昼食後、再び忙しさが襲ってくる。正確に言えば、アンジェリーク自身では無く、アリオスになのだが。 女王の一般教書演説が午後からあり、その準備で俄かに忙しくなる。 突然、アリオスが消えたかと思うと、スーツを着て現れた。 「行くぞ」 「行くって…? どちらにですか?」 「良い体験をさせてやろうと思ってな。おまえもこのスーツに着替えて来い。女王の一般教書演説だ」 アンジェリークは一瞬耳を疑う。そんなものに自分が行っていいのだろうか。余りにも大層なことのように思えて、少し身を堅くする。 「そんな凄いところに私なんか…」 「何事も経験だ。おまえも凄く勉強になる」 アンジェリークは素直に頷く暇を与えられないまま、アリオスに紙袋を押し付けられた。 「会場の中に入れるわけじゃねえが、中継の様子なんかは勉強になるぜ」 「はい」 返事をするものの、アンジェリークは震えてしまう。高校の報道部の実習がこんな凄いことになるなんて、予想だにしていなかった。 「ほら、ちゃっちゃっと用意してこい!」 「はいっ!」 アリオスの勢いに押されて更衣室に行ったが、緊張の中に嬉しさもある。 手早く着替えた黒いシンプルなスーツは、誰かのものなのか、アンジェリークには少しウェストが大きかった。それを手早く着て出ると、アリオスと不精髭を囃しながらスーツを着た男がいる。 「カメラマンの俺も正装しなくっちゃいけねえなんて、教書演説は怠くていけねえよ」 「しょうがねえだろうが、レオナード。俺だって嫌だが、締め出されしまうからな」 黄金の髪をした煙草臭い青年はレオナードと言い、アリオスと良くコンビを組んで報道に出ていくことを教えてくれた。 「まあ、その子を癒しに頑張るかよ」 ぶつぶつ言うやんちゃなところに、アンジェリークは思わず笑ってしまった。 「みんな揃ったからな。行くぜ」 「はい」 すたすたと歩くアリオスとレオナードの後を、アンジェリークはおたおたしながら着いていく。 局のバンに乗り込む頃には、緊張感が走っていた。 隣に乗っているアリオスも、後ろに乗っているレオナードも馴れているのか、余裕を持って平然としている。 アンジェリークは妙に落ち着けず、辺りをおたおたと見つめた。 レオナードさんなんかいびきをかいて寝てるし、アリオスさんも同じく寝てる…。 流石は馴れているものね…。 「落ち着けねえのか?」 もぞもぞと座っていると、見兼ねたのかアリオスが声をかけてきた。 「やはり、女王様の教書演説は緊張します…」 「女王の教書演説は定期的にやるからさほど緊張の現場じゃねえから大丈夫だ。俺達も持ち回りでやってるぐらいだからな。確かに政の中心だが、あまり堅くなる必要はない。女王さえ撮影していたら、直ぐに真実なんて伝わるもんだからな」 「はあ…」 アリオスがあまりにもあっけらかんとしているものだから、逆にアンジェリークが更に緊張してしまう。 「しっかりしやがれ。これぐらいで緊張していたら、ジャーナリストにはなれねえぜ。まあ、レオナードみてえぐらいがちょうどいいんだよ。まあ、へをこきながら眠るのは、どうかと思うが、じゃねえと神経が擦り減っちまうぜ」 確かにそうだとアンジェリークは思う。アリオスにぽんと背中を叩かれて、思わず笑顔が零れた。 宮殿の前に来ると、流石に緊張感が出てくる。うんざりとするほどのセキュリティチェックを済ましてバンが報道詰め所に入れたものの、今度は個人のチェックがあった。 凄くVIPだものね…。何かあったら大変だもの…。最近はテロも結構起きているものね…。 アンジェリークは緊張感と引き締まった気持ちを身に纏い、宮殿の中に足を踏み入れた。 「アンジェリーク、おまえは中継車の中で待機をしていろ。中には俺とレオナードが入る。カメラは一台だから映像が動くわけじゃねえが、勉強になる」 「はい」 「中には正装をしたうちのスタッフがいるから、何かあれば指示を仰げ。いいな」 「はい」 アンジェリークがしっかりと頷くと、アリオスは肩をぽんと何度か叩く。 そのままアリオスはレオナードと共に、プレスセンターに向かった。アリオスの精悍な背中をじっと眺めながら、アンジェリークは一種の尊敬の念を深く抱いていた。 中継車の隅で、アンジェリークは見学をすることを許され、じっと画面を見つめる。 レオナードの場所取りが良かったのか、とても良い位置のように思える。アリオスの銀の髪はかなり目立つために、すぐにどこにいるかが解った。 女王の教書演説は淡々と進められる。今年度の所信を表明し、国民に理解を求めるものだ。 アンジェリークはちゃんとした形でこれを聞いたことはなかった。いつも抜粋される物をニュースで見たりするのに過ぎなかった。そのせいか、この演説を聴くだけでも、相当な勉強になる。 ジャーナリストにとっては、陛下の教書演説は基本なんだ…。 