とらわれの姫君

10


「なあ、お嬢ちゃんはアンジェリークのファンなのか?」
「まあ、家族みんなで応援してますけど」
「アリオスも同じこと言ってたな」
 ”アリオス”-----その名前に私はドキリとせずにはいられない。同時に少し切なかった。
 アリオスお兄ちゃんとアンジェリークさんのことを考えると、喉に熱い塊が出来る。
「お嬢ちゃん、今から時間有るか?」
「あ…、無いことないですけれど…」
 私は言葉を濁しながら、曖昧に笑う。
「だったら、ちょっと構わないか…」
 真っ直ぐとオスカー流時代劇流し目に見つめられると、弱い。やっぱり彼は時代劇の大スターなだけあって、オーラは相当な物だ。
「ちょっとで構わない」
 オスカーさんに声をかけられて、無下にするわけにもいかないし、その上、アリオスお兄ちゃんのことも聴けるかも知れない。
「…じゃあ、ちょっとだけ…」
 プロモーションビデオに出ることではないので、私は軽い気持ちで着いていくことに決めた。
「ありがとう。俺もこの後、お茶目な将軍様のスペシャル版の撮りがあるんだ。スタジオのカフェで住まないが、お茶でもしようか」
「はい!」
 オスカーさんは、直ぐに仕事があると言うことだったので、私はほんの僅かな時間のつもりだった。

