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こんなに視線がキツイアリオスお兄ちゃんを見たのは、初めてだった。 私は恐ろしさを初めて感じ、瞳に動揺の色を浮かべる。 「来い!」 「イヤッ!」 私は理不尽に怒るアリオスお兄ちゃんが嫌で、思わず目線を逸らした。こんなお兄ちゃんは何時ものアリオスお兄ちゃんじゃない…。 切なくもそう感じずにはいられなかった。 「おい、お嬢ちゃんは今から撮影をするんだ」 オスカーさんも対抗すべく言ってくれたけれど、アリオスお兄ちゃんがそんなことで引くわけがない。 私が素直に着いてこないことに不満を覚えてか、お兄ちゃんの不機嫌さは最高潮に達していた。 「来るんだ」 「嫌だっ…!」 そんな恐いアリオスお兄ちゃんは嫌。私は、素直になりたくなくて、余計に抵抗していた。 「ったく、この解らずや!」 アリオスお兄ちゃんは舌打ちをすると、本気で腕を掴んで来た。アリオスお兄ちゃんの指が食い込んできてかなり痛い。 「…っ、痛いって! アリオスお兄ちゃん!」 アリオスお兄ちゃんは私が苦しそうにしても、手首を掴むことを止めてはくれない。 「…おまえが素直にならねえから、実力行使に出るしかねえな…」 アリオスお兄ちゃんは低い悪びれた声で呟くと、イキナリ私を抱き上げた。 「ちょ、ちょっと! アリオスお兄ちゃん!!」 「おまえが素直にならねえからだろ」 「だって! 私は何も悪い事をしていないのに!」 本当にそうなのだから、私は堂々と言ってやる。だけど、アリオスお兄ちゃんはそんなことでは怯まなかった。 「じゃあなオスカー。アンジェは返してもらう」 アリオスお兄ちゃんはオスカーさんに堂々と宣言すると、スタスタと歩き始める。 恥ずかし過ぎるのに、胸はときめいてドキドキとする。息が弾む。 「おいっ! 俺のお嬢ちゃんをどこに連れて行く!」 「アンジェリークはおまえのお嬢ちゃんでも何でもない。おまえの奇妙なダンスの参加も許可していねえんだからな!」 「奇妙なダンスじゃない。”サンバ”だ!」 オスカーさんがいくら言っても、止めるアリオスお兄ちゃんじゃない。 私は結局はお姫様の恰好のままで、アリオスお兄ちゃんの楽屋に連れていかれてしまった。 「アリオスお兄ちゃんのバカ! ただ格好だけさせて貰っただけなのに、プロモーションビデオに出ることとは関係なかったのに…!」 楽屋に入るなり、私はアリオスお兄ちゃんにぷんすか怒った。ホントに何でも白黒ハッキリさせたがるアリオスお兄ちゃんの辞書には、究極のニ択しかない。頑固なのだ。 「あのままだと、おまえはオスカーの野郎にプロモに出されていたさ」 「オスカーさんはそんな男性じゃないわよ!」 私が不用意なことを言ってしまったのか、アリオスお兄ちゃんの機嫌が、輪をかけて悪くなった。 「おまえはだから男に対して無防備なんだよ! そんな表面だけの男に、ひょいひょい着いていく始末になるんだ! 気をつけろ!」 アリオスお兄ちゃんの余りにもの勢いに、私は正直びくびする。 こんな恐ろしい様子のアリオスお兄ちゃんを見たのは、初めてだった。 「…そんなに出たいんなら、アイツのじゃなくて、俺のほうに出ろ!」 どこか軽蔑にも取れるアリオスお兄ちゃんの視線に、私はうんざりとする。 どうして私にはこんなに厳しいんだろうか…。 「…別に、出たいってことではないわ…。ただ気分転換に、可愛いコスチュームが着たかっただけ…」 私は素直に自分の考えを吐露したが、アリオスお兄ちゃんの厳しい眼差しは変わらない。 「俺が許可していねえのに、どうしてそんな勝手なことをする?」 アリオスお兄ちゃんはいつも勝手。オスカーさんが現れて私をプロモーションビデオ出演にスカウトしてからというもの、更にキツクなっているような気がする。 変だ…。 私がみっともないのは解っているけれども、それはないといつも思う。 「アリオスお兄ちゃんは最近変よ。全部お兄ちゃんの許可を得なければならないなんて、ホントに変だわ! 私のこと、ちゃんと解ってくれてない! 全部、アリオスお兄ちゃんの理屈ばかり!」 私は本当に腹が立っていたので、むくれながらアリオスお兄ちゃんに食いついた。 「俺はおまえの事を思って言っているんだ! 変な虫がおまえにつかねえように警告しているだけだろ!? どうしてそれが解らねえんだよ!」 妹を思う兄。その構図に私は胸が痛くなる。 辛い、切ない。 本当は血がつながってはいないのに、どうして血を分けた兄妹のふりをしなければならないんだろう。 私は鼻水と涙を堪えて、俯いてしまった。 「どうした? 俺の言う事を聞く気になったか?」 「…ならない」 私は即答だった。 その途端に、アリオスお兄ちゃんの表情は、より恐くなってしまう。 