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現れたアリオスは、眩しいぐらい白いカッターシャツを乱している。 いつものようにきちんとした姿も素敵だが、少し乱れた姿はもっと素敵だった。 「殿下、大丈夫ですか?」 躰の芯にまで染み透ってくるような声に、アンジェリークは安堵をしたように、急に涙を流す。 「王女様!?」 同席したパリロー夫人が、心配そうにアンジェリークを見ているが、アリオスはいつもと同じように冷静だ。 「大丈夫よ、パリロー夫人。ちょっと安心しただけだから」 深呼吸をした後、アンジェリークは笑ってみせた。 「殿下、今日のことは陛下にご連絡済みです。婚約式まで滞在されるのであれば、原因が判るまではここから出られないか、警備と政府専用機の準備が整ったらすぐに帰ってくるか。どちらかを考えた上で返事をしてほしいと」 「決まってるわ。ここにいます!」 アンジェリークは即答だった。 その潔さに、アリオスは僅かに口角を上げる。 「そう伝えておきます」 アリオスはそれだけを言うと、慇懃に頭を下げて、部屋から出ようとした。 「待って下さい!」 流れるように振り返る姿も、アンジェリークはつい見惚れてしまう。 「何ですか?」 「「もう少しだけ、ここにいてもらっても構いませんか?」 我ながら大胆だと思った。だが、もう少しだけでも、アリオスのそばにいたくてしょうがない。 「中佐が困っておいでですよ?」 パリロー夫人は苦笑すると、アンジェリークを諭すように見つめている。 「お望みのままに殿下」 アリオスは特に感情のない声で呟くと、アンジェリークの立派なベッドの前に椅子を持ってきて座る。 前に少しだけ乱暴に延ばされた足は、かなり長い。 素敵で堪らないと感じるアリオスにそばにいてもらって、アンジェリークは王女としての特権を感じていた。 「では少し中佐にお任せしてよろしいですか? 迎賓館の方々との打ち合わせがありますから」 「どうぞ」 パリロー夫人が、安心して部屋を辞してしまったので、アンジェリークはアリオスとふたりきりになってしまった。 「王女、子守歌が必要ですか?」 少し笑いを含んだ意地悪な眼差しを向けられて、アンジェリークは真っ赤になる。 いたずらっぽい瞳は、それまで彼にまつわりついていた厭世的な雰囲気を一気にそぎ落とした。 アンジェリークにとっては、それが一番彼らしく思える。 「意地悪なんですね・・・」 上目遣いで恨めしそうに見ると、アリオスはさらに意地悪で楽しそうな笑みを目許に浮かべている。 どうしてこんなに素敵なんだろう・・・。 ほんの僅かな時間一緒にいるだけなのに、もっともっと好きになっている。 胸がこんなに高まっているのは、本当に初めての経験だった。 「・・・時間が許す限りそばにいて頂けますか?」 一瞬の沈黙は、アンジェリークには胸が苦しく重い。 「ダメだったら」 「いいえ。そばにいます」 アンジェリークはその瞬間、太陽のような笑顔を向ける。 「何かお話をして下さい」 「むかし、むかしあるところに・・・」 「違います…」 アンジェリークはくすくすと笑いながら、アリオスを見る。彼も僅かに笑ったような気がした。 「ペンダントのチェーンはもう少し待って下さい」 「急ぎませんから。あ、敬語はやめて下さいね。いつも通りに話して下さい。何だか、堅苦しい感じだから・・・」 「判った。じゃあ止める」 アリオスは軽くと頷くと、アンジェリークに僅かに笑顔を向けてくれた。 「閉じ込められてばかりだから、何か必要な物があれば言ってくれ。こっちで用意する」 「有り難うございます」 「クッ」 アリオスが喉を鳴らして笑ったので、アンジェリークはびっくりする。 「えっ!?」 「だって、おまえさん、”俺には敬語を使うな”って言っていて、おまえさんが使ってるんだからな」 アリオスは本当におかしそうに瞳を輝かせている。 それがまた素敵でアンジェリークは頬を赤らめながら見ていた。 「年上だし・・・」 「そんなことは関係ねえよ。