Thank You Mr.Right

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 会見会場は異様な緊張感に包まれていた。女王自身は何もなかったとは言え、暗殺未遂が起こったのは事実だ。
 アンジェリークは少し自分は場違いだと感じながらも、その場所に立ち会えることを感謝する。
ちらりと横を見ると、アリオスが平然と会見台を見ていた。素敵だと思う。
 女王報道官が現れ、新聞雑誌社のフラッシュが雨のように降ってくる。
「報道官のロザリアです。アンジェリーク女王に置かれましては、警護官及び報道官関係の皆様の御助力で、かすり傷もなく無事です」
 ここで歓声が上がり、アンジェリークも流石にほっとした。
 なおもロザリアは続ける。
「警護官が一名負傷しておりますが、かすり傷ですみ、大事には至っておりませんことをご連絡致します」
 会見は緊張のあるものから、和やかな雰囲気に変わる。だがそれもつかの間。
「さて、陛下を襲いました犯人ですが、反王室組織に属するラガと判明致しました」
 再び緊張感のあるどよめきが会場内を包み込み、アンジェリークも息を呑んだ。
「ラガはこの後護送されますが、警察と国家安全保安委員会によりますと、”女王を一般に戻したかったからやった”と意味不明の発言をしている模様です」
 アンジェリークがじっくりと会見に聴き入っていると、アリオスからメモを渡される。
「アンジェリーク、これをキャスターに直ぐに持っていけ。会場を出たら直ぐに無線を飛ばし、ラガについての資料Vの準備と、心理学者への取材、さらにはこのような反政府、反王室組織に詳しい評論家を呼ぶように連絡しろ」
「はい!」
 アリオスの注文はあまりにも多い。アンジェリークは忘れないようにと、ひとつずつ確実に頭に詰め込む。緊張感が高まる一瞬だ。
「行け!」
「はいっ!」
 アリオスに言われるまま、記者とカメラマンの波を抜けて、アンジェリークは外へと向かう。ライバル局も動き出しているが負けるわけには行かない。
 小さな躰と持ち前の機敏さとフットワークを活かして、アンジェリークは先へと急いだ。

 私の動きが報道の良し悪しを左右するんだ。

 これまでこんなに頑張ったことはないと思うほど、走った。
 会場を駆け抜け、報道村に向かう。先ずはキャスターにアリオスからのメモを渡すのだ。
 ライバル局には負けないつもりだ。
「アリオスさんからです。お願いします!」
「解ったわ」
 アンジェリークが必死の想いでキャスターにメモを渡すと、解ったとばかりに余裕をもって頷いてくれた。
 その後は、直ぐにアリオスに言われたことを無線機でスタッフに知らせる。
「アンジェリークより、スタッフの皆様へ。アリオスさんが、ガについての資料Vの準備と、心理学者への取材、さらにはこのような反政府、反王室組織に詳しい評論家を呼ぶようにとおしゃっています」
 それを言い終わると、次々と了解の返事が返ってきた。
 少し安心して、アンジェリークは急に力がへなへなと抜けていくような気がする。
 次に何をしなければならないかと、辺りをきょろきょろとしていると、ぽんと肩を叩かれた。振り返ってみると、そこにはアリオスがいる。
「よくやったな、アンジェリーク」
 アリオスは僅かに微笑んで労を労ってくれる。ほんの少しのことなのに、アンジェリークは泣きそうなくらい嬉しかった。
「はい! 有り難うございます!」
 アリオスに褒められる。それだけでとても素晴らしいことのように思えた。
「アンジェリーク、また直ぐに行くぜ。今からラガが護送されるそうだ」
「はい」
 直ぐにアリオスに着いて護送を取材に行く。この緊張感が、アンジェリークにはいつしか心地の良いものに変わっていくのであった。
 ラガの護送シーンはレオナードの面目躍如といったところだった。
 彼は最高の映像を今家庭に送っている。
 先ほどのように記者会見場ではないので、アリオスは無線で中継スタッフに逐一指示を出していた。
 アンジェリークにも勿論仕事を容赦なく言ってくる。
「これをまたキャスターに渡せ。走れよ、子犬みてえにな」
「もう! 子犬なんかじゃありません!」
 アンジェリークはほんの少しだけアリオスに怒りなから再び走り出す。
 報道に関われる。アンジェリークにとってはそれだけで凄いことなのであった。
 キャスターに再びメモを渡しに行く。このタイミングが難しいが、キャスター側も馴れているので、上手く受け取ってくれた。
 これだけのメモで真実を上手く伝えるというのは、やはり感心せずにはいられない。
 アンジェリークはキャスターは華やかだが、与えられた仕事を熟すだけだと思っていた。だが、やはり一流にもなれば、機転も重用なのだということを、改めて知ったのだ。

 凄くカッコイイな…。キャスターに関する私の考え方が凄く変わったわ…。

 アンジェリークはアリオスの指示まで動くことが出来ない。彼が来るまでの間、スタッフたちの動きを、丹念に観察していた。
「アンジェリーク、よくやってくれたな」
「アリオスさん!」
「後はここから指示を送るから取材は終了だ。他のスタッフが今、取り調べが行われる警察で張っている」
「はい!」
 アンジェリークは緊張した現場にいられないのかと思うと、少し残念な気がする。今日はとても貴重な経験が出来て、本当に楽しかったのだ。
「この放送が終わるまで、少し付き合ってもらうことになるが、構わないか?」
 そんなことは聞かれるまでもない。アンジェリークは当然とばかりに、一にも二もなく返事をした。
「こちらこそ! よろしくお願いします!」
 頭を下げた後、アリオスの顔を見ると微笑んでくれていた。