「…とにかく、直ぐに着替えろ。メイクも落とせ。何だったら、俺が全部脱がしてもかまわねえんだぜ」 「…解った…」 流石にそれはマズイと思う。私たちは血が繋がっていないんだから…。 そこまで考えて、また切なくなる。私たちには見える壁なんかないのに、見えない壁が隔てる。 「…そんなにプロモに出たかったら、俺のやつに出ろ。サンバマンボ男のには出るな」 私は驚いて、まじまじとアリオスお兄ちゃんを見る。そんなことを言い出すとは、到底見えなかったから。 いつもは優しいけれど、こう言ったことには否定的だったお兄ちゃんが凄く変わりようだと思った。 「どうして…。いつもは凄く反対するのに」 「おまえが、マンボやサンバをラメラメな着物を着て踊るのが恥ずかしいだけだ。どうしても出たいというなら、まだ俺のに出すほうがマシだ。上手くフォローが出来るからな」 相変わらずな冷たい理由に、私はうんざりと切なさが複雑に入り組んだ気分になった。 「着替えて、とりあえずはすっきりしてから考えろ」 私は何も答える事が出来ずに、アリオスお兄ちゃんの控室を後にした。 ドアを閉めた途端に涙が滲む。 こんなに綺麗にしたはずなのに、アリオスお兄ちゃんは結局は褒めてもくれなかった。 先程の床山さんの所に行き、かつらを外して貰った後に、メイクの落とし方を教えてもらった。 白塗りなので、やり方が解らなかったので、きちんとした方法を聞いてからメイクを落とした。 顔を洗いいつもの顔に戻り、少しほっとしたような気がした。 服も私服に着替えて、アリオスお兄ちゃんのところへといそいそ向かう。 だけど、いつもアリオスお兄ちゃんとこのスタジオで鉢合わせをするのは、偶然過ぎて、私は小首を傾げた。 アリオスお兄ちゃんの控室にノックをする。 するとひょいと顔を覗かせる。 「着替えてきたよ」 「おまえはそれのほうが似合っている」 何気なくアリオスお兄ちゃんは言ったが、私も何だかそんな気がしていた。確かに”オスカーサンバ”を踊るのは楽しいし、遠目でオスカーさん個人のファンではあるけれど、やっぱり出るとなると気合いがいるかな。 「…で、アリオスお兄ちゃん、ここでプロモ撮影してたの?」 「いや、スティルだけだ。レオナードとエンジュが余りにもラブラブ視線を交わし合うもんだから、とりあえずふたりきりにした」 アリオスお兄ちゃんは何事もないように言うと、奥の席にだらりと腰を下ろす。 「ショックじゃないの?」 胸が痛いのを感じながら、私はほんの少しドキドキしながら聞いた。 「ショック? んなわけねえよ」 アリオスお兄ちゃんはいつも通りにクールなままで、何気なく煙草を吸っている。 「ホント…?」 「ホントも何も、レオナードとエンジュのキューピッド役になっているんだぜ、俺達。楽しいと思わねえか?」 子供の頃と同じアリオスお兄ちゃんのイタズラっぽい微笑みに、私も思わず笑った。 「そうなんだ! 良かった!」 私は本気で胸を撫で下ろして、震えながらも笑ってしまった。 「…良かったね」 「ああ。俺には”兄”と同じようなシンパシーを感じるらしいぜ」 「そうなんだ」 確かにと、私は思い出す。アリオスお兄ちゃんと出会った日のことを、エンジュは”お兄さんみたいなひとに出会った”と言っていた。 「アリオスお兄ちゃんフラれちゃったの?」 私は、意地の悪い笑みをわざと浮かべてやると、アリオスお兄ちゃんもわざと口をへの字にする。 「俺はおまえがいるからいいの」 胸の奥が射抜かれる。 ドキドキして、私の胸の鼓動がアリオスお兄ちゃんに聞こえるかと思ったぐらいに、激しくも甘い動揺だった。 「あ、また…冗談ばっかり…」 「そうかな」 アリオスお兄ちゃんはイキナリ至近距離まで近づいている。 「私のこと…好き?」 声が震えているのを知りながら、私は聞かずにはいられなかった。 「”狂おしいぐらいに愛している”」 アリオスお兄ちゃんの表情が甘く不敵に輝いて、私はまた夢中にならざるをえない。 「…何てな」 ごまかすように笑うと、アリオスお兄ちゃんは私を見た。 「ラブラブなふたりのショットを見たくはねえか?」 「うん、みたい」 素直に答えると、アリオスお兄ちゃんは撮影スタジオに連れて行ってくれた。 小さなスタジオに入ると、ほほえましい雰囲気で、レオナードお兄ちゃんがエンジュを撮影していた。 「きっと、髭を剃ったお陰よ」 「だろうな」 私たちはくすくすと笑いながら、スタジオの端で見学をしていた。 ふと、スタジオの重い鉄製扉が開き、私は吸い寄せられるようにそこを見る。 現れた人物を見た瞬間、私は言葉を失う。 女優のアンジェリークだった。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 |