だからアリオスさんは私に教えてくれたんだ…。 アリオスの意図としたところをアンジェリークは感じ取り、しっかりと熱心に演説に耳を傾けた。 「では、代表質問を行います。先ずはアルカディアテレビのアリオスさん」 最初にアリオスが呼ばれ、アンジェリークは自分のことのように緊張する。 「陛下、先程の教書演説では、大型減税と公共事業によって景気を持ち上げるとおっしゃっていらっしゃいましたが、具体的な財源はどちらから引っ張ってこられるおつもりですか?」 筋のあった明確な鋭い質問であった。 「財源は、私どもの費用の削減と国債を一部に宛て、後は石油事業の収益を国民に還元する形で充てたいと思っています」 次の瞬間であった。 「女王!!!」 荒げた声が会場にこだまする。同時に銃声が響き渡り、誰もが息を飲む。 「レオナード! ズームだ!」 アリオスの鋭い声が聞こえた。 SP達が直ぐに女王に覆いかぶさり、銃弾が演台を貫く。 直ぐに映像が動く。それを見るなり、アンジェリークは度肝を抜かれた。 なんとアリオスが犯人を取り押さえていたのだ。中継車にいたスタッフは誰もが歓声を上げ、拍手すらするものもいた。 ひと足遅く、SP達がやってきて犯人を逮捕する。その中の一人が、アリオスに礼を言い握手をしている者もいた。 もっとそのシーンを見たかったが、カメラは女王に切り替わる。 アンジェリークは固唾を飲んで見守った。 女王がゆっくりと凛として起き上がるのが映し出された。 「皆様、私は無事です!」 高らかな女王の声に、誰もが怒涛のような歓声を上げた。 SPの中には負傷をしているものもいるが、たいした怪我ではないようだった。腕を抑えているだけで、大事には至っていないようだ。それが解ると、今度は犯人が連れていかれる様子が写る。 ふと無線機がなりだす。 「アリオスだ。すぐに犯人の護送風景を撮れ!」 待ってましたとばかりに、サブカメラマンがカメラを抱えて意気揚々と出ていく。 「流石は武闘派のジャーナリストだよな、アリオスは」 スタッフの誰かが言い、アンジェリークは思わず耳をそばだてた。 「感謝状が出るだろうな王室から。まあ最もアリオスはそんなもんは欲しがらないだろうけれど」 「だな」 再び無線機からアリオスの声が響く。 「直ぐに特番の準備だ。キャスターは既に手配している。おまえらも至急Vの編集にかかれ」 「はいっ!」 中継車にも緊迫したものが流れ始めた。 誰彼もが忙しく動いているが、アンジェリークは自分が何をしていいかが解らず、雑用をおたおたとしているだけだった。 そうしているうちにようやくアリオスが戻ってくる。 「直ぐにニュース原稿を書くから、紙とペンを用意してくれ」 アンジェリークに逢うなり、アリオスは開口一番用事を言い付けてきたので、すぐにそれらを準備した。 「どうぞ!」 「ああ。アンジェリーク、俺から離れずじっと見ていろ。報道ってもんを教えてやる」 「はい」 アンジェリークも流石に気が引き締まってくる。 アリオスが原稿を書く様子を直ぐ横で見ていた。 「アリオスさん、キャスターが到着しました!」 「よし、直ぐにスタンバイさせろ。原稿を渡す」 アリオスは書いた原稿をアンジェリークに渡す。 「これをキャスターのところに持って行ってくれ。外にいる金髪の女だ」 「はい」 アンジェリークは原稿を受け取ると直ぐに中継車を出た。アリオスは引き続き原稿を書いている。 アリオスの言う通り、車から出ると知的で美しい女性がいた。アンジェリークも良く知っている”アンカーウーマン”だ。 「済みません、こちらが原稿になります」 「有り難う」 女はアンジェリークをちらりと見ただけで、直ぐに原稿に集中した。 「あら、アリオス」 不意に女の言葉に振り返ると、いつの間にかアリオスが次の原稿を携えて後ろに来ている。 「これがその続きだ。今から女王報道官の会見がある。引き続いて国家警察のものがあるから、直ぐに原稿は渡す。今までの経過はメモにしてあるから、それをまとめたコメントで時間を稼げ」 「解ったわ」 女は堂々としていたものだった。颯爽としていて、余りにも素敵だとアンジェリークは思う。 「やってみましょう」 女はしょうがないとばかりに笑っているが、アンジェリークには、それは大人の余裕のように思えた。 「アンジェリーク、おまえは今から俺と一緒に会見会場に入り、俺が書いた原稿を逐一キャスターまで運んでくれ」 「はいっ!」 アンジェリークが頷くと、アリオスが笑ってくれる。 「じゃあ行くぜ」 「はいっ!」 アリオスが手を引いて連れていってくれる。アンジェリークにはそれが酷く頼もしく思えた。 |
| コメント 新しい、アリコレのカップルものを立ち上げたくて書きました。 ジャーナリストと女子高生。 今回は出逢い〜恋に落ちて編です。 頑張ります〜。 |