 そこからがまた忙しかった。アンジェリークはスタッフを補佐する仕事。そう言えば聞こえがいいが、要は雑用全般をやらされた。
 アリオスを始めとする詰めているスタッフの主に身の回りの世話である。
 飲み物や食事、おやつと言ったものをしっかりと買いに行く仕事だ。その合間にアリオスの仕事ぶりを覗くのも忘れてはいない。
 バタバタと動いている間も、アリオスは相変わらず機敏に働いていて、アンジェリークの心を奪う。

 命をかけて真剣に仕事をしている男性というのは、どうしてこんなに煌めいていて素敵なのだろう…。

 アンジェリークはアリオスが真剣に働く姿を通じて、男性の真の逞しさというものを知ったのだ。
 事件がかなり重大だということもあり、中々アリオスは上がることが出来ないようだ。
「アンジェリーク、そろそろ7時だ。本社に戻ったら帰ってもいいぞ」
 アリオスは相変わらず忙しそうにしているというのに、自分だけがほいほい帰るわけにはいかない。せめて夕食だけでも準備したかった。
「…もう少しお手伝いをしていいですか?」
「…そうだな…」
 アリオスは少し時計を見た後、考えるような表情をする。
「とりあえずは本社に戻ってからだ。時間によってはおまえを働かせるわけにはいかないからな」
「はい」
 「腹減っただろう? 一緒に飯を食おうぜ」
 アリオスの心遣いが嬉しい。そういえばお腹がかなり空いているような気がした。その証拠にぐるるとお腹が空いている。
「喜んで」
「じゃあ行くか」
 アンジェリークとアリオスは本社に戻るスタッフと一緒にボックスワゴンで戻る。
 アリオスの傍でぴったりとしていられて、アンジェリークはひどく幸せを感じていた。

 本社に戻るなり、アリオスが食堂に連れていってくれる。テレビ局の食堂ということもあり、芸能人も沢山居たが、アンジェリークにはアリオスしか見えなかった。
「ここの夕食もなかなかいけるぜ? 特に”歌舞伎セット”が美味い」
 アンジェリークはふんふんと頷きながら、”歌舞伎セット”の中身を覗いてみた。そこはかとなく”おやぢ”の香りがしたが、アリオスもそれを頼んだので、一緒に頼むことにした。
「美味しそうですね」
「ああ。俺みてえな一人もんには助かる。ちゃんとカロリー計算がされているからな。栄養素もバランスが良い。俺みたいな輩はどうしても家に遅く帰っちまったら、カンヅメと酒が夕飯になっちまうからな」
 アンジェリークは、アリオスなは栄養を管理してくれる恋人はいないのだろうか。訊きたくてうずうずとしながらその顔を見る。
「…アリオスさんは…、お弁当だとか、朝食だとかを作って管理してくれる方はいらっしゃらないのですか?」
 真っ赤になりながらごにょごにょと言い、上目使いでアリオスを見ると、良くない意地悪な微笑みを浮かべている。
「今の所は、そんな奇特な女はいねえが…」
 そこまで言うと、いきなり顔を近づけて来たので、アンジェリークは驚いてしまった。
「…おまえがその役をしねえか?」
「……!!」
 低い甘い声で囁かれたものだから、アンジェリークは心臓が飛び出てしまうのではないかと思う。
「…あ、あの…。私…。アリオスさん、私をからかうのは止めて下さい…」
 くらくらするほど艶やかな微笑みに、アンジェリークは屈服しながら、僅かにアリオスから視線を逸らした。
「…からかっているか、いないかは…、おまえ自身で考えることだな」
「アリオスさん…」
「ほら、カンバセーションは終了だ。飯を食うぜ、飯をな」
「はい…」
 食事に手を付けつつも、アンジェリークは胸がどきどきとするのを感じる。

 アリオスさん…。
 今の言葉を真剣に信じて良いですか?

 アンジェリークはアリオスの顔を見ると、照れ隠しかのように定食をぱくぱくと食べた。
 食事は思ったよりも、かなり美味しかった。栄養のバランスも良く、これならアリオスも健康状態を良好に保てると思う。彼のようにハードワーカーなら尚更のことである。
 食事の後、日本茶で一息つく。
「アンジェリーク。そういえば、そろそろ学校が始まるな…。そうなるとバイトは終了だな」
 アンジェリークのお茶を飲もうとした湯呑みがぴたりと止まった。
 今まで思い出したくもなかった休みの終了は、即、アリオスとの仕事の終わりを告げる。
「…そうですね…」
 寂し過ぎて、アンジェリークは押し黙ってしまった。

 この仕事が終われば…、アリオスさんとの絆が切れてしまうんだ…。

 黙ったままのアンジェリークに、アリオスは苦笑しているようだ。そこに彼の大人加減が現れていた。
「ここは、暇があれば遊びに来いとは中々言い出せない場所だからな。だがおまえが本当にジャーナリストをやりたいと言うのであれば、受け入れてもいい。ミーハー気分だったら、今後こんなことは出来ないからそのつもりでな」
 厳しくもあるアリオスの言葉に、アンジェリークは嬉しさ半分に頷く。
「…さてと。タイムリミットだ。おまえはこのまま上がるといい。俺は10時のニュースの準備をする」
「私にも手伝わせて下さい!」
 アンジェリークは真剣に言ったが、アリオスは決して首を縦に振ろうとはしなかった。
「今夜は帰れ。明日も早い」
 ぽんと肩を叩くと、アリオスは立ち上がる。
「じゃあまたな」
 アリオスは食堂からきびきびと出て行き、アンジェリークはそれを視線で追う。
 何だか切ない気分になるのであった。
コメント

新しい、アリコレのカップルものを立ち上げたくて書きました。
ジャーナリストと女子高生。
今回は出逢い〜恋に落ちて編です。
頑張ります〜。




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