 スタジオのカフェに入り、私はカフェオレを、オスカーさんはカプチーノを注文した。
「なあ、お嬢ちゃん、俺のプロモにぜひとも出て欲しいんだけれどな」
 カプチーノを片手に、最高の笑みを浮かべてくる。良い営業スマイルだと、私は思わずにはいられない。きっとルヴァおばあちゃんなら、泣いて喜ぶことだろう。私はそんな気がする。
「そのことなら…、お断りをしたかと…」
「なあ、ほんの少しで構わないんだよ。一瞬、君が写るだけで、かなり綺麗だと思う…」
 オスカーさんが粘り強く交渉してくれるが、私一存で決められる問題でもない。
「お言葉は嬉しいけれども、私なんかじゃダメだと思うんですけれど…」
 私は素直に自分の意見を言う。正直そう思ったし、ましてやアリオスお兄ちゃんが恐かったから。言葉に気をつけながらも、失礼にならないように配慮をする。
「いや! お嬢ちゃんじゃなくちゃダメなんだ!」
 いきなり熱く言われたかと思うと、オスカーさんは手を握り締めてくる。私はドキドキせずには、いられなかった。
「お嬢ちゃんの保護者の目が何だよ? お嬢ちゃんがホントにやりたいと思えば、やればいいんだから」
「…ですが…」
 私が思い切り言葉を濁したと言うのに、オスカーさんは全く気にすらしていないようだ。
 更に手をしっかりと握られて、情熱的なアイスブルーの瞳で見つめられる。正直、ドキドキとした。
「コスチュームを着るだけでも、雰囲気の違う自分が見られるかもしれないぜ? どうだ、ここは思い切って、乗ってみないか? 保護者の方なら、何とかしてやるから。酒に誘って、綺麗なお姉ちゃんを侍らせておけば…」
 ”綺麗なお姉ちゃん”のところで、私はわざとらしくも咳ばらいをした。
「断るのもな、もっと自分自身をきちんと見極めた上で、してもらいたいんだがな? お嬢ちゃんが自分の和装を見て、似合わなければ止めればいいこと何だし…。それとも何だ、アリオス兄貴の許可がどうしても必要か?」
 真実を突かれて、私は驚きの余り口を大きく開けてしまう。少し不細工だったが、それよりも驚くほうが大きかった。
「アンジェリーク、やってみろよ?」
 オスカーさんに見つめられると、私はその気になってしまう。
 ホントに心底ドキドキした。
「変身だけでもしてみたらどうだ? お嬢ちゃんが可愛いことが解るぜ?」
 変身をした自分を見てみたいという思いもある。だがアリオスお兄ちゃんの怒った顔を想像すると、私はなかなか踏み切ることが出来ないでいた。
「アリオスが気になるのか? ちゃんとそのあたりは俺が交渉してやる。あいつだって、妹をそこまで束縛する権利はないはずだ。恋人なら…、あの怒り方は合点がいくんだが、妹には、些かやりすぎだろう」
 私は言葉を繋げることが出来なかった。
 本当は無関心なのが一番嫌だから、怒って貰うのが良いと言ったら、オスカーさんは驚くだろう。アリオスお兄ちゃんにはいつも気にしていて欲しいと思わずにはいられない。
 矛盾したイケナイ感情なんだろうか。
「まあ、あの男も、女には後腐れなく、さらりとし過ぎているぐらいなのに、妹だけには厳しいんだな」
 オスカーさんが何気なく言った言葉が、私の心の中に深く入り込んでくる。
 ある意味ショックだった。
 アリオスお兄ちゃんのことを、こんなにも私は知らなかったんだ…。そう思うと、愕然とせずにはいられなかった。
「…オスカーさんは、アリオスお兄ちゃんのことを色々とご存知なんですね…」
「ああ。あいつのことは大概な。あいつが女を探して逢うために、このビジネスに顔を突っ込んだこととかは、俺も聞いたけれどな…」
 私は驚いて、次の言葉が繋げない。
 知らなかった…。
 アリオスお兄ちゃんがそんな理由でこの世界に入っただなんて、俄かに信じられないことだった。
 アリオスお兄ちゃんが人捜し------ひょっとして、アンジェリークが実の母親だって気付いてる!?
 私が考え込んでいると、オスカーさんはふと声をかけてきた。
「俺のプロモに出たら、もっとアリオスのことが解るかもしれないぜ」
 はっとしてオスカーさんを見る。
 私は思わず生唾を呑んだ。。だってそれ以上の私への誘い文句はないのだから。
「お嬢ちゃん、どうだ?」
 私は追い詰められる。
 今は、オスカーさんのことよりも、アリオスお兄ちゃんの事を知ることのほうが、魅力的に思えた。
「…衣装だけでも、当てて見ようかな…」
 ボツリとさりげなく言うと、途端にオスカーさんの表情が変わった。
「ホントか!?」
「あ、はい…」
「善は急げだ!」
 イキナリ手を握ったままオスカーさんが立ち上がったので、私もそれに続くしかない。
「早速、衣装とメイクだ!」
「あ、オスカーさんっ!」
 私は戸惑ったりする暇もなく、オスカーさんに手を引かれて連れていかれてしまう。正直、身から出たサビとは言え、戸惑いがかなり大きかった。
 強引に衣装部屋とメイク室に連れていかれて、イキナリ床山さんに引き渡された。
「綺麗な肌とかわいらしい顔をしているわねえ。磨きがいがあるよ」
「だろう」
 床山担当の女性は、感心するように私を見てくれ、オスカーさんは自慢げに言ってくれる。
 少し照れ臭いけれど、嬉しかったりする。
「さてと、先ずは襦袢を着て、羽二重をさせてましょうかね」
 口調は柔らかかったけれども、その手先はテキパキとしていた。流石プロだ。
 私は直ぐに服を脱がされ、襦袢に着替えさせられると、頭はきっちりときつめに羽二重がされた。
「これだけでも可愛いけど、少しメンテナンスをしないとね」
「メンテナンス?」
「お化粧のことだよ!」
 なるほどとばかりに、私は頷くと、直ぐに化粧前に座らされた。
「中々、和装も似合うかもね」
「はあ…」
 あまり実感が湧かないのも、着物を着る機会がほとんどないからだ。
 軽く化粧と言っても、白粉をはたいたりして、かなり本格的だった。
 私はあっと言う間に白粉だらけになってしまい、こふこふと噎せて咳込む。
「ひょっとして、お化粧は初めて?」
「はい…」
「きょうびの子にしては珍しいね。大概は高校生ぐらいだと、化粧経験者だけれど、あなたはいいね、気に入った! 年頃になるまではね、肌を痛めるようなことはしないほうがいいよ。日焼けとか、後で、本当にメンテナンスが大変になる。あなたは良い感じだよ。自然と肌を守っているからね。偉いよ」
「有り難うございます」
 私は少しだけ照れながら、素直に礼を言った。
 鏡を見ていると、本当に化粧はマジックのように思える。見ているだけで、本当に楽しかった。
「さて、お姫様の出来上がりだよ」
「有り難うございます」
 鏡の前の自分はどこか中途半端だと言うのに、愛らしく思える。これがプロの技なのだろうと、思った。
「後は、着物とかつらだね」
 床山さんは、やはり手早かった。私は愛らしい花の模様が彩られた着物を着せられ、お姫様かつらを上からかぶせられた。
「アンジェリークとやら、これで少しはお姫様らしくなったよ。”お茶目な将軍様”にも釣り合うぐらい、可愛くなったよ。これだったら、本番も安心だね」
 床山さんに全身を見つめられて、私は何だか照れ臭かった。
「オスカーに見せようかね。きっと喜ぶと思う。ほら、ちょいと見せにいこうかね」
 それはほんの少し戸惑ってしまう。オスカーさんに今の自分を見せるのは、かなり恥ずかしかった。
 思わず、私は後退りをしたが、上手くいかない。
「まあ、いいから、見せるわよ」
「はあ…」
 私は少し遠慮をするように、床山さんのの後ろを歩くことしか出来なかった。
「オスカーさん、出来ましたよ!」
「ああ、有り難う」
オスカーさんが礼を言うのに、私はドキドキとする。
 アイスブルーの瞳を向けて来たオスカーさんがあんまりにも見つめてくるので、余りの甘さに、私はくらくらとなった。
「ホントに綺麗だぜ、お嬢ちゃん」
「有り難うございます…」
 これも全部床山さんのお陰だわ。
 しみじみと思う。
「お嬢ちゃんの姿を、折角だから仮撮影をしようか?」
「はい」
 調子に乗って、私はご機嫌に応えると、廊下に出て、廊下に出る。
 するとアリオスお兄ちゃんが偶然スタジオの前を通り掛る。
 私はアリオスお兄ちゃんの恐ろしさを想い出して、臍噛んだ。
 背筋に冷たい物が流れて、どうしようもない。
「アンジェ…、おまえはここで何をしている…」」
 私を見るなり、アリオスお兄ちゃんは賭けより、凄い顔で睨んできた。
「…何も…」
 誤魔化すように笑っても、アリオスお兄ちゃんは恐ろしい表情のまま。
「どういうつもりだ!?」
 余りにも冷たい声と視線に、私は何も言えなくなっていた。
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。





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