しっかりと踊ることが出来た感謝を込めて、診察をしてもらうのだ。 「こんにちは、アリオス先生」 「ああ。来たか」 アリオスはアンジェリークの顔を見るなり、直ぐに足首を見てくる。それだけ、脚を心配してくれているのだろう。 「足の様子を診せてもらう。無理はしてねえだろうな」 アリオスの低い声に、アンジェリークの緊張感はいやがおうでも高まってきた。 昨日は踊れることが嬉しくて、いつもよりも派手に踊ってしまったのだ。 ばれませんように…。 心の中で強く祈った。 アリオスはテーピングを解き、素足になったアンジェリークの足首を重点的に診察する。 直ぐに視線が厳しくなり、アンジェリークを捕らえた。 目線が絡む。酷く緊張感が溢れた。 「アンジェリーク、てめえあれほど無理はするなと言ったのに、無理しただろう!?」 怒鳴られているわけではない。ただ、何時もに増して、アリオスの視線と声がことの他厳しかった。 「アンジェリーク、あれほど言っただろうが。無理はするなと」 「ほんの少しだけ…。いつもより調子が良くって、つい…」 アンジェリークは戦々恐々としながら、アリオスの様子を伺う。眼差しもどこか疚しかった。 「踊りくるっちまったってことだな」 「まあ、平たく言えば…」 アンジェリークは曖昧に笑ってごまかしてしまう。その顔は引き攣ってしまった。 「体育もやったので…」 「体育はするな!」 低い声でアリオスが言えば、凄みをます。アンジェリークは躰を小さくして、ただ頭を低くするしかなかった。 「とにかく体育は禁止だ。踊りを踊るのも最低限だけだ。じゃねえと痛みは長引くぞ!」 全く言う通りだったので、アンジェリークは言い返すことは出来ない。温和しく聞くだけだった。 「しょうがねえ女だぜ」 アリオスは溜め息をつくと、アンジェリークの足を先ずは綺麗に洗ってくれる。ほんのりとラベンダーの香がするお湯で、リラックス出来る。 綺麗な指先で、足の隅々まで洗われると、変な気分になった 今までにない甘い感覚が全身を貫いていく。アンジェリークは僅かに肌を震わせた。 「おまえの足、臭え」 アリオスが顔をしかめる仕種をする。途端に、アンジェリークの顔は真っ赤になってしまった。 「うそっ! うそ、うそっ! ホントですか?」 アンジェリークは真っ赤になりながらも、半ば泣きそうな気分になる。アリオスに言われるのは、胸が激しく痛む。 「嘘」 あっさりとそれでいてクールにアリオスは返して来た。 アンジェリークは真っ赤になったままアリオスを睨み返す。それが可笑しいのか、アリオスはくつくつと豪快に笑っていた。 「からかったのね!」 「おまえマジおもしれえよ。からかいがいがある」 アンジェリークはアリオスの憎たらしい言葉に、更に不快感をヒートアップさせる。 「もうっ! アリオス先生のバカ、アホっ!」 アンジェリークは感情を爆発させるように、小さな盥の中に入れている足を、ぱちゃばちゃと派手に動かし、水飛沫を上げる。 「おいっ! ヤメロっ!」 アリオスの顔に小気味よく水が当たるのを見るのが愉しい。 「あっ! 痛っ…!」 アンジェリークは声を上げるのと同時に、思い切り声を上げた。派手に上がった声に、アリオスは直ぐに足首を診てくれる。 「痛むか?」 「うっそ!」 べえっと思い切り舌を出してやると、途端にアリオスが不機嫌そうな顔になる。 「仕返し」 アンジェリークが屈託なく言った瞬間、アリオスの顔に笑みが零れた。もう厳しい表情は我慢出来そうになかったようだ。 「ったく、俺をからかう患者はおまえぐれえだぜ」 アリオスの可笑しそうな顔を見ていると、こちらまで可笑しくなってしまう。アンジェリークも笑みを零した。 「おまえの足は俺がちゃんとしているから、臭うはずねえだろ。水虫もねえな」 「水虫はないです。でも不潔にすると成りやすい環境ではあるんですよね」 「そうだな」 また静かに足を綺麗に洗われる。自分できちんとケアをしていた時よりも、丁寧なぐらいだった。 アリオスに足を洗って貰った後、タオルで水分を取って貰う。とても気持ちが良かった。 「後は処置だけだな」 アリオスの処置は本当に巧みで、テーピングをするまでの間も、全く痛みを感じさせない。 「明日は体育もするな。今日の練習も程々に踊れよ」 「はあい」 アリオスに諭されて、アンジェリークは渋々返事をする。不本意ながら、アリオスには従うしかなかった。 「これでよし」 「有り難うございます。これでしっかりと踊れるわ!」 アンジェリークはニコリと笑うと、美しい姿勢で立ち上がり、アリオスに向かって一礼をした。 アリオスにお礼をする為に、簡単で足に余り負担がかからないバレエを舞う。 アリオスが最初止めようとしたのは明白だったが、直ぐに止めてくれたのは、アンジェリークのバレエへの敬意からだろう。 「上手いもんだな」 「基本だから、足は余り痛めないです」 「だが、基本が一番大事じゃあねえのか?」 「そうです。だからこそ、いつも基本は心を込めて踊ります」 「そうか」 軽く踊り終わってアンジェリークが綺麗に一礼をすると、アリオスは温かな拍手をくれた。 「余り無理しねえ程度に、また踊ってくれ」 「はいっ!」 アリオスに踊りを喜んで貰えたのが、何よりもの張り合いになる。もっと踊りたくなるぐらいだ。 「さてと。これでテーピングも完璧だ。また踊りを見せてくれ」 「はいっ!」 アンジェリークはアリオスに敬礼をすると、ぴっしりと立ち上がる。 「アリオス先生、今度チケットを持って来ますから、絶対に見に来てくださいね!」 「ああ。楽しみにしてるぜ? 水虫を悪化させねえようにな」 「もう! 意地悪!」 アンジェリークはもう一度おもいきり亜神部ーをすると、スキップをしながら診療室から出て行く。 「スキップなんかしてぐねるなよ!」 「はあい」 アンジェリークはもっともっと飛べる気分だった。 |
| コメント 文章修行のために書いた一品。 あはは〜な出来ですが、愉しんで頂けると嬉しいです。 直ぐに終わります。たぶん(笑) |