俺たちはそれ以上に問題視されるだろう主従関係だぜ?」 「・・・そうよね」 アンジェリークは急におかしくなってしまい、くすくすと笑う。 「今はそういうのは関係なく話してるんだったら、お互いに敬語はなしだ」 「うん」 アンジェリークは嬉しかった。 こうやって気さくに話してくれるアリオスに、天にも昇る心地だ。 「当分、俺が警備をがてら相手をすると思うが、希望は言ってくれ。なるべく意思に添うようにする。映画とか読書とか・・・」 「だったらアリオスの好きな本を読みたい」「 判った。マジで俺の好きなもんでいいのかよ」 アリオスはまたおかしそうにしている。 「何で?」 「----ヘアヌード写真集」 「・・・!!!」 しらっとアリオスが言った答えに、アンジェリークは真っ赤になる。 「まあ、明日楽しみにしておけ?」 アリオスの楽しげな様子に、アンジェリークは恨めしそうにしていた。 その夜、ベッドに入っても甘い興奮は続く。 アリオスがすぐ近くで寝ていると考えるだけで、踊り出したくなるほど甘い気分になった。 アリオスと一緒だったら、こんな生活でもいいかな・・・。 アンジェリークはふわふわと楽しい気分に浸りながら、眠りにつく。 先程の恐怖心ももうどこかにいってしまったようだった。 昨日よく語りあったせいか、ふたりはうちとけた雰囲気になっている。 「ほら、ヘアヌード写真集」 さりげなく渡された本の包みに、アンジェリークはどきどきとした。 「あ・・・」 包みを開けると、可愛い子猫の写真集で、彼女は思わずアリオスを見る。 「ヘアヌードには、違いねえだろう?」 「確かにそうね」 アンジェリークはおかしくて、くすくすと笑ってしまう。 「有り難う、凄く可愛いわ!」 アンジェリークは嬉しそうに瞳を輝かせて、一生懸命写真集を見やった。 ふたりの幸せな時間を壊すかのように、不意に、ノックの音がして、アンジェリークは顔をあげる。 「どなたですか?」 アリオスは急に畏まって声を上げ、ドアを開けると、そこにはパリロー夫人が立っていた。 「アリオスさん、エリーズ様からお電話が入っていますよ」 「ああ。サンキュ」 アリオスはコードレス電話をアリオスに差し出すと、彼はそれを受け取り、自分が使用している部屋に行ってしまう。 その彼の様子に、アンジェリークは内心穏やかではなかった。 エリーズ、一体、誰なの・・・? アリオスが部屋に戻ってからも、聞き出したくても、結局は聞き出せずに終わってしまった。 私ってこんなことも訊けず、意気地無し。 翌日、警備の打ち合わせでアリオスが来ずに、パリロー夫人と過ごすことになってしまった。 あんなに楽しい時間だったのに、妙に楽しくなくて退屈だ。 「今日は、私がお相手しますからね、王女様」 「はい・・・」 返事には全く身が入らなかった。窓に広がる青空を見ていると、本当に外に出たくなる。 出ちゃおうかな! それは何気ない思いつきだった。 アンジェリークは早速頭を巡らせて、準備にかかろうとする。 何か作業をするふりをして、ポケットに僅かなお小遣いを入れたり、窓から脱出が出来るようローヴのひもを準備し、にアンジェリークは少しずつ脱走計画を準備し始めた。 夕方までアリオスは帰ってこない…。 彼が帰ってくるまでの間、少し外に出てみたい…。 誰も、私がアンジェリーク姫だと判らないようにして…。 「姫様。少し席を外しますから」 「はい」 パリロー夫人が席を一瞬外した好きに、アンジェリークは窓の外に向かい、しっかりとローヴを窓のポールに括り付けて、外に出て行く。 こんな冒険は、品行方正なアンジェリークにははじめてのことだった。 ちょっとだけね? 王女の大冒険が今、始まる。 To Be CONTINUED… |
| コメント 「王家の恋」。今回はアンジェリークがお姫様です。 甘く切なく美しい恋物語をお届けする予定ですので、お楽しみ下さいませ。 今回のアリオスもステキに格好良い予定です。 正統派のお話です〜。 ご期待下さい(笑) アリオスさんのかっこよさをかきつつ、 ロマンティックにしたいな〜 |