とらわれの姫君

13


 私はアンジェリークさんからの招待状を興奮ぎみに見つめていた。
 きっと沢山の芸能人を観ることが出来るに違いない。少しミーハーな気分で、何度も招待状を読み返す。
 余りにも私がにやけているものだから、エルンストお兄ちゃんが声をかけてきた。
「アンジェリーク、顔が緩んでいて馬鹿に見えます。普通にしていなさい」
 何時ものようにクールに言い切るエルンストお兄ちゃんを、憎たらしく思いながら、いつもの顔になるように頑張る。だけど出来ない。
「そんな顔をしていたらモテないですよ」
 苦笑しながら言うものだから、私は余計に腹が立つ。
「レイチェルが同じ顔をしていたら喜ぶくせに〜!」
 からかうように言った途端に、エルンストお兄ちゃんは真っ赤になる。恋愛が絡むと、凄く純情になるお兄ちゃんが、ちょっとだけ可愛い。
「あ、私はおばあちゃんに資料を借りにいく所でした。ガリレオ・ガリレイの資料は天下一品に揃っていますからね」
 ごまかすように言うと、エルンストお兄ちゃんはルヴァおばあちゃんの所へと行ってしまった。
 こっそりとおばあちゃんの書斎を覗き込む。
 ルヴァおばあちゃんが好きなもの。歴史、時代劇、オスカー、ゼフェルおじいちゃん、アリオスお兄ちゃん。
 いつも朗らかで明るいおばあちゃんだけれど、ことに学問に関しては厳しい。探求心も強く、どこでも行く。
 学者肌なのだ。
 そんなところを、エルンストお兄ちゃんも受け継いでいるのだろう。ふたりはいつも丁々発止ど議論をしている。
 今日もだ。
「この文献を見れば解ると思うけれどねぇ。エルンストもこのレベルを読むことが出来るようになるなんて、私も鼻が高いよ」
「この文献は、少しは役に立つでしょう…。まあ、過去の事例なので、あくまで既成の事実の確認に過ぎないですが」
 お互いに学者としてのプライドがあり過ぎるせいか、火花がバチバチに散っている。私は恐ろしくなって、そっと覗くのを止めた。
 ダイニングに戻って、再びアンジェリークさんからの招待状を見る。
 憧れの女性に会えるのは凄く嬉しい。色々と複雑な事情は絡んでくるが、私は手放しで嬉しかった。
「…ただいま」
 アリオスお兄ちゃんの声がして、私は慌てて玄関に向かう。昨日の夜は帰ってこなかったが、おそらく仕事絡みだろう。疲れきってしまっている。
「おかえり」
「ああ。昨日はからトラックダウンとかで忙しかったから寝てねえんだよ。少し休む」
 そう言うアリオスお兄ちゃんは本当に色濃い疲れを残しているようだった。
 私は、まるで子供のように、アリオスお兄ちゃんの隣をちょこまかと着いていく。
「お兄ちゃん、アンジェリークさんからパーティーの招待状が来てたよ」
「そうか」
 アリオスお兄ちゃんは凄く素っ気なくて、すたすたと自分の部屋に向かっている。
「アリオスお兄ちゃん、レオナードお兄ちゃん、私の三人を招待しますって」
 私たちはおまけだろうとは思いながら、私は招待状を差し出した。
「ああ」
 受け取ったアリオスお兄ちゃんは、不機嫌だと思ってしまうほど、クールだった。
 アリオスお兄ちゃんの部屋の前まで行くと、「じゃあ、おやすみ」と声をかけて、私はダイニングに戻ろうとする。
 けれども、アリオスお兄ちゃんがイキナリ手首を握って来たのだ。胸の奥が甘い恋の矢で射ぬかれたような気がした。
 ドキドキする。非常にドキドキする。
「アンジェ、一緒に寝ないか?」
 艶のある笑みで、いきなり私を見つめてきたものだから、ドギマギする。喉がからからに渇いて、緊張が躰の奥深いところを官能のナイフで突いてくる。
「え…、あ…。だって夕飯の支度をしなくちゃいけないし…」
 しどろもどろになりながら答える私を、アリオスお兄ちゃんは面白そうに見ている。
 そんな眼差しで見られたら本当に恥ずかしかった。
「湯たんぽになってくれるんだろ?」
「だって…もう真夏じゃない…」
 視線から逃れ、ついでにアリオスお兄ちゃんから逃れようとする私を、ぎりぎりのところまで捕らえてくる。
 息が上がった。
「俺は”クーラー病”なの」
「それだったらつけなかったらいいじゃない…」
「いつからそんなに俺に対して冷たくなった?」
 そんな魅力的な眼差しで私を見ないで。
 アリオスお兄ちゃんが性的に魅力的だと確認するには充分過ぎる視線のせいか、私は俯くことしか出来ない。どうしてそんなにセクシィなの?
「最近、一緒に寝なくなったよな? どうしてだ?」
 痛い所を突いてくる。
 当然、血の分けた兄妹じゃないから、一緒にはいられないのだけれど…。
「暑くなったからかな? アリオスお兄ちゃん、熱帯雨林みたいに暑いもん」
「燃える男だからな」
「それはオスカーさん」
 オスカーさんの名前を出した途端に、アリオスお兄ちゃんは不機嫌になり、むすっとしている。私を掴む腕の力もかなり強くなる。
「イタイよ、お兄ちゃん」
「あんな男の名前を出すなよ」
 ほんの一瞬の出来事だった。アリオスお兄ちゃんの唇が頬を掠める。
 僅かに触れただけだというのに、私の全身は電流を帯びていた。
 胸がドキドキする。呼吸の総てが奪われる感覚がある。
 暫くは、余りに躰が震えて、動けなかった。
「さてと、タヌキにフラれたことだし、俺も寝るかな」
 アリオスお兄ちゃんは深みがある眼差しに官能の笑みを滲ませると、私を視線だけで捕らえた。
「じゃあな、おやすみ」
 するりとアリオスお兄ちゃんの手が、私の腕から擦り抜けていく。
「…おやすみなさい…」
 私は恋の熱さにぼんやりとしながら、アリオスお兄ちゃんを見送ることしか出来なかった。

 あのキスの意味は何だろう…。
 そんなことばかりを考えていたので、気もそぞろに料理をする。
 今日はスパイシーで食欲をそそるドライカレーと決めていたので、あまり考えなくて済んだので良かった。
 アリオスお兄ちゃんがキスをしてくれた頬に触れてみる。そこだけ熱を帯びて熱いような気がする。
 意識をし過ぎて、そこだけが脈を打っているような気がした。
 アリオスお兄ちゃんは恐らく気付いている…。私たちが本当の兄妹ではないことを。
 だったら、私の気持ちを気付いているのかもしれない。気付いていたら…、私のことをどうか好きになって下さい…。
 アリオスお兄ちゃんのことを思い過ぎて、玉葱を泣きながら刻んでいたせいか、沢山刻み過ぎてしまった。

 夕食の時間にアリオスお兄ちゃんが起きてきて、私は少しドキリとする。今日は何だか意識をしてしまう。
「今日のおかずは何だ?」
「ドライカレーよ。卵の黄身を真ん中に落とすと更に美味い! 後、オニオンスープとオニオンサラダ」
 ドギマギしながらも、私はなるべく何時もと変わらないように、アリオスお兄ちゃんに接する。けれどもなかなか難しいのが実状だ。
「けっ、玉葱ばっかだな。刻み過ぎたんだろ、どうせ」
「美味しいからいいじゃない」
「まあな」
 アリオスお兄ちゃんが食卓に着くのを見てから、私は熱々のスープとドライカレー、オニオンサラダを食卓に出す。
 これで栄養バランスは抜群だし、血だってきっとさらさらさら。
 夕食には、おばあちゃんを筆頭に、お母さん、エルンストお兄ちゃん、アリオスお兄ちゃん。
 みんなでドライカレーに舌鼓を打つ。
 あんなにぼんやりと色々なことを考えていた割には、ちゃんとしたものが出来てホッとしている。
 ただ、玉葱のオンパレードになってしまったのだけが、誤算だけれども。
「アンジェリーク。また腕を上げたわね」
「有り難うお母さん」
 お母さんに褒められるというのは凄く嬉しい。
「料理だけは、どこに出しても恥ずかしくないけれど、それ以外のことはまだまだだけれどね」
 お母さんは釘を刺すのを忘れてはいないけれども、それでも私は嬉しかった。
 食事の後片付けをしている時も、ほんのりとした幸せを感じる。ちゃんとカレーが綺麗になくなっていたから。
 片付けが終わりリビングに行くと、アリオスお兄ちゃんが煙草を吸いながら窓の外を見ていた。
 本当に素晴らしく素敵だと思い、見とれてしまう。
「片付けは済んだか?」
「うん…」
 テーブルの上には、アンジェリークさんからの招待状が置いてある。
 私はそれをくぎづけになるように見た。
 恐らく、読みながらアリオスお兄ちゃんは熟考していたのかと思う。
 横顔がとても精悍だ。
「アンジェ、おまえは公式なパーティーは初めてだろ?」
「うん」
「だったら、明日はパーティーの服を買いに行かねえか?」
 アリオスお兄ちゃんと買物に行くのは初めてのことで、私は飛び上がるぐらい嬉しい。
「うん! 行きたい!」
「明日学校まで迎えに行ってやるから、楽しみにしてろ」
「うん!」
 私は本当に嬉しすぎて、それこそ飛び上がりたくなるぐらい。そこを何とか抑えて、笑顔でアリオスお兄ちゃんに応えた----
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。





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