9
今朝の食卓は嵐の前の何とも言えない静けさが漂っていた。 原因はレオナードお兄ちゃんのかなりの不機嫌さ。周りを不機嫌感情で威圧することが出来るなんて、ある意味凄いと思う。 だけど。 私とアリオスお兄ちゃんは、そんな雰囲気にも物おじすることなく、お互いに顔を見合わせては、忍び笑いを噛み殺していた。 「レオナード、いつまでそんなに不機嫌にしているのですか。今朝はとても爽やかでさっぱりしていて、私は好きですよ」 真面目で堅物なエルンストお兄ちゃんには好ましいらしく、三角食いをしながら何度も頷いている。 だけど、レオナードお兄ちゃんは、不精髭のことに触れられたのが嫌らしく、更に不機嫌になる。 朝食をガツガツと食べているのが、更に勢いを増す。 本当に三人兄は食べ方も個性的。エルンストお兄ちゃんは、栄養バランスを考えた三角食い。レオナードお兄ちゃんは好きな物は先に食べて何でもかんでもガツガツ派、アリオスお兄ちゃんは好きな物は後に食べる主義。 食べる姿を見ても、やっぱり性格は綺麗に出ているなあと思わずにはいられない。 「でも、レオナードは、髭を剃って随分とすっきりとしたと思いますよ」 ルヴァおばあちゃんは大好きな味噌汁を啜りながら、のんびりと話している。 でも、これは私も同感。 「ったく、俺はまた髭を生やすからな! これだったら、凄みも何も全く出ねえからな!」 レオナードお兄ちゃんは、ぷんすか怒りながら、味噌汁の中にある豆腐に八つ当たりをしている。 「だけど似合っているよ、レオナードお兄ちゃん。そっちのほうがカッコイイからモデルのお姉さんたちにもモテるわよ」 私はあくまでさらりと言ったけど、レオナードお兄ちゃんの睨みは凄みを増すばかり。 ずっとこっちのほうがカッコイイよ! レオナードお兄ちゃん! 「だってね、うちのクラスでも、女の子は、不精髭が嫌だって言ってるこが多いよ。キスする時に痛いって!」 三兄弟のこめかみが一斉に動いた。ほぼ同時だから、私は笑えた。 更に涼しい顔をして、私は続ける。 「言い出したのはレイチェルよ。だってさ、エルンストお兄ちゃんが研究でよろよろになっている時にキスしたら痛かったって!」 エルンストお兄ちゃんは途端に真っ赤になり、持つ端を震わせている。お兄ちゃん動揺し過ぎよ! アリオスお兄ちゃんとレイチェルお兄ちゃんはまたまた笑いを噛み殺している。 「アンジェ! お兄ちゃんをからかうのは止めなさいっ!」 こんな純情なエルンストお兄ちゃんが、レイチェルは大好きなのよ。 「エルンスト、宇宙生成学も宜しいけれど、恋愛もしっかりと研究しないといけないねえ」 ルヴァおばあちゃんはそれは愉快そうに笑っている。それこそ敵の頭を取ったぐらいの勢いだ。 「だってね、エンジュなんて、”夢見るユメコ”だからね、つるぴかロマンティックがいいみたい。私もそうだなあ」 急にレオナードお兄ちゃんの表情が緩んだことも気付かずに、私は席を立ち上がる。 朝の食事タイムが終わったからだ。食器を持ってキッチンに入り、自分の分まで片付けようとすると、アリオスお兄ちゃんが続いた。 「なあ、アンジェ」 「なあに?」 「おまえもさ、キスした時にそんな風に感じたのかよ?」 アリオスお兄ちゃんはさりげなくのはずだったのだろうけれど、その眼差しは怒っていた。 何だか緊張する。 アリオスお兄ちゃんとふたりで狭いキッチンにいるのが、近くにいるのが、凄く緊張する。 「聞いた話。レイチェルがさ、エルンストお兄ちゃんの髭がチクチクとするのが嫌だったんだって」 「そうか…」 僅かに溜め息が聞こえる。私にはそれがとても官能的に聞こえていた。 お皿を片付け終わると、私は学校に行く時間だ。 「じゃあ、行ってくるね!」 「ああ、言っておいで!」 私はアリオスお兄ちゃんに見送られて、学校に向かう。 アリオスお兄ちゃんと同じ屋根の下にいられてよかった。 血の繋がりのない家族で、本当に良かった…。 私は不謹慎と思いつつも、そう感じずにはいられなかった。 昼休みは、仲の良い友達とランチをする。 私は、レイチェルやエンジュと一緒だ。 美味しく食べた後も、私達は雑誌を片手にわいわいと話をする。 私はふと雑誌のセンターを占める美容液の広告が気になった。 「あ! アンジェリークだ! 凄い! やっぱり綺麗よねえ!私の憧れよ!」 本当に美しくて、私は思わず見入ってしまう。私のお母さんと同じぐらいの年齢なのに、本当に綺麗だ。 「ホント、綺麗だよねぇ…! アンジェリークにあやかって付けられた割には、アンジェとはえらい違いじゃない?」 レイチェルがからかうように言うものだから、私は頬を膨らませて抵抗した。 「どうせ名前負けですよ!」 「アンジェはアンジェリークが好きなんだ…」 エンジュはしみじみと言ったので、私は深く頷いた。 「うちは家族ぐるみで応援しているの。私達のお母さんが、昔、アンジェリークのマネージャーをしていたせいもあるかもしれないけどね」 私は少し自慢げに言ったが、エンジュの反応は珍しく良くなかった。どこか考え事のある風情だ。 「うちのアリオスお兄ちゃんにも似てるしねぇ…。いつも思うの。お兄ちゃん、今も充分に綺麗な顔をしているけれど、女性だったら凄く綺麗だろうなって…」 「確かにね…」 レイチェルはしっかりと頷いた。 「でも、私はアンジェリークはあまり好きじゃないわ…。パーソナリティがあんまり…」 珍しくエンジュは暗い表情を浮かべている。私は思わず、顔を覗きこんでしまった。 「どうして? まあ、あんまりマスメディアを好きで無さそうだけれど…」 「実際に逢ったことがあるもの…」 私は素朴に想ったところを、エンジュに聞いてみたけれど、実際に返って来た返答は、驚くべきことだった。 「ホント!?」 「うん、お父さんの知り合いだから…。知ってる? あの女性ね十六歳の時に、不倫の子供を産んでいるのよ」 「…不倫…?」 私は耳を疑った。 そんなスキャンダルをついぞ噂ですら聞いたことがない。レオナードお兄ちゃんがよく写真を撮っている、スキャンダル専用の雑誌ですらも、そんなことを取り上げてはいない。 「…お母さんはマネージャーだったけれど、そんな話は…」 「そりゃそうよ。絶大な権力に、捻り潰されていたもの…。歴代のマネージャーは知らないはずよ。産んだ当時のマネージャーなら別だけれどね。極秘だから誰も知らない…」 いつも明るいエンジュなのに、今日に限っては、暗い影を引きずっている。私はそれが凄く気になった。 「なーんて! このお話はおしまいねっ!」 エンジュはいつもの明るい笑顔に戻っていた。 「さてと! ねえ! 次のページを開けようよ!」 エンジュが強引にページを進めたので、私はそれ以上を話すことは出来なかった。 何かがひっかかる。 足し算、割り算、掛け算…。違う…、引き算をすれば解ること…。 「あ〜! 女は男の髭は好きか!? だって! 私は不精髭でも嫌だなあ…」 エンジュは鼻にシワを寄せて嫌がっている。レオナードお兄ちゃんに教えてあげなくっちゃ…。 なんて考えても、上手く頭が働かない。 「そういえば、今日はレオナードさんに逢うのよ。仮の写真を私だけ撮るんだ」 「レオナードお兄ちゃんなら、今朝の髭を剃ったから大丈夫よ…」 私は気もそぞろでエンジュの相手をする。頭の中は数式でいっぱい。 引き算をすれば、簡単に答えなんか得られる。だけど思考で一杯過ぎて、私にはイマイチ考えられない。 簡単なことなのに…。 午後からの授業は、何にも頭に入らずに、私は悶々とした時間を過ごした。 授業が終わり、撮影のあるエンジュは早く学校を出た。 私は本屋に寄り、雑誌や写真集が見たかった。勿論アンジェリークが載っているものだ。 じっくり、彼女を観察してみる。やはり、アリオスお兄ちゃんの面影か偲ばれる。 ずっと思っていた…。 アリオスお兄ちゃんに雰囲気が似たひとだって…。 だからファンになった。私にとって、人を好きになる基準はアリオスお兄ちゃんだったから。 お母さんがアンジェリークのマネージャーだったのは、およそ30年前。 エルンストお兄ちゃんが産まれたすぐ後だと聞く。それで辞めたのは、アリオスお兄ちゃんが産まれたからだと聞いた。 44−28=16。 お母さんは、アンジェリークがアリオスお兄ちゃんが産まれたから、マネージャーを辞職させられた。 つじつまが合い過ぎる。 それに戸籍の母親の名前も、確かに”アンジェリーク”だと書かれていた。 アリオスお兄ちゃんがアンジェリークの子供なのは、リアルなことなのかもしれない。 「あれ、お嬢ちゃんじゃねえか?」 聞き覚えのある声に、私は顔を上げると、そこにはオスカーさんが立っていた